~第壱幕~ 拾陸.最高の『殺人兵器』(前編)
入隊式から三カ月が経ち、初めての夏がやって来た。毎日さまざまな訓練を受け、生徒たちは着実に戦闘能力を高めていっている。まだ、体も成長過程な彼らの吸収力はすさまじく、それは全てのことにおいて言えることである。
全員、頑張っているようだね。
向井は教官室の自分のデスクにて、生徒たちのデータファイルをペラペラとめくっている。
『脱落者』が出ないといいんだけど。
『脱落者』は、通常存在しない。SBS生になった者は、卒業するまで辞めることは許されない。脱走者はたまにいるが、入隊時に体に浸みこませた化学物質によるGPS機能で、確実に捕まえることができる。そして、罰則を与えたうえで再び訓練に戻させるのだ。『脱落者』、それが意味するのはつまり……戦闘能力を失った者のことである。手や足がなくなった者、極論を言えば命を落とした者たちのみ『脱落者』となる。命をかけた戦いから『解放』される、唯一の方法。
『解放』か……。
向井は、ある生徒のページを見つめる。
「君は一生、『解放』されないんだろうね」
ページの一番上には、その生徒の名前が記されていた。『金子秋(カネコ・シュウ)』と……。
*
教官会議では毎回、シュウの話題があがることが当然となっていた。実力が異常すぎるためだ。初めの一カ月は様子見として、教官たちは目を光らせてシュウを観察していた。その結果、彼らは口ぐちに言う。
「彼は『普通』ではない。何かしらの訓練を受けた経験がある」
会議にて、その意見を静かに聞いていた武田は、重い口を開けた。
「君たちは、トロワの『特殊生』というモノを知っているかね?」
特殊生……?
部屋中がざわつくが、武田が再び話し出すと静かになった。
「トロワの『特殊生』とは、このSBSと似たようなモノらしい。異なるのはその対象年齢が小児期からであることと、さらに厳しい訓練を受けて育成される、ということだそうだ」
重い空気が、部屋を埋め尽くす。
「以前……」
武田は続けた。
「以前、その『特殊生』がこのSBSに紛れ込んだことがあった、と聞いたことがある。どうやら、トロワ政府の命令により参加するようだが、その意図はわからん」
「つまり、金子シュウはその『特殊生』であると?」
「否定はできんな」
浅田の問いに、答える武田。
「トロワのスパイですか?」
「いや、そうとは限りませんよ」
次に答えたのは、向井だった。
「私が把握している限り、金子シュウはスパイ行動を一切しておりません」
その言葉に武田はうなずく。
「害がない限りは、金子シュウを自由にさせておけ」
武田は立ち上がり、下山とともに部屋の扉へと向かった。
「いいのですか?」
他の教官たちも立ち上がる。フッ、と笑い武田は言った。
「いいではないか。『特殊生』だぞ?最高の『殺人兵器』だ」
*
「『殺人兵器』かぁ……」
そう、つぶやいた時だった。向井の両肩に後ろから、ポンと手を置く者がいた。
「向井さん、なに物騒なことを言っているんですか?」
後輩にあたる、一般軍人の鈴坂健だった。
「いや、まぁね」
言葉をにごす向井に対し、鈴坂はマイペースのまま話し始める。
「今回のSBS生はどうなんです?豊作ですか?それとも、はずれ?」
「はは。まだ三カ月だ。何もわからないよ」
しかし、そう言ったものの向井は言葉を改めた。
「いや、……一人は、最高の人材だね」
「へぇ」
鈴坂の目の色が変わった。
「僕、今とても退屈なんですよ。周りの奴らは弱っちすぎて、訓練にもなりませんし。飽きたなぁって。たまには、スリルってのを味わいたいです」
そんな鈴坂に向井は思わず微笑む。
そういえば、彼も『天才』だったなぁ。
鈴坂は元SBS生で、西ニホンではトップクラスの成績だった。そんな彼は卒業してもそのまま軍に残り、軍人として働いている。戦いが好きでたまらない、いわば狂人だ。戦いにおいて、貪欲すぎるほどの。
「そんなに、スリルを味わいたいかい?」
「もちろん」
「実はね……」
向井は『金子秋(カネコ・シュウ)』のページを見せながら、鈴坂に話し出した。
*
シュウはいつも通り、西本たち四人と一緒に夕食をとり、食べ終わったところで箸を置いた。その時だった。後方に、気配を感じるのだ。振り向くと、二〇歳くらいの背の高い青年が一人、すぐそばまで近づいて来る。そして、シュウの後ろに立ち止まった。
「お見事。よく、気配がわかったね」
一応、気配は消していたつもりだったんだけど。
青年は笑う。シュウも西本たちも、警戒しながら彼を見つめた。
「君が、金子シュウくんかい?」
「……そうですが」
青年はさらに笑う。
「僕は鈴坂健。ねぇ、僕と遊ぼうよ」
「……?」
シュウは理解できず、何も返すことができない。それでも、彼は気にすることなく言葉を続けた。
「手合わせをしよう。夕食後だと、キツイかな?僕はいつでも大丈夫だけど。どうだい?」
そして、シュウに耳打ちする。
「『トロワの特殊生さん』の実力が知りたいんだ」
すぐそばにある彼の顔を見れば、無邪気な笑顔を浮かべている。
この人、俺のことを知っているんだ。
教官たちから聞いたのか?
俺を試すため……?
「ね、ダメかな?」
この人の力がどれほどのモノかはわからないけど。
でも、試したいなら試せばいい。
鈴坂にシュウは強く言い返した。
「わかりました。今から、やりましょう」
立ち上がろうとするシュウの腕を、ガッと右隣の西本が掴む。
「おいっ。どうしたんだよ」
いつもとちがう雰囲気になったシュウに戸惑う西本。
「行かない方がベストだと思うぞ」
その隣の原田もシュウを見つめて言った。
ふぅ。
シュウはため息をつくと、ピリリとした空気から普段の空気へと変えて言う。
「大丈夫だ、ありがとう。でも……行くよ」
そんな言葉を聞いたら、西本たちも引き留めを諦めるしかなかった。それを見て、鈴坂が言葉をかける。
「別に、お友達も一緒に来てくれてもかまわないよ。邪魔さえしなければね」
「なら、行きます!もちろんです!」
すぐさま立ち上がった彼らの姿に、シュウは思わず顔をゆるめるのだった。
●授業科目(学芸)の内容説明●
数学は数Ⅰ数Aの内容をする。国語は現国・古文のみ(読解問題中心)。理科は基礎物理・基礎化学・基礎生物のみ。これら3教科とも高校学習範囲を扱うが、応用問題より基本問題を中心的にしていく。