警戒
どれくらい時間が経ったのだろう。
イプシロンは物音で目を覚ました。
暗闇の中に何か聞こえる。足音のようだ。人間か?
腰のレイピアに手をかけて警戒するイプシロン。
隣で「うーん」とうなりながらブーンが体を起こした。
気づかれた!ブーンを睨みつけるイプシロン。だが、それにもブーンは気づかない。頭を振りながら両腕を上げ大きく伸びをした。
「誰かいるの?」
暗闇の中から声がした。若い男、青年というよりも少年の声のようだ。
恐る恐る、イプシロンも声を出してみた。「誰?」
「よかった、人間だね、助けてほしいんだ」
そう言いながら声の主は明かりを点けて近づいてきた。
何者かわからない相手にイプシロンはまだ警戒しつつ、少年が歩いて来るのをじっと待った。
「仲間とはぐれちゃって」
どうやら冒険者としてこの迷宮に入ったらしい。それを聞いて安心したイプシロンはようやくレイピアから手を離した。
少年は杖を持ちローブを身にまとっていた。その杖の先端が光っている。
「魔法使いなの?」
「うん、まだ見習いみたいなもんだけどね」
その割には、身に着けているローブも杖も高級そうな装飾がされていて、見習い魔法使いが所持できるようなものには見えない。
「おねえちゃんは一人なの?」
「こっちにもいるでやんすよ」
予期せぬ方向から声がしてビクッとした。女性の腰当たりまで視線を落とすと、醜いゴブリンの顔があった。
「ゴ、ゴブリン!」と一歩下がって戦闘態勢に入る少年に「待って待って、攻撃しないで、仲間なの」と慌てて声をかける。
腑に落ちないながらも攻撃の手を止めた少年は、傍らのゴブリンを睨みつけていた。
「もう一人仲間がいるでやんすよ」
と言われたので、少年はイプシロンの周囲を見回す。次の瞬間、魔法使いの少年は大きく口を開けたまま固まった。
「う、う、うしろに!ミ、ミ、ミノタウロスが!」
まぁ、そうなっちゃうわねー、と反応を半分楽しみながら、「まぁまぁ、大丈夫だから、落ち着いて」となだめた。
どんなに弱い魔法でも、変な魔法をかけられては困る。多少の攻撃魔法をミノッチに当てても平気だろうが、防御力や攻撃力を落とされると今後の道中困ることになるし、姿を変える魔法なんかかけたらたら大変だ。魔法は使わないように、と強く念を押した。
ミノッチは人間の少年と一瞬目が合ったが「フンッ!」と鼻息を荒げてそっぽを向いた。
イプシロンは「まぁまぁ、そんなにけんか腰にならないで」とミノッチをなだめた。
「私はイプシロン。よろしくね。こちらはミノッチ。見ての通り、ミノタウロスよ。そしてこの子はゴブリンのブーン。なんと、魔法も使えるのよ」
それを聞いた少年はブーンを横目で見つつ、鼻で笑った。明らかに信じていない様子だ。ゴブリンが魔法なんてありえない。
ブーンは傍に落ちていたランタンを手に取り、魔法で火を点けた。
少年は二度見した後、見開いた目でブーンとランタンの火を交互に見ていた。
その様子を見たブーンは得意気になり、両腕を組んで顎を突き出した。
「僕の名前はね、こう書くんだ。読める?」
「えーと、チ、ア、アップ?えー、チラップ?」
「そうそう、その名前で呼んで」
イプシロンはチラップの名前を言った瞬間、スーッと何かが抜けるような気がした。気のせいかもしれないが、そんな気がした。
ブーンは周囲の精霊がざわつくのを感じた。
「ねぇ、君の名前って、チア・アップ、つまり元気をあげるって意味にも捉えられるのね。いい名前ね。人に元気を与える人間になってほしいって、両親の願いが込められているのね」
「あ、う、うん、そうかもね」たどたどしい返事をする少年。
「ん?どうかした?」
「いや、ごめん。両親二人とも、もう死んじゃってるから」
「え?そうなの?ごめんなさい。悪いこと言っちゃったかな。つらいことを思い出させちゃったのかもね。ごめんね」
「ううん、大丈夫」
「ねぇ、チラップのご両親って、いつごろ亡くなったの?何が原因?どんな仕事してたの?」
少年の心に土足で踏み込むイプシロン。デリカシーの欠片も無い。
「チラップってなぜこの迷宮に入ったの?何人で来たの?どんな魔法が使えるの?」
イプシロンの質問攻めは止まらない。
ブーンは、チラップの名前が呼ばれる度に精霊がざわざわしていることに疑問を感じていた。
「ねぇ、チーくんの仲間ってどんな人だったの?」
いきなり呼び方が変わったチラップは困惑した。
「チーくんって、僕のこと?」
「そう、チーくん、かわいいでしょ」
チラップは何か言いかけたが、諦めて言葉を飲み込んだ。
ブーンは精霊のざわつきが治まったことに気づき、ホッとした。あのざわつきは何だったのだろう。
「チーくんはどうする?もちろんミノタウロスを倒すためにここに来たんだろうけど」
「うーん、やっぱり倒すのは難しそうだし、諦めて帰ろうかな。でも、先に仲間を探さなきゃ」
「そうよね。じゃあ、探すの手伝おっか?いいよね?ミノッチ」
「フンッ!好きにしろ」
「じゃあ、決まりね」
なぜこっちに聞いてくれない、とブーンは一人すねた。
チーくんの仲間は大柄の戦士と細身の戦士、そして魔法使いの三人だったとのこと。
「もしかして、あのバーベキューやってた人たち?でも一人足りないか」
「まぁ、よくある編成のパーティでやんすからね」
ここに訪れる冒険者も数知れず、戦士と魔法使いの構成はありきたりで、何の情報も無いに等しい。
「もうちょっと変わった構成なら、探しようがあるんだけどね。パーティにゴブリンがいるとか」
「なんすか、それ。喧嘩うってるんでやんすか?」
「違うわよ、褒めてるのよ」
「意味がわからないでやんす」
とはいえ、ほかの冒険者に出くわすこともそれほど多くはないため、出会った人たちに尋ねていくしかない。
「どこから来たか、道は覚えてる?」
「うん、こっち」
そう言ってチラップは先頭を歩き、イプシロンたちはそのあとに続いた。
何のためらいもなく前を歩くチラップ。若いから記憶力がいいのかしら、イプシロンがそんなことを思っていた矢先、ジャイアントラットが大量に現れた。
「たいへん、私がおとりになるわ」
とチラップとは通路の反対側へと駆け出すイプシロン。だが、巨大なネズミたちはイプシロンには目もくれず、チラップだけを狙っているように見受けられた。しばらくどうしようか考えていたチラップだったが
「ええい、面倒くさい!」
というや否や、杖から稲妻が迸る。一瞬で大量のネズミが黒焦げになり、床一面に倒れた。
「サンダーストーム……?かなり上級の雷魔法でやんすけど?」
ブーンとイプシロンは目を疑った。あんなのを食らったら人間はもとよりミノタウロスであってもただじゃ済まない。
チラップを怒らせないようにしないと、と二人は顔を見合わせた。
ブーンは、チラップがあれだけの大きな魔法を使ったにも関わらず息も切らしておらず平然としていたことにも驚いていた。
「そこ、落とし穴あるからね」、「そっちに曲がると行き止まりだから」、「あそこはモンスターの巣窟なんで近づかない方がいいよ」
さすがに通ってきた道だけあってか、かなり詳しい。
道案内もさることながら、ブーンは魔法について聞きたいことがたくさんあったので、その好奇心を抑えることができず、チラップに尋ねた。
魔法はどこかで習ったのか、いつから魔法を使えるのか、どんな魔法が得意なのか、持っている杖で魔法は強くなるのか、魔法を使っても疲れてないみたいだけど秘訣があるのか、いろんなことを聞きたかった。
「どこいつどんな魔法の杖?でんす?」
どれから聞こうか迷いながら、ごちゃごちゃになってしまった。ブーンの言葉に反応せず、淡々と歩き続ける。
「あ、その壁に触るとトラップが発動するから触らないで」
頼りになるなぁ、と思った矢先、チラップは足を止めた。
「この辺りではぐれたんだ」
そこは十字路になっているところだった。
「だから、ここから先はちょっと行ったことないから何があるかわからない」
気を引き締め直す一行。
「こっちの通路を行ってみよう」
通路の一つを躊躇なく選択し、歩き始めるチラップ。警戒しながらそれに続くイプシロン達。しばらく進むと広い空間に出た。
「あれ?ここ、さっきと同じ場所?」
「いや、違うよ」「ちがうでやんすよ」チラップとブーンが同時に言う。
「似てるでやんすけどね」
うんうん、とうなずく若き魔法使い。
「ふーん……。でも、なぜ違うとわかったの?」
イプシロンはブーンに問いかける。チラップもそれには興味があるように、ブーンの回答を心待ちに耳を傾けた。
すると、ブーンは得意気になって、手に取った物をひらひらと見せびらかす。
「何よ、それ」
「こいつを、曲がり角やちょっとしたポイントにこすりつけて目印をつけているでやんす。これで、一度通った場所かどうか、わかるでやんすよ」
イプシロンは、そのヒラヒラした物をブーンの手からさっと取り上げた。どこで手に入れたのか、独特の匂いのする葉っぱだった。
「なぁーんだ」
とガッカリした感じで、葉っぱをブーンに返す。
「な、なにを期待してたでやんすか……」
ボソッとブーンはつぶやいた。
一方チラップは、ホッとしたような、あるいは勝ち誇ったかのような、不敵な笑みを浮かべていた。
「教えなきゃよかったでやんす……」
そんなブーンの肩を、ポンっと叩いたのはミノッチだった。
振り返るブーンに、ドンマイと言葉にはしないが、ミノッチはゆっくりうなずいた。
チラップの先導で警戒しながらゆっくりと足を進めていたところ、振り向きざまにチラップが叫んだ。
「あ、危ない!」
その瞬間、イプシロンたちの体は宙に浮いた。いや、足場が急に消えたのだ。今までの落とし穴とは違う。
落下はしたが、ミノタウロスに支えられ、怪我も無く事なきを得た。
「おーい、大丈夫?」
上からチラップの声がする。見上げると、チラップの杖の明かりがぼんやりと見えるだけだった。
「僕はこっちの方を探してみるよ」
「一人で大丈夫?」
「うん、平気!じゃあね!」
そう言うと、ぼんやりした明かりも無くなり、暗闇が広がった。
ミノッチは、落ちてきたところを登ろうと、バトルアックスを上に放り投げる。
だが、ガツンとぶつかって落ちてきた。その斧の刃は、ランタンを点けているブーンの腕のすぐ側の床に突き刺さった。危うく腕を切り落とすところだったブーン。震えながらミノッチの方を睨む。ブーンのその眼には涙が溢れていた。
「穴が塞がっている……?」
「いや、塞がっているというよりも、元々穴なんて無かったように、天井があるだけのようだ」
ブーンの涙にも気づかずに、イプシロンとミノッチが落ちてきたところについて考察している。
「どういうことだ?」
「まぁ、上に行けないなら、他の道を探しましょ」
しばらく歩き回ると、見覚えのある場所に出た。
「あれ?ここって……」
「振り出しに戻ったな」
「えー!?なんで!?」
あっけにとられるイプシロン。
ブーンは辺りを詳しく調べている。
「確かに、この宝箱は出発したときと変わりないでやんすね。ただ……」
解せない顔をしながらブーンは続ける。
「おいらが付けた、目印が無いんでやんす」
「え?じゃあ、似てるけど別の場所ってこと?」
「いや、そうとも言い切れないでやんす。何やら、消されたような跡が見られるでやんす」
ブーンは、自分が印を付けたはずの場所を指で触りながら言った。壁には湿っているところがある。水分をつけてこすって洗ったような感じだ。
「あーあ、せっかくいいとこまで行ったのに」ぼやくイプシロン。
いいとこまで行ったかどうかは誰もわからないが、そこはツッコまない大人な対応の二人。
「まぁいいや、気を取り直して進みましょ。どうやって上まで行ったんだっけ?」
意外に気持ちの切り替えが早いイプシロンだった。
「あぁ、確か、落とし穴から上に行ったでやんすね。えーっと、まずはその先を左に曲がって行くでやんすよ」
イプシロンは、ゴブリンよりも覚えが悪い自分に嫌悪感を抱いた。
以前通った所とはいえ、懐かしさを感じることもなく、通路を再び歩き始める三人。
「そういえば、チーくんの仲間、探さなきゃ」
「ほんとに、仲間なんているんでやんすかねぇ」
「え?」びっくりしたようにブーンに振り向くイプシロン。
「え?何?どういうこと?チーくんが嘘ついてるってこと?」
怒ったように詰め寄る。
「あんまり簡単に人を信じすぎない方がいいでやんすよ」
「はあ?何よゴブリンのくせに!だいたいゴブリンより信頼できるわよ!」
面倒くさいなぁ、と思いながら
「じゃあ、まぁ、出口まで向かいながら、チーくんの仲間を探すでやんすね」
と、とりあえずイプシロンの機嫌を損ねないように気を遣うブーン。
「ミノッチの旦那もそれでいいでやんすか?」
「ああ、急ぐ用事でもないからな」
歩き回れど、冒険者たちには遭遇しない。
そういえばこの辺でジャイアントラットを倒したっけ。でも、死骸が見当たらない。それどころか、血の跡も見られない。暗い場所とはいえ、血が乾いたとしても跡は目に見える程度には残るはずだ。血まで舐め尽くすような掃除屋がいるのだろうか。
前回落とし穴から上の階に上った地点へ辿り着いた。
「ここから上ったのよね」
同じようにバトルアックスを投げる。
だが、投げたバトルアックスは跳ね返って落ちてきた。
「え?落とし穴が無くなっている?場所はあってるわよね?」
確かに同じ場所のはずだった。だが少しずつ様子が違う。
「まぁ、仕方ないから別のルートを探すでやんすか」
チーくんの仲間を探す目的も兼ねれるから、イプシロンも賛成した。
薄暗闇のなか、向こうで明かりが見えた。冒険者らしい。
チラップの仲間かどうか確かめるために、イプシロンは足早に近づいた。ブーンもそれを追いかける。
「ねぇ、ちょっといい?」イプシロンが声をかけて呼び止める。冒険者は三人いて、一斉に声の方向に振り返った。
とっさにその中の一人が剣を取りだし振りかざす。
いきなりの攻撃にびっくりしたイプシロン。「ちょっと待って、何するの!」
そんな言葉も無視して剣が振り下ろされる。狙いはイプシロンではなくその後ろだった。
ぎりぎりのところでブーンはピョンと壁に張り付いた。ブーンもびっくりして「な、なんでやんすか!」と震えながら声を出すのが精一杯だ。
「ちょっと何するの!」イプシロンは声を荒げて戦士に詰め寄る。
「はあ?ゴブリンに追いかけられていただろ?助けてやろうとしただけだ」
ああ、そうか、確かに。普通の冒険者なら、ゴブリンが居たら攻撃しちゃうか。
「この子はブーンっていうの。仲間なの。攻撃しないで」
「ゴブリンが仲間?ゴブリンしかパーティ組んでくれる奴いなかったのか?」
バカにしたような口調で言う。
「でも、ブーンはゴブリンだけど凄いのよ。魔法が使えるの」
「はっはっはっ!ゴブリンが魔法?そんなわけあるか!バカじゃない?」
ホントにバカにされた。
それならブーンの魔法を見せつけてやるしかない。ブーンの名誉のために。そしてイプシロン自身の薄っぺらいプライドのために。
「ブーン、やっておしまい!」
「なんでオイラが?」
「悔しくないの?あんな事言われて。魔法でこてんぱんにやっちゃいなさいよ」
「でも、攻撃魔法は使えないでやんすよ」
「え?」
「せいぜい、明かりを灯すくらいしか」
そう言って手にしていたランタンの火を消してから、ブツブツ呪文のようなものを言うと、フワッとランタンに明かり付いた。
「そんなんで魔法使えるとか言ってんじゃねぇよ。魔法道具でも使ってるんじゃないのかよ」
冒険者たちはゴブリンが魔法を使えることを認めようとしない。
「もっと何かないの?」悔しそうにイプシロンがブーンに詰め寄る。
そういえば、チラップは雷魔法を出していたっけ。えっと、水の魔法で水蒸気を作って、さっき仲良くなった風の精霊シルフにもお願いして水蒸気を集めて静電気を作って、それを向こうに放出、こうかな?えい!
その瞬間バチッ!という音とともに、小さい稲妻が迸る。地面に向けて。
「あれ?地面に行っちゃったでやんすね。あぁ、そうか。水魔法をもう一つ使って電気の通り道を作ってやらなきゃならないでやんすね」
危ない危ない、一歩間違えれば、自分や仲間に放電してしまうところだった。空気よりも水の方が電気を通しやすいので、水蒸気で電気の通り道を作らないと、どこに放電するかわからない。確か昔読んだ魔導書にはそのようなことが書いてあったと、ブーンは記憶をたどりながら、そして精霊と会話するようにブツブツ何かを唱えている。
今度はしっかり、手順を間違えないように慎重に、静電気を溜め、水蒸気の道を敵まで伸ばし、発射!!
かなり時間がかかったため、あくびをしていた戦士一人に見事命中した。
バチッ!「うぉっ!イテッ!びっくりした!」
電撃の魔法は確かに戦士に直撃したのだが、魔法自体弱かったことや、金属でできた鎧を身にまとっており電気のほとんどがその鎧を伝ってしまい身体への影響が皆無だったこともあり、戦士はダメージを受けていないに等しかった。
「み、見た?これがこのゴブリンの魔法の力よ!」
イプシロンは強がって言ったはいいが、思ったよりも効果が小さかったので、額には冷や汗が浮かんでいた。
「なんだよ、この程度?ガッカリだよ。はっはっはっ」
「ちょ、ちょっとぉ!普通こんな場面って、ズドーンと一発かまして見返してやるところじゃないの!?」
「やっぱり付け焼刃じゃ、あの少年のような凄いのは出せないでやんすよ。それに、狙いどころもしっかり考えないと。相手の装備や、当てる部位なんかによっても効果が変わってくるでやんす」
ブーンはブツブツと今回の自分の魔法についての反省をつぶやいていた。考えることが多くてなかなか難しい。もっと練習しなければ。チラップの魔法の凄さを改めて思い知らされることとなった。
イプシロンは恨めしそうにブーンに目をやった。ブーンの魔法を自慢げに話した割には、その力を見せつけることもできず、逆に自分が笑われてしまう立場になってしまった。かと言って、ブーンも精いっぱいのことをしてくれたのは分かっている。悔しいが、どうすることもできない。
悔しさのあまり、相手を睨みつけることしかできないイプシロン。
そこにミノタウロスがゆっくりやってきた。
「何かあったのか?」
イプシロンの顔がぱぁっと明るくなった。
「ミノッチ、やっておしまい!」そう言って冒険者たちの方向に指を突き付ける。
「何をだ?」
よく見ると、指した方向には冒険者達の姿はない。ミノタウロスを見た瞬間、逃げていったようだ。
「で、あいつの仲間だったのか?」
「あ、忘れてた」
「まぁ、またそのうち顔を出すだろうよ。俺様を狙ってきてるんだろうからな。今はどこかで態勢を立て直しているところだろ」
そうか、ミノタウロスと一緒にいる限り、モンスターだけでなく冒険者も敵になってしまうんだ。ゴブリンは逃がしてくれるかもしれないが、ミノタウロスはそうはいかない。ミノタウロス討伐の目的でこのダンジョンに入ってきているのだから。何とかして説得させることはできないかしら。
「そう悩むな。冒険者どもはこっちで対応するから安心しろ」
そう言って、イプシロンとブーンを先に進ませる。
しばらく経ったころ、後ろから断末魔が。
「結局チーくんの仲間かどうか聞けなかったじゃない」
でもバカにされたお返しはできたかも、とイプシロンはほくそ笑んだ。
「まぁ、あんな嫌な奴ら、チーくんの仲間なわけないわよね」
言い訳じみた独り言をつぶやきながら笑みをうかべるイプシロン。それを見たブーンは不気味に思った。
ありがとうございます。
感想等聞かせてもらえると嬉しく思います。