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エピソード間話 黒幕の行方


 くそっ。失敗だ。


 内心で舌打ちをしながら、ベトレアと呼ばれた女は森の中を疾駆する。

 せっかく準備した『黒魔改石くろまかいせき』を搭載した魔物が、すべて殺られてしまうのは誤算だった。

 女は戦況が悪くなるや否や、冒険者達の隊列から密かに撤退していた。



「ついでに敵国の強者共を潰せるチャンスと思ったが……見通しが甘かったか」

 


 しばらく走り続け、追手が無いことを確認した女は、変装用としてパッシブで展開していた闇属性魔法を解除した。その姿は、先程までのベトレアの姿とは似ても似つかない。


 肩から垂れる黒いマントに、黒く染め上げられた装備。

 幾何学模様の仮面を被り、右腕には悪魔の腕のように禍々しい義手が鈍く輝く。



 その姿は、かつてルシアと空ですれ違った機竜乗りの女その人であった。



「クソッ。貴重な赤魔改石あかまかいせきを5つも消費してしまった」


 女は義手に嵌められた紅い宝石を撫でた。よく見ると宝石が嵌っているのと同じような窪みが他にも5つほどあり、そこには何も嵌め込まれていない。


「『赫灼』は想定していたが、あの銀髪の小娘め……! あんなデタラメな魔法、報告では聞いていない!」

 

 目的の1つをまんまと阻止された女は、その原因となった者達に対して小声で悪態をつき続けた。


「他にもだ。魔物の接近を正確に察知するガキに、挙句に『4色使い』だと? 穀物流通の要とは言え、こんな片田舎にあれだけの精鋭を送り込むなど、完全に想定外だ!!」


 その後もブツブツと愚痴を吐きながら歩き続けた女は、追手が来る可能性も考慮して少し時間をかけて遠回りをしながら、とある人物と合流するポイントにたどり着いた。


 女はキョロキョロと周囲を観察し、そこに自分以外に誰の気配も無いことを確認した。


「……まだ来てはいない、か。仕方ない、しばらく待つか」



「――その必要はない」

「ッ!?」



 何処からか声が聞こえたと同時、黒の女は即座に左半身の姿勢をとり、義手を手刀の型で構えた。

 そのまま全周警戒を続けるとザッザと何者かが近づいてくる足音が聞こえ、その音に向けて義手を振り抜こうを振り返った。


 しかし、黒の女の手刀はついぞ抜かれなかった。相手の姿を見て構えを解いたからだ。

 


「あらあら。誰かと思えば…………。ここでは()()()、と呼んだ方が良いのか?」



 黒の女の前に姿を現したのは、刀と呼ばれる片刃の剣を腰に佩いた黒尽くめの男、――ルシア達が『クロム』と呼んでいた男だった。その後ろには『竜種滅殺ドラゴン・スレイヤーズ』のメンバーも何も言わず付き従っている。


「――ふん。真名以外ならなんとでも呼べ、()()()()。それにしても……お前にしては珍しく、今回の任務は大失敗だな。『あの方』も大層ご立腹になろう」


「ちっ! ……そもそもクロム、あなたアイツらに手を貸し過ぎではなかったか? バレないようにとはいえ、強化した魔物まで殺すのはやりすぎだと思うが」


 女は恨みがましくクロムを睨みつけるが、クロムはどこ吹く風とその視線を受け流す。


「――俺はシュルツとアレックスが、黒魔改石で強化した魔物を殺すまで待っていた。2人が殺せたのに俺が殺せないのは怪しいだろう? 何年もこの国で冒険者として築いてきた、俺への信頼を崩す気か? それにだ……」


 尚もクロムは言葉を続ける。


「俺はお前の逃走に、追手が向かわないように助けた。感謝されこそすれ、非難される謂れはない」


 饒舌なクロムの言い分に負かされた女は、ギリリッと歯を食いしばりながらも少しでも今回の行動を正当化しようとした。


「……確かにクロムの言う通り、『敵国の戦力を削ぐ』という目的は達成出来なかった。だが、第一の目的である『食料生産拠点の壊滅』の任は達成したんだ。完全な失敗とは言えんだろう」


「――それもどうかな」

「何……?」


 クロムの言葉に女は怪訝な表情を浮かべた。


 クロムは、壊滅させたはずの畑が被害を受ける前の状態に戻っており、なおかつ村の住民の半数以上が生き残っている事を女に伝えた。

 さらに、アーシアが女の変装用の闇属性魔法を看破し、女の大まかな容姿の特徴が漏れてしまったことも付け加えた。


「(――まぁ、容姿の方はコイツは普段から仮面をしているから詳細はバレていない。魔法を使って改めて変装すればいいだけだ。作戦に支障はない)」


 クロムは心のなかで、アーシアが話す女の容姿を必死にメモするケーニッヒを思い出し、嘲った。

 一方、女は到底信じられない、といった顔でクロムの顔を睨みつけた。


「まさか……。村の奴らに関してはともかく、土地は魔物に荒らされて使い物にならないことは私自身が確認したのだ!」



「――おそらく、ルシアという銀髪の少女の仕業だろう」



 クロムは土地を快復させる現場を直接確認したわけではないが、戦闘中にルシアが農具型の武具を使用していたのは間違いなく、その特殊スキルでも使用したのだと見当を付けた。


 実際に土地を回復させたのはルシアではなく、アーシアの農耕神としての力なのだが……残念ながらそれをクロムが知り得る事はなかった。



「くそ、忌々しい。またあの銀髪かっ! ……『ルシア』という名、たしかに覚えたぞ。次に会った時は私が直々に……殺してやる!!」



 女が苛立ち紛れに一閃した義手から紫炎の閃光が迸り、それがまるで光学兵器のように付近の木々を切り倒した。切り口は高出力で焼き切ったような焦げ目が付いている。


「――要らん痕跡を残すな。それで、これからお前はどうする? またあの村を襲うか?」


 黒の女はクロムの問いに少し黙考し、頭を振った。


「……いや。襲いに戻ったとしても、冒険者達と再戦する可能性がある。今の私の状態では分が悪い。……それにそろそろ本国への帰投期限だ。お前の言った通り、甚だ遺憾だが、今回の作戦は失敗だ」


「――そうか。では機竜を出す」


 クロムがメンバーに指示を出すと、2人の背中がバクリと割れたかと思うとガチャガチャと変形し、2体の機竜に変形した。


「――後の2機はグラネロ村に待機。俺が居ないのは『急なクエストが入った』とでも言っておけ。あとは――」


 人型を保っている残りのメンバーはクロムの指示にコクリと首肯し、踵を返して村へと引き返していった。


 女とクロムは慣れた様子で機竜に跨ると、すぐに2体は飛翔した。空からは今回の任務で訪れたグラネロ村の様子も小さく見え、そこには少ない人数の村人らが忙しなく動き回り、復旧作業をしていた。

 その様子を女は不快そうに見やり、任務の失敗を改めて突きつけられ、小さく舌打ちをした。


「――さて戻るぞ。我らが国、()()()()()()へ」


「あぁ……。次に来る時は、この国の――」


 2体の機竜は2人の黒尽くめの男女を乗せて、南へと去っていった。


お疲れ様でした。

いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても感謝です。

楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。

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