エピソード055 四面楚歌の戦い――『赫灼』のアレックス
「クロム、シュルツ。左右のオークを担当しろ。『フォー・リーフ』は後方の雑魚を蹴散らせ。
――前方のオーガは俺がやる」
魔物に囲まれた事を瞬時に理解したアレックスは、皆に短く指示を与え、己は中でも最も強敵であろう暴走種オーガに狙いを定めた。
「さあ、踏ん張れよお前ら。"It's show time!!"」
皆が一斉に散り、それぞれの戦場に向き合う。
「すみません、俺が逃げ帰ってきたばっかりに……」
「お前は俺達に危険を知らせるため、死にもの狂いで戻ってきたんだろ? それで充分だ。おい、ケーニッヒ。コイツを連れて他の奴らの援護に回れ」
アレックスは項垂れるアッシュの頭を軽く小突いて下がらせた。前に向き直ると、既にオーガは全容が把握できる所まで彼に接近していた。
オーガは竜種と同じく『鬼角』と呼ばれる角を有する。体内に循環する魔力を制御し、強力な身体能力の向上を使用する事で有名だ。
ギルドでは最低でも冒険者ランクがB以上の者が対処するように定められている。
見た目や体格、戦闘方法の類似性からオークと比較される事が多いが、全ての面において完全上位互換だと言って良い。
さらに、暴走種となった目の前のオーガは、本来角が生えている場所に歪な黒い石が突き刺さっていた。
目は赤く血走り、全身の筋肉が赤黒く張り裂けそうなくらいパンパンに発達している。
その手には何処から入手したのか、無骨だが体格に見合った巨大な肉切包丁が握られている。
「ハッ! だいぶ気合の入った野郎じゃねぇか。オラ、構えなデカブツ。俺が遊んでやるよ」
アレックスは虹色に輝く斧槍型の神具【アステリアス】をオーガに見せびらかした。
ハルバードとは文字通り、槍と斧が一体化したような武器で、槍先・斧刃・鉤爪と、1つの武器で多種多様な攻撃方法を有する武器だ。
アレックスはハルバードのスパイクでオーガの面を指し、その圧倒的な自信から来る笑みで挑発した。
「グルァアアア!!」
その挑発に乗るようにオーガが唐突に唸り声を上げた。
黒石が赤黒く瞬き、奴の身体に幾何学模様が走り、身体能力の大幅な強化がかかる。
オーガの姿がブレた次の瞬間、いつの間にか振り上げたミートチョッパーが、アレックスの頭上に振り下ろされる寸前だった。
「ナメんな、見え見えだ」
アレックスは姿勢を低くし、アッパー気味に振り上げたアクスで、ミートチョッパーの側面を思い切り叩きつける。
軌道のズレたミートチョッパーがアレックスのすぐ横の地面に勢いよく突き刺さり、ビシリと地表に亀裂を刻んだ。
「終わりか? せっかくの"Meat chopper"も"Just meet"しないと宝の持ち腐れ、だな!」
アレックスは振り抜いたハルバードを瞬時に引き寄せ、がら空きの胴体にスパイクを突き立てた。
しかし、オーガの皮膚は硬質ゴムのように硬く、見当違いの方向に弾かれてしまう。
「っとと。俺の【アステリアス】を弾くかよ」
「ガアアアッ!!」
少しヨロついたアレックスに、オーガは問答無用に斬りつける。
技術なんて何もない、身体能力にまかれた強引な連撃だが、一撃一撃がゴウッ!と風切り音を立て、必殺の威力を感じさせる。
全てを受け切るのは難しいと判断したアレックスは、瞬時に柄を引き、リーチを最短にするために柄舌と呼ばれる柄の根本部分を持ち、最小限の動きですべての攻撃を受け流す。
「パワーは大したものだが、技術は無い。強化されてようが結局の所、典型的な魔物の戦い方だな。もう少し頭も使った方が良いぜ? 強化スキル【アステリアス・ブースト】・【ティンダー】」
アレックスは連撃の切れ間に急接近し、オーガの目の前でパチンと指を鳴らす。すると、一瞬だが目を灼くほど高出力の閃光が発生し、オーガを怯ませた。
「ハッハー! 眩しかったかよ? 【アステリアス】の特殊スキルを使えば『生活魔法』でもこれくらいは出来るんだよ」
一度間合いを取ったアレックスは、オーガ相手にしたり顔でそうのたまった。
ギルド最強、という言葉に騙されがちだが、彼は属性魔法の適性は実は高くない。せいぜい中級程度の火属性魔法しか扱うことは出来ない。
にもかかわらず、何故最強の座まで上り詰めることが出来たのか。
それはひとえに神具【アステリアス】に起因する。
神具【アステリアス】が有する3つの特殊スキル。
身体強化や魔法の威力強化の出来る【ブースト】、防御を無視して貫通させる【ブレイク】、攻撃範囲を拡大する【バースト】。
そして『神具』が故の強力無比の固有スキルが、彼を唯一無二の存在に押し上げた。
さらに忘れてはいけないのが、それらを組み合わせる彼の技巧。
初めて神具を授かった時から、いやそれ以前から彼は取り憑かれるように武芸に傾倒し、騎士団で様々な戦闘技術を吸収し、冒険者となった後も強敵との戦闘で様々な経験を積んできた。
その集大成が今のアレックスであり、最強の証拠なのだ。
「お前の実力はわかった。確かに強いが、それじゃ俺には勝てねぇな。一回死んで神様にでも転生してもらってから出直しな」
アレックスは、特殊スキル【アステリアス・ブースト】を使用し、己の肉体に強力なバフを付与する。これから行う強力な攻撃に己が耐えられるようにだ。
オーガは己の危機を察したのか、慌ててアレックスを仕留めようとミートチョッパーを振り上げ、急速に間合いを詰めようとする。
――だが、もう遅い。俺の準備は完了したんだよ。
「"Dust to dust. Ashes to ashes(塵は塵に、灰は灰に)." ――【アステリアス・ブレイク】・固有スキル【サンライト・ハート】」
穂先を赤色から白色へと眩く発光させていたハルバードが、アレックスの一振りで熱線と化し、避ける間もなくオーガを塵に返した。
「俺を倒したきゃ、"God"でも連れてくるんだな」
アレックスは此処には居ない誰かを見つめるように一瞬遠い目をし、他の奴らの様子を確認する為に振り返った。
「――光栄に思いたまえ。……奥義、『紅の薔薇園』」」
「――秘剣。神剃」
ドウと倒れる暴走種オークとそれらを倒すシュルツとクロムの姿が見えた。
特に心配はしていなかったが、流石に冒険者上位ランクと呼ばれる彼らがこれくらいで負けることはなかったようだ。
アレックスは心配のタネの未知数の『フォー・リーフ』が担当しているはずの隊列後方に向かおうと歩み始めた。
「ん、あっ!……くふっ……、シュルツぉ!! 良いから早くスキルを解除しろぉ!」
そこにはルシアが妙に身をくねらせながら、怒りの形相で道端に転がっているのを見つけてしまった。
「何やってんだ、コイツ……」
先程までの緊迫した状況でもブレないその姿に、アレックスは思わず噴き出してしまうのだった。




