国家市民軍海軍
「おもーかーじ」
「面舵15度」
「もどーせー」
「舵中央」
「取舵に当て」
「取舵7度」
「30度ヨーソロー」
「ヨーソロー30度」
「両舷前進強速」
海上。
コンテナ様の構造物を甲板に詰み、『ドーベック国旗』を掲げ、武装兵員を満載した改造商船が、搭載した拡声器と、慣例によって定められている旗りゅう信号を以て、並走する船に対して警告を発している。
「こちらは、ドーベック国、国家市民軍海軍の巡視艦である。只今より、貴船に対して立入検査を行う。直ちに停船しなさい」
冬の荒海の上、船首が波を砕く度に竜骨を通じて木製船体の全部が質量にぶっ叩かれ、慣性に従って艦橋に居並ぶ将兵らが灰色の救命胴衣と共に揺れる。
双眼鏡の先、我と並走する『該船』――この巡視艦に不審な程近づき、強行接舷を試みてきた――は、どうやらこちらの意思に従わないようであった。
ジリリリリ、艦橋のベルが圧され、艦橋後部のレール上を40mm機関砲が滑る。
対空・対地両用の対空砲兵用装備として試作され、結局重量過多と性能不足とされてお蔵入りになっていたソレは、弾道性能と威力とは抜群であった。
ガチャン、レール上に設けられた拘束具に機関砲が嵌る音がして暫くの後、『準備よし』という怒鳴り声が伝声管越しに聞こえてくる。
「貴船に告ぐ。再度警告する。直ちに停船しなさい。さもなくば本艦は、貴船に対し実力を行使する」
悲しいことに、放水規制とか、針路規制とか、そういう『穏当』な手段を取る能力は当時の国家市民軍海軍には無かったのだ。だから、
「対水上戦闘、火器管制官指示の目標、曳光弾10発。打ち方用意――
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「全装術船とか半装術船とか言われても分からん」
「船舶の基本的な分類なのですが……」
時は、コンテナ船の導入初期――つまり、まだ『国』で無かった時期に遡る。
ピーター・ジェームズ・リウは、ドーベック戦闘団第三中隊長の職を辞した後、商会で輸送の安全に係る仕事をしていた。
で、その所掌は当然海路にも広がる。
どのように海路の安全を保持しようかとなった時、コンテナの開閉、つまり施錠を送り元と送り先で監視するだけでは、強奪してくるような相手にはどうしようも無いよねという問題が生じた。
当時の商会は、海上輸送はある程度を自らが行っていたが、殆ど『経験豊富』な顧客に任せっきりだった。しかし、コンテナ船を導入してバシバシ輸出するぞという段になって、いよいよ『海路保護のための実力部隊』をどうしようかという話になったのだ。
取り敢えず商船への便乗から始まり、その後、専従船を作ろうかどうしようかという話が始まる。そのときに当時「委員長」だったリアムが発した言葉が上のモノだ。それぐらい、ドーベックの海上戦力というものは『雑』な始まり方をしたし、当面の間は便乗で十分と結論された。
海、少なくとも帝国の内水は運送業者を含む商人の聖域で、武力闘争とは無縁だったのだ。
だが、知っての通り、カタリナ商会はドーベック国の一部、行政ないし国有企業群として吸収合併され、国家市民軍は数万もの敵を殺戮して平野を守り抜いた。
その後、民意の赴くままドーベックが拡張を始めるにあたって、いっそう、海路を保護する必要が高まって、海路保護専従艦――つまり、軍艦――を作る必要に迫られた。
我々が海に依存していることは、帝国側が侵攻当初に港湾施設を破壊したことからも、『双方にとって』明らかである。
次に狙われるのは、『ストロー』である海路であろう。内務卿だってバカでは無いし、経済状況の悪化に伴って海賊行為の発生も考え得る。
商人の聖域というのは、飽くまで慣例である。
我々が、今後海上交通路を安定的に利用するためには、実力を以てこれを保護しなければならない。
このような当然の論を踏み、従来のような便乗兵力だけでは海路を守りきれないのが歴然となって漸く、国家市民軍は重くもない腰――よっしゃ、やるか。で化学兵器を使用する程度には軽い腰――を上げた。
どうするか。
取り敢えず、コンテナ船を改造して間に合わせるしか無い。開戦まで時間は無い。
それも急ピッチでやって、なんとか12月1日に間に合わせたという格好になった。
だから、海軍は航空軍のような派手で華やかな儀式を経ずに始まったのである。
初代の海軍総隊隊長は、ピーターであった。
彼は回顧録『提督』の中で、このように述べている。
「過小な関心、過大な責任、場当たり的な戦力整備」と。
さて、この世界の船舶で大きな役割を果たしている存在、『術石』の紹介がまだであった。
術石は大変貴重なものであるから、海上戦闘が相手を撃沈するような形で行われることは極めて稀である。
大体このようなことが、最初期の海軍で用いられた教範には書いてある。
全装術船とか、半装術船とかいうのは、『船の推進力をどれぐらい術石から得ているか』という基準に基づいた分類になる。
つまり、全装術船なら全部の推進力を術石から得ていて、半装術船なら他の動力、例えば帆とかと混合して推進するという、そういう感じだ。
術石というのは、大変に貴重な『石』で、圧力の入力に比例して強力な磁場を発生させ、(恐らくは)ローレンツ力によって海水を一方に噴射することを可能にする――要するに『起源と本質的な原理は不明だが使い方とその特性は判明しているナニカ』である。(慣例的に石という言われ方をしているが、実態は筒状の推進機関とセットである)
こんな便利なモノがあるのだから、当然、この世界の海運というのはソレに依存したものとなり、かつ、極めて重要な戦略物資である以上、よほど浅瀬とかで無い限りは相手船の拿捕を目指すというものになる。(コンテナ船の尽くが『改造』船であるのもこの理由であるし、その素体は当然借金のカタである)
だから、国家市民軍海軍初の専従海上兵力である、巡視艦「ネザム」の中には動員された船員の他、動員解除後に船舶拿捕の訓練を積んだ兵員がしこたま詰まれていた。
彼らは船酔いに苦しみつつも他勢力の船舶よりはかなりマシな居住性を享受し、その『時』に備えて出港、巡視、訓練、上陸……といったルーチンワークをこなしていた。
そして、どうやら地上軍は爵領庁を化学攻撃したようだという話題と、ぼかしたような報道が流れて暫く。
あるコンテナ船が、連絡を絶った。
「不審船対処部署」
ピーターの命令一下、推定海域に急行し、暫くの捜索の後に「ネザム」が見たのは、コンテナ船に接舷している『不審船』で、その上ソレはこちらを認めた後に接舷を試みようとした。
そして、冒頭に戻る。
「打ち方始め」
「打ち方始め!」
バコン! バコン! バコン!
マウントポジションからパンチを浴びせるような、そんなレートで40mm曳光弾が吐き出され、ヒュウ、と飛んで海面や曇雲へと突き刺さる。
試作40mm機関砲(Ⅰ)が、採用を見送られた理由である低発射速度は、見る者と聞く者とに寧ろ暴力的な印象を残したが、砲手は上下に揺れる射界の中、命中弾を出すのに随分と苦労した。
ジャイロ・スタビライザーがあれば今頃、該船の腹は穴だらけだっただろうが、5発を吐き出して尚、曳光弾はその実質を花火と同類としていた。
こなくそ。
砲手はそういう風に悪態をついた後、釣り竿からウキを遠投するような感覚で、照準眼鏡の視界の下側から迫り上がってきた正にその時、引き金を引いた。




