エピソード015 私、魔物と戦います3
なかなか強敵です。4000字オーバーしちゃいました。
「勝てると思いますか?」
私はポチが走っていったことを確認して皆に問うた。
「泣きそうニャ」
「無茶ッス」
「同感だ」
ウォーウルフは集団になると途端に厄介になるが、単体の脅威度はそこまで高くなかった。
現に、戦闘訓練を受けていないこの村の住民でも、工夫することによりなんとか対処できていた。
しかし、オークは違う。
我々の身長を軽々とを超す巨体に、並外れた腕力。
オーガよりはマシ、と言われているがそれは戦闘訓練を受けている者達の話だ。
冒険者ギルドにおけるオークの脅威度は最低でCランク。
個体によってはBランクに指定されることもある。
王都の騎士団であっても、推奨されるのは戦闘訓練を受けた4名以上の一個分隊だ。
間違っても平民の青年2人+子供2人で対峙する相手ではない。
「お前らは下がっていても……」
「いいえ。私は投擲で援護が出来ます。理不尽に殺されないように特訓してますから」
「お気遣い感謝ニャ。でも、私はオークの弱点や対処法を覚えてるニャ。後方指揮に徹するので邪魔するつもりはないニャ」
青年の1人が、ルシアとミケの退避を奨めるが、2人は即座に却下する。
足音は既にすぐ傍まで近づいてきている。
私はMPを確認して、魔法の使用を決意した。
「出し惜しみはなしにします。今から防御魔法を3人に付与します」
「ほう?」
「ルシアちゃんは魔法使いなんスか!? って、そう言えばソフィア様が面倒見てたッスね」
「MP足りるのかニャ?」
私が魔法を使えることに驚く青年2人と、私が特訓でMPを使い切るようにしているのを知っていて心配するミケ。
問題ない。
ちゃんと最低限のMPは残してるし、朝から時間が経ってるから少しだけなら自然回復してる。
「そこまでたくさん残ってるわけじゃないけどね。でも、実践では使用した事無いから過信しないで。いきます!【アース・プロテクト】」
私は、地属性の防御魔法を3人に指定して付与する。
3人の表面に半透明上の魔法の膜がかかった。
「こ、これが魔法ッスか。凄え! もう負ける気がしねえッス!!」
「(残り20)【アース・プロテクト】は地面に接してないと効果が半減します。飛び上がったりしないようにしてください」
「「「了解 (ッス)!」」」
私は皆に話しかけながらも注意は西門から決してそらさない。
やがて夜の帳から姿を現したのは、推定4メートル弱の成熟体オークだった。
右手には無骨な棍棒を持ち、腰蓑を巻いているだけ。
体表面は脂が浮き、篝火に照らされてテカテカと反射している。
オークはその下卑た視線でこちらを睨めつけた。
私はこの気持ち悪い視線に少し腰が引ける思いだ。
「グオオオオオオオ!」
「オークの弱点は項ニャ! でもこいつは背が高すぎて直接狙えないから、まずは足の腱を断ち切るのニャ!ルシアちゃん牽制!!」
「が、合点! 牽制、行きます! せぃやぁあ!!」
ミケの指示に後押しされるように私は小袋から石を掴み取ると、オーバースローで全力投球した。
武器を構え終える前に、狙うは左目!
たじろがず動き出すニンゲンに逆に驚くようにオークは棍棒を構えようとするが、投擲スキルで補正され、僅かな隙間をジャイロ回転をする石が抜き去る。
石は少し逸れて左目と鼻の付け根の間にヒットした。
「グオオオ?!」
「ごめん!掠ったみたいで少し逸れた!」
「上等ッス!」「いくぞ!」
私は次弾の石を準備する間に、青年達はオークの腱を断ち切るために疾駆する。
オークは左目を庇いながら闇雲に棍棒を振り回すが、必死に走り回る青年たちに目標が定まらず、その全てが空を切る。
「死角になってる左から攻めるニャ! にしても闇雲とは言えあの棍棒メッチャ邪魔ニャ!」
「なら、棍棒を吹き飛ばす!! 穿て!【ストーン・バレット】」
【ストーン・バレット】用の大きめの石を取り出していた私は、右足を高々と振り上げ、地面を割るかの如く振り下ろす。
右手は空を掴み、追随する左腕はカタパルトかの如き勢いで弾丸のような石礫を打ち放つ。
先程までとは明らかに段違いの威力と速度で迫る石は、棍棒の持ち手付近を直撃し、そのまま圧し折った。
「嘘でしょルシアちゃん凄すぎッス! 負けてられねぇ、オラァ!!」
果敢に攻める青年が剣鉈を横薙ぎし、オークの左足の腱を切断した。
「危ない! 離れるニャ!!」
「えっ?」
左足を切られたオークは怒り狂い、折れた棍棒の柄を握り込み、剣鉈を振り切って回避行動の取れない青年の側面を殴打した。
ゴフォ、っと体中の空気が抜けるような音と共に青年はくの字になって吹き飛ばされ、何度か地面をバウンドした後、倉庫の壁に激突した。
吹き飛ばされた青年はピクリとも動かない。
残る青年もその姿を呆然と見やり、動かないと次は自分の番であることを一瞬忘れてしまう。
「止まっちゃダメ! 【ストーン・バレット】」
私は、突っ立っている青年に向き直そうとしているオークの注意を逸らそうと咄嗟に石を放ったが、狙いが充分につけられず、オークの厚い胸板に阻まれて砕けてしまい、大したダメージになっていない。
それでも注意を逸らすことには成功したのか、はたまた先程から鬱陶しい攻撃をしてくる私を先に潰そうと思ったのか。
向きを変えて左足を無理やり引きずりながら私に向けて左拳を振るうオーク。
「ルシアちゃん逃げてッ!」
「くっ!! (ダメだ、避けられないし後ろにはミーちゃんが。でもプロテクトはMPが足りない!)」
「【聖環結界】よ! ルシアちゃん!!」
アーシアが堪らず姿を現し、私とミケを庇うように前に出た。
「誰ニャ!?」
「そうか! 【聖環結界】私達を護って!」
私はミケの叫びをひとまず無視し、【聖環・地】を嵌めた左手を突き出してスキルを唱える。
すると、私を中心にドーム状の光のシールドが出現し、触れたオークの拳を弾き返した。
「グガアアアア!!」
オークは一心不乱にシールドを壊そうと何度も殴りつけ、破られはしていないがその衝撃は凄まじい。
このまま殴られると流石に保たないかもしれない。
「うぐぐ……。アーシア! 神様なんだからなんかすごい攻撃手段とか持ってないの?!」
「私は農耕の神様よ?!せいぜい草生やして笑うだけよ」
「それ攻撃じゃないよ! 使えない!」「ひどい!」
「お兄さん! そろそろ現実に戻って何とかオークを動けないようにしてほしいニャ!」
シールドの中でくだらない言い合いをしている私とアーシアを無視し、青年に活を入れるミケ。
ハッとして、慌てて右足の腱に向けて攻撃しようとする青年だが、オークも同じ轍を踏むまいと時折腕を振るって牽制し、近づくことが出来ない。
『マスタールシア。少々よろしいでしょうか』
「何? アーシアが思ったよりポンコツのせいで今忙しいんだけど!」「なんでぇ!」
「ルシアちゃんが急に独り言呟き出したニャ! しっかりするニャ!」
急に【聖環・地】がこの忙しい時に普段と変わらぬ調子で話しかけてきて、イラッとしてアーシアに当たってしまった。
ミケには【聖環・地】の声は聞こえないので、まるで私が錯乱しているように映ったようだ。
『いえ。先程から結界を使用しているようですが、マスタールシアは何か忘れてないですか?』
「忘れてるって何が? 答えは簡潔にお願い」
必死にオークに攻撃を加えようと試行錯誤している青年と、ミケを守らんとする私と一応アーシア。
とても忙しいのだ。問答には付き合ってられない。
『マスタールシアのDEFは今や【聖環結界】の耐久値以上です。オーク如きの攻撃を受けてもビクともしません』
「え……?」
「「ルシアちゃんッ!」」
【聖環・地】から突然の「カッチカチだからダメージなんて受けないよ?」宣言に思わず唖然とした私は、つい【聖環結界】を解いてしまった。
直後、土煙を伴うオークの一撃を私はモロに受けてしまう。
オークはニタリと顔を歪め、ミケはこの後に訪れる結末に蒼白となり、青年も動きを止めた。
土煙が晴れると現れたのは、左足で踏ん張ってオークの拳を顔面で受け止め、驚きつつも涼しい顔をしている私だった。
「「「え?!?!」」」
「ブオオオオ?!?!?」
「ホントだ。全然痛くない。……すみません、作戦変更です。今から私がオークの的になるので、その隙に仕留めてください」
「「「えぇ……」」」
私は残り2発の【ストーン・バレット】を敢えてクイックモーションで弱くオークの顔面に放ち、煽るように掌を向けてチョイチョイと挑発した。
「グ、グ、ゴオオララァ!!」
ニンゲンの小娘に煽られキレたオークはまんまと挑発に乗り、私に向けてラッシュをかますが、それらを衝撃で吹き飛ばされないように両手で受け止め、受け流し、体勢を崩させる。
その隙をついて、青年はオークの体中を斬りつけ、次々とダメージを蓄積させる。
オークは積もるダメージに慌て、私を放って青年を潰そうと動き出すが、そうはさせぬとばかりに最後の袋に厳重に閉まっていた草団子を取り出す。
途端に周囲にいたミケとアーシアは顔を歪めるが無視し、それをオークの顔面に投げつけた。
「グオオオオオオオオオオオオオ!!?」
草団子が弾けた瞬間、オークは苦悶の表情で絶叫した。
のたうち回るオークに対してドヤ顔決める私。
「見たか! とっておきの『劇薬目覚まし玉』の威力を! これが破裂した時の刺激臭は、どんな人でも一瞬で覚醒した後にそのまま永遠の眠りにつきそうになる、という地獄のループを繰り返す逸品なのです!」
湿布薬を作る過程で失敗して出来たこれのせいで温厚な母が激怒し、ルインは私が近づく度に泣き出し、父には1週間の畑出禁を食らったのは記憶に新しい。
体を地に伏せ悶絶するオークを尻目に、青年は最後の締めに項を斬り裂いた。
ある意味、介錯である。
「よ、よし。倒せたな……」
「は、はい。倒せましたニャ……」
「私、出てきた意味まったくなかったわ……もう帰るから後よろしく」
「途中はどうなることかと思ったけど、なんとかなったね!」
色んな意味で疲れた顔の2人と1人満足そうなルシアは、オークの大きな魔石を手に避難場所に帰還した。
なお、吹き飛ばされた青年は殴られたダメージはプロテクトで無傷であり、その後の地面や壁にぶつかった衝撃で気絶しただけだったとわかり、皆一安心するのだった。
こうして、ボルカ村を襲った魔物襲撃の悲劇的事件は、奇跡的に死者を一人も出すことなく決着を迎える事となったのであった。
お疲れ様でした。
楽しんでもらえたらなら幸いです。




