エピソード065 私達、王様に謁見します2
2年前からパンドラム王国で頻発する魔物の発生率の増加。
魔物を狂わせ暴走させる黒石の存在。その正体は『ルナ・スコピオ』と呼ばれる魔物から取れる魔石を特殊な技術で加工したものだった。
そして、その魔物の生息域は――――
「『ルナ・スコピオ』の生息域がオルゴルシア帝国……。という事は――」
「そういう事だ。余は近い将来、帝国が本国に戦を仕掛ける可能性を危惧しておる。此度の税政策も資金調達の1つだ……苦肉の策だがな。余も民に負担を強いる事に心を痛めておる……ここまで国内で勝手をされて――『愚王』と民に謗られるのも尤もだ」
王様の苦渋に満ちた声が玉座の間に響く。
話を聞いた以上、私には王様と国民、双方の言い分に理があるのは瞭然だ。何とか誤解を解消する手立ては無いものだろうか。
「い、いえ。事情を知り得た今ならば、国王陛下の葛藤、理解致しました。一農民である私としましても、皆が陛下を噂するのを見たくはありません。
――国民に公表するわけには……いかないのですね?」
「うむ。あの国が本国に直接的な宣戦布告をしてきていない以上、安易に声明を出すわけにもいかぬ。……口惜しいがな」
私が放った何気ない質問から、予想以上に重い話を知ってしまったことに内心動揺しつつも、私の意識は別の方向に向いていた。
私は……喉に刺さった小骨のような小さな違和感を、謁見の間に来てからずっと感じていた。
王様は、なぜ私達を王都に呼び出した?
上級パーティの冒険者として、先程の話を聞かせるためか?
確かに大変な事態だろう。
でも、王様が言ったように、オルゴルシア帝国はまだ宣戦布告を出していない。
この話題は、王様が他の予定を繰り上げてまで、私達と謁見する理由に成り得るだろうか?
……否だ。
では、先日のクエスト報酬の交渉のためか?
それもあるだろう。グラネロ村でのクエストに関わったすべての冒険者に、王都出向の命が出されていたのだから。
ではもう一度自分に問う。この話題は、王様が他の予定を繰り上げてまで、私達と謁見する理由に成り得るだろうか?
……否だ。
私は、自分が知る情報を、頭の中でもう一度整理してみた。
魔物の発生率の増加。魔物を狂わす黒石の存在。
これは、ベルの氷竜状態での暴走やグラネロ村の魔物の大量発生、そしてもしかしたら2年前のボルカ村の魔物襲撃さえも関係しているかもしれない。
義手の女。敵国の存在。
おそらく義手の女、あいつもオルゴルシア帝国の手の者なのだろう。パンドラム王国に先兵として侵入し、事前に国力を低下させる目的か。となると、今後もあの国の者とやり合う事があるかもしれない。
今年に入っての急な納税の金銭化。
これは王様が言った通り、オルゴルシア帝国との戦争のための金策だ。後手に回っているが、やらないという理由はない。
――なんだろう。まだ何か引っかかりが……。
『……ねぇルシア。なんかおかしくない? 王都も静かすぎるし――』
『ベルもしせんをかんじたの――』
『あの国が本国に直接的な宣戦布告をしてきていない以上、安易に声明を出すわけにもいかぬ――』
――――そうか。私がずっと感じていた違和感。それは王都すべてから漂う雰囲気だ。
王都が静かすぎるのは、戦争の前触れを反映している? ……いや、でも王様はまだ国民にこの事を公表してない。
何故ケーニッヒはベルを意識している? ベルはオルゴルシア帝国とも全くの無関係だ。
それなら――王都に住む人達が出歩かないのは……別の理由?
「――さて。重苦しい話をしてしまったな。気分を変えるとしよう。先日、お主らが関わったクエストの報酬のことだがな――」
「国ッ…王陛下。その前に発言する事をお許し下さい」
気づくと私は、――――思わず王様の言葉を遮り、声を発していた。
「きっ、貴様ァアッ!! いくらSランクの冒険者といえ、国王陛下の御言葉を遮るなど無礼にも程が――」
先程の男性が憤慨した声で私に怒鳴り散らしている。これはたしかに無礼が過ぎる。私も俯いたまま密かに青ざめていた。
……シャロから漂う怒気がさらに強くなってる気がする。
あわわわわわッ!? ごごご、ごめんねシャロ! つい皆が本音を隠してるんじゃないか、って思ったら勝手に口が動いちゃったの! わざとじゃないんだよ、ホントだよ!
私は心の中でシャロに何度も土下座で謝り、そして自分の軽率さを呪った。
「構わぬ。お主は少々熱くなり過ぎるのが玉に瑕だな。――で、ルシアよ。お主は余に何を申す?」
もう発言するしかない。これで下らないと判断されれば、下手すると無礼討ちもあり得るかも知れない。私は唇が震えるのを気合いで止め、口を開いた。
「お、恐れながら国王陛下。陛下が私達をお呼びになったのは他の理由があったからではないでしょうか」
「ほぅ? ……して、お主がそう思った理由はなんだ?」
私は先程頭の中で整理した内容を、言葉に出して説明した。
「――というわけでして、陛下が私達を急いで呼び出したのは、王都が直面している何らかの問題――特にベル…ザードに関する事に対処させるためではないか、と考えた次第です」
王様は私の言葉に答えず、ケーニッヒに問いかけた。
「――ケーニッヒ。お主、ルシアに漏らしたか?」
「いえ! 王の名に誓って!」
王様はケーニッヒの答えに唸り、はぁっとため息を漏らした。
「ふぅむ……まさか先を読まれるとは。ルシア、お主騎士だけでなく、軍師の才まであるか。……より一層余の騎士団に欲しくなったわ」
「わ、私なぞが軍師の才など、お戯れが過ぎます国王陛下……」
いやいや無理無理無理ィ!こんなポッと考えついた凡庸な思考程度で軍師なんてさせられたら堪ったもんじゃないよ! 戦略とか戦術とか、私には絶対無理だよっ!
というかなんで王様は事ある毎に私を騎士団に誘うかなぁ? 絶対私より強くて役に立つ人、たくさん居るよ? 身近なら、アレックスとかベルとかシャロとかローラとかぁ!
私が農耕具担いで隊列に組まれてるのを想像してみて? ……ただの一揆だよ?
「冗談ではないのだが……。まぁ、ソフィアとの約束もあるので無理強いは出来ぬ。近い将来の可能性として考えておけ。……っと昔似たような話をしたな」
「は、はぁ……」
「心配せんで良い。別に話をはぐらかすつもりはない。……依頼報酬の話で釣るつもりではあったがな――。では、ルシアの申し出に応じて、先にお主達を呼んだ用件を話そう」
王様が何やら不穏な事を口走った気がするが、そんな事気にせず、間髪入れずに厳かに言い放った。
「『フォー・リーフ』よ。王都に巣食う竜種と対峙し、これを退けよ!」
「えぇ……」
……またですか。
ベルに続いてまた竜種と戦うんですか。
私の、そしておそらく他の皆のゲンナリとした雰囲気が傅いた様子からも伝わったのか、慌てて詳しい話をケーニッヒが話し始めた。
今から10日前、王都に1体の成体の竜種が王都内の敷地に巣食ったらしい。
気が立っているのか、毎日王都の空を飛び回り、近づこうとする者を片っ端から威嚇し、王都の経済に多大な影響が出ているとのこと。
なるほど、それであんなに大通りが閑散としていたわけだ。
「騎士団の方でなんとか出来なかったんですか……?」
私は横目で恨みったらしくケーニッヒを見た。その視線をスッと避けるケーニッヒ。
――どうにも出来なかったんですね、わかります。
「余の騎士団が竜種を追い払えんのは、竜種以外にも問題があるのだが……まぁそれは脇に置こう。それよりもだな、お主らを呼んだのはそこの竜種の子――ベルザードが居るからなのだ」
「ベル…ザードが、ですか?」
「うむ。その竜種はな、一度だけ余らに条件を付けてきたのだ―――ー
『我のベルザードを返せ。さもなくばこの地は死墟と化すだろう』、とな」
王様の言葉を聞いた瞬間、玉座の間にハッと息を呑む音が静かに響いた。
私達はその発生源を辿るとその先にいたのは――ベルだ。その表情は驚きに目を見開き、尻尾を小刻みに震わせている。
「ベル、何か心当たりあるの?」
王様に断りも入れず、つい漏れた私の言葉に、ベルは小さく頷いた。
「思いだしたの……『王と』でかんじたニオイ。――――これ、ママのニオイなの」
お疲れ様でした。
いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても嬉しいです。
楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。




