エピソード086 王都で自由行動です──シャロ編6
「え、えっと。お兄ちゃ……兄さんがあなたの事をお客様って言ってた、けど、どんな用……ですか?」
「ルシアだよ」
「……えっ? ルシ、ア……、ってなん……ですか? 新しい鉱物とか……?」
聞いた事が無い単語に、マーヤは首を傾げた。
「私の名前だよ。『あなた』じゃなくってルシア。普段は畑を耕してるけど、今は事情があって冒険者をしてるよ」
「あ、あぁ……そういう。え、えと、私、マーヤ、です。彫金師……です」
ただの自己紹介だとわかり、マーヤもおずおずと頭を下げた。
「よろしく、マーヤ。それでお願いしたいことなんだけど──」
「私を見ても……普通、なん、ですね……」
まーやがボソリと呟いたが、特に気にする事無く、私はマーヤに髪飾りを差し出し、『操作』の刻印を彫って欲しい旨を伝えた。
「それは……構わない、です、けど、刻印が発動しない、と思うんです……」
マーヤは私の言葉を聞いたあと、申し訳無さそうに答えた。
「金が魔法耐性のある鉱物だから?」
「はい……。装飾という意味でなら、彫りますけど……この大きさでも、こんなに見事な純金では、かなりの魔力を消費しても操作出来て……数秒程度、だと、思います……」
どもりながらも意外と丁寧に説明してくれるマーヤの話を聞くと、魔法耐性のある鉱物として知られる金だが、伝説級の鉱物との大きな違いは自他の魔力伝導率なのだという。
オリハルコンやアダマンタイトは、他者からの魔法耐性に優れる一方、自己の魔法を通し、更には増幅する性質まであるらしい。
一方で金は、同じく他者からの魔法を弾くが、自己の魔法も弾いてしまう。そのため、金に魔法刻印を彫ったとしても、刻印に魔力を満たそうとすると相当ロスが大きいとのこと。
「そっか……。魔法刻印だけに頼るんじゃなくて、私の魔法のビーコンになればって思ってたんだけど、上手くいかないかぁ」
「……? 『ビーコン』って、なんですか?」
どうやら私の想定していたものが自分の考えていたものとは違う様子を察したのか、聞き慣れない言葉をマーヤが尋ねてきた。
「えっと……簡単に言うと魔法の対象となる目印だよ。私が魔法を使用する時に、その目印……つまり刻印がね、魔法の効果を補助するの」
私が持つもので、最も魔法抵抗の高いのはこの純金の髪飾りだ。
しかし、それを操る術がない。魔法刻印で代用するのも難しい。
ならば、どうするか。
私が上手く扱えるように、新しい魔法を創造するしかない。
明日までという、有限の時間で。
アイデアの元は、ソフィアが作った『ケータイ』だ。
あれは音声を魔素に変換し、電波の代わりに空気中に漂う魔素に乗せて送信している。しかし、本来は魔素は拡散してしまい、とてもじゃないが離れた特定の機器を対象にすることなど出来ない。
ではどうしたか。
魔石と魔法刻印を用いてビーコンの代わりにしたのだ。
送信先のケータイ内にまるで基板の如く書き記した魔法刻印と魔石を接続する事によってビーコンの役割を付与し、送信元から発せられる『魔素ビーム』の軌道を誘導して補助している。
そして、魔石が必要だったのは距離や時間に応じて消費される魔力を補填する為のもので、ごく近距離ならば魔法刻印のみで通信出来る事は確認している。
……尤も、声が届くのでケータイを使う必要はないけど。
ともかく、魔法刻印は魔力が充分でなくても、魔法の目印としてだけならば充分に機能するはず。
金という鉱物を『操作』するのが難しいなら、金に彫られた魔法刻印を目印にして、間接的に『操作』する。それが私なりに考えた鉱物の『操作』魔法だ。
「──す、すごい、です。純金でできた髪飾り本体ではなく、それに付与された刻印を目印として、相対的に位置を操作する、ですか……。でも、そんな事、本当に可能なんですか……?」
「うーん……わかんない!」
私のあっけらかんとした回答に、ズコッと座りながら器用にずっこけるマーヤ。
だって、所詮アイデアだけでまだ出来てないんだし、やってみないとわからないじゃん。でも……
「わかんないけど、出来るような気がするんだよね。なんとなく」
「そ、そうですか……。わかり、ました……。そういう事でしたら、刻印を彫らせて貰い、ます。しばらくかかる、ので、お店の方で待ってて、もらえれば──」
「大丈夫だよ。ここで待ってるから」
「え……?」
私はマーヤの作業の邪魔にならないように、部屋の隅っこにちょこんと座り、魔法の練習を始めた。
地属性は鉱石や鉱物を操る術に長けているらしいが、私はまだ直接的にそれらを操作する魔法を覚えてない。
しかし、実は鉱石を間接的にだが操作する魔法を私は習得している。言わずとしれた私の得意魔法【ストーン・バレット改】だ。
【ストーン・バレット改】で放たれた石の軌道は変化する。
過去にも野球の投法で何度か変化球を投げた事がある。一時期まで、これは前世の杵柄で変化球を投げられているなどと、私は思い込んでいた。
しかし、それは間違いだ。
現に、精錬されて鉱石から鉱物へとなり、魔法の対象外になった物をいくら同じように投擲しても軌道を変化させる事は出来なかった。
これは【ストーン・バレット改】という魔法を通じて、鉱石の軌道を『操作』していた事に他ならない。
つまり、私は既に鉱石ならば限定的に『操作』する事が出来ている。
ならば、その対象と効果を拡張させるように工夫すればいい。
ソフィアは言っていた。『魔法は覚えるものではなく、識る事が重要なのじゃ』と。
前から不思議でならなかった。
なぜ私は新しい魔法をなかなか覚える事が出来ないのか、と。
でも、それは当たり前だった。
幾ら書物でたくさん勉強しても、魔法の深淵を覗き、読み解く事が出来なければそれは自分の力にならない。
なら、私は親友を──シャロを助ける為に、今一度基本に立ち返り、私の魔法を読み解こう。
ソフィアや書物から学んだ知識を思い出す。まずは、私と鉱物を繋げて1つにする──
「え、あの、ちょ、ちょっと、困る、んですけ……」
「……」
私から見えない糸を伸ばし、対象──今回は魔法刻印──と接続させる。
接続ってどんな感じだろう。USBケーブルをつなぐイメージで良いのかな?
「……ど。あ、あの……お、お客様……?」
「……」
接続が安定したら、魔力を流して一体化させる、と。
有線のイメージだとごちゃごちゃして安定しないなぁ……私からシグナルを送って無線で接続する感じでアレンジしよっかな。丁度おあつらえ向きの識別子が付く予定だし。
「お客……ル、シア、さん……?」
「……ん? ルシアでいいよ。どうしたの? まさか、もう出来たの?」
「い、いえ……まだ、なん、ですけど……」
「そっか。頑張ってね! 邪魔しないように心の中で応援しておくから!」
「う、えっ? あ、はい……。頑張り、ます……」
マーヤは小さくため息を付くと机に向き直り、作業を始めた。
もしかして、おしゃべりしたかったんだろうか。悪い事をしたかな。店主は彼女を人見知りと評したけど、普通に私と話せてるんだから心配しすぎだと思うんだよね。
私は作業を始めたマーヤの邪魔をしないよう、イメージでの魔法訓練に戻ろうと視線を動かした。
床を過ぎ去ろうとしたまさにその時、あるものが眼に映りこんだ。
「ん……? これ、なんだろ?」
私は床に落ちていたそれを拾って目の前で広げてみた。
半透明でカサカサとし、一見するとビニール袋みたい。でも、口も底も開いてて袋の役割を果たしていない。
一部に微妙に弛みがあり、似たようなものを何処かで見たような気がする。
「スケスケの……キャミソール?」
そう。肩紐とかはないけど、キャミソールっぽい。
ちょうど胸部に該当する左右の部分には、小さな穴が空いている。
「なんで穴が……?」
なんとなく穴に小指を抜き差ししていると、私の独り言に気づいたマーヤがこちらを振り返り、遊んでいる姿をバッチリ見られた。
サァッと一瞬にして真っ青な顔になったマーヤが、驚くべき速度で私に接近してそれをひったくった。
「わ、私の、脱皮でッ……! 遊ばないで、下さい……ッ!」
そう言えば店主が脱皮の時期だと言っていたような気がする。あれがそうだったんだ。
「あっ……じゃあ、あの小さい穴って……」
「~~~……ッ!! 仕事、する、のでッ!」
一瞬で真っ赤になったマーヤは、回答を濁して仕事に戻った。ただ、まだ引きずってるようで、後ろからでも耳が赤いのが丸わかりだ。
知らなかったとはいえ、気まずい。
キンキンッと雑念を拭うように奏でられる刻印を彫る音を聞きながら、もう余計な事をしないために魔法のイメージに没頭することにした。
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「でき……ました」
時間にして2時間くらい掛かっただろうか。
一心不乱に細槌を振るっていた手が止まり、マーヤが髪飾りを差し出した。
「すごい……」
私の金隼の髪飾りを見た途端、純粋に感嘆の言葉が口をついた。
極細の複雑な刻印が施され、装飾品だったものが芸術にまで昇華されている。
「結構、大変でした、けど、素直な子だった、ので、なんとか、なりました……」
「素直?」
誰の事を言っているんだろう。
「この鳥さん……です。たぶん、大切に扱ってるん、だと、思います……。お客……ル、シア……さん、の力になりたい、らしい、です」
その言葉に、私は改めて髪飾りを眺めてみた。光の加減でキラリと光り、それが何故かマーヤの言葉を肯定したように思えた。
「ありがとうマーヤ。この髪飾りは大切な人からもらったものだから、そう言ってもらえると、その、嬉しいよ」
マーヤは私の様子に満足したのか、ほのかに笑顔を見せてくれた。
「本当は、『物体操作』の刻印だけ、する、つもりだった、けど……いつの間にか、別のもの、になっちゃった」
「え……? それって大丈夫なの?」
あくまで私が扱う魔法と同系統でなければビーコンとして機能しない可能性がある。心配そうな顔をした私を見て、マーヤは笑みを深めた。
「たぶん、大丈夫……。この子が、選んだ、から」
若干どもりながらも、自信があるように小さく胸を張るマーヤ。
「魔法刻印は、『金色の隼翼』と読め、ます。効果が複数ありそう、です」
マーヤが言うには、『操作』の魔法刻印の派生らしく、本来は彫った事が無いものだという。
『操作』の効果は分かるが、他の効果は複雑すぎて今の時点では判別が出来ないらしい。
「マーヤが刻印を彫ったのに、それを見た事無いなんて……不思議」
「彫金師の、間では、稀にある事、です……。信じて貰えます、か?」
マーヤの言葉に、私は笑みを返す。
「うん。信じる。だって──」
私は髪飾りを両手で掲げ、マーヤから髪飾りを受け取った瞬間に脳内で響いたとある魔法を唱えた。
「【|エル・ファルディア】」
私の言葉に反応し、刻印に黄褐色の光が灯ったかと思うと、金色の隼が手から飛び立ちマーヤの周りをゆっくりと旋回した。
「わ、わぁっ……!」
「私も、この子に新しい魔法を教えてもらったみたいだから」
私とマーヤは顔を見合わせ、どちらともなくクスクスと笑いあった。
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【エル・ファルディア】lv.1 New!!
・主に忠誠を誓う黄金の隼を自在に操る
・魔法耐性大
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