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迷宮のミノタウロス  作者: 多田のぶ太
7/7

闇と光

「何のために、こんな迷宮作ったの?」

イプシロンとチラップの会話は続く。

「王宮からの命を受けたんだよ。王都に近いこの場所に名物迷宮でもあれば、街が発展するとね。訪れる冒険者たちが宿を使い武器や食料を買ってお金を落としていってくれるって。ようするに、王様たちの金儲けの材料なんだよ。でも、僕の目的は別にある」

 若い魔法使いは自慢げに話す。

「僕の目的は人集めさ。正確に言えば、人の精気を集めたかったんだ。その精気を利用して、無限に魔法を使えるんだよ。凄いでしょ?君達も見たんでしょ、僕に精気を与えてくれる人々を。ミノタウロスをエサにしたこの迷宮には、沢山の冒険者に足を踏み入れてもらえたよ。しかも二度と帰ってこれない、なんて噂も上乗せされて、ますます有名になってくれた」

「そうだ、あの牢屋の人たちって何なの?みんなチーくんの名前を呟いてたけど」

「ああ、あれね。この迷宮内で僕の名前を呼ぶと、呼んだ人が僕に精気を分け与える仕組みになってるんだ。呪文、というか、エイリアスと言った方がいいかな。本来は長ったらしい呪文になるんだけど、文言を変えて短くしてるんだよ。そして、捕らえた人たちに、その文言を言わせるよう精神操作して、常に僕に精気を与えるようにさせてるってわけ。賢いでしょ?」

「本来なら、精霊が理解できるような文言を並べるでやんすけど、慣れてきて精霊との意思疎通もスムーズになれば、簡単な文言でも精霊が理解できるようになるでやんす。もっと親交が深くなれば無詠唱でも魔法が使えるようになるって聞いたことがあるでやんすが、まさかエイリアス、つまり別名と紐づけさせて呪文を短縮する方法があるなんて、聞いたことがないでやんす。どの文献にも載ってなかったでやんすよ」

「そりゃそうでしょ。僕が編み出したんだから」

「それで精霊たちがざわついてたでやんすか。普段とはちがう精気の移動の仕方があって、精霊たちも困惑してたでやんすね」

 小難しい話にはついていけないイプシロン。

「あの牢屋の人たちって、どうなるの?」

「あのまま精気が無くなっちゃえば死んじゃうね。まぁ、そしたらゾンビとして使うし、肉や内臓も腐り果ててしまえば、スケルトンとして使うだけだよ。させる仕事はたくさんあるからね」

「そんな……たくさんの人が、そんな事のために犠牲になっちゃうっていうの?こんな迷宮、壊れちゃえばいいのに。うん、壊しちゃおう!」

「オイオイ、オバサン、作るのにどれだけの労力を要したと思ってるんだ。時間もかかるし魔力も使う。モンスターを用意するのにも一苦労だ。

迷宮内でモンスターたちの生態系を作ってしまえばよかったんだろうけど、断念しちゃてさ。まず太陽光が届かないから、植物が育たなくて、だから草食系のモンスターを育てることができないわけ。ということは、それを食べる肉食モンスターも飼えないってなるでしょ。まぁ、繁殖して増えるだけ増やしてみようかと思って、試しにジャイアントラットのつがいを入れてみたんだけどね。あっさりと二匹ともミノタウロスの食糧になってしまいました。それで、モンスターを適当に捕まえて迷宮内に送り込んでいたんだよ。

ジャイアントバットは大きすぎて飛び回れないし、スライムは勝手に下に落ちてミノタウロスを溶かしてしまうかもしれないし、マンドラゴラは扱いにくいし、取捨選択も大変なんだ。

水が無くならないように、水源を見つけて、水路を作ったり、空気がなくならないように、換気口を作ったりもした。空気が薄くて死んじゃうなんてナンセンスだからね。

床の厚みをどれくらいにするかで、重量どれくらいのモンスターを配置できるかも決まってくるし。ダンジョンって、設計は簡単じゃないんだよ」


 そんな会話をしている間に、新参者の三人の冒険者は入り口から次々と外へと飛び出していた。

 事実上、最初にこの迷宮から出てきた冒険者となってしまった。

「入ったらいきなりミノタウロスが居てよ、死ぬかと思ったよ」


 チラップの話は続く。

「死体処理なんかもしないと、臭くなっちゃうからね。掃除はスケルトンやゾンビなどのアンデッドモンスターを投入してるんだ。アンデッドモンスターなら魔法で操れるからね。まぁ、ゴーレムでもいいんだけど。土で形を作るより、ゾンビにしろスケルトンにしろ、人の体を元にした方が手間が省けるし、大量にあるからね。なんせ、次から次へと冒険者が入ってくるからね」

「なぜ、そんなことをするの?そんな酷いこと……」

「酷い?本当にそうかな?人間っていうのは、愚かな生き物だからね。人と人が常に争ってるじゃない。戦争とか起こして。領地の奪い合い、食糧の奪い合い、思想の相違、いろいろな理由を並べるけどね。やられる前にやる、やられたらやり返す、それの繰り返しでしょ。滑稽でしかたないよ。

僕の迷宮によって、そんな愚かな争いごとが減ってるんだよ。そして愚かな人間が集まってくるから、それを材料にして、迷宮を大きくしてるんだ。僕なりの世界平和への貢献さ。褒めてもらいたいくらいだよ」

「そんな愚かな人間ばかりじゃないわよ」

 イプシロンは反論を試みる。

「だって、私の兄たちだって……」

 一番上の兄は、自分が一番偉いと思い込んで力でねじ伏せる人間だ。

 二番目は、兄に負けないよう体を作るためと言う名目で、飯を食い漁る食欲の塊。

 三番目は女好きで、腹ませた女の数で兄たちに勝とうとしている。

 四番目は、経済的に兄たちに優位に立とうとしている金の亡者だ。

 思い出せば出すほど、いいところが出てこない。

「でも家族は大事でしょ」

 聞いている人たちには、”でも”の前は意味不明だったが、あえて聞かないでおくことにした。いずれにせよ、説得力の欠片も無い。


「話の途中悪いんだが、俺たちが外に出るには、あの魔法使いをやっつけなきゃならないってことでいいんだよな?」

 痺れを切らしたミノッチがイプシロンに問いかける。

「やるならサッサとやっちゃうぞ」

 ミノタウロスが迷宮の外に出るには、チラップが張った結界を解く必要がある。

「ねぇ、ミノッチは結界で出られないのはわかるんだけど、何故、私も出られないの?」

「それはこっちが聞きたいよ」

 チラップは腕を組んで考えた。

「ミノタウロスの遺伝子に反応する仕組みで結界を作っているんだけど、心当たり無いの?」

「イデンシ?」

 首を傾げながらブーンを見るイプシロン。ブーンは溜息をつきながら解説する。

「つまり、ミノッチの旦那の身体の一部や体液なんかを、姐さんの体内に取り込んだりしてないかってことでやんすよ」

「体内に取り込むって、食べたり飲んだりってこと?」

「そうそう、あとは、例えばお腹に旦那の子どもが居たりとか」

 冗談混じりにブーンが言うと、イプシロンはビックリした表情で自分のお腹にサッと手を当てる。

「いや、冗談でやんすよ」

 そう言われてもイプシロンは考えながら自分のお腹を何度もさする。

「え?まさか、心当たりあるでやんすか?」

「え?いや、でも、そんな……」

 少し顔を赤めながら、ブツブツ言っている。

「でも、昨日の今日で、そんなこと……」

「昨日の今日?」

 ブーンはサッとミノタウロスの方へ顔を向ける。ブーンと目があったミノタウロスは、バツが悪いと言わんばかりに目を逸らした。

「マジでやんすかぁ。いつの間に……」

「雄、いや、男としては、求められると悪い気はしないと言うか……」

 言い訳がましく話し出すミノッチを遮る形でイプシロンが口を挟む。

「ううん、ミノッチは悪く無いの。私が一方的に、でも、ミノッチのは大きくて結局入らなかったし、結局先っちょだけで……」

「いったい何の話してるんでやんすか!」

「昨日の今日ってことだったら、子供ができていなくても、精液が体内から排出されていないだろうし、それに結界が反応した可能性があるよね」

「ああ、そっか、なるほどね」

 イプシロンはやっと納得できた。

 それにしても、自分が寝てる間にそんなことをしているなんて、と、ブーンは頭を抱えた。

「じゃあチーくん、結界解いてよ」

「なんでだよ。やだよ」

 そんなことしてくれないって状況からわかるでしょ、と、ブーンは頭を抱えた。

「ブーン、どうする?」

 イプシロンがブーンに尋ねてきた。

「現状は、ミノッチと私は迷宮から出られないから、出れるのはブーンだけなの。ブーンだけ、一人で外に出る?出たかったんでしょ?」

 一人で外に出る、なんて、考えたこともなかった。確かにそれができる状況だ。ブーンは頭を抱えた。

 一人で外に出て、どうする?元居た住処に戻る?いや、追い出された身だ。それはできない。結局独りぼっちになるだけだ。

「オイラ、一緒にいるでやんす」

「いいのね?」

「ミノッチの旦那と一緒に居たいでやんす」

「じゃあ、結界を解かないとね。どうすればいい?」

「オイラのチカラで結界を解除することは難しいでやんす。上位精霊を携えているらしくって、とてもじゃないでやんすよ」

「じゃあ、やはり奴を倒すしかないってことだな」

 そう言い終わらないうちにミノタウロスはチラップの方へ駆け出した。そして斧を突き出す。斧を振りかざすにはこの通路は狭いので、槍のように突き出したのだ。

 ガキン!

 豪快な音がこだまする。

 斧とチラップの間には、レンガの壁ができていた。チラップの魔法によるものだ。

「危ないなぁ」

 余裕の笑みを浮かべながら呟く。

「ちょっとおとなしく寝ててもらおうかな。あとで元の場所に運んでおくよ」

 チラップは杖をかざして「サンダーボルト」と呟く。

「ウオッ」

 稲妻がミノタウロスを襲い、呻き声を上げてあげて片膝を床についた。

 何とか耐えている。

「あぁ、ちょっと弱すぎたか。あんまり傷つけたくないんだよな」

 独り言を口にしていたのだが、その言葉がイプシロンの耳まで届いた。

「やっぱりチーくんは、ミノッチのこと仲間だと思ってるから本気で倒せないのよね」

「そうじゃないよ」

 呆れたように応える。

「商品価値が下がるのを心配しているだけだよ。ミノタウロスが冒険者に簡単にやられてしまったらダメなわけ」

 それはチラップはミノタウロスを殺したりはしない、ということだと知って、ブーンは安心した。

 ミノッチ自身も承知したのか、体制を立て直して反撃に出る。

「おとなしく寝てればいいのに」

 チラップはミノタウロスの攻撃をかわしながら杖を相手の足の方に向ける。

「アイスストーム」

 ミノタウロスの足を無数の氷の粒が包み込む。床と足が氷でくっつき、動かせない。


「ねぇ、ミノッチ大丈夫なの?」

 不安そうにイプシロンがブーンに尋ねる。

「チラ……チーくんにとって、ミノタウロスの旦那は必要な集客要素なんで、殺したりはできないでやんすよ。ただ……」

「ただ、何?」

「普通の魔法使いが相手なら、これだけ魔法を使い続けると魔力切れで自滅するでやんすが、あいつは他人の生命力を魔力として使っているから魔力切れがないでやんす。どう戦っていけばいいのやら」

 ブーンにもチラップ相手の攻略方法が見えないようだ。

「私、後ろから不意打ちかけようかしら」

 さもいい事を思いついたように、明るい顔でブーンに提案する。

「やめた方がいいでやんすよ」

 即座に却下するブーン。

「えー?なんで?」

「この狭い通路で後ろに回り込むなんて無理でやんす」

「だから、迂回して向こう側に出てくればいいんでしょ?」

「できるでやんすか?迷子になるのがオチでやんすよ」

「そ……」

 そんなことない、と言いたかったが、その可能性が高いことはイプシロン自身が一番よく知っていた。

「じゃあ、私にできることって、何もないの?」

 ブーンは黙っていた。

 だが、なんとかしてミノッチを手助けしたい、という思いは二人とも同じだった。


「おい、本当にミノタウロスがいるぜ」

 腕に自信のある戦士たちが次々と迷宮内に入ってきた。

 奥でミノタウロスが背を向けている。魔法使いと戦っているようだ。

 その手前に女戦士とゴブリンがいる。ゴブリン相手に何手間取っているんだ。

「助太刀するぜ」

 叫びながらイプシロンの方に走ってくる戦士。

 イプシロンの顔に一瞬安堵の色が浮かんだが、すぐに勘違いだと気がついた。

 あの戦士たちにとって、ゴブリンやミノタウロスは敵なんだ。

「待って!違うの!悪いのはあっちの魔法使いよ!」

 だが聞く耳を持たない。

「何を血迷ったことを」

 一人はゴブリンに襲いかかるが、イプシロンがレイピアで辛うじて防いだ。

 その横を別の戦士が走り抜け、ミノタウロスの方へ。

「ミノッチ!危ない!後ろ!」

 イプシロンが叫ぶ。

 ミノタウロスはその声に反応し、振り向きざまにバトルアックスの柄で戦士の剣を薙ぎ払った。

 足の氷をなんとか砕き、自由になったところだった。

 さらに別の戦士がミノタウロスに襲いかかる。

 それを見ていたチラップは、「面倒くせぇなあ」と一人ボヤいた。

 チラップがブツブツ呟くと、チラップの右手の人差し指にエネルギーが集まる。

 それに気づいたブーンは、咄嗟に危険を感じて、イプシロンの腕を掴み、壁際まで引き寄せた。

「ライトニングボルト」

 次の瞬間、薄暗い迷宮の通路を一筋の光が走った。

 光が消えて闇が通路を包み込む。

 同様に静寂も通路を包んだ。

 それは、ミノタウロスを、そして戦っていた戦士も、ブーンを襲おうとしていた戦士も、入り口から入って来たばかりの冒険者も関係なく貫いていた。

 そして至る場所から悲鳴が響き渡った。


「ミノタウロスを殺さないとでも思った?実は次の計画が進んでるんだよ。さらにもう一階地下を増やし、そこにドラゴンを配置する予定なの。やっとめぼしいドラゴンを手に入れられそうなんだ。そうなれば、どの道ミノタウロスは用済みなんだよ。ちょっと計画より早まっただけの話さ。今度はドラゴンの迷宮として、世に知れ渡ることになるね」

 倒れこむミノタウロスに駆け寄るブーンとイプシロン。

 ミノッチの腹部にコインほどの大きさの穴が空いていた。そこから血がドクドクと流れ出している。

 他の戦士たちは、腕を押さえて呻いている者、動かずに横たわっている者、様々だ。

「あいつらは、生きていれば生命力の補充に使うし、死んでいればゾンビとして使うだけだから」


 確かに、下への階段が続いていた。新しい計画というのは脅しではなく事実なのだろう。そうなると、ミノタウロスを本気で殺しにかかってくる可能性が高い。とどめを刺しに来るかもしれない。だが、ブーンはミノタウロスの傷口を押さえて出血を止めようと必死だ。

 イプシロンはチラップに走って喚き立てる。

「なんで、なんでこんな酷いことするの。治せるんでしょ?ミノッチを治してよ!ミノタウロス居た方がいいんでしょ?治してよ……」

 イプシロンはチラップの襟元を掴みとりたい気分なのだが、チラップの魔法のせいで、一定距離以上は近づけない。空気の壁があるようだ。

 走っても走っても、距離が縮まらない。その場で足踏みしているような感じだ。手を伸ばしてもギリギリ届かない。

「あーあ、しばらく準備中にしないと。邪魔者が入ってこられても困るし」

 イプシロンに構う暇がないとでもいうように独り言をブツブツ呟くと、魔法で迷宮の入り口の扉に鍵を掛けた。

 ブーンはミノッチの傍で泣き崩れている。

 そうだ、薬草あったかも、そう思ってザックを探る。辛うじて一房見つけたが、これは煎じて飲ませるものなのか、傷口に塗るものなのか。書物で調べている時間的余裕は無い。

 かすかな記憶を頼りに、葉を無駄にしないように丁寧に揉み、少し水につけて傷口に押し当てる。

「頼むでやんす。助けてほしいでやんす」

 ブーンの純粋な心に生を司る木の精霊が反応した。

「どうか頼むでやんす。助けてほしいでやんす」

 涙ながらに訴え続けるブーン。

「旦那には何度も命を助けてもらってるでやんす。旦那がいないと、生きる意味も見出せないでやんす」

(これだけの傷を治すには、かなりの生命力が失われることになるわよ)

 精霊の声が聞こえた。

「自分はどうなってもいいでやんす。旦那を助けてほしいでやんす」

 涙を流しながら叫ぶブーン。

 ブーンのその不純なものが何一つない澄み切った心に訴えかけられた精霊たち。

 風の精霊シルフ、水の精霊ウィンディ、木の精霊ドライアド、火の精霊サラマンダ。それぞれ、ブーンのひたむきで純粋な心と行動を知っている。

 そんなブーンが涙ながらに訴えている。

 なんとかしてあげたい。精霊たちはそう思った。

 精霊が同情して手助けするなんてことは希有な事だ。

 ブーンの叫びはイプシロンの耳にも届いていた。イプシロンも同じ気持ちだ。なんとしてもミノッチを助けたい。

 イプシロン自身、他の人のためにこんなに必死になるなんて思いもしなかった。

 常に自分がナメられない為に、自己を高め、他人を蹴落とすことばかり。

 それなのに、こんなにミノッチのことを大切に思うなんて。これが愛ってものなのかしら。

 って今はそんなこと考えてる場合じゃない。

 ブーンとイプシロンは同じくミノッチを救いたいと必死だった。

 だが、精霊たちはイプシロンの思いにはなびかなかった。

「旦那を、旦那を……」

 ブーンの元に集まった精霊たちは、ブーンの必死な熱い想いに共鳴し、それぞれの役目を果たそうと動き出した。

 火の精霊はミノッチの冷えつつある身体を温める。風の精霊はその熱を全体に行き渡らせる。

 水の精霊は体内から失われた水分を補給する。

 木の精霊はミノッチのお腹に空いた穴を塞ぐようミノッチ体内の細胞の成長と分裂を促す。

 そんな精霊たちの施術によってミノタウロスの身体全体がぼんやりした光に包まれる。


 チラップはイライラしていた。

 この女もあのゴブリンも精霊たちでさえもミノタウロスを助けようとしている。

 あのミノタウロスをここに連れて来たのは僕なのに。言わば僕の所有物だ。僕の好きにしていい筈なのだ。

 もう必要ないから殺す。そうしないと気が済まない。

 イプシロンを風のシールドで跳ね除け、ミノタウロスにトドメを刺すべく杖を掲げた。


 だが魔法の根源である精霊たちは反応しない。

「なぜ?どうなってるんだ?」

 チラップは今までにない出来事に困惑した。

「精霊たち、僕の言うことを聞けよ!精気を与えてやってるんだ!」

 チラップは叫ぶ。

 何度も杖を振りかざす。だが精霊たちは集まってこない。

 ブーンの周りの精霊たちが、他の精霊にも呼びかけて、待ったをかけていた。


「以前から気に食わなかったのだが、なぜ貴様は我々精霊に命令するのだ」

 死を司る精霊、レイスがチラップに語り掛けた。

「主従の関係を理解できていないお前に手を貸すことはできない」

「何故だ!精気が足りないのか?もっとくれてやるよ!だから僕の言うことを聞け!」

「我々が手を貸せるのは命令ではない。願いだ。強い願いが我々精霊を動かす原動力となるのだ。強く願うと体力も気力も消耗する。それを精気という言葉で置き換えているに過ぎない。無理やり他人から奪った精気は、純粋な願いの前では何の価値もないのだよ」

「何でだよ……。何故だ!何故だ!何故だ!」

 喚き散らす青いローブの魔法使いだったが、その声も届かない。

「もう命令されるのはたくさんだ。貴様は消えろ」



 チラップはいつも一人だった。

 幼いころに両親と離ればなれとなり、父方の祖母に育てられた。

「あの女に騙されて、お前のお父さんはいなくなったのさ」

 祖母は口癖のように、チラップにそう言って聞かせた。

 ”あの女”というのがチラップの母親のことだと知ったのは、もう少しチラップが成長してからだったが、その女の血を引いているということだけで、目の敵にされていた。

 父親は魔法使い、母親は学者だと聞かされていた。母親が、研究のためと父親を連れ出し、それっきり帰ってこなかったのだと。

 父の部屋には魔導書がたくさんあり、小さいころからそれらを読み漁り、独学で魔法の基礎を学んでいった。祖母に八つ当たりされたときは決まって父の部屋にこもって泣きながら魔導書を読んでいた。

 十歳を迎えたころ、若いのに上級の魔法が使えるという噂が広まり、王宮へ招かれた。王宮直属の研究所で魔法を研究してはどうかと勧められ、祖母との生活に嫌気がさしていたため、二つ返事で快諾した。その研究所では、過去の資料も残されており、不老不死の研究もされていた。その研究に母親が関わっていたことも判明した。文献だけでなく、当時のことを知る人にも話を聞くことができた。

 ある研究者が不老不死の薬を開発した。その効果に疑問を持った母が父に相談したところ、父が母と一緒に抗議に訪れたそうだ。その際、実験の名目で父と母にその不老不死の薬を飲ませたらしい。その結果はというと、脳がやられても血液が流れなくなっても死なない体になったそうだ。不老不死とは名ばかりで、ゾンビになる薬だった。死体に魔法をかけて操作するゾンビが主流だが、魔法を使わずゾンビにする薬。命令を出す者がいないため、目的もなく徘徊する。王宮の魔法使いでも手に負えず、今も地下牢に入れてあるらしい。そのゾンビ達を何とかしてほしいというのが、チラップが与えられた主な研究テーマだった。王宮としては、人間に戻すのはすでに諦めており、いかに被害を少なく処分できるか、ということだった。ここでいう被害とは、王宮への風評被害のことであり、できるだけ誰にも知られることなく葬り去ってほしいとのことだ。

 実物を目の当たりにしたとき、チラップは愕然とした。自分のことがわからない両親。眼球が垂れ下がり、見えているのかもわからない。

「こんなのは僕の親じゃない」

 何もかもに絶望した。父も母もいらない。祖母もいらない。両親をこんな姿にした王宮への憎悪も膨れ上がった。

 そして、王宮の言いなりになるのではなく、こちらが王宮を利用することを考えた。

 


 闇に飲み込まれながら、チラップは十数年の短い人生を振り返っていた。


「チーくん!」

 イプシロンは叫んだが、チラップの姿は消えていた。



「この迷宮ってチーくんが作ったんでしょ?チーくんが居なくなったら崩れちゃったりするんじゃないの?」

 不安いっぱい浮かべてブーンに問いかける。

「あいつの魔法の力で維持されていた部分は崩れるでやんすが、物理的に作られているものについては崩れたりしないでやんすよ」

「ブツリテキ?ふーん……」

「分かりやすく言うと、魔法で作った柱は、魔法が消えたら無くなってしまうでやんすが、倒れている柱を魔法で立てたとしやすよ。魔法を解いても柱は立ったままでやんしたら、それは崩れたりしないでやんす」

「じゃあ、この迷宮はどっち?」

「知らないでやんす」

「えー?!」

「いや、作った本人でないと分からないでやんすよ。まぁ、たぶん大丈夫だとは思うでやんすけど」

「んんー」

頭を押さえながら体を起こすミノッチ。

「あ、ダメよまだ。カラダ休めとかなきゃ」

ミノッチに駆け寄るイプシロン。

「もう大丈夫だ。ありがとう」

「ううん。ブーンと精霊たちのおかげ。私、結局何の役にも立てなかった」

「そんなことないぞ」

とイプシロンの頭を優しく押さえるミノッチ。

「お前ら二人とも、一人きりの私に寄り添ってくれて、感謝しかない。この姿を見ただけで怖がって去っていく奴らばかりだったからな」


「一人でも平気だと思っていたが、仲間がいると楽しいな」

ミノタウロスの表情は、わかりにくいが、微笑んでいるようにも見える。

「なんだか、最初に会った時よりも、まるくなった感じでやんすね」


「さて、ここから出るか」

 無事結界も解除されており、難なく入口の扉にたどり着いた。

 扉は鍵がかかっていたが、バトルアックスで扉ごと粉砕された。その瞬間、眩いばかりの光が三人の目に入ってきた。

 外は晴天のようだ。青空が広がっている。

 イプシロンにとっては数日ぶりの外の世界だったが、もう随分久しぶりのように感じていた。思いっきり両手を上げて伸びをする。

 ミノッチとブーンは、まだ光に慣れていないようで、目を細めている。

「これからどうする?どこかでひっそり暮らす?それとも冒険に出かけちゃう?」

「そうだな。まずは、腹ごしらえだな。外の世界の食べ物を堪能しなきゃな」

「オイラもおなかペコペコでやんす」

「私も。やっとまともな食事にありつけると思ったらたまらないわ」

「姐さんは自宅に帰らないでやんすか?」

「うーん、今はまだいいわ。もう少しみんなと居たい」

 迷宮の入口からは王都へと続く道が続いている。

 三人はゆっくりと、一歩ずつ、確かな足取りで歩きだした。



 主を無くした迷宮は、王都の兵士たちに探索され、牢に閉じ込められていた人々はチラップの魔法から解放されたものの意識不明のまま発見された。

 最下階(ミノタウロスが居た階のさらに下の階)には、二体のゾンビだけが徘徊していた。


挿絵(By みてみん)

短い小説ですが、執筆に5年程掛かってしまいました。このサイトのおかげで完結させることができ、感謝しています。

拙い文章ですが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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