~第壱幕~ 拾壱.オリエンテーション
ジリリリリ。
一限目開始のベルが鳴り、生徒たちは全員自分の席へと着く。すぐに、やはり向井がやって来た。九人の軍人を引き連れて。その中には、副担任を名乗っていた浅田もいた。
「みなさん、おはようございます」
教卓を前に、向井が言う。
「改めて言います、私は君たちの担任の向井文彦です。……まぁ、担任と言っても『先生』ではなく、『教官』ですが。軍人ですので。そして……」
「副担任の浅田清雅だ」
向井のすぐ後ろに並ぶようにして立っていた浅田が、一歩前へ出て言った。それを聞くと、向井は再び話し出す。
「で、こちらにいる残りの九人の方々は、各教科の担当教官です」
前から後ろの席へ紙が配られた。昨日配布された冊子に載っていた一年生時の時間割である。
「紹介します。右から……銃術の担当、原西真教官。剣術の川村浩二教官。……」
説明は続く。
「……以上、八名の担当教官の方々です。授業は、もちろんこの担当教官の方々が行いますが、常に助手……というようなものが四人ほど付き添います。私も含め全員が軍の者ですから、厳しくいきますよ。最後の合戦まで、まる三年もありませんのでね。授業中も、それ以外でも、気を抜かないこと。自分がSBS生であるということを、常に自覚していて下さい」
自覚、か……。
シュウは思った。
そう言って、『SBS生』というモノに縛り付けていくんだろ?
特殊生と変わりないな……。
だって、特殊プログラムを卒業した今でも、俺は、『特殊生』に縛り付けられている。
一生……離れられないんだろうな。
この鎖を、引きちぎることなんて、できないんだ……。
心が苦しくなった。そんなシュウに気づくことなく、向井の話は続く。
「今日はオリエンテーションのみですが、明日からは正式に訓練……授業と言った方が、アナタたちにも馴染みやすいでしょうか……とにかく、それが始まります。第一週目は、どの授業でも説明だけで終わってしまうかもしれませんがね。今から、各教官の方々に注意事項を言ってもらいます。各自、自分の部屋に配布してあったノートと筆記用具を出して、重要な所はメモをとって下さい」
そして、右端に立っていた原西教官から順に説明が始まる。
*
トロワで特殊プログラムを受けて育ってきたシュウにとって、彼らの言うことは全て当たり前のことだった。どんな時にでも冷静であれ。足の動く限り、走り続けろ。常に最善を尽くせ。ネガティブでもポジティブでも、あってはならない。情けは無用。大義のためならば、仲間をも見捨てて戦い続けろ、……。熟知し、実践してきたことばかりだ。メモをとる必要すらない。頭に、心に、体に、浸みついている。しかし、メモをとらないと教官たちからにらまれ、面倒なことが起こるかもしれないので、一応シュウもとっておいた。
*
八人の教官たちからの話が終わると、その後ろに控えていた向井が再び前に出てしゃべり出す。
「今から、この三年間で共に協力して行動していく、班のメンバーを発表していきます。五人で一つの班です。筆記の授業時などの、このホームルームにおける席順は、前から後ろへ一班、二班、三班と横に並んで座って下さい。そして、班内の名前順で席を決めましたので、明日にはその座席を図で記した紙を、この教卓の上に一枚張っておきますから、各自確認して下さいね。一年生時には、戦術の授業も個人戦が多いですが、二年生以降は、この班でグループ戦や紅白戦を行います。重要な班なので、今から発表する各自の班は必ず覚えておいて下さい。名前を呼ばれた者は、大きく返事をし、手もあげること。では、一班から……」
次々に名前が呼ばれていく。原田は一班で、シュウと西本は同じ三班だった。全ての班の発表が終わった。
「班には、リーダーとなる班長と、その補佐役の副班長が必要です。しかし、入隊したばかりのアナタたちには、誰がなるべきかわからないでしょう。仕方のないことです。ですから、二年生になった時に、正式に班長と副班長を各班で決めて下さい。それまでは班内でローテーションしながら、その役を務めること」
向井は最後に言い放つ。
「戦場において、男だとか、女だとか、そんなもの関係ありません。『力』のある者のみが勝ち、生き残るのです。特に男子のみなさん。女子を甘く見てはいけませんよ。力が弱い分、女子にはそれを補う『何か』がありますからね。女子のみなさんも、それを念頭に置いて訓練に励むように。私からは以上です」
これで終わりか?
誰もが、そう思った時だった。
「!!」
シュウは大きなプレッシャーを感じた。
誰かが……来る。
向井が扉へ歩み寄り、開ける。
「お待ちしておりましたよ、教官長」
そう呼ばれた男は、いかにも軍人らしい重い威圧感を放っていた。後ろには、その秘書らしき男が、鋭い目をして立っている。
教官長というこの男、ただ者じゃない……!!
シュウの頭の中で危険信号が鳴る。向井たちとは比べものにならないほどの力量を、この男は持っているのであろう。
踏んだ場数がハンパないな。
いくつもの戦場で戦い、生き残った人間のオーラを、彼はまとっていた。
「……っ」
バチッ教官長とシュウの目が合う。しかし、彼は何も気にすることなく、敬礼をする教官たちの前を通り、教卓に立った。
*
「教官長の武田道元だ」
低い声が、教室に響く。
「彼は、私の秘書兼副教官長の下山学」
紹介された下山は、会釈する。
「私から言うことは、ただ一つだ」
次に続く言葉を、全員が息を飲み、待った。
「勝て」
武田は続ける。
「勝つことのみを考え、行動すれば良い。負けた時のことは考えるな。国のために、戦い、勝て。それが、君たちの使命である」
そう告げると、彼は、すぐに下山を連れて出て行った。たった数分のことだったにも関わらず、シュウは長時間対峙したような感覚に陥っていた。心臓が、バクバクと激しく動いていた。
国のため、国のため……。
武田の言葉が頭の中を巡り回る。
そんなことのために、クラスメイトたちは戦い、傷ついてしまうんだ。
グッと心臓をわしづかむように、シュウは右手で胸を抑える。
『普通』を奪われた彼らをなんとかして……なんとかして守れないだろうか!
この子たちの手まで、赤く染まってしまう!
迎えたくないドス黒い未来が脳裏をよぎるも、打ち消した。
*
その後、今度は向井が明るく言った。
「はい。教官長からの、ありがたいお言葉でした。みなさん、お忘れのないように」
忘れたくても、忘れられるかよ。
シュウは心の中で言い返す。
「教官室は本館、この建物の二階にありますので、質問など用のある方は、いつでも訪ねて来て下さい」
うーん、と言いながら向井は時計を見る。
「もうすぐ、お昼ですね。ん~、予定より早く説明が終了したので……。うん。今日のオリエンテーションは終わりにしましょう。各自、明日に備えて身心ともに万全にしておくこと。以上、解散!!」
ジリリリリ。
同時に二限目終了のベルが鳴り、向井たち教官はササッと教室から出て行った。プツン、と糸が切れたように教室内の緊張は解かれ、空気が変わる。横目で見てみると、西本は原田と何やら話していた。そして、二人してシュウのもとへやって来た。
「金子、昼メシに行こうぜ」
相変わらず、元気な西本だ。
「あぁ」
シュウは、少し疲れ気味に応える。それに、すぐに原田は気づき、
「大丈夫か?」
と聞いてきた。
「大丈夫」
こいつ、やっぱり感が鋭いな。
そう思いながらも、二人に連れられ、シュウも食堂へ向かった。
●金子 海砂都●
秋の母、時也の妻。故人(二十代後半で死亡)。身長160㎝。福岡県出身。弟が一人。PWの一員。反戦思想のため、家族からは絶縁されている。高校中退(デモ参加を理由に強制退学させられた)。髪型は黒髪ボブ。性格は強気、大胆、男勝り。海外ボランティアをしていた。反戦デモ中に頭部に射撃を受けて死亡。