エピソード081 王都で自由行動です──シャロ編2
ミランダのお店を出た後、ドレスの仕立て直しが終わるまで私達は時間を潰す事にした。近くの喫茶店に席をとり、注文した飲み物を飲む。
私はコーヒーに似た飲み物『カフィ』をブラックでティーカップから一口頂く。芳ばしい香りと私が知るコーヒーよりも少し酸味が交じる苦味が口内に広がる。
……はぁ、ホッとする。私としてはもう少し苦みが強い方が好みだけど。
顔を上げると、シャロがカップを持つ私を呆れたような顔で見ていた。
「どうしたの?」
「あんた、よくカフィをそのままで飲めるわね。苦いでしょ? ミルクを加えるともっと飲みやすくなるわよ」
どうやらシャロは私がカフィの飲み方を知らないと思ったみたいだ。
そういえば前世のネットニュースか何かで読んだ事があったっけ。日本人はコーヒーをブラックで飲む人が多くて驚きだ、みたいな記事。私は断然ブラック派なんだけどなぁ。
「うん。でも私、苦いの好きだからね。そのままでもとっても美味しいよ?」
「意外ね……うぇ、あたしは無理だわ。確かにブラックを好む人もいるけど、ほとんどが男性よ?」
ギクゥッ!
妙に鋭い指摘に私は心臓が汗を掻くような感覚を味わった。すみません、た、たしかに私は元男です……。前世とは違って甘いのも大好きになったけどね。
試しに少しだけ口に含んだシャロが苦味走った顔で、一緒に付いてきた小瓶からミルクを加えている。
ちなみに銅貨1枚の有料だ。ちょっと高い。日本なら1リットルの牛乳パックと同じくらいのお値段。
砂糖はさらに高級品らしく、一匙くらいでカフィ3杯分くらい買えてしまうので購入しなかったようだ。
「うん。まだちょっと苦いけど、まろやかでこれくらいが丁度いいわね」
シャロが少し微笑んでミルクを加えたカフィを味わっている。その姿を見ると、やはり上品で上級階級のご令嬢、というのがピッタリだ。
私はカフィをもう一口飲んだ後、カップをテーブルにおき、ずっと気になっていた事を口にした。
「シャロ、そろそろ教えてくれないかな? 私が慣れないドレスを着ないと行けないような場所について。そして、そこで何をするつもりなのかを」
シャロは私の質問にすぐには答えず、カフィをカップの半分くらいまで飲んだ後、話し出した。
「……それにはまず、あたしの素性を明かさないといけないわね。……ねぇ、ルシア。あんたをあたしの都合に巻き込もうとしてる身として勝手と思うかもしれないけど、……今ならまだ引き返せるわ──」
「あ、そういうの良いから。早く話してよ」
私は空気をぶち壊すように敢えてあっけらかんに言って話の続きを促した。ちょっと雰囲気を醸し出していたシャロはズルっとずっこけるように体勢を崩し、呆れた顔で私を見やった。
「あ、あんたねぇ……」
「だってもう私はシャロの都合に付き合うって決めてるし。迷う段階は昨晩にとっくに越えてるよ。ほら、早く早く。私としてはシャロが偉い貴族のご令嬢で、両親といざこざがあって家を飛び出した、とか推理してるんだけど、どうかな?」
「ちょ、ちょっと! 話す前に先読みしないでよっ! もうっ! こっちは色々気を病んでるのに調子狂うわね。…………ううん、あんたらしいっちゃらしいか」
シャロは私の様子に苦笑し、少し肩の力を抜いた様子で話を続けた。
「ルシアの想像通りってのが癪だけど、あたしはとある貴族の娘なの。本当の名前はシャルロッテ=ブローニア。ブローニア家の、アルス聖皇国の公爵の地位を持つ、ね」
「へー…………って、えっ? アルス聖皇国って、うちのお隣の国の?」
「ええ。この国と同盟関係を結んでいる、あのアルス聖皇国よ」
シャロはやっと誰かに言うことが出来た、と肩の荷が下りたような様子だ。
「でも、なんでお隣の国の貴族の娘である、シャロ……シャルロッテ……シャル? がこの国でわざわざ冒険者なんてしてるの? やっぱり夜逃げ?」
「先走らないで。ちゃんと説明するわ。それと、あたしの呼び方は今まで通りで良いわよ。今のあたしはAランク冒険者のシャロットよ」
それからシャロは自分の生い立ちを説明し始めた。
シャロはアルス聖皇国の貴族の娘であるが、この国の生まれだという。何故そんなややこしい事が起こり得るのか。それは、アルス聖皇国の特殊な事情に起因するのだという。
「アルス聖皇国はね、神教国……つまり、神殿教会の力が非常に強い国なの」
「それは王様とかよりも?」
「あの国の王族なんて飾りみたいなものね。あたしが貴族の娘だって事から分かると思うけど、貴族制度も存在するわ。でも、この国のと比べたら名前だけみたいなものよ。ほとんどの権力を神殿教会……正しくは教皇アザエル=アルスが握っているわ」
つまり宗教国家ってことか。前世が日本人の私には到底理解出来ない世界だ。
「あれ? でも確か、あの国で偉い人って聖女じゃなかった?」
「正しくは大聖女フランシア様、ね。直接お会いした事は無いけど、あのお方は政治には興味なくて象徴としての役割が強いわね。あと、最上位の神聖魔法が使えるのもあのお方よ」
シャロは一度カフィで口を潤し、再び話しだした。
「話を戻すわね。教皇アザゼルは貴族達に対して幾つかのお告げを出してるの。そのうちの1つに『アルス聖皇国内の貴族の資産は神の施しであり、ひいては神殿教会のものである』ってのがあるの。簡単に言うと、貴族が持つ国内資産は無条件に接収出来るって事ね」
「なにその理不尽」
「その点に関しては同意するわ。でも治癒系の魔法である神聖魔法を神殿教会が牛耳ってるからね。従うしか無いらしいわよ。……で、貴族達が考えたのが、国外に土地を持ち、そこに家宝を保管するって方法なのよ」
シャロのお父さんは教会の力の強い国でも公爵という高い地位であるから、同盟国である王都に飛び地を持っているらしい。そこで現地の妾から生まれたのがシャロだという。
俗に言う現地妻ってやつかな……いや貴族の風習なんて知らないから、そういうものなのかもしれないけど。
「ふぅん。でも、シャロが例えこの国生まれだったとしても、一応アルス聖皇国の貴族の娘であることには変わりないんだよね? 箱入り娘で育てられそうなものなのに、なんで──」
──なんで冒険者をしているのか。
私の心の声を読んだかのように、シャロは陰のある笑みをこぼして答えた。
「それはね──アイツが……あたしの姉がアルス聖皇国から屋敷に移り住み、────お母様を殺したからよ」




