エピソード052 私達、魔物の大群と遭遇戦です
アーシアの警告で戦闘態勢を取ろうとした私達を魔物の大群が取り囲み、今にも襲いかかろうとしていた。
「ウォーウルフだけで何十匹いるのよっ?! あんな数に囲まれて一斉に攻撃されたら、とてもじゃないけど対処できないわ!!」
シャロがあまりの魔物の多さに悲鳴じみた声を上げる。
「任せて!」
「任せろ!」
私とアレックスは同時に声を発した。アレックスが一瞬私と視線を交わせると、私とは別の方の魔物を駆逐しに向かった。
「む、無茶だルシア嬢!! 流石にあの量を一人でなどッ! 君が死に逝くようなものだッ!!」
焦ったように止めようとするケーニッヒに、私はわざと不敵な笑みを浮かべてやった。
「大丈夫、任せて下さい。……記憶はないけど身体は覚えてる。皆、廃屋敷の時と同じ要領でやるよ! シャロはバフを掛けて戦闘準備を、ローラは援護、ベルは私が取りこぼした魔物を排除して!」
「「「わかった!」」」
後のことは皆に任せて、私は襲い来る魔物の波に歩み出し、叫ぶ。
「来て!【農耕祭具殿・大鎌】!!」
宙より現れる一振りの大鎌の柄を左手で握り、右手で腰に吊るした水袋の中身を刃に浴びせかける。
すぐ近くから身を焼くかのような魔物達の殺気を肌で感じる。私は準備をしながらも一抹の不安を感じていた。
――私は今まで『バレット系』の魔法を道具を使って間接的に発動できたことがない。だから【ストーン・バレット】は常に手で直接投げることで発動させてきた。
――本当に出来るのか? これで失敗したらただの武具の特殊スキル【刈取】になってしまう。【刈取】は別に対魔物スキルではないから効果は低い。きっと多くの魔物が生き残る。
――私はそれでもDEFのおかげでたぶん生き残る。でも、すり抜けた魔物が皆を襲えば……。
――私は、やれるのか?
――――『やれるさ、俺なら』
直前で迷いが生じそうになる私の心に、何処からか声が聞こえた気がした。
高鳴る鼓動が引く波のように収まってゆく。
私は体勢をかがめ、慎重に大鎌を振りかぶって刈り取りの姿勢を作り、しっかりと右手を取っ手に添えた。
――――信じるよ、私
「複合オリジナル魔法、【ヴォダ・デスサイス】」
腰を軸に身体をバネのように捻り、大鎌を振り抜く。
迸る水刃は私の指定した範囲の敵を悉く両断し、大量の魔石に変じる。
「ふぅ……できた」
何体か逃したが、きっちりベルとローラがそれぞれ処理してくれた。
もう一方を担当したアレックスを見ると、虹色に淡く輝くハルバードを担いだ彼が帰ってくる所だった。アレックスがいただろう場所は消し炭になっており、それだけで彼の実力が伺える。
「わしが出る幕はなかったの」
魔法を準備していたソフィアは、私とアレックスの戦績に呆れながら魔法を解除しようとした。
「ううん。……今度は私にも分かった」
「そうよ! ……まだ終わってない。次、来るよ!!」
アーシアとローラが先程からまったく変わらぬ焦った顔で告げると、さきほどの群れとほぼ同規模の魔物の大群が押し寄せようとしていた。
「くっ、何処から現れたのじゃッ! 近づかれたら終わりじゃぞ!【ゲイル・カッター】」
「シュート」
「【アイスド・ランス】!!」
「【ファイアー・ボール】……ルシア! もう一回同じ魔法使えるッ?!」
ソフィアとベルはすぐに迎撃を開始した。【エアロ・カッター】の上位版で広範囲の敵を薙ぎ払い、ベルが水袋を依代にして氷の槍を生成し、魔物を串刺しにする。
その討ち漏らしをローラやシャロが止めさすように矢や魔法を放つ。
魔法や遠距離攻撃を使える者が同じように攻撃を仕掛けるが、ほとんど焼け石に水の状態だ。
「あと2回は使えるけど、それ以上は使用制限の関係で無理! ついでに言うと、これMP結構使っちゃうから打ち尽くすと防御魔法も充分にかけられなくなるよ!」
新たに習得した魔法の余韻もロクに堪能できず、私はせっせと大鎌の刃を濡らす作業に移る。
「アレンさんはッ?!」
「俺はまだまだいけるが、大技はルシアと同じようにMP消費がでかいからな。さっきみたいな範囲攻撃を連発するとすぐに枯渇する」
「君達ッ! とりあえず今迫ってる敵を片付けるのが先決だろう?! 流石にこれ以上は魔物も集まってはこないだろう。それならば僕が役に立てるだろう!」
「……俺も範囲攻撃は持ってない。……単体なら必ず仕留める」
事前の報告ならば暴走主と呼ばれる強い個体が何処かに隠れているはずだ。それらはシュルツやクロムが率いるパーティに任せたほうがいい。
それならばと、私が先ほどと同じように大鎌を振るって魔物を一掃した。少し慣れたのか、先程よりも討ち漏らしが少ない。
「ど、どう? これでなんとか……」
「そんな!? ……何も無い所から足音が現れた! これ、魔物が集まってるんじゃなくて何らかの手段で召喚されているわ!」
「なんじゃとッ?!」
アーシアの絶望ともいえる言葉に唖然とする私達。それが本当だとしたら私がいくら薙ぎ払っても意味がない。さらに召喚されて魔物が元通りになるだけだ。
それに魔物が自然に集まっているのではなく、召喚されているとなれば、この状況は何者かの仕業に他ならない。
「師匠、召喚魔法というのはあるんですか?」
「技術としては闇と木属性の複合魔法として存在するのじゃ。 しかし、これほどの量の魔物を召喚出来る者なぞ、王国では聞いたことないのじゃ!」
という事は他国からの侵略行為、だろうか?
目的は王国の食糧事情の悪化か、あるいはそれ以上の何か。私が以前感じた王国の現状にも合致する。
しかし、いくら召喚魔法を使って手駒を増やせるからといって、流石に敵の人員が少なすぎる気がする。
王国内最大の穀倉地帯へのダメージ、という点においては成功してるけど、それだけで王国がすぐに堕ちるかと言われれば難しいだろう。
なんと言ってもパンドラム王国は農業国。他にも穀倉地帯が無いわけではないし。
じゃあなんで……?
「ルシア! 要らない事考えてないであんたも手伝いなさい! まったく状況は改善してないのよっ!?」
そうだった。なにはともあれ、私達が死の瀬戸際にいるのは変わらないんだった。
「皆聞けぇ!! ここは地形が悪い! 今より魔物の包囲網を一点集中で突破し、この地に駐留している騎士団のもとに向かう! そこまで行けば戦力を増大できる上に、少なくとも魔物の挟撃を避けることが出来る!!」
ケーニッヒが声を張って皆に語りかけた。
私達は彼の意見にすぐさま賛同し、戦闘に参加していない者が必要な荷物をまとめた。
距離攻撃ができる私達が牽制をかけて魔物を近寄らせないようにし、アレックスを筆頭に近接攻撃主体のメンバーが騎士団駐留地への道を切り開いた。
「アッシュ! お前は先に馬で駆けて陣地にいる仲間に現状を報告せよ。出来る限り数を減らすつもりだが、このまま向かうと確実に混乱する。頼んだぞ!!」
「はっ! 隊長もご無事で!」
簡単な挨拶を済ませると、アッシュは馬に乗って皆が切り拓いた道を駆けて行った。
頼んだよ、アッシュ。
そして私達は、ケーニッヒ主導のもと、魔物に迫られながら陣地へと移動する撤退戦へと移行した。




