エピソード075 私、お呼ばれしたベルのお家で新婚さんごっこです
ベルを取り合う決闘──そのつもりはなかったのに、結果そういう事になってしまった──が終わり、ベルから回復魔法を受けた後、私達はヒューベルデの脅迫……もといお誘いでベルのお家に向かう事になった。
「ふんふん、ふーん♪」
ご機嫌そうに鼻歌を口ずさむベルは、先程からずっと私の左腕に抱きついたままだ。
尻尾をフリフリさせてじゃれついてくるベル、ホント可愛い。
今までも腕を組んだりハグしたりすることはあったけど、今の状況ではその意味合いも少し変わってくる。
「……そう言えば、さっきの死闘で記憶がすっ飛んでたけど、ルシアとベルって結婚……は式を挙げてないから……婚約、したのよね? というか番ってあたし達で言う所の夫婦でいいのかしら?」
「わかんない。竜種の生態は謎が多いから。1つだけ分かるのは、これが面白い状況だって事。ヒューヒュー」
うん。事情を知らなかったらただの仲の良い女の子のやり取りなんだけどね。
……事情を知らなければね!
そしてローラ。とりあえずその面白いオモチャが増えた、みたいなニヤニヤした面を止めてもらおうか。
私とベルは、『ベルを傷物にした(意訳)責任を取れ!』というヒューベルデの強引な策略により、竜種達の前で公開夫婦宣言をされたのだ。
しかも、その後の決闘に勝利した事により、私は竜種達に一目置かれる存在となり、今更断る事が出来ない状況に。
実は何件も追加で決闘の熱烈なお誘いがあったけど、どれも丁重にお断りさせて頂いた。……無茶言わないでよ死んじゃうよ!
『ここだ』
ヒューベルデが歩みを止めたのは、大きな洞窟の前だった。どうやらここがベルの家らしい。
「ただいまなのー!」
家につくなり、ベルは私達を置いて洞窟の中に走って行ってしまった。なんだか子供が洞窟に入っていく、という絵面はハラハラするものがある。ここに住んでいた頃は、ベルも竜種形態だったろうから間違ってはいないんだろうけど。
『ようやく一息入れられるな。狭い場所だがゆっくりしてくれ』
「は、はぁ。それでは遠慮なく」
随分と態度が柔らかくなったヒューベルデに促され、残された私達3人も洞窟に足を踏み入れる。
すると、先に入ったベルが何やらニッコニコとこちらを見ていた。
はて、友達を家に招待するのが嬉しいとか、そういうのだろうか。
なんとも心が和む光景だが、次の言葉を聞いた途端、私の予想が全くの見当違いだった事に気付かされた。
「おかえりなさいあなた! 水あ(浴)みにする? しょくじにする? それはともかく……ベルと交尾しよ?」
ブフゥッッ!?
予想もしなかったあまりにもド直球な台詞に、思わず私は盛大に吹き出してしまった。
た、たしかに小さい頃、ミケとも何度か新婚さんごっこをしたのを覚えている。あの時は、何故か私は夫役しかやらせてくれなくてちょっと納得がいかなかった……って、そうじゃなくて!
「ひ、陽が沈む前からなにハレンチなことやってんのよっ! そ、そういうのは陽が沈んで蝋燭を灯した薄暗い部屋でゆっくりと愛を語りながらしっかり雰囲気を作ってからどちらともなく灯りを消して肌を重ねるものでしょ!」
「はれんち?」
違う、シャロ。そうじゃない。
怒るところはそこじゃない。というか、無意識にシャロの妄想がだだ漏れてるよ?
まぁ、状況が状況だけに、100歩譲ってベルが鉄板ネタを仕込んだのは良しとしよう。でも、新婚さんごっこの定番の台詞はもうちょっとこう……マイルドに包んだ感じでしょ。
誰だ、こんな台詞をベルに教えたのは……って1人しかいないけど。
私はジトッとローラを睨みつけた。
「もしかして私が教えたと思ってる?」
ローラが心外だとばかりに目を開く。あ、あれ? こういう悪戯を仕込むのは大体ローラなんだけど、今回は違ったらしい。
竜種にも同じ文化があって、性行為に関して私達よりもオープンなようだからアレンジされたのかもしれない。とりあえず、決めつけてしまったことは謝っておかないと。
「ご、ごめんね、ローラ──」
「まぁ、私が教えたけど」
『ほう、ニンゲンにはこういう文化があるのだな』
「「ローラぁああああ!!」」
-----◆-----◇-----◆-----
どっと疲れた私とシャロは、座りやすい岩に腰掛けて一息ついた。
向かいには2つのたんこぶをこしらえたローラとそれを撫でるベル、広いスペースにヒューベルデという配置だ。
「それにしても、なんというか、ベルが里の皆さんに普通に受け入れられていることに安心しました」
『うむ? それはどういう事だ?』
ヒューベルデが器用に首を傾げたのでちょっと吹き出しそうになってしまった。
「たしかベルが『角が無いから皆に馬鹿にされる』って帰るのを嫌がったから、あたし達と一緒にパーティを組むようになったのよね」
「皆、ベルの姿を見ても普通だった。杞憂?」
「もう、みんなバラしちゃダメなのー!」
ベルは親の前で自分の思い込みをバラされたのがよほど恥ずかしかったのか、顔を赤くしてむくれている。一方、ベルママは私達の言葉に得心がいったのか、深く頷いた。
『なるほど。確かにその可能性はあったな』
「「「えっ?」」」
この流れで馬鹿にされる可能性を肯定された事に、私とシャロ、ローラは呆気にとられた。
『竜角は竜たる我らの誇り。それを見も知らぬ輩に折られてオメオメと里に帰ってきた日には、まず間違いなく貶める者は現れただろうな』
ベルママは滔々と語り、ベルは自分の角のあった位置を少し触り、シュンと項垂れた。
まさか、ベルの言っていた事は本当だったとは。
最近はベルもあまり自分の角の話題に触れなかったから、私はてっきり人里で遊びたいが為の言い訳くらいにしか考えてなかった。……ごめんね、ベル。
『まぁもしそうなったら、我が娘を笑う輩は我がぶっ飛ばしていただろうから、半分以上はお前達と遊びたいが故の方便だろうがな』
ベル……。その『バレちゃった、テヘッ♪』って顔やめなさい。
ちょっとどこぞのへっぽこ農耕神を思い出してイラッとしちゃうから。
「でも今回ベルが歓迎された、というか特になんの誹りも受けなかったのはどういう訳なの?」
「ルッシーというベルたんのお嫁……お婿……?さんを連れて帰ったからじゃない?」
「ま、まさかそんなことは」
『その通りだ』
えぇ……。そんな馬鹿な。
『もちろん誰でも良かった訳ではない。我々はニンゲンと極力関わる事を嫌っておるしな。ルシアが番の相手だった、というのが大きい。つまり、我の功績、というわけだな』
ヒューベルデが少し胸を張るような仕草をしてそう宣った。
あの……王都で会った時の事思い出して欲しいんですけど……あなた、私に『死にたいようだな?』とか、私達を見て『さぞ美味かろう』って言ってましたよね……?
「ルシアだから、っていうのはさっきの決闘のこと?」
ローラが何処からかお煎餅を取り出してボリボリと食べながら尋ねた。見ると、ベルも、そしてヒューベルデもお煎餅をバリバリと貪っている。それ、まだ持ってたんだ……一体どれだけ買ったんだろう。
『むっ、ちと少ないが悪くないな……。ルシアが決闘で勝利したのはたしかに1つの理由ではある。我らの同胞を倒せるニンゲンなどそうはおらんからな。……実際、我は勝てると思っておらんかった』
「ひどっ!?」
私はヒューベルデの言葉にショックを受けたが、シャロとローラもウンウンと頷いている。
「えぇ……。皆が私の勝利を信じてくれてるって思ったから頑張ったのに……」
「普通は竜種に勝てるとは思わないわよ。腕を怪我した時、あたしがどれだけ心配したか分かってるの?! ……まぁ、ルシアは変なところで規格外だからもしかしたら、って妙な確信もあったけど」
「実はいつでも乱入出来るようにこっそり準備してた。事前の作戦で竜種のブレスをあんな薄い銅板で防げる、って言い出した時は正気を疑った。本当にそうなったのは驚きだったけど」
私は恨みがましい顔で見やるが、2人は涼しい顔でその視線をスルー。
むしろ私は2人から叱られる始末だ。
「ベルはしんじてたの! ママ、ルシアはSランクぼうけんしゃなの。だからかつのはあたりまえなの! ……あっ、ベルもAランクになったの! ほらほらっ」
ベルだけは素直に私の勝利を信じてくれていたようだ。
良い子だ……ベルはこのまま素直に育って欲しい。
自分の冒険者カードをヒューベルデに見せて自慢している姿は、まさに親子だった。
いったん場が落ち着くのを待って、改めて尋ねた。
「それで、ベルのお母様──」
『お義母様、だ』
「は、はい。お義母様……。それで、他の理由ってなんだったんですか?」
『ああ……。仮にあの決闘でルシアが負けていたとしても、時間はかかるだろうがお前は我らに受け入れられただろう。何故なら……ルシアが火の大精霊の祝福を受けた者、だからだ』
お疲れ様でした。
いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても嬉しいです。
楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。




