エピソード013 私、魔物と戦います1
魔物の襲撃です。魔物除けの結界仕事してぇ!
家の近くの掘っ立て小屋で常備薬作りに精を出していた私は、突然村に鳴り響く鐘の音を聞いた。
「痛ったぁ……、村の鐘……まさかこれって!」
年に1回は必ず両親と念押しをしていた村の決め事について思い出し、私は小屋の入り口に吊るしていたベルト――いくつかの小袋を吊るしており、中身をすぐに取り出せるようになっている――をひったくり、腰に巻き付けながら急いで母屋に駆け戻った。
その途中で村人の怒号が聞こえた。
「魔物が群れで村を襲いに来たぞ!!老人や女子供は村の西側へ早く避難しろ!」
「男は武器を持って村の東門へ!バリケードを張れ!もう10分ほどで魔物が村に到着しちまう!早くしろっ!!」
「畜生!村の周辺は魔物除けの結界が張られているはずなのに何でだ?!」
私は皆の言葉を頭に留めつつ、家のドアの扉を蹴り抜くかの勢いで開き、大声を上げる。
「お母さん!鐘が鳴ってる!村の西側、倉庫の方へ逃げて!!」
村の鐘が鳴った場合。
それは魔物や盗賊など、村に仇なす存在の接近を意味している。
村に出入りできる東と西の門に鐘が設置してあり、鳴らしたもう片側へ村に住む非戦闘民を逃し、成人を過ぎた、あるいは卓越した戦闘能力を持つ男性は武器を持って対処することになっている。
「お父さん!!」
「ルシア! 敵はっ?!」
鉈を持った父が先に飛び出して来て私に向かうべき先を聞いた。
「東! 魔物の群れ! 距離・数不明、でもすぐ近く! 気をつけて!」
「ああ! お前も母さんとすぐ逃げろ!」
言葉少なく情報交換した父は、すぐに村の東門の方へ駆けて行った。
私の家では、緊急時の村の対処法を毎年最低1回は確認し、家族に徹底させている。
言葉は少なく明確に。
情報に根拠のない予測を入れない。
パニックにならないよう冷静に。
前世で培った様々な避難訓練の知識が、形は違えど役に立つ。
「ルシア! 行きましょう!」
母はルインを抱いて着の身着のままに飛び出し、私の手を掴むと、村の西にある緊急時には避難所となる倉庫へと向かった。
駆け足で避難所に向かっている際にも私は周囲を確認し、異変がないか気を配る。
「(アーシア、村の東側を索敵出来たりしない?)」
「(出来なくは無いけど、私の索敵能力は地面からの振動探知だから、皆が動いてる今は難しい! でも、東の村の外に4足歩行の生物がいる。多分……10、ううん15匹以上!!)」
思ったよりも多い。
しかも今は夜で視界が悪い。
こちらが圧倒的に不利だ。
「お父さん……」
私は村の東側へ行った父の事を心配しつつ、母とルインをかばい足を早めた。
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「おい! どういう状況だ!」
ゴードンは村の東門に到着すると、一時的に皆の指示役となっている青年トムに声をかけた。
「ああ、ゴードンさん! 今は東門付近に住んでいた者達とバリケードを組み終えたところです。武器は……持ってますね」
「ああ。弓は?」
トムは東門に設置してある見張り台を指差した。
「ブルのおやっさん達が見張り台で弓を構えています。ただ、篝火は出しましたが夜で視界が悪く、どこまで機能するかまでは……」
「クソッ! 厄介だな」
「はい。視認できた魔物はウォーウルフです。数は少なく見て10匹程度。ですが、ウォーウルフは集団で移動するのでその倍はいると思った方が良いです」
魔物は獣とは違い、魔力を体内に蓄積することで遥かに凶暴かつ強力な生物だ。
体の構造はほとんど同じだが、魔物の場合は心臓の近くに『魔石』と呼称される、魔力を蓄える臓器を持っている。
基本的には頭部や心臓へのダメージで殺す事ができるが、一部の魔物の場合は魔石を潰さないと再生してしまうことがある。
今、村の周囲にいるのはウォーウルフという4足歩行の狼型の魔物だ。
鋭い牙を持ち、獲物を集団で狩る習性を持っている。
一匹だけならばそこまで脅威ではないが、集団になった場合は対処が難しい。
冒険者ギルドで依頼をする場合のランクはS~Eの6段階中Dランク。
10匹以上の場合はCランクが望ましいとされている。
仮にウォーウルフが20匹いて集団戦を仕掛けられた場合、視界の悪さも相まって、属性魔法も扱えない平民のゴードン達では分が悪すぎる。
ゴードンが内心舌打ちをしていると、向こうから短槍を持った少年がこちらに駆けてくるのが見えた。
「ああ、タマチ。お前も来たのか? お前は成人してないからルシアたちと一緒に避難所の方へ行っても良かったんだが」
タマチことタマは、走ってきて上がった息を整えると首を横に振った。
「い、いえ。これでも槍を使った戦いは得意です。そ、それに、ここで魔物を食い止められないと避難所にいる……その、皆が危ないので!」
「そうか……。いや、そうだな。助かるぞ、タマチ」
ゴードンはタマの頭をワシワシと撫でた。
ちょうどその時、バリケードから大きな軋音が聞こえた。
「ウォーウルフの奴らが、体当たりをし始めたぞ!」
「弓放て!」
見張り台にいるブルら猟師が視認できたウォーウルフに弓を射掛けるが、少し動くと闇に隠れられてしまい、成果はあまり上がっていない。
「バリケードが壊れそうだ!」
ウォーウルフの体当たりは止まる気配がなく、既にバリケードは歪み今にも壊れそうだ。
ゴードンはバリケードが突破されることは確実だと判断し、門の内側で迎撃する体制を整える。
「おい、タマチ。俺たちも行くぞ」
「は、はい!」
村の男達は、バリケードのすぐ後ろに土嚢を積んだ荷台や丸太を細い通路ができるように配置し、ウォーウルフが一気になだれ込んで来るのを少しでも阻止する。
そして、ゴードン達は門の内側で入り口を半円で囲むように並び戦闘態勢を取った。
ゴードンは鉈を腰だめに、タマは他の者よりも少し前に立ち、短槍を振るえるようにして構える。
ウォーウルフの体当たりのために歪みに歪んだバリケードは最後には粉々に砕け散った。
それと同時にウォーウルフが狭い隙間を縫って村の内部に侵入する。
「おらぁ!」
戦闘の口火を切ったのは半円の右翼に位置する部分だった。
一匹のウォーウルフが男に向かって牙を向き、それを阻止せんと隣の男が斧をウォーウルフの横っ腹に向けて叩きつけた。
それを皮切りに次々と侵入するウォーウルフと戦闘に突入する者が増えた。
「複数のウォーウルフと一人で戦うな! 必ずこちらも複数人で対処するんだ!!」
トムは大声で指示し、自身も持っていた斧をウォーウルフの顔面に叩きつける。
頭蓋の砕ける感触を感じ、ウォーウルフは崩れ落ちてヒクヒクと痙攣したかと思うと体が崩れ、魔石だけが残った。
タマはウォーウルフと互角以上に渡り合っていた。
襲いかかろうと駆けてくるウォーウルフに短槍をできる限り長く持ち、横薙ぎに振るう。ウォーウルフは回避の体勢を取ろうと体を止めたが、その瞬間にタマは短槍をくるりと回し、そのまま脇腹から心臓へ向けて鋒を突き出した。
「はぁ!」
穂部の半ばまで突き刺さったウォーウルフはヒューヒューと空気が抜けるような呼吸音を数回させたかと思うとそのまま力なく倒れた。
ゴードンは鉈を倒れたウォーウルフの頭部に振り下ろし、止めを刺して魔石にする。
タマが牽制・致命傷を与え、ゴードンが止めを刺す。
このような手順を何度も繰り返し、タマとゴードンの周りには魔石が山積していた。
既に2人で7匹は倒したが、まだウォーウルフは残っているようだ。
しかも少しずつ内側にいるウォーウルフの数が増え、連携が取れるようになってきている。
「ウォーウルフが2匹抜けたぞ!」
ゴードンはその声に状況を確認しようと顔を上げた。
包囲網の左翼が崩れており、そこから2匹のウォーウルフが避難所へ向けて真っ直ぐに走っていくのが見えた。
「足の早い者が追え! 絶対被害を出すな!」
青年が2人飛び出して、西側の避難所へ向けて全速力で走っていった。
お疲れ様でした。
楽しんでもらえたらなら幸いです。




