エピソード044 私、ギリギリです……
出来る限り雰囲気を壊さない程度に表現は和らげましたが、ホラーとか虫とか苦手な人は、一部描写に注意です。
「もう帰りたいっ!」
「いや早いって。せめて敷地内には入ろうよ」
早速弱音を吐いてしまう私に、呆れた様子のローラ。
昼間にアーシアが勝手に受けてしまったオバケ退治のクエストに、私は皆に半ば引き摺られるようにして同行していた。
そんなこと言ったってこの廃屋敷雰囲気ありすぎるよぉ!
陽が沈みかけ、夜の帳が下りる刻限に、敷地の前に佇む私達。
受付で聞いた限りでは、昔スタージュの街を統治していた貴族がこの土地で一家心中し、それ以降様々な霊障やスピリット系の魔物の温床となったせいで長年放置されているらしい。
薄汚れたレンガ塀に、錆付いて傾いた正門。
庭園に生えた木々には蔦が絡みつき、黒灰色に朽ち果て。
花壇と思しき場所には花の代わりに墓石らしきものが幾つも突き刺さっている。
元は豪奢な洋館風建築物を彷彿させるその外観も、長年使用されないまま放置され、風雨に晒されたことで荒れ果て放題。
もう如何にも「あ、オバケ出るよー♪」とばかりのシチュエーションに、屋敷に入る前から私は腰が引けてしまっていた。
「はぁっ……。ルシア、クエスト受付で言われたことを忘れたの? 敷地内を調査するのが今回のクエストの最低条件なのよ?」
「う、うぅ……分かってる。分かってるよぉ」
昼間に山のように購入した数々の除霊グッズを握りしめて、私はシャロの言に渋々頷いた。やらなきゃいけないなら、こんな事さっさと終わらせたい。
「でも私が先頭はホント無理だから皆には先に行って欲しい」
「壁役のあんたが後ろにいてどうすんのよ……」
結局話し合いという名の泣き落としの末、ベル・シャロ・ローラ・私 (+アーシア)という変則陣形で進むことになった。
こういう時はローラやアーシアの索敵能力が頼りだよ……。
「おじゃましまーす」
ベルが律儀に私の教えた挨拶を口にして正門をグッと開こうとすると……
ギ、ギギギ……ガシャーン!!
錆びついていたのか、大きな正門の金具がへし折れ、門扉が敷地内で崩壊した。大音量が静寂な世界に響き渡る。
心なしか一瞬にして空気が澱み、腐臭が漂う気がするのは私の気のせいであってほしい。
「ご、ごめんなさい!」
「別にベルたんが謝ることじゃないよ。元々壊れかけてたんだと思う。行こう」
特に気にする事なく敷地内にズンズンと進む皆。その後ろをローラの服の裾を引っ張りながら恐る恐るついていく私。
凄すぎる……皆女の子なのにこういうの怖くないんだろうか。私、前世では男のはずなのに普通に情けない。
最後尾で密かに落ち込む私の左肩を、アーシアがトントンと叩いて慰めてくれた。
トントン……トトト、トントントン、トトト……トトントトントン、トントトントト、トント、トントトントントン、トントントトント、トトントトントンッ
「ちょ、ちょっとアーシア。慰めてくれるのは嬉しいけど、ちょっとしつこいし怖いから何度も肩叩くの止めてくれないかな……」
「え? ルシアちゃんの肩なんて私叩いてないけど?」
私の右側を歩いていたアーシアがキョトンとした顔で返答した。
え……、じゃあ今私の肩を連打しているのは……?
ギギギッと私の首が先程の門扉と同じくらい錆びついた動作で左を向くと、そこにいたのは薄暗い場所でも白いお骨が眩しい、骨格模型のような魔物、ガイコツさんことスケルトンでした。
「くぁwせdrftgyふじこlp!?!?!?」
「うわっ! 急に変な声出さないでよルシア……ってスケルトン!?」
「「あれ、いつの間に?」」
ローラとアーシアの索敵をくぐり抜けて、スケルトンは私達に接近していた。すぐに戦闘態勢に移行するシャロだったが、どうもおかしい。
魔物化しているはずのスケルトンは一向に攻撃してくる気配が無いのだ。正しく言うと、私の肩を執拗に叩いてくるだけだ。
「どういう事かしら?」
「ルッシー、そのスケルトンに懐かれてる」
「ソイツやっつけなくてもだいじょぶ! わるい子じゃないの」
「へぇ、人の子の魂がまだ定着してるわ。珍しいね!」
私以外の皆は、興味深そうにためつすがめつスケルトンの事を観察している。
いやいや、みんなぁ! のんびりしてるけどこの人結局の所ガイコツだから!
私メッチャ叩かれてるから! 結論怖いからぁああああ!!
「行くわよ」
「「「はーい」」」
「えっ!? ガイコツさんはこのままなのぉ!?」
何事もなかったかのように歩き始める一行に私は愕然とした。置いていかれるのはまっぴらごめんなのでとりあえずついていくけど、まだスケルトンは私を叩きながら一緒についてくる。
何この人ぉ。何か私に伝えたいことでもあるのかな? お願いだから用件が在るなら私じゃなく他の人にお願いします!
「あ、今度は感知したよ! 地面が盛り上がる感じ、……うわ、10体以上のアンデッド系。囲まれちゃった!」
アーシアは私が卒倒しそうな言葉を発すると、周囲の土がもぞもぞと盛り上がり、何本もの手が生えてきた。
見てはダメ。見ちゃったら絶対気絶する自信がある。
私は両目を手でそっと覆い隠し、視覚情報をシャットアウトした。
「円陣で対応よ! アンデッドは普通に攻撃が効くから各自魔法を中心に通常装備で戦闘しなさい!スピリット系モンスターが出た場合は購入した聖水を使用するように!」
「わかった!」「了解」
「ルシアは足手まといだからあたし達の陣形の中で魔法で援護および除霊用の道具を準備して!」
「合点だ!」
私はシャロのお言葉に甘えていそいそと皆が組んだ円陣(と言っても3人だけだが)の内側に潜り込んだ。防御魔法だけは皆に念入りに掛けておく。
「「「「「ア゙ァ、ア゙ア゙ア゙ア゙」」」」」
現れたのはアンデッドの定番、ゾンビさんことグールでした。
体の器官の大半が腐り落ち、激しい腐臭を漂わせている。魔物としての格は低いはずだが、奴らが地面から次々と這い出して来るのは恐怖以外の何物でもない。
私的には竜種との戦闘よりも何百倍も怖い。
「シュート」
「【ファイアー・ボール】」
「【アイスド・ランス】」
廃屋敷の庭園で突如始まった戦闘。
ローラの矢がグールの脳天を正確に打ち抜く。
シャロの火球が腐敗によって発生したガスに引火し、小爆発を起こす。
ベルの氷の槍が何体ものグールを巻き込んで、腐肉を散らしながら串刺しにする。
「が、がんばれ、みんな! アーシアと一緒に応援してるから!」
私はアーシアを近くに呼び寄せ、手を握ってひたすら刻が過ぎるのをじっと耐えて待つ。
皆(私を除く)は順調にグールを撃破していくが……這い出すグールの数は減るどころかむしろ増える一方で、既に私達はグール達に周囲を囲まれてしまった。
「ふぇぇ……無理無理無理ぃいいいいいい!!!」
「ちょ、ちょっと……いくらなんでも流石に多すぎないッ?! MP無くなっちゃうわよ!」
「ベルが近づいてなぐってもいいけど、アレぜんぶたおすのはふくがよごれそうでイヤだなぁ」
「私に関しては確実に矢が尽きそう。……そしてさらなる悲報。屋敷の方からゴースト襲来」
「「「「えぇ……」」」」
ローラに促されて見てみると、たしかに屋敷から数体の空飛ぶ半透明のユーレイさんことゴーストがこちらに近づいてきている。
「ルシア、聖水の準備。 ゴーストが近づいたらそれで迎撃して!」
「ふぁー……」
「ちょっと!? 呆けてないでちゃんと働きなさい! このままじゃ私達もオバケの一員になるわよ!?」
「それはイヤぁああああ!!」
シャロに一喝された私は、何とか正気に戻って袋から聖水を取り出そうと視線を下に向けた。そのせいで私は地面からの来訪者とご対面することになってしまった。
「ア゙ァア゙ア゙……」
体内のガスによって膨れ上がった肌。片方の眼球は視神経が伸びきって垂れ下がり、もう片方は窪んだ眼窩に蛆とミミズが蠢き、時折ポロリと蛆の塊がそこから溢れ落ちる。
嗅覚と視覚と聴覚の情報が織り混ざることで、幾何級数的に増大したグールの鮮明な姿が私の脳裏に刻みつけられ、身体が拒絶反応が起こすかのように視界がチカチカとスパークし不鮮明になる。
ガシッ!
「#$@%*$☆#%&@#&&!?!?」
――たすけて、アーシア……
グールの手が私の脚を掴んだ瞬間、自分が言葉にならない悲鳴を上げたことを最後にプツリッと意識が途切れ、私は深い闇に落ちていった。
※ 本作ではゾンビとグールは同じものとして描写していますが、厳密には違うものです。でも、ホラー嫌いのルシアはそんな事知ったこっちゃないので、同じものとして扱っています。
お疲れ様でした。
いつも貴重なお時間を頂いて読んでもらい、とても感謝です。
楽しんでもらえるよう、そして何より、私自身が楽しんで書いていきますね。




