一歩
ミノタウロスの迷宮、そう呼ばれていたこのダンジョン。
生きて帰って来たものはいない、と噂されていた。
すべてミノタウロスに殺されてしまったのだと思っていた。
だが、違っていた。
ミノッチの話によると、もちろんそれを信じるならば、だが、これまで冒険者に傷は負わせても命を奪ったことはないらしい。怖いのは、ミノタウロスではなく、この迷宮そのものだ。生きて帰ることができない仕組みになっているのかもしれない。
「誰も、この迷宮から出ていった人はいないみたい。逃げていった彼らも、出口に辿り着くまでにどこかで命を落としてしまうのかもしれない。何が起きているのか、知りたいの」
「なるほどな」
「おいらも、なんか興味が湧いてきたでやんすよ」
「たしかに、ここにずっといるよりは、気分転換できるだろうしな」
「おいらたちが、出口から出る一番乗りってことでやんすね」
「ミノタウロスの迷宮から、ミノタウロスが出てきたら大騒ぎになるでしょうね」
どうやら、三人の方向性は決まったようだ。
出発するために荷物をまとめる。
戦利品の中にはいろんなアイテムがあるが玉石混交だ。その中から、役に立ちそうなものを取捨選択するブーン。だがあまり重い荷物は持っていけない。金貨や宝石の類もたくさんあるが、迷宮の中では役に立ちそうにない。迷宮から出た後は換金するなりして役に立つだろうが。
「私、これもらっていい?」
とクロスボウを手に取った。弓を引くチカラが足りない女性には有効な遠距離用の武器だ。だが、矢にも限りがある。
「自分で持つならいいでやんすよ」
「一度使ってみたかったのよねー」
素人でも、矢はよく飛ぶ。援護にも使えるかもしれない。うまく行けば命中し、致命傷を負わせることもできる。
「仲間に当てるのは無しでやんすよ」
「わかってるわよー」
味方に当たれば、味方が致命傷を負う。ミノタウロスの強靭な肉体を持ってしても、クロスボウから放たれた矢は侮れない。
それよりも、自分が危ないと思ったブーン。イプシロンより前には行かないよう注意しなきゃ、と胸に刻んだ。
金貨や宝石類は、必要なものを詰めたザックの空いたところに入るだけ入れることにして、とりあえず必要なものを選定しなければならない。薬草、毒草の類、記録するための羊皮紙と羽ペン、ロープ、水筒になる金属製の容器、火をつけるための石、燃える水の入ったガラス瓶、毛布、寝袋・・・なんだかんだとザックが重くなってしまう。何かの役に立ちそうだけどいるかどうかわからない物、あった方が便利だろうけど無くてもなんとかなりそうな物、絶対に欠かせない物、とを選別して検討していく。
まずは入れ物であるザックの検討から始めなければならない。いろんな冒険者がいろんなサイズのザックを置いていった。3人にあったザックを選ぼう。
だが、困ったことがある。ミノッチには大きな荷物を期待していたが、ミノッチに合うサイズのザックが無い。まぁ一番大きなサイズのザックをミノッチにしておこう。二つくらい持てるかもしれない。肩に担ぐことはできそうにないので、腰に結び付けなければ。よいっしょ、と、ブーンはミノッチのザックに使うかもしれないが使わないかもしれない品物をいれた。ブーン自身のザックには、自分がよく使うもの、自分しか使わないであろう物を詰めた。記録類や書物の類である。あとは金貨と宝石を重くならない程度に入れた。いや、最初はザックに入るだけ入れていたのだが、重くて持ち上げることもままならなかったため、運べる程度の重さになるまで宝箱に戻したのだった。もちろん、ミノッチに持ってもらうザックには満タンに金貨や宝石類が入っている。
イプシロンの分は自分でやってもらおう。
イプシロンは自分のザックを持っているため、それでいいとのこと。
イプシロンも自分のザックに残っている金貨などを詰めれるだけ詰めた。
「そんなに入れて、持ち運べるんでやんすか?欲望の塊でやんすね。これだから人間ってのは」
ブーンは自分のことは棚に上げて、上から目線で嘲笑した。
悔しいながらも言い返せないイプシロンは、ブーンを睨みながらしぶしぶ宝箱に金貨を戻す。
結果、かなりの量の金貨を宝箱に残すことになった。
「これぐらいは置いておきましょう、ここまでこれた冒険者へのご褒美として」
イプシロンとブーンはお互いを見てうなずいた。
「そういえば、これはどうするでやんすか?」
ブーンが手にしているのは、見覚えのあるフルフェイスの兜だった。
「これって、私の?すっかり忘れてた」
受け取った兜を被ってみる。鉄の重みが首に圧し掛かる。
「まぁ、これで顔は守れるわね」
「普通、顔よりも頭の心配をするでやんすけどね」
それを見ていたミノッチが一言告げる。
「視界が悪くなるのと、動きが鈍くなるのは避けた方がいいと思うがな。まぁ、好きにしろ」
確かにスリットから覗く形になるので、その分視野が狭くなる。もともとは女だと思ってなめられるのを避けたかったから付けていたに過ぎない。これを付けていれば、しゃべらなければ女とは思われない。今となってはどうでもいいことだ。
イプシロンは兜を取り、宝箱に収めた。置いていく決心がついたようだ。
「この鎧も置いていくでやんすか?」
ここに来た時に身に着けていた鎧。背中の部分と踵の部分が若干へこんでいる。
「これを着て走り回れるくらい体を鍛えていたんだけどね。打たれ強くはなるけれど、機敏さが保てないし、高かったんで勿体ない気もするけど、置いていくわ」
いざとなればミノタウロスの陰に隠れればいい、鎧の重量分の代わりに多くのお宝を持っていける、そんな思いを隠しながら鎧を床に置いた。
「じゃあ、この兜もその鎧とセットでいいでやんすね」
宝箱から先ほどの兜を取り出し、鎧の方に放り投げた。
「ちょっと!人の物を粗末に扱わないでよ!」
「え?いらないでやんすよね?捨てていくでやんすよね?」
確かにそうだ。そうなのだが、何故か腹が立った。
置いていくとは言え、これまで自分が愛用してきた品物だ。愛着があるということなのか。そんな品物を他人が粗末に扱う様を見るのは、苛立ってしまう。だが、うまく表現できない。このゴブリンを言い負かしたい。だがそれもできない。たかがゴブリンに反論できない自分にもイライラする。っていうか、この生意気なゴブリンに腹が立つ。
「ふん!もういい!」
ゴブリンとミノタウロスは顔を見合わせるしかなかった。
*
ここを出発したら、どのくらい歩くことになるのか、検討もつかない。
ブーンはイプシロンに、迷宮に入ってどのような道のりでミノタウロスのところまでたどり着いたのか尋ねてみた。
「入ってからここまでは三日くらい歩いたと思うんだけど。いろいろ迷って落とし穴に落ちたりしたし、基本的にパーティと離れることができないので、ついていくだけだったわ。だからどこをどう歩いたのかわからないの」
予想通り、あまり役には立たない。
ブーンは自分の時はどうだったろうか、と思い出していた。
「おいらは、次から次へと現れるモンスターから逃げ回っていたんで、ルートは覚えていないでやんすよ。それも随分前のことでやんすからね」
さすがのブーンも逃げながら地図を作っていく余裕は無かったようだ。
「そもそも、なぜ、ゴブリンがここにいるの?この迷宮のために用意された魔物じゃないの?」
イプシロンが素朴な疑問を投げかけた。
「もともとは東の方にある村に居たんでやんすけど、あ、村っていうか、まぁ洞窟でやんすけど、人間から見たら、ゴブリンの溜まり場にしか見えないかもしれないでやんすね。ゴブリンって欲望に正直な種族でやんすけど、まぁ基本的に性欲と食欲なんでやんすが、オイラは知識欲が強くて、周りの仲間たちとは違うってんで、いじめられてたでやんすよ。人間の民家を襲って、他のみんなは食糧をかき集めていたとき、オイラだけ書物を集めてたでやんす。それで周りからいじめられるようになって、逃げてきたでやんす」
「民家を襲って?やっぱりあなたも悪いゴブリンじゃない!」
と言って、サッとレイピアを抜くイプシロン。
「いやいやいや、嫌々やらされてただけでやんすよ。そんな生活に嫌気がさして、逃げてきたんでやんす」
「さっき、いじめられて逃げたって言わなかった?」
「あ、いや、だから、いじめられて、生活に嫌気がさして、逃げたでやんす。それに、誰も殺してないでやんすよ。逆に、そんな子供まで殺さなくてもいいんじゃって庇ったでやんす。あ、それでいじめられたでやんすか。あれはいじめ、っていうより、もう殺されかけたでやんすね。で、逃げて、そんなとき、雨宿りのつもりで入ってきたのがここだったでやんす。そんなこんなで、ミノタウロスの旦那と出会って、話し相手をしてきたでやんす」
「そうだったの……」とレイピアを鞘へ戻す。
本来は討伐すべき魔物であるゴブリンだが、すべてのゴブリンが悪い魔物だとは言い切れない。ゴブリンであっても良い奴悪い奴がいる。それは人間でもそうだ。良い人間悪い人間がいる。人間だから、ゴブリンだから、といって、そこで線引きするのはおかしいのかもしれない。もちろん、ミノタウロスだってそうだ。それに、女とか男とか、そういうもので線引きするのもおかしい。イプシロンは世の中の線引き志向に憤りを感じずにはいられなかった。
*
「さて、どう進みやしょうか?」
ブーンが問いかける。
「右手法、左手法がオーソドックスなダンジョン攻略の方法でやんすが、スタート地点とゴール地点が同じ壁で繋がっていなければならないという大原則がありやすからね。ここでは使えないと思うでやんす」
右手法とは、壁の右伝いに進んでいく方法である。壁に常に右手を付けて歩くようになるので、そう言われている。左手法は反対に左側の壁を伝っていくもの。どちらも伝っていった先にゴールがあることが前提の歩き方である。壁に囲まれた迷宮の内側に階段などの目的地がある場合はこの方法は使えない。ゴールにたどり着かずに一周してしまうことになる。
「あの水に沿って行けば川にでもたどり着けるんじゃない?」
イプシロンが言う。
「出口ではなく別のルートから脱出するという視点はいいでやんすが、あの排水の行き先がどこかもわからないうえ、人が通れるだけのスペースがあるとは思えやしやせんねぇ。下手したらみんなで溺れ死ぬことにもなるかもしれやせん。確かに一つの方法ではあると思うでやんすが」
泳ぎが苦手なブーンはそう言って否定した。
ブーンには、地道に地図を作っていく方法が、時間がかかるが確実な方法に思えた。
「地図を作っていくしかないでやんすか……」
それを聞いたミノッチは、
「そんなチマチマしたことしなくていいだろう。壁にぶつかったら行けるところを探せばいいだけだ」
ミノッチは、何歩進んだかを数えて線を引き、どの方向に曲がったかを考えて線を引く、そんな作業をするのも見るのも苦手だ。自分がやらなければ別にいいと思っていたが、その作業で待たされることにイライラしてしまうのだ。
「じゃあ、旦那の言う通り、行き当たりばったりで行きやしょうか」
ということに落ち着いた。
だが不安が残っているブーンは、地図を作るのではなく、通った場所に印を付けて、一度通った所であるかどうかだけでも判断できる方法を思いついて、それを実践することにした。
「準備はいいか?」
ミノッチが腰をあげる。
さて、いよいよ出発だ。
ミノッチは、何となく寂しそうな目で今まで暮らしてきた場所を見渡した。
そして三人は新しい未来へ向かって一歩を踏み出した。
進んでも進んでも、変わらない景色。どこも同じようなレンガ造りの壁だ。わずかなたいまつの光で薄暗い迷宮を進む。ブーンは曲がり角の度に、どの方向からきてどちらに曲がったかを壁に書き記した。
どれくらい歩いただろうか。進んでいるのか戻っているのかもわからない。とりあえず、まだ同じ道に戻ってきてはいないことだけは確信していた。
それにしても、これだけ歩いたにもかかわらず、モンスターにはまだ遭遇していない。ミノタウロスを見て逃げているのだろうか?
それは好都合でもあるのだが、食糧が調達できなくなるという点では厳しい面でもある。
食べ物の匂いがする宝箱も持って来れば良かったのかもしれない。
そんなとき、アリが現れた。アリと言っても人の膝くらいまである大きさのジャイアントアントだ。大軍で来られたらたまらないが、今は一匹しかいない。ミノッチはすかさずジャイアントアントの頭を踏み潰した。ブシュッと飛び散る体液。動かなくなったジャイアントアント。これが食糧となる。いいタンパク源だ。イプシロンはさすがに渋い顔をするが、栄養を取らなければ、これからどこまで続くかわからない出口への道を乗り切ることができないだろう。
「食べるということは、命をつなぐことだ。植物にしろ、動物にしろ、生きている。命があるということだ。その命を奪って、我々が食べる。それは我々が生きるためだ。どんなものでも、感謝して食べるべきだと思うがな。残さず食べることが、その失った命への感謝の印だろう」
言いたいことはわかるのだが、どうせ食べるならおいしく食べたい、イプシロンはそう思った。
「やっぱりナマで食べるの?」
火であぶれば香ばしくなるのだろうが、煙が充満すると危険だ。
「この方が素材の味を堪能できるぞ」
アリの味を堪能したくはない、と思ったイプシロンだった。
やはりおなかを押さえて排水溝へと駆け出した。
さらに進んでいく三人。
「それにしても、モンスターの死骸や冒険者の死体などは一切見当たらないわね」
ちょっとした疑問をなげかけるイプシロン。
「そういえばそうでやんすね。どこかに掃除屋でもいるんでやんすかね」
ブーンも違和感を感じていた。
迷宮の管理者が掃除をしているのか、死体も食べつくすようなモンスターがいるのか。
疑問を感じながらもさらに進んでいく。まぁ、腐った死体が放つ悪臭いっぱいの中を歩かなければならない状況ではないことに、少しホッとしていた。
何度も分岐点を通ったり、曲がり角を曲がったり、行き止まりになったり、引き返して別のルートを進んだり……一行の旅は続いていく。
さらに進んでいると、ブーンはふと、通路の壁にくぼみがあることに気づいた。
「これ、なんでやんすかね?」
壁側に、段差があり、人が一人入れるくらいのスペースがあった。そのくぼみには椅子のようなものがあり、その真ん中には穴が開いている。人の頭よりも若干小さいくらいの穴なので、通り抜けることはできない。穴を覗くとはるか下まで続いているようだった。底は見えない。
イプシロンはハッと気づいた。
「これ、もしかして、トイレじゃない?」
「ここに座って用を足すでやんすか?」
そういってブーンは座ってみる。
「確かにちょうどいい大きさでやんすね」
ゴブリンにしては大きめのハズだが、そもそも世の中にはゴブリン用のトイレは無く、ゴブリンも人間用のものを使っていたため、違和感を感じないようだ。
「水を流す装置は無いようだし、汲み取り式なのかしら」
「汲み取るもなにも、そのまま大地の養分になるんでやんしょ」
通路を歩いていると、あることに気が付いたブーン。
「そういえば、排水溝がある場所と無い場所があるでやんすね」
「あら、そういえばそうね」
「今は右手側に排水溝があるでやんすが、さっきの通路は無かったでやんすね。あの突き当りを左に曲がったから、右手に排水溝……。元の場所にも、壁から水が出ていた場所にありやしたし……。もしかしたら、この迷宮の外側の壁に沿って排水溝が作られているのかもしれないでやんすね」
「壁から湧き水が出ていたわね。あの壁は、迷宮の外側っていうことか。そうそう、あんな風に湧き水が出てたわ……」
見覚えのある場所に出た。
懐かしい宝箱もある。
何年も過ごした場所だ。忘れるはずもない。
「戻ってきたでやんすね」
「一周しちゃったってこと?出口に繋がりそうな場所もなかったよね?」
何かヒントでも見つかるかもしれない、そう思ってブーンが尋ねる。
「イプシロンはどうやってここまで来たんでやんすか?」
「そっか、来た道を戻ればいいのね」
と言ったあと、すぐに思い出した。
「……わからなくなったから、一緒にいるんじゃない!出発する前にも話したわよね!」
「いや、そうじゃなくて、この階に来るときにどうだったか、ってことでやんすよ。階段を下りてきたとか、梯子を下りてきたとか」
「落ちたのよ」
「え?」
「だから、落とし穴に落ちて、この階に来たの!」
「じゃあ、階段があるかどうかもわからないってことでやんすか」
「無かったら上に行けないじゃない」
「そうでやんす。だから誰も出られないのかもしれないでやんすね」
「えー!?じゃあどうするのよ」
「落ちた落とし穴をよじ登るしかないでやんすかね」
と言いながら上を見上げる。
暗くて見にくいが、天井の高さはミノッチの二倍くらいの高さだろうか。長いバトルアックスの柄をミノッチが上に突き上げれば届く高さだ。
「これからは、上にも注意して歩かなきゃならないでやんすね」
「落とし穴の部分は天井の様子も違うのかしら」
「そうじゃないと、お手上げでやんすね」
「ブーン、あなたはどうなの?どうやってこの階に?」
「何年も前のことでやんすからねぇ。逃げるのに必死で。オイラも落ちたような気もしなくもないでやんす・・・」
不安にかられるイプシロンだったが、その時、遠くからドサッドサドサッと音が聞こえた。音の方へ向かう一行。そこには複数の人影があった。
「あいたたたたた」
「ちょっと、早くどいてくれよ」
「いってーーー」
痛みを堪えながら起き上がる人たち。新たな冒険者のようだ。
「痛みが引くまで、動けないな」
「しばらくここで休もうか」
イプシロンとブーンは顔を見合わせた。
「あそこだ!!」
そういうと二人は駆け出した。
休憩している冒険者は、大柄な人間二人とドワーフ、そして小柄なホビットも一人いる。
「なぜお前がいて罠に気づかないんだよ」
みんながホビットに対して文句を言っているようだ。
「ごめんごめん、つい作動させちゃったみたい」
「連れてきた意味ないじゃん」
軽くもめている様子だ。
その時、走ってくる戦士とゴブリンに気づいた。そしてその後ろには大きい斧を持ったミノタウロスがゆっくり近づいてきている。
「出たー!!」
「襲われる!!」
そう叫びながら四人のパーティはとっさに逃げ出した。
「ちょっとぉ、逃げなくてもいいじゃない」
イプシロンはぼやいた。
「えー?動けないんじゃなかったの?」
ブーンは冷静に、
「まぁ、いいじゃないでやんすか。目的はこっちでやんすからね」
と言って上を指さす。
暗くてよくわからなかったが、一部穴が空いている。そこから上の階に繋がっているようだ。
ブーンはザックからロープになる紐を取り出し、片側をミノタウロスが持っているバトルアックスの柄の中ほどに結びつけた。
「旦那、これを上に向かって思いっきり投げつけてくれやせんか?」
「おう、こうか?」
ブーンに返事を返すや否や、
「フンッ!!」
とバトルアックスを上に向かって放り投げた。
バキッっと音がしたかと思うと木の破片がパラパラと落ちてきた。
バトルアックスは落ちてこない。うまく上の階にうまく引っかかったようだ。
ブーンは上から垂れ下がっている紐を何度か強く引っ張り、ちゃんと引っかかっていることを確かめた。
「これで上に行けるでやんすね」
ミノッチが確かめるように紐をグイっと引っ張った。
「一人ずつなら大丈夫そうだな」
「誰から行きやしょうか?」
先に上に行った方が安心ではあるが、上の階にモンスターがいないとも限らない。リスクはあるのだ。最後だと耐えかねて紐が引きちぎれる可能性もある。仲間を見捨ててロープを切ったりするような人はこの中にはいないだろうが、一人残されるのは不安ではある。顔を見合わせるブーンとイプシロン。
「ん?行かないのか?なら先に行くぞ」とミノッチが紐を伝って登りだす。
天井の高さまでたどり着く。ロープは天井に空いた四角い穴の奥に伸びている。ミノタウロスはその中をさらに上っていく。なんとかバトルアックスの柄はミノタウロスの体重にも耐えてくれている。そして、上の階の手をかけることができた。
「次のやつ、もう登ってきてもいいぞ」下に向かって言った。
「じゃあ、私が」
「じゃあオイラが」
二人同時に紐に手を掛ける。考えることは一緒のようだ。
「女性には親切にすべきよ。覚えておいた方がいいわね」
「こんなときに女を使うでやんすか?」
しぶしぶ手を引っ込めるブーン。
ふと、周りに気配を感じた。
ワーム、ジャイアントラット、スケルトンまでいる。今までミノタウロスがいたから姿を見せなかっただけだったようだ。
「速く!!」
慌ててブーンはイプシロンに叫ぶ。イプシロンも状況を把握したようすで、急いで紐を伝って行く。だが、このスピードだと襲われてしまう。
じわじわ寄ってくるどころか、猛スピードで襲いかかってくる勢いだ。
イプシロンが担いでいるクロスボウを準備する暇もない。
まずはジャイアントラットが飛びかかってきた。ブーンはハンドアックスで牽制したが、また襲ってくる。他のモンスターもどんどん近づいている。絶体絶命のピンチ。
「急げ!」
上からミノッチの声がした。
「二人とも、しっかり紐を握ってろ!」
ブーンもギュッと紐を握った。
スケルトンが振りかざした剣がブーンの体を切り裂こうとする瞬間、二人の体が上に消えた。上の階からミノッチが紐を思いっきり引っ張り上げたのだ。宙を舞いながらミノタウロスの脇に落ちた二人。体は打ったがたいしたケガではない。
なんとか助かった。
と思ったがそうでもないらしい。
ミノタウロスの周りに別のモンスターがいた。大型のクモである。
「一難去ってまた一難でやんすね」
ブーンがつぶやく。
「すまんな、早くこいつを使いたくてな」
ミノッチはそう言うとバトルアックスから紐を外す。そして素早くバトルアックスをいつも通り振り回す。
ガチン!
バトルアックスの刃は、壁に食い込んでいた。この通路は先ほどまでいた下の階の通路よりも幅が狭く、気を付けなければならないようだ。
バトルアックスを短く持ち直して振り回す。ジャイアントスパイダーの何体かは先ほどの落とし穴に落ちていった。
「ちっ、しまった!せっかくの食糧が」
この階のモンスター達は、ミノタウロスがいても平気で襲ってくる。ミノタウロスの強さを知らないのだろう。なにせ、ミノタウロスがこの階に来たのは初めてなのだから。
ブーンやイプシロンが加勢する間もなく、モンスターが一掃された……ように思えたが、
「キャッ、なにこれ!」
後ろからイプシロンの声が聞こえたかと思うと、クモの巣にかかっていた。
イプシロンは何とか自分で脱出しようとするが、もがけばもばくほど糸が体にまとわりついてくる。
「あ、ダメでやんす!動くと余計にからまるでやんすよ!それに……」ブーンは上の方を見て言葉に詰まった。
イプシロンも恐る恐る見上げると、獲物を待っていたかのようにジリジリと近づいてくるクモがいた。
ご拝読ありがとうございます。
ご意見ご感想ありましたら、遠慮なくお願いします。