エピソード068 私達、竜種の巣に放り込まれました
拝啓
天高く馬肥ゆる秋たけなわの季節が到来しましたが、皆様お変わりなくお過ごしでしょうか。
お母さんもお父さんも、家事に作物の収穫と忙しい時期だと思いますが、健康にお気をつけください。
ルイン、そろそろ3歳の誕生日だね。お姉ちゃんは長い間ルインに会えなくてちょっと寂しいです。ルインが少しでも私と同じ気持ちで居てくれたら嬉しいな。
ミーちゃん、タマ、ポチ。私は一時的とはいえ、冒険者として素晴らしい仲間と共に様々な経験をしています。でも、時折どこかで皆の影を探してしまいます。会いたいです。
――さて。ちょっと湿っぽくなっちゃいましたが、私の近況もお伝えしておきますね。
私、ルシアは今――竜種に拉致されています。
超ピンチです。
生きて帰ることが出来たなら、絶対皆に会いに帰りたい。
お母さん、お父さん、ルイン、ミーちゃん、タマ、ポチ、どうかこのピンチを乗り越える力を貸して下さい!!
敬具
ルシア
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大空を猛スピードで翔ぶ一匹の竜種。
その背には氷竜の幼生、ベルザードが風に煽られないように必死にしがみつきながら、王都で起こった出来事について自責の念にとらわれていた。
「マズい……マズいの。ママがこんなにおこってるのはじめてなの。……ベルがもっとすなおにせつめいしたら、みんなをこまらせずにすんだのに……」
ベルザードは自分が重ねた失策を、まるで噛みしめるように小さく呟いた。
母親に、竜角を失った理由を聞かれて、怒られると思ってしまった。
角を失った自分の姿を恥ずかしいと思ってしまった。
そんな気持ち、ルシア達と過ごすうちにいつの間にか忘れてしまっていたはずなのに。
何より――角を失う原因となった自分の行動があまりにも情けなかった。
そしてベルザードが取ってしまった最悪の行動が……咄嗟にルシアに助けを求めてしまったことだ。代わりに説明してくれないか、と縋ってしまった。本当は自分が説明すべきだったのに。
自分が何者かに操られてしまい、沢山の人に迷惑をかけそうになったこと。
それをルシア達が懸命に止めようとしてくれたこと。
ベルの意識を覚ますために、角を折ったこと。
「それに……」
ルシアが、ベルザードを狂わせた、あの黒い石を綺麗に取り除いてくれた。
角が無いから帰りたくないと駄々を捏ね、悪いことをしたベルを、シャロとローラは、率先して仲間として迎え入れてくれた。
「ぜんぶ、ベルがわるかったの……みんなはわるくないの。なのに……」
自分の竜種として情けない出来事を、ヒューベルデに説明するのを躊躇ってしまった。あわよくばルシアが上手に説明してくれないかな、と甘えてしまった。
そのせいで、勘違いしたヒューベルデに皆が連れ去られてしまう、そんな事態になってしまった。
「ちゃんとベルが、ママにせつめいしないと……! ベルのたいせつなナカマをまもらないと!」
ベルは母親の背で小さく呟き、フンスッと気合を入れた。
そんな様子を、当の母親に聞かれているとは知らぬまま。
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轟々と風を斬る音が絶え間なく続く、薄暗くひんやりとした牢獄。
そんな空間でバリバリ、ボリボリと何かを噛み砕く音が絶え間なく響く。
私、シャロ、ローラの3人は、王都でベルの母親である竜種に前脚で掴まれたまま、僅かな――とはいえ身体のサイズが文字通り違いすぎるので、私達にとっては充分な居住スペースであったが――隙間に身を寄せ合っていた。
コツコツコツ、とシャロが地面――というかベルの母親の手のひらを、先程から苛立ったようにつま先で叩いている。
そんな傍ら、私とローラは盛んに口を開いて、活発な話し合いを展開していた――。
「(バリボリボリ)うーん、美味しい……じゃなかった、マズいよね。今の状況」
「(バリバリボリ)だねぇ。ベルのお母さんすごく怒ってたし。こりゃ私達、このまま胃袋行きかもね」
私とローラの口の動きに合わせて、バリボリガリッと音が響く。
そんな私達2人の様子に、とうとうシャロがブチギレた。
「こんな状況で――なに悠長にお菓子食ってんのよっ! そこまで分かってるなら何とか逃げる方法とか、ベルのお母様を説得する方法とか、もっと有効な時間の使い方をしなさいよっ!!」
ベルの母親が握りしめた手のひらに閉じ込められた私は、最初こそ不安で別れの挨拶とか、辞世の一句でも詠まなきゃ、と珍しく混乱状態に陥っていた。
しかし、落ち着いて考えてみると、私達は別に悪い事は何もやってない、という根本的な事実に気づき、そうなると段々と吹っ切れてきてしまった。
そして、ついには暇になり、こうしてお菓子を貪る状況となったわけだ。
「ベルを残しては行けないよ。それに逃げるって言ったって、隙間なんてほとんどないし……仮に脱出出来たところで、ここ空の上だよ? そのまま地上に落下してぺしゃんこだよ?」
「私達は悪い事はしてない。だから、ベルママに悪印象を持たれるような事をするより、大人しくしてるのが最善。ほら、シャロもお菓子食べたら? 美味しいよ」
「……はぁ。あんた達といると、色々考えちゃうあたしが馬鹿みたいだわ」
そう言ってシャロはローラの差し出したお菓子を素直に受け取り、お菓子を上品に割って口に入れた。
私達よりも幾分控えめなボリボリという音が聞こえ、それがなくなるとしげしげと先程口にしたお菓子を見つめた。
「……これ、結構美味しいわね。お菓子と言うには甘くないけど、歯ごたえがたまらないわ。なんて名前なの?」
「『せんべー』だよ。王都に入ってすぐのお店で手に入れた」
私はバリバリと懐かしい煎餅の味を堪能する。何が懐かしいって、この煎餅、ほんのり醤油の味がする。やっぱり煎餅は醤油せんべいが至高だと思う。
米と味噌は過去に王都でその存在を知ったが、ついぞ見つけることが出来なかった醤油。どこで手に入るのかなぁ。ぜひ私の贅沢品として買って帰りたい。……今の状況を見ると現実逃避に過ぎるけど。
やることもない3人は、しばらく煎餅をボリボリと食べていると、どうやら住処に到着したらしい。内臓が引っ張られるような急降下の感覚を感じた。
ズンッと大きな衝撃が来たと同時に、私達はポイッとベルの母親に放り出され、地面でしたたかにお尻をうった。
「あうっ!? いてて……」
乗り物――今回は乗り物と呼んで良いのか分からないが――に乗るたびにお尻にダメージを受けている気がする。
お尻への痛打に涙目になっているシャロとローラを横目に、持ち前のDEFの高さですぐに痛みから復帰した私は、キョロキョロと周囲の様子を確認した。
見渡す限り、ゴツゴツとした岩だらけ。空気が薄いのか少し息苦しい。
王国内で空気が薄くなるどの高所と言えば、自ずと場所は限られてくる。過去にソフィアから聞いた竜種の住処の情報もあり、ここが何処かおおよその検討がついた。
「ここ……ドラム山脈かぁ」
『ほう……よく知っておるな銀髪の小娘。ここはドラム山脈山頂、ニンゲン共が『竜の巣』と呼び恐れる、我らが『聖域』ぞ』
そこには私達を拉致した元凶、ベルの母親が私達を睥睨していた。さらに四方八方から視線を感じる。ここは竜種の住処、他にも竜種がこちらの様子を伺っているのだろう。
下手な動きをすると、即座に竜種のお腹へ招待されることになる。シャロがローラを慌てて立たせ、パーティの代表として慎重に言葉を選んで対応しだした。
「ベルの住処にご招待頂き誠に光栄です。あたし達もお母様自らに運んで頂き、此処までの道中本当に心が踊るようで――」
『その割には『逃げ出す』やら奇妙な餌をバリバリと食しておったようだが? ……よくもあの状況で、我の手中で餌を食えるものだと怒りを通り越して呆れたぞ』
そう言ってベルの母親は、私達を包んで運んでいた前脚をクンクンと嗅いでいる。まさかの全部丸聞こえだったようだ。
シャロがギンッとローラと私を睨みつけてきた。いやいや、ベルの母親が言った『逃げ出す』発言ってシャロが言い出したんだけど。
『今は貴様らと談笑する気はない。此処へ連れてきたのは貴様らを断罪するためぞ。――我らの一族の者を貶めた、許しがたき罪を、な』
そうしてベルの母親は、バサリと巨大な翼を広げ、大きく宣言した。
『里の者達よ聞け! 今より我、『氷真竜』ヒューベルデが、我らが信仰――火の大精霊『ボルカニア』様の名において裁判を執り行う! 咎人は――このニンゲン共だっ!!』
その途端、ゴァァアアアアアッ!! と大地を揺るがす啼声が重畳し、数十匹の竜種が私達を取り囲んだ。
――――そして、竜種によるニンゲン……つまり、私達の裁判が始まった。
お疲れ様でした。
いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても嬉しいです。
楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。




