エピソード074 私、治療を受けます
「ルシアッ!!」
私とデンなんとかさんとの決闘──いや、あれはもう死闘と呼んでいいんじゃないだろうか──が終わると、ベルが一目散に駆け寄って来た。
「やっほー……ベル。私、勝ったよ……」
「ルシア……ルシアのぉ……」
ベルは私の姿を見ると俯き、プルプルと肩を震わせた。
ははぁーん。これはアレですな。感動で私に抱き着こうと考えているやつですな。でもダメージを受けてる私に抱き着くのはためらわれる、と。
極限まで高めていた集中が途切れ、思考力の低下した頭でそう結論付けた私は、両脚を踏ん張り、無事な方の腕を広げて、抱き着かれてもフラつかないように構えた。
さあ、いつでも胸に飛び込んで来てくれて構わないよ、ベル!
「ばかぁああああーー!!!」
……飛び込んできたのはベルの拳でした。
「げぶふぉあー?!?!」
流石は弱体化しているとはいえ竜種。
がら空きの腹部に鋭い拳がクリティカルヒットし、衝撃で身体がくの字に折り曲がり、思わず私の口から乙女らしからぬ酷い声が漏れた。
さ、流石は私のDEF……ダメージは無いけど……み、鳩尾に衝撃が……あ、出る。
オロロロロロー
私は三つん這いになり、先程の戦闘でも出さなかった吐瀉物を地面に垂れ流す。これをノーダメージと言って良いのか、正直私には判断しかねる。
とりあえず言えることは……酷いよベルぅー。
「まったく! ベルたちがどれだけしんぱいしたのか、ルシアはちゃんと……あれ、ルシア? どうかしたの?」
「ちょ、ちょっと! 戦闘でボロボロのルシアに、なに追い打ちしてんのよっ!?」
「ベルたん、ナイスパンチ。モヤモヤがスッキリした」
慌てて駆け寄り、背中を擦ってくれるシャロと、ベルに向けてサムズアップするローラ。
シャロはホントに優しいなぁ……ローラ、後で覚えてろ。
「うわっ。腕の傷酷いわね……ベル、治せそう?」
「う、うーん……? とりあえずやってみるの! 【アイス・ヒール】!!」
ベルが魔法を唱えると、私の傷口をひんやりとした冷気が包み込んだ。じわじわと痛みが引いていき、もぞもぞと少しずつ傷口の組織が快復していくのを感じる。
持ち前のDEFのおかげで今までヒールを受けたことなかったけど、なんというか不思議でザ・異世界って感じがする。血管とか内部組織の修復とかはどうなってるんだろうか。
そんな益体もない事を考えながら、おとなしく回復魔法を受ける。
ちなみにすぐ隣で気絶していたデンデンは、観戦していた竜種達に治療──なんだかヌメヌメした液体を傷口にぶち撒けられていた──され、運ばれていった。
ちょっとやりすぎたかと心配になったけど、周囲の竜種達は『あんなの唾つけときゃ治る』と笑っていたのでたぶん大丈夫だろう。……あの液体って、まさか唾じゃない、よね?
途中、クルリスハートという高飛車な竜種の女の子が、ベルと言い合いをするという一幕があったけど、ただただ微笑ましいだけだったので割愛しておく。
──どうでも良いけど、竜種の名前ってちょっと長くて覚えづらい。私の村の友達を見習って欲しい。ミケとかポチとかタマチとか……覚えやすくて親しみやすい、最高の名前でしょ!
……なんてことがありつつ、回復魔法を受けて暫く経つが、なんだか段々と寒くなってきた。
なんというか、体の芯が凍える感じ。
「……うーん、やっぱり。これいじょうはルシアのからだにわるいからダメなの」
「へっ?」
そう言ってベルは回復魔法を解除してしまった。治療当時に比べて痛みは大分引いたが、まだまだ抉れた傷口は塞がりきっていない。
回復魔法かけてるのに、かけすぎると身体に悪いとは此れ如何に。回復魔法による過剰ダメージとか、ソフィアの授業で習ったっけ?
「あぁ、なるほどね。そりゃ仕方ないわ。とりあえず薬を塗って今日の治療は終わりにしましょう」
「それがいいの」
なんだかシャロはベルの言い分に納得しているみたいだけど、私は何のことかさっぱりわからない。シャロが懐から塗り薬を取り出し、私の傷口にそれを塗りたくり始め、私は傷口を触られる嫌な感触に顔をしかめながらも、首を傾げた。
「ルッシー、納得してない顔だね。ベルたんの回復魔法の事?」
「えっ、あぁうん。ベルの魔力が切れたならともかく、身体に悪いからって理由で治療を中断するってどういう事かなぁって」
それを聞いたローラは、ムフッと口角を少し上げ、謎に仮想の指し棒を振るうような仕草をして説明し始めた。
「ルッシーは普段怪我しないから知らなくても仕方ないか。ベルたんの回復魔法、ひんやりして気持ちよかったよね」
「うん」
「だからだよ」
「うん……えっ?」
「えっ?」
なんでローラはさも説明し終えたでしょ、みたいな顔してるんですかねぇ。今の会話の内容で何故私が理解できたと思うのか……。
「あぁもう! あんた達の会話聞いてたらイライラするわっ! つまりね、ベルの回復はあくまで水属性の亜系統、氷属性魔法で実現してるのよ。それは分かるわね?」
「う…うん。そ、それよりもシャロいたい……」
治療に専念していたシャロがたまらず詳しく解説を始めてくれた。でも、シャロさん? 若干イライラして私の傷口に込める力が強く…イタタタッ!
「故に長時間かけ過ぎると身体が冷えちゃうのよ。風邪引いたり、最悪の場合傷口が凍傷で壊死するわ。まぁ、水属性魔法でもその点は一緒なんだけど、氷属性だとそれがより顕著ね」
「ひぃっ!?」
回復魔法こわい。
回復されてたらいつの間にか壊死してました、なんてシャレにならないよっ!
「……シャロー? まほうがとくいじゃないベルでも、さすがにそんなひどいことはしないの」
「最悪の場合って言ったでしょ。そういう事もあるってこと。だから神聖魔法以外の回復系統は重症の回復には向かないのよ。ルシア、それはソフィア様の授業で習ったんじゃないの?」
「う゛っ……」
シャロの指摘に私は言葉を詰まらせた。た、たしかに神聖魔法との違いは昔説明してもらったかも……。体験した事なかったから完全に忘れてた。
『……お前達、いつまでそんな所で喋っておるのだ?』
少々呆れたような声でヒューベルデが話しかけてきた。気がつくと周囲にいた竜種の皆さんは解散し、その場に残っていたのは私達だけだった。
……まさか、私達を待ってくれていたのだろうか。
「あ、あぁ、ベルのお母様。ちょっと怪我が酷くて治療してもらってたんですよ」
『治療するにも、もう少し落ち着ける場所に移動すれば良いではないか』
「落ち着ける場所といっても……ここに来るのは初めてですし、土地勘が無くて」
途端、ヒューベルデの目がギラリと光った……気がする。ヤバい……デジャヴが……。
『そうかそうか、土地勘が無くて行く場所が無いか……。では我の住処に来ると良かろう! お前達には聞きたい事もあったのでな』
「えっ?! みんながベルのおうちにくるの? わーい!」
ああ……。ヒューベルデの言葉にベルが無邪気に喜んでしまっている。しかして私とシャロ、ローラは、素早く目配せをしてコクリと頷いた。
「あのぅ、すみませんベルのお母様。王都で待たせる人も心配しているかもですし、そろそろ私達はお暇させて頂きたいかなぁ、って……」
「えぇー!? ルシア、おうちこないの?」
ベルは完全にヒューベルデの味方で、私の裾を引っ張って、上目遣いでウルウルと悲しそうな視線を送ってくる。
ぐっ……! ベルめ、いつの間にそんなあざと可愛い手を覚えたの……? で、でも、また面倒な事になりそうな予感がするんだよ。ほぼ的中率100%のネガティブの予感がっ!!
こういう場合、三十六計逃げるに如かず、なんだよ!
『ほぉ……そうか。いやはや残念だ。残念すぎて、我はルシアが決闘の最後に放った台詞を、皆にポロリと漏らしてしまうかもしれんな』
……んんっ? 決闘の最後で放った台詞、ってまさか……。
いやいや、あれは小声で呟いただけだから絶対聞こえてないはず──
『たしか……『──あなたに、私のベルはわた……』』
「あー!あー!あー! 私、ベルのお家見てみたいなぁっ!! ほ、ほらっ! 早く行きましょうベルのお母様!!」
『『ベルの』は要らんと思うのだがなぁ』
「ええっ!お義母様、ささっ、早く参りましょう! ベル、シャロ、ローラ。行くよっ!!」
私はベルの手を取って、どっちに行けば良いのかも分からずスッタカと歩き出した。一刻も早く、この場を離れて有耶無耶にしなければ!
「わーい!」
「えっ、なんで?!?!」
「……ルッシー。詳しく話すが良いよ」
仲間達は三者三様の反応をしつつ、そしてヒューベルデはニヤリと悪い顔をして笑いながら、私達は一路ベルの住処へと向かうのだった。
くぅ……戦闘で高揚してたとはいえ、あんなこっ恥ずかしい台詞、言うんじゃなかったっ!!
お疲れ様でした。
いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても嬉しいです。
楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。




