~第壱幕~ 拾㭭.恋
シュウが鈴坂をたたきのめしたという話はSBS生、軍人問わず、すぐさま訓練所内に広がった。シュウに対する注目の目はさらに増え、当然ながらSBS生の中の女子たちの間でも、その話はくり広げられている。そんな中、四人の少女たちは夕食を終えた後、寮内の談話室でしゃべっていた。
「やっぱり、金子くんて強いんだね」
そう言い出したのは八班の小山雫だ。それに応えるように、二班の永山由衣子も続ける。
「かわいくて強いとか、もう犯罪レベルよ」
「どんな犯罪よ」
小山と同じく八班の織田静香が呆れながらツッコミを入れた。そして、小島にたずねる。
「噂はいろいろあるけど、同じ班の可奈ちゃんが一番詳しいんじゃない?本当はどうとか」
しかし、彼女は伏し目がちに首を振って答えた。
「全然。本当に全然知らない」
私は……何も、知らない……。
心がちくりと痛むのを小島は感じた。彼女のシュウに関して知っていることといえば、同じ班の小林とたまにしゃべっている、西本と他の班の原田・脇田・田村とよく一緒に行動している……それくらいである。
挨拶とか、ちゃんと返してくれるけど……。
だけど……。
シュウから声をかけられることはなかった。小島にとってそれは悲しいことであり、寂しいことでもあり。
少しでも、仲良くなれたらなぁ。
ちらり、と同じ室内にいるシュウを見てみる。いつものように四人と一緒にいた。
でも、さすがにあの中には入れないよぉ……。
そんな小島の想いを見破ったように、永山が言い出した。
「ねぇ。あの五人組にしゃべりかけに行ってみようか」
「「「え!?」」」
他の三人の少女たちは、いきなりのことにびっくりする。
「なによ。そんなにビビることないでしょ」
永山はケロリと言う。
「ゆ、由衣子ちゃんは金子くんのことが好きなの?さっきも話題に出してたし……」
小山がおそるおそるたずねてみた。それを聞き、小島は体を強張らせる。永山は目を点にするも、その後おもいっきり笑いだした。
「あっはは。まさか。まぁ、普通に友達になりたいとは思うけど。クラスメイトなんだし」
「ふむ、一理ありね」
彼女の答えに、横から織田がうなずいた。弱冠Sっ気のある永山は、ニヤニヤ顔で小山に質問を返す。
「逆に、雫ちゃんこそどーなの?」
「な、なにが」
まさか、そんなことを聞かれるとは思っていなかったらしい。小山はオロオロし始める。
「気になる人とかよ。私はっていうと、もちろん原田。あの顔はマジでタイプ!」
「面食いね」
「美形っていいわ~」
織田の毒づきにめげることなく、永山は一人盛り上がっていく。
「かっこよさは原田がダントツよね~。ちなみに、可愛さダントツは金子。可奈ちゃんが大好きな~」
「はぁ!?」
真っ赤な顔で、小島は部屋中のみんながびっくりするほどの大声を出した。永山だけが、気にせず話を続けていく。
「隠しても無駄よ~。バレバレなんだから」
「ち、ちがう!!ちがうから!!」
彼女は必死に否定するのだが、この慌てようでは逆効果でしかない。
「照れてますね~」
「だから、ちがうってば!!」
本当に、そんなんじゃないのに……。
確かに、金子くんには憧れるけど。
好き、とかじゃなくてぇ。
困り果てた小島は真っ赤なままうつむいてしまった。憐れんだ織田が、話を変えるべく小山にじゃべりかける。
「雫ちゃんはどうなんだっけ?」
「えぇと……」
どもりながら、口をパクパクさせながら、小山は小さな声でつぶやいた。
「小林……くん……」
「意外ねぇ」
彼女の答えに、織田がこぼず。
「雫ちゃんて、小林くんとはちがう班でしょ?」
「うん。でも、出席番号は近いの。小林くんが『十三』で、私が『十四』。だから、関わることがあって」
「なるほど」
顎に手をやり、織田は考え始めた。
そういう接点があったのか……。
「小林かぁ……」
永山は、小林の姿を思い浮かべる。
「雫ちゃんは、どうして小林くんのことが好きなの?」
織田の質問に、小山は頬を染めていく。
「あの、……あのね」
見つめられ、彼女はもごもごと答えた。
「わからない、の。ただ……会うたびにいつも声をかけてくれて、でも、それは他の子に対してもだと思うけど、なのに気がついたら、私、いつも、彼のことを目で追ってて、それで、それで……」
「恋しちゃったワケだ」
永山の言葉に、小山は小さく、こくんとうなずく。
「じゃあ、なおのこと、あの六人の所に行かなくちゃ」
「六人?」
永山のはきはきとした発言に織田がさっきの五人組へ視線を向けると、そこにはいつの間にか小林も加わっており、六人になっていた。同じくそれを確認した小島と小山は、ピシッと固まってしまう。
「はーい。行きましょうねー」
「ちょっ!!」
「ムリだよぉ~」
小島と小山の手を無理矢理引き、永山は六人のもとへと歩き出した。
二人とも、助けてあげられなくてごめん……。
心の中で謝りながら、織田は遅れないように後をついていくのだった。
*
「お疲れさーん」
永山が話しかけて近づけば、彼らは少女たちに向き直る。
「おう。お疲れさん」
一番早く声を返したのは、やはり西本だった。いくつか挨拶を交わした後、さっそく永山が勢いよく話題を放り投げた。
「ねぇ。今日の数学の授業でやった公式、意味わかった?私たちわからなくて」
気の良い少年たちは、次々に応える。
「あー。教官の説明、早すぎだったからなぁ」
「だな」
「俺なんか、考え込んでたら板書が間に合わなくなってさ。この後、耕助の汚いノート借りて写さなきゃなんだ」
「文句言うなら貸さないぞ」
「あはは。脇田くん、謝った方がいいんじゃない?」
「えー」
ぽんぽんと会話が飛び交い、笑い声も混じっていく。始めはひかえ気味だった小島や小山も促されて加わっていき、笑いの絶えない楽しい時間が過ぎていった。
●授業科目(精神学)の内容説明●
精神学は、合戦に向けての心得を学ぶ。国が推奨する偉大な軍人たちの論文・手記などを読み、戦いに負けない精神力を養っていく。個々にカウンセリングを受けることもある。弱音は認められず。『目指すのは勝利のみ』と教え込まれる。