エピソード007 私、聖環の儀式を受けます3
「さて、ルシア。お主はそろそろ帰った方がいいのじゃ」
ソフィアは気絶した司祭を一瞥し、私にそう促した。
「え、いいんですか?司祭様気絶しちゃいましたけど」
「別に問題なかろう。教会には助祭もおるしな。どれ、一応風邪を引かんように掛布だけでもしておいてやろう」
ソフィアは少し前まで私が使用していた掛布を司祭がすっぽり隠れるように覆いかぶせた。それは介抱というより隠ぺい目的と言ったほうが正しいような気もするが。
「それに、このまま教会におると先ほどまでの出来事の仔細を根堀り葉掘り聞かれることになるぞ?それはお主も好むまい。ある程度夢だと思ってくれるとありがたいのじゃけれど」
それは流石に無理だろう。
でも、ソフィアの言うように、アーシアのことや『聖環』のことを探られるのは良くない気がする。
そもそも、私も混乱しているのだ。聞かれたところで大したことは話せない。
「で、では。お言葉に甘えて私は失礼します……」
「おっと、待つのじゃ。今から1人で街道を徒歩で行くには少し危ない。わしがお主の村まで送り届けよう」
「え、でも……」
「いいのじゃ。むしろ連れて行ってくれ。わしもここにいたら面倒ごとに巻き込まれそうじゃ。……いや、もう巻き込まれたか?カァーカッカ!」
何とも豪快な人だ。まぁ帰るのはいいけど、私はアーシアのことをどうするか悩んだ。このまま連れて帰って母と父になんて言い訳しよう。
「ねぇアーシア。今から家に帰るけど、教会を出る時に助祭様に出会うと面倒なことになるし、それに急にアーシアを連れて行ったらママとパパがビックリしちゃうと思うの。だからね、その」
「じゃあ、私はいったん隠れていることにするわ!『聖環』の中にいるから用があるなら呼んでね!用がなくても呼んでくれてもいいから!またねー」
そう言い残すとアーシアは消えた。『聖環』を見ると、宝石がキラリと光った気がする。
ソフィアは私を促し、教会の外に出た。途中すれ違った助祭には、司祭が疲労で眠っているのでしっかり休ませてやるように、と嘘のような本当のような言付けをしていた。
「よし、ではルシアの村に向かうとするかの。【飛翔・箒】」
ソフィアの『聖環』が光ると、目の前に竹箒が空中にホバリングしている。
「こ、これはまさか!」
「武具と風魔法の複合オリジナル魔法じゃ。これで飛んでいけば街道中の魔物も気にしなくて大丈夫、という寸法じゃ」
夢にまで見た箒で空を飛ぶ経験ができる!
私、今とても異世界してるわ!
私は嬉々として箒にまたがり、出発する時を今か今かと待ち焦がれた。
「あー、ルシアよ。ひとつ助言じゃ」
「なんでしょう、ソフィア様」
「箒には跨るのではなく、横向きに座るのが良いぞ。下から見られるとスカートの中身が丸見えになる。まぁそれくらいならば許容できるかもしれんが、それに……痛いのじゃ。その、色々とな」
私はその様子を思い浮かべ、全体重がデリケートな部分に掛かるのを想像し、慌てて横向きに座りなおした。
宅急便のあの子は気軽に跨って乗っていたのに、現実とは儘ならないものか。
「魔法で安全機構は組んでおるが、最初は怖いかもしれん。わしにしっかりつかまっておきなさい。それじゃあ、飛ぶのじゃ」
フワッと一陣の風が吹き、気が付くとそこはもう空の上だった。
西の空に傾き、沈みゆく太陽は茜色に燃え、私達を赤く染め上げる。
森と大地と畑が視界に広がり、そのはるか先に大きな街、王都が見える。
南には山脈が連なり、太陽の光を浴びて陰影を刻み、まるで赤くたなびくカーテンのようだ。
「綺麗……」
私はそう呟くことしかできなかった。
ソフィアは気を利かせてくれたのか、景色を楽しめるように少しの間だけ動かずその場でホバリングし、その後ゆっくりと村に向かって飛翔した。
私は教会から村までのほんの十数分の間、空の散歩を心ゆくまで堪能した。
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「ほら、到着したのじゃ」
「ソフィア様、ありがとうございました。あの、ソフィア様はこの後どうされるんですか?」
「そうじゃな、流石に今日はもう遅いし、この村のどこかで屋根を貸してもらって一泊するつもりじゃ。その後は……うーむ」
ソフィアは住処から離れこちらに来ていた本来の目的を思い、伝えるべきかどうか悩んでいた。
「(神託が指し示す場所で出会ったのはルシアじゃった。今日の出来事も含め、わしは神託に従うべきじゃとは思うのだが……)」
「あの、ソフィア様。私、ソフィア様に2つお願いがあるのですが、聞いてもらってもいいですか?」
「……ん?まぁ、とりあえず聞くだけなら」
私は、送り届けてもらう間に考えていたことを言葉にした。
「私を、ソフィア様の弟子にしてくれませんか?」
「な、なに?お主がわしの弟子にか?」
「はい!ソフィア様のように魔法を使えるように勉強したいです。幸い、私は魔法の素質は有るようなので。とはいっても私は農民の子なのでこの村を離れることは出来ません。なので、たまに教えを請わせてもらう、という程度になると思いますが……」
本来弟子入りって師匠のもとで様々な手伝いをしたりしながら勉強するもののイメージがある。
私みたいにまだ5歳の子供では流石にまともに相手してもらえないだろうか。
「うーむ、そうじゃなぁ、弟子か。いいぞ」
「そうですか、やっぱりダメですか……え?いいんですか?」
「そう言っておる。その代わり、わしの弟子になったからには立派な魔法使いになるのじゃ。師を超すつもりで励むのじゃ」
「で、でも私は農民の……」
「畑を耕す魔法使いがおっても別に困らんじゃろ。魔法使いは真理を探求する自由人じゃからの」
ソフィアはすべてを受け入れるとばかりに粋にウィンクをした。まさにオトコマエ(女)の魔法使いである。
その胸中は少し違ったが。
「(やった!まさかソフィア様に弟子入りを認めてもらえるなんて!ダメもとでも言ってよかった)」
「(良かったのじゃー!まさかルシアから弟子入りの打診が来るとは。どうやって話を切り出そうか迷っとったが、手間が省けたのじゃ!)」
「では、よろしくお願いします!ソフィア師匠!」
「うむ。ところで願いは2つあると言ったな?もう一つの願いとはなんじゃ?」
「ああ、それですか。それはですねー……」
もうずいぶん暗くなって、母と父は心配しているだろう。でも、今日は本当に色んなことがあったからお土産話だけには事欠かない自信がある。
それと、母には一つお願いをしないと。
「師匠に今日は泊まっていって欲しいな、って思ったんです!」
私は笑顔でソフィアの手を取り、母と父が待っている家に向けて歩いて行った。
お疲れ様でした。
楽しんでもらえたらなら幸いです。