~第壱幕~ 拾参.早朝トレーニング
その夜も、また、あの忌まわしい放送音が鳴った。五人が談話室から、ちょうど各部屋へ戻って来た時である。
ピンポンパンポーン♪
『こんばんは、向井です』
昨日とはちがい、シュウは冷静さを保っていたので、静かに耳を傾ける。
『再度言いますが、明日から正式に訓練が始まります。もちろん、早朝トレーニングもです。開始時刻までに、グラウンドの朝礼台の前へ、屋外での訓練服……つまり戦闘服を着用の上で来て下さい。向かって右から、一班、二班、……と、縦に列を作って並んでおくこと。時間厳守は、軍においても基本中の基本です。必ず、守って下さい。以上です』
*
翌朝、シュウは五時四十五分までに朝礼台の前へやって来ていた。早朝トレーニングは六時からだ。しかし、だからといってその時間に集合というワケではない。時刻になればすぐさま開始なのだ。それまでに各々準備を整えておく必要がある。それに、もし教官たちが時間前にやって来ているのに、自分たちの方が遅かったら?……まちがいなく、その生徒は何かしらのペナルティーをくらうだろう。軍とは、そういうものなのだ。それを、シュウは痛いほど知っている。
*
少しずつだが、生徒が朝礼台の前に集まり出す。シュウは戦闘服をまとう彼らを見て、つくづく思った。似合わないな、と。
いや、似合わない方がいいのか……。
でも、いずれ似合っていくんだろうな。
『普通』の一般人ではなく、SBS生になってしまったのだから……。
「ここ、三班?」
思考していると、一人の少年が近づき、シュウにたずねた。背が高く、優しそうな雰囲気だ。それこそ、戦闘服が全く似合わない、『今』は。
「そうだよ」
「そっか。ありがとう。俺も三班、小林瑛良。よろしく」
眩しいほど爽やかに笑う。
「金子シュウ」
と、応えた時だった。
「痛い!痛いって!放せよ、聡!!」
「うるさい、この馬鹿!早く歩け!!」
そんな声が聞こえてきた。シュウは、ため息をつく。
またか……。
案の定、西本と原田だった。西本は原田に腕をつかまれ、引きずられるようにして、こちらへとやって来た。他の生徒たちと同じように、小林も少し驚きながら彼らを見ている。二人はシュウのもとへ来る。
はぁ……。
シュウは思わず、再びため息をつく。そんなシュウに、西本は元気にあいさつをした。
「あ!おはよう、金子!」
「のん気にあいさつしてる場合か!アホ!」
西本に、いつものごとく原田がツッコミを入れる。そして、彼もまたため息をつきながら、シュウに説明した。
「こいつ、相変わらず緊張感ないんだぜ?心配になったから、五時三十分すぎに部屋を訪ねたんだ。そうしたらさ、こいつ、まだベッドで寝ぼけていやがった!」
ギロリ、と原田が西本をにらむ。それに対抗するように、西本も言う。
「だから、六時に行けばいいんだろ?間に合うって、ギリギリ」
「それまでに教官たちが来てたらどうするんだよ!ただじゃ済まされないぞ!!」
そして、言い合いを始める二人。
……原田の奴は、よくわかっているんだな。
シュウも、のん気にそんなことを考えてしまっていたが、グラウンドに立っている時計台をちらりと見ると、二人を止めにかかる。
「おい、もうよせよ。時間がヤバい」
二人も時計台を見る。
「なんだ、まだ五分もあるじゃん」
「お前、まだ事の重大さをわかってないだろ」
最後に西本の頭をこづくと、原田は一班の列へと並びに行った。
「聡のやつ……」
「今回は、お前が悪い」
西本はすねた。
「金子も聡の味方かよ」
「そういうワケじゃない。けど、とりあえず並べ」
「はぁい」
しぶしぶ、という様子で列に並びに行く。来た順で、一番前がシュウ、次に小林、名前がまだわからない女子、男子、最後尾に西本だ。そして六時のサイレンとともに、武田と下山を除いた全ての教官たちが現れ、トレーニングは始まった。
*
全員が時間までには集合していた。それを見て、朝礼台に立っている向井は満足そうに言う。
「うん、うん。全員そろっていますね。みなさん、優秀だなぁ」
相変わらず、イラ立つ話し方だ。
「おはようございます。では、早朝トレーニングを始めましょう。まずは、ラジオ体操から」
その言葉を聞くと、朝礼台の右隣に立っていた浅田がCDデッキのスイッチを入れた。
♪~♪~
曲が流れ出す。
ラジオ体操?
まるで、学校の体育じゃないか。
生徒たちは戸惑うが、教官たちの鋭い視線を感じ、それに従うようにして体操を始めた。それが終わると、次はストレッチをして体の筋肉をよりほぐす。そして、二〇〇メートルトラックを延々と走る。受験をしていたため、運動不足だった者も多いだろう。いきなりの走り込みに苦しそうにする生徒たち。それでも、教官たちから叱咤を受け、走り続ける。
「だらだら走るんじゃない!!」
「おい!しっかり走れ!!」
慣れているシュウにとっては大したことはないが、終了の合図が出た頃には、ほとんどの者が肩で息をし、ヒューヒューと音を立てて座り込んでいた。少し離れた所にいる西本と原田を、ちらりと見る。さすが、とでも言おうか。元陸上部の原田は落ち着いた様子でクールダウンをしていたし、西本もまだまだ走れそうな表情をしていた。『運動バカ』と原田が西本のことを言っていたが、本当だったようだ。
*
サイレンが再び鳴った。七時だ。向井の解散の一言とともに、教官たちは本館へと入って行く。生徒たちもならって、SBS寮へと帰り始めた。
「早朝トレーニングって、案外楽だったな」
シュウの近くにより、西本が言った。一緒に来た原田も、シュウと同じくため息をつく。
「たぶん、初日だから、軽めだったんだよ。ありがたいことにな」
シュウの言葉に、原田も続く。
「おそらく、な。少しは頭を使えよ、この能天気バカ」
「バカって言うなよ!!」
また言い合いを始めた二人を見ると、シュウは今度は大きなため息をつき、寮へと一人歩み進んで行った。
●時間割り(1年生)●
月曜:①銃術②医学③国語④体術/火曜:①精神学②体術③医学④銃術/水曜:①理科②剣術③精神学④体術/木曜:①剣術②数学③医学④銃術/金曜:①医学②体術③精神学④国語/土曜:①数学②銃術③理科④剣術/日曜:休み