迷い
ブーンが目を覚ましたところ、女戦士が宝箱の中を物色していた。
「へぇー、いろんなものがあるのねぇ」
慌てて駆け寄り蓋をしめようとするブーン。
「何勝手に他人のものを触ってるんでやんすか!」
「どうせこれみんな、あなたのものじゃないんでしょ?金貨もたくさんあるのねー。ん?これは何?」
「コラコラコラ。えっとそれは毒を消すための薬草を煎じて練ったもの。そこにあるのは火薬を使った武器で……」
ブーンも得意げに宝箱の中の品物について解説し始めた。
「武器もいろいろ取り揃えてまっせ。こちらは大型の剣グレートソード、こちらは小ぶりなハンドアックス、しなやかな曲線を描いた剣のシミターはこちらに。安くしておきまっせ」
まるで商店でも開いたかのような口調で説明を続けるブーン。
「えー?お金取るのぉー?盗品なのにぃ?」
「盗品じゃないでやんすよ!みんな置いていかれたものばっかりでやんす!」
「ねぇ、地図は無いの?この迷宮のマップ」
「ここまできた冒険者の持ちものなんで、確かに、あってもおかしくないでやんすね。けど、見覚えないでやんすなぁ……」
「じゃぁいいわ。出口まで案内してよ。どうせ暇なんでしょ?」
「なっ!!旦那旦那、この女こんなこと言ってるでやんすよー」
ブーンはミノタウロスのところに駆け寄りながら言った。
ミノタウロスは、自分のバトルアックスの刃を磨いているところだった。
「毎日の手入れを怠るなよ。そこの女もな」
ブーンたちの騒々しいやりとりは耳に入ってなかったらしく、磨き上げた武器の刃の様子をまじまじと確認している。
「ちょっと、女おんなって!私にもちゃんとイプシロンっていう名前があるんです!」
「へぇ、イプシロンっていうんでやんすか。」
「ええ。5番目の子なので、ギリシャ文字の5番目の文字、イプシロンからとったんだって。安直でしょ?もっとかわいい名前がよかったのに」
「おいらはゴブリンのブーン。よろしくでやんす」
「え?やっぱりあなた、ゴブリンなんだ。へぇー。ゴブリンにしては、よくしゃべるわね。しかも名前があるなんて」
ゴブリンと話をしたことが初めてだったので新鮮だったが、興味は別のところにある。
「ねぇ、ミノタウロスさんは?なんて名前?」
「私はミノタウロス。名前はまだない」
その瞬間ゴブリン目がけてきらりとした鉄の刃が落とされる。ミノタウロスのバトルアックスだ。間一髪、すれすれのところでブーンにケガはなかった。
「私の口調を真似て余計なことをいうな」
ニタニタしていたブーンは一気に青ざめた。そして慌てて言い訳をする。
「いや、旦那、別に名前が無いことをからかっているわけじゃなくて、この女、えーと、イプシロンに教えようとしただけで……」
あきらかに楽しそうに話していたブーンだったが、今は必死になってミノタウロスに弁解している。
「ねぇ、名前が無いなら、今つければいいじゃない。ミノタウロスだから、”ミノッチ”でどう?」
「…………」
安直な名付けセンスは、親譲りのようだ。
ブーンは苦笑して、ちらりとミノタウロスの顔色を窺う。
「フン、好きにしろ」
ミノタウロスはそう言ってゆっくりと立ち上がった。
イプシロンは改めてミノタウロスの大きさに驚愕した。
身長はイプシロンの1.5倍から2倍近くある。
全身の筋肉もすごく鍛えられている。たいまつの小さい灯りの中でも筋肉のテカリ具合からそれがわかる。
頭は牛で、大きな2本の角が耳の上から湾曲して前に突き出ている。この角だけでも殺傷能力は充分だ。
首から腰のあたりまでは人間の体つきだが、腰から下は牛のような脚になっており、毛並みも人間のものではない。本物の牛とは違い、二本足で立てるくらいしっかりしている。足の先には蹄があり、これも武器になりうるだろう。尻からは牛の尻尾も出ている。
手にはミノタウロスの身長よりもさらに長いバトルアックス。柄の先端には斧の刃が二つ、反対向きに付いている。所狭しとバトルアックスを振り、持ち直し、向きを変えて振り回す。
「これ、毎日の日課でやんすよ」
ブーンがイプシロンに教えた。
「地道な努力は必要だぞ、って口癖のように言ってるでやんす」
こんなに強くても、日々訓練しているらしい。
これでは、並大抵の冒険者が太刀打ちできるわけがない。
迷宮の床に、ミノタウロスの汗が飛び散る。
優雅なミノタウロスの動き、たいまつの灯りで時々光り輝く空中に舞う汗、イプシロンはしばしの間、その様子に見とれていた。
それは華麗な演武を見ているようだった。
ふと我に返ったイプシロンは、自分のショートソードを手に取り、素振りを始めた。
戦士というだけあって、軽やかにショートソードを回して持ち替え、打つ、切る、突く、の動作を繰り返す。
只の初心者戦士だと思っていたミノタウロスとゴブリンだったが、イプシロンの動きを見て
「ほう」
と感心した様子だ。
「ショートソードもいいが、それくらいできるなら、レイピアも使いこなせるんじゃないか?宝箱にあっただろ、使ってもいいぞ」
ミノタウロスはそう言うと、ブーンと目を合わせてうなずいた。
ブーンは宝箱に向かい、レイピアという細身の剣を探し出し、イプシロンに手渡す。
レイピアはショートソードよりも剣先が長いが、細いため軽量だ。それでもショートソードよりも重量はある。切り裂くよりも、突いて攻撃することによく使われる武器だ。
ここにあるということは、他の人に使われていたハズだが、それほど汚れてなく、手垢もほとんどついていない。刃先のほころびも見当たらない。柄の部分に多少こすれた部分が見られる程度。これなら武器屋に持って行ってもいい値で引き取ってもらえそうな代物だ。
イプシロンはレイピアを手に取り、ショートソードと同じように素振りを開始した。
初めて扱うにしては、なかなかいい動きをする。
ショートソードのように、レイピアを回転させて持ち替えようとしたとき、剣先が地面にあたり、剣を落としてしまった。
「スジはいい。だが鍛錬は必要だな」
なにやらミノタウロスは嬉しそうに言った。
「ねぇ、ミノッチは誰に教えてもらったの?そのバトルアックスの使い方」
”ミノッチ”と呼ばれても”好きにしろ”と言った手前、否定することもできず、受け入れている。
「私は一人で学んだ。強い相手と闘うたびに、そいつの戦い方を真似してみたり、日頃の訓練でこいつを使いこなせるようにしたり、だな」
「ミノッチは練習熱心ね」
「こいつは柄が長いので、槍を扱う感じに似ている。ただ、斧の刃が大きく重いため、重心を考えて持つ場所を探さなければならない。慣れないうちは短く持つ必要があるな。筋肉もついてきたら、どんどん長く持てるようになる。長く持った方が、威力が大きいからな」
使い方を教えてもらっても、イプシロンにはとうてい扱える代物ではない。
「おいらは、このハンドアックスでやんす。もって切り裂くこともできるし、投げつけて頭をカチ割る事だってできるでやんすよ」
聞いてもいないのに、得意げにブーンは言った。
両手で二つの小ぶりの斧を器用に扱っている。
「えい!」
と壁に向かって二本の斧を投げつけた。回転しながら真っすぐ飛んでいく。
壁に当たって斧が床に落ちる音が聞こえた。
壁には、今投げた斧がつけた傷だけではなく、無数の傷がついている。斧が当たった場所は、特に傷が深く大きい。何度も同じ場所を狙って斧を投げて練習した痕なのだろう。ブーンもミノッチに負けずに自分を磨く訓練に余念がないようだ。
タッタッタッタッと斧を取りに走っていくブーンを感心した目でイプシロンは見ていた。
気を取り直して、イプシロンは素振りを再開する。
とにかくレイピアの感覚を体になじませ、使いこなしたい思いにかられている。
ショートソードよりもリーチが長いため、間合いも頭の中で描きながら、レイピアを振る。そして突く。その先端をまじまじと見つめるイプシロン。
「それでは私の筋肉に傷つけることもできないぞ」
そう言って高笑いするミノタウロス。
ムッとした表情で、素振りを再開するイプシロン。
そんな様子を見つめるブーン。
しばらく時が流れ、無心に練習していたイプシロンは、疲れ果てたのか、その場で座り込んだ。
「ねぇ、何か食べるものないの?」
ここでは自給自足だ。
時々、冒険者がおいていった荷物に食糧が入っていることもある。
決して置いて行けと言っているのではなく、逃げる時に置いていく人間がいるのだ。重くて走りにくいからなのかもしれないし、落としてしまった食糧を取りに戻ることができないのかもしれない。食糧に気を取られている隙に逃げる時間稼ぎのつもりなのかもしれない。いろんな人の考え方があり定かではないが、冒険に大切な食糧であっても、命には代えられないのだろう。
それでも量が少ないので、そのご馳走はすぐになくなってしまう。
そこで、基本的にはモンスターという食糧を捕って食べている。
大型のネズミやコウモリ、ミミズ、アリなどの虫の類が主になる。
あとは水辺のコケくらいだ。
例の宝箱に時々ネズミが寄ってくることがある。ネズミといっても、人間の頭くらいの大きさのあるジャイアントラットだ。この宝箱の周辺で狩りや食事をしているため、その細かい残骸の匂いにつられてくるだろう。ここで生活する者たちにとっては、好都合である。
ブーンが斧を投げつけて獲ることもあれば、ミノッチが対応することもある。ただ、ミノッチが力任せにやると、見るも無残に粉々に散らばってしまい、食糧にならなくなる場合もある。
そして今まさに、ジャイアントラットが一匹宝箱に近づいていた。
今回はミノッチが狩りをする番らしい。
ジャイアントラットは近づいてくるミノタウロスに気が付くと、よほどおなかが空いていたのだろう、逃げるどころか跳びかかってきた。そんなジャイアントラットを、バトルアックスを振り回し、刃のついていない方で容赦なく打ち付けた。壁まで飛んで行ったジャイアントラットは体を強く打ち付けられ動かなくなった。
素早くブーンが調理にかかる。
調理と言っても、斧で食べやすい大きさに切るだけだが。
ブーンはその一切れをイプシロンに差し出す。
「え?これを食べろって?ナマでしょ?大丈夫なの?」
「いつも食べてるから大丈夫でやんすよ」
そんな言葉を聞いて安心して食べられるハズもない。むしろゴブリンと一緒にしないでほしい。
「あ、これ使えるじゃない」
近くにあったたいまつを手に取り、ジャイアントラットの切れ端に火を近づける。
「ちょっと!そんなことしたら、煙で大変なことになってしまいやんすよ!」
慌ててブーンはイプシロンに向かって叫ぶ。
「それに匂いにつられていろんなモンスターが寄ってくるかもしれませんや。一匹ならともかく、群がって来られたらこちらも太刀打ちできやせんわ」
それはマズイと思ったのか、すぐさま火を引っ込める。
そういえば、ダンジョンの中での料理、いわゆるダンジョン飯なるものが巷で流行っているらしいことを思い出した。イプシロンは、そういう方面も勉強しておくべきだったと後悔した。街では、お金さえ払えば食糧が手に入る。それが当たり前だと思っていた。
じっと生肉を見ながら、恐る恐る口にしてみる。新鮮なだけあって、味は悪くない。と最初は思ったのだが、噛むに従い、妙な臭みが口の中に残る。血だ。
「ホントは血抜きしたほうがいいでやんすけどね」
この臭みさえなければもっといいのに、イプシロンはそう思った。
「もっとおいしい肉を食べるためにも、早くここから出なきゃ」
イプシロンはこぶしを握り締めながら、誰に言うでもなくボソッとつぶやいた。
「食べ物は無駄にするなよ。世の中には食べたくても食べられないやつもたくさんいるんだからな」
とミノッチ。
見ると、先ほどのジャイアントラットはイプシロンの分を除いては、もう骨だけになっていた。
「そういえば、ミノッチもお肉食べるの?草食なのかと思っちゃった」
「頭は牛でも体は人間だから、牛のように胃袋がたくさんあるわけじゃないしな」
「胃のある胴体は人間なので、内臓も人間と同じ作りになっているってことなのね」
イプシロンはなるほど、と大きく頷きながら言う。
「まぁ、自分の体の中の構造なんか知らないけどな」
確かに、人間であっても体の中の構造はずいぶん前に習ったことがあるだけで、実際に見たことはない。牛の胃袋についても、話を聞いたことがある程度で実際に見たことはない。
好奇心旺盛なブーンは、
「だから、ミノタウロスの体の構造にはとても興味があるでやんす。どの学術書にも記載されていないでやんすから。胃などの内臓だけでなく、骨のつくり、牛と人間の境目の様子など、知らないことがたくさんあるでやんすよ」
興味のつきないゴブリンだった。
食事を終えたころ、イプシロンは青い顔をしながらおなかを押さえて、そわそわし始めた。
そしておもむろに排水溝があった場所へと足早に向かう。
「どこへ行くでやんすか?」とブーン。
「ちょっと……」ブーンに苦笑を残しながら、足を速めるイプシロン。
「何か面白いものでもあるんでやんすか?」と言いながら、ブーンはイプシロンの後をついていく。
「お、お手洗いよ!デリカシーなこと聞かないで!それと、ついて来ないで!」
角を曲がって見えなくなったところで、あたりをキョロキョロ見回す。
やはりここしかないのか……と諦めたようにしゃがみ込む。
どうやら食当たりのようだ。
この迷宮に入ってから、トイレなどは存在しないため、皆、排水溝で用を足す。
こういう類の冒険・探検は、やはり女性には不向きなのかもしれない。
当然、体の汚れを落とすこともできない。
そういう過酷な環境に自ら進んで来ているのだから、文句は言わないが、
「トイレ、浴室完備のダンジョンなんてないのかしら」
と夢のようなことを思い描いてみるイプシロンだった。
「さっさと出口へ向かおう」
再びこぶしを握り締めた。
「ねぇ、あなたたちは、ずっとここにいるの?これからも?」
ここでの生活が当たり前になっていた二人だったが、改めて聞かれると、答えに窮した。
「うん、まぁ、そのつもり、だが?」
ミノッチとブーンは顔を見合わせた。
「何のためにここにいるの?何か目的はあるの?」
続くイプシロンの問いかけに困ったミノタウロスとゴブリン。
「おいらは旦那と一緒ならどこにでも行くでやんすよ」
ブーンは逃げた。ミノッチに回答をすべて託したのだ。
「私は強い冒険者と闘うために、ここで待っているのだ。強いやつと闘うのが楽しみでな」
「そんなの、いつ来るかわからないじゃない。もしかしたらずっと来ないかも。待つだけじゃなく、自分から強い相手を探してみることはしないの?」
そんなことは今まで考えもしなかったミノッチとブーン。
だが確かに、この場所にいなければならない理由などない。
「おいら、本当はいろんなものを見たい、いろんなことを知りたいでやんす。それはこの迷宮の隅から隅まで知り尽くしたい、という気持ちもあれば、外の世界を冒険したいという気持ちもあるでやんす。ミノタウロスの体の構造にも興味があるでやんす。ミノタウロスの研究結果を書物に残したら、世界で初めてのミノタウロスの専門書としてブレイクするかもしれやせん。ミノタウロスの書物なんて一冊もありやせんしね。それに、ミノタウロスが恐ろしいだけじゃなく、ミノッチの旦那のように強くて優しくて頼もしいのもいるってことを世の中のみんなに知ってもらいたいでやんすからね」
予想以上にしっかりした答えに驚いたイプシロンだった。
”旦那と一緒ならどこでも”という回答は、決して逃げたわけじゃなく、ミノタウロスと一緒にいること自体が目的だったのだ。
「ねぇミノッチ、迷宮の外にも強い人はたくさんいるのよ。闘技場に行けばすぐにでも強い人と闘えるわ」
そしてブーンを見て
「ブーンはミノッチが外に行くなら、もちろん一緒に行くわよね?」
ブーンの返答を待たず、
「ねぇ、出口に行きましょ?」とミノッチを誘う。
その時ブーンは察した。
(この女、出口まで安全に行くために誘ってるだけだ)
外に出るのはいいが、この女に操られたくはない。
「出口に向かうにしても、この迷宮のことをもっと調べなきゃ危険でやんすね」
イプシロンは急いで出たがっているようだが、そうはさせまいとジャブを打った。
「え?そんな必要ないでしょ?私がここまで来れたんだから、簡単に出れるはずよ」
「迷子になって出れなくなった人間が何を言っているでやんすか?」
「キーーーッ」
言い返そうとしたが、まさにその通りなので何も言えないイプシロン。
にらみ合っている二人だったが、ミノッチがイプシロンに問いかける。
「お前は外に出て何をするつもりなんだ?強くなって私の首を取りに来るんじゃなかったのか?」
イプシロンは答えに困った。
確かに強くなってミノタウロスの首を取りに来ると言った。
だが、ミノタウロスも一緒に外に出てしまうと、状況が変わってくる。
大勢の前にミノタウロスが姿を現せば、世界の強者がその首を狙ってくるに違いない。私が強くなる前に、先を越されてしまう。
「もう!ええ、強くなってあなたの首を取りにくるわよ!でもそれには私が一度外に出て強くならなきゃダメなの!だから出口まで一緒にきてくれれば、あとは二人でここまで戻ってくればいいじゃない!」
イプシロンは声を荒げて言った。とうとう本音が出たようだ。
「おい、誰かいるのか?」
イプシロンの声に気づいて誰かが声をかけてきた。
新たな冒険者のようだ。暗闇から姿を現したのは、戦士が二人に魔導士が一人の3人パーティだ。戦士の一人は両手持ちの大剣、もう一人はロングソードと盾を持っている。
そうだ、冒険者と一緒に出口に向かえばいいんだ、そう考えたイプシロンは冒険者に駆け寄った。
「ここは危険よ!逃げて!私と一緒に!」
冒険者に駆け寄る女戦士、その後ろには大きな怪物が立ち上がっていた。
「お嬢さん、恐れるな。この勇者ガイアス様があのモンスターを退治してやる」
「そうじゃないの、闘わないで、出口まで連れて行って」
「何を言っている。あいつをやっつけてから、出口まで送り届けてやるよ」
何を言っても闘わずにはいられないようだ。そのために来たのだから当然といえば当然だ。
「そうだ、4人組のパーティとすれ違わなかった?私と一緒にいたパーティなの。出口に辿り着けたのかしら」
イプシロンは、ガイアスと名乗る男と一緒にいる魔導士に声をかけた。
「そんな人たちとは会わなかったな。それにこの迷宮に入って外に出てきた人なんていまだ誰一人いやしない。俺たちが最初の一人になるがな」
それを聞いてイプシロンは青ざめた。
(逃げ出した4人は、一体どうなったのだろう。もしかしたら迷子になってるのかしら)
カキーン!!
金属同士がぶつかる音が響いた。
すでに戦闘が始まっている。
「ダメ!逃げてーーーー!!!」
イプシロンは大声で叫んだ。
それは冒険者に向けてのものなのか、ミノタウロスに向けてのものなのか、自分でもわからなかった。
ダンジョンの壁と床に、血と汗が飛び散る。
イプシロンの叫びも虚しく、戦いが続く。
冒険者3人とミノタウロスの対決だ。
ゴブリンのブーンは、自分が出ても邪魔になるだけだとわかっているのだろう、後ろの方で様子を見ている。それは心配そうな感じではなく、どちらかというと戦利品に興味がありそうだ。ミノタウロスが負けるはずがないと信じているのだろう。
両手で振りかざす大剣にバトルアックスを横から当てて、大剣がはじけ飛ぶ。その隙をついて、もう一人の戦士がミノタウロスの右足を目がけて剣を振り下ろす。だが、虚しくもその剣は地面に突き刺さる。ミノタウロスは右足を後ろに振り上げてかわしたのだ。そして次の瞬間その脚を降ろして地面に突き刺さった剣もろとも戦士を蹴り飛ばした。魔導士は戦士たちの後方から何やら呪文を唱えた。ミノタウロスめがけて火の玉が飛んでいく。それをバトルアックスの刃の平らな部分で受け止めると、火の玉ははじけて壊れた。その瞬間パッと明るくなって、すぐに暗闇にもどった。火の玉を受けた部分はまだほんのり赤みを帯びている。
「おのれ!勇者ガイアス様をなめるなぁ!」と大剣を再び手に取ってミノタウロスに走っていく。
「自分の事を”勇者”だと名乗るバカ者どもが!」
熱をもったバトルアックスを振り回す。斧の軌跡に赤い残像が浮かぶ。ガイアスの大きな剣は再び宙を舞った。
「私の首を取って初めて勇者と名乗れ!」
振り下ろしたバトルアックスで、戦士の盾が真っ二つに割れた。
「おのれ、バケモノめ!」ミノタウロスの強さを目のあたりにして、ガイアスが唸る。
次の瞬間、イプシロンは駆け出していた。
イプシロンは冒険者とミノタウロスの間に入って、両手を広げて叫んだ。
「もうやめて!!」
イプシロンは背をミノタウロスに向けていた。
その様子は、まるでミノタウロスをかばっているかに見えた。
明らかにミノタウロスの方が優勢であったにも関わらず。
「おまえ、その怪物の仲間だったのか!」
即座に大剣を拾い上げたガイアスはそのままイプシロン目掛けてその大剣を振りかざす。
ハッと我に返ったイプシロンだったが、反応に遅れたため、ガイアスの攻撃は腰のレイピアに手を回しても防ぎきれるものではないのがわかった。
(やられる!)
思わず顔をそらして目をグッとつむった。
ガシッ!
音は聞こえたが、イプシロンに痛みはなかった。
ゆっくり目を開けると、大剣とバトルアックスの柄が交差しているのが見えた。
そして耳元で声が聞こえた。
「しっかり見ろ、目を背けるな」
柄の向きを少しずらすと、大剣が柄に沿って流れていく。
「すべて受け止めようとするな。攻撃の向きを見て、逆らうことなく受け流すんだ」
そして柄をガイアスの体に押し当ててチカラで体ごと飛ばす。
「このチカラワザは無理だろうがな」
そう言って、イプシロンの前に立つミノタウロス。
「あの自称勇者よりも、お前の方が強いぞ」
そう言われてなんだか無性に嬉しくなったイプシロン。
早速レイピアでの剣の受け流し方をイメージして一人で練習してみる。
「今ここですることじゃないでやんすよ」
ツッコんだのはゴブリンのブーンだった。ブーンはイプシロンの手を取って、後ろの曲がり角に隠れる。
しばらくすると、静かになった。戦闘が終わったようだ。
バトルアックスには片方の刃に血がついていた。だが死体は転がっていない。三人とも逃げていったようだ。
さっそく戦利品を回収しにいくブーン。
どうすることもできなく、座り込んでしまうイプシロン。
「私は……何がしたいんだろう」
ご拝読ありがとうございます。
初心者で申し訳ありません。誤字脱字ありましたら、ご指摘ください。
数字の表記についても、算用数字を使うか漢数字を使うか迷った挙句、混在してたりします。
横書きなので、算用数字の方が読みやすいのかもしれませんが、縦書きを意識して漢数字を使っている部分の方が多くなっております。直したほうがよろしければ、ご意見ください。