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劣等種の建国録〜銃剣と歯車は、剣と魔法を打倒し得るか?〜  作者: 日本怪文書開発機構


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リヴァイアサン

 幾ら個人の中に複雑な葛藤があっても、時間は自然と進んでいき、それに伴って様々の課題を持ってくる。

 それはここ「ドーベック国」に於いては特にそうで、何故かというと街の中央に給水塔を兼ねた巨大な時計が鎮座していて、腕時計というものが普及している程度には時間を刻んでいたからだ。


 平野の中では、化学攻撃の前後で特に変わったことは無かった。


 総理執務室では度々、国軍(国家市民軍)の努力を適切な方向に向けるべく作戦会議が行われていて、それは元帥(リアム)が遠征し、或いは休暇を取っている間も当然行われる。

 国家市民軍地上軍は1コB(旅団)と1コD(師団)ぐらいの大きさしか無かったから、内閣総理大臣が直接各部隊を掌握し、指揮することができたのだ。


「閣下、平野西方、778高地付近に展開していた内務卿隷下部隊と思わしい部隊が後退しつつあります」

1B(第一旅団)による追撃は可能か?」

「軽量戦闘団を編成すればなんとか……」


 アンソン(内閣総理大臣)は、ふむ、と鼻を鳴らしてからピクピク、と耳の後ろを掻き、地図を眺めた後、教範の一節を唱えた。


「後退行動中、部隊は特に脆弱であり、収容部隊と被収容部隊の連携は――」


 一般に、陸上戦闘は撤退戦が一番難しいとされる。

 撤退していると敵に勘付かれた場合、陣地から離れて後方へ機動するという、陸上戦闘部隊にとって相当脆弱な場面を攻撃されかねない。

 だが、追撃も難しい。

 好機であると決心し、準備もそこそこに有力な部隊を突入させ、敵の逆襲に遭ったら?

 ()は兵站線を巻き取るように短くし、そして『味方()』の支配領域へと動く。だが、我は兵站線を伸ばしつつ、敵の支配領域へグイグイと進む。そこへ想定していない攻撃を受けたら?


「敵の被収容部隊の規模その他は分かるか?」

「不明です」


 アンソンは、昔『第一中隊長』だった時の経験を反駁した。

 あの時は狭い道を歩いてきたフランシア家の騎人(ケンタウロス)達を、火力を集中してボコボコにした。

 だが、それは飽くまで『待受の利』があったからだ。

 陣地を始めとする周到な準備と、予行、そして火力。


 もし逆襲を発揮するとなれば、今度はあの隘路(谷間)将兵(国民)に進ませなければならない。

 流石に今から化学攻撃を準備したとしても、観測基盤や火力基盤の展開が間に合わないだろうし、化学戦の実践経験があるミミズク(特殊部隊)はついこの間平野に帰ってきたばかり、その上呼吸缶すら足りないような現状で化学攻撃を選択することは出来ない。


 行軍中、榴弾砲の展開が間に合わない状態で、『巨人』……『甲冑』の攻撃を受けたら?

 為す術が無い。幾ら無反動砲があるとは言え、まだ全面的な配備には至っていないし、そもそもアレは自衛用だ。


 という所まで考察しつつ、幕僚が寄越してきた作戦方針等を見るが、どれもあまりにリスキーと言って良かった。

 今、国家市民軍に課せられているのは将来的な飢饉に備えた『土地の確保』であって、敵部隊の撃破では無い。


 当初の想定通り、自動車化戦闘団は地図を塗り潰すようにしてその任務を達成しつつあった。

 わざわざ、撤退しつつある最有力敵部隊にちょっかいを出す必要はあるのか?


 元帥(リアム)に助けを乞おうと、黒電話に手を伸ばしかけてから自分の方が上位者(総理大臣)であることに気付き、眉間にシワを寄せる。

 そして、


「該敵部隊に対する警戒監視を維持せよ、13CT(第十三戦闘団)は現在陣地を維持」

「了解」


 情報が整理されて集められ、それを元に判断が下され、それを以て部隊が行動する。それは軍隊だけで無く、国家もそうである。

 巨大な組体操とも、或いは巨人とも形容されるソレを最も的確に表現した言葉は、後世の教科書に、やや違うニュアンスで載っている。


リヴァイアサン(国民国家)



****



「ですから! カタリナは最早外敵なのです! 皇帝大権で――「ならぬ。彼女は『大公』だ。そう安々と制裁して良いものでは無い。分かっておるだろう」

「しかし――!」

「何故卿は軍を下げた? 爵領庁から逃げた?」


 そのときの内務卿は、涎を垂らし、目をカッ開き、まるで獣のようであったと記述されている。

 ドーベック平野内でリアム・ド・アシャルが政治的逃走を図り、(リアム)が育て、創り上げた優秀(・・)組織(システム)によってそれが成し遂げられようとしている中、内務卿は先祖代々受け継がれてきた組織に圧し潰されそうになっていた。


「卿の軍がカタリナを平野内に留めていれば、このようなことにもならなかっただろう」


 慣例によれば、領の境界が皇帝の介入前に『完全』に決した場合、皇帝はそれを尊重しなければならないとされている。

 普通はあり得ないのだが、領の境界を実力によって変更出来るような勢力を有しているならば、それを統治するだけの資格があり、徒に従前の状態に変更させることは、却って混乱や『力の空白』を産み、不合理という理由である。(これは行政法上の事情判決法理に通ずるものがあると後世の法学者から指摘されている)


 しかし、それでは幾ら貴族間の(間接的)武力闘争を自然なことととして是認しているヴィンザー帝国でも問題が出てくる。だから『アクティブ』な対抗策として、内務卿という役職が皇帝の下に置かれ、紛争の仲裁や平和強制等を行ってきたのだ。


 だが、それすらも彼ら(ドーベック)は超えてきた。


「仰る通りです。しかし、イェンス領は最早――」

「境界変更の手続をしろ。負けを認めるのだ」


 ある土地に封じられた貴族は、その地名を頭に頂く。だから、


「ドーベック=イェンス・カタリナ・マリア・ヴァーグナー公に封ずるのだ」


 飽くまで、皇帝は判断のみ(・・)によってカタリナ(ドーベック)より上にあろうとした。



「皇帝陛下は何を考えておられるのだ、最早――最早我々に出来ることは無いのか?」


 内務卿は部下の前で呻吟した。

 あの日、イェンス爵領庁には大量の毒を撒かれたらしいということは、たまたま郊外(壁外)に居た部下によって割と早期に判明していた。

 じゃあ、それを苦労して育てた軍に撒かれたら? 本当に為すすべが無くなる。

 だからソレ()の詳細が分かるまで、部隊を後退させたのだ。


 そこに悠々と彼ら(国家市民軍)が侵入してきたことは言うまでも無い。


「閣下、実は……」

「何だ」

「神儀がひた隠しにしているのですが、ドーベックからこんなモノが皇帝宛に来たそうです」

「何?」


 部下は、光沢のある厚紙をスッ、と差し出してきた。

 そこには見覚えのある男が、あたかも狩りの成果物(獲物)のようにヨイショ、と持ち上げられ、悪趣味なことに、よく顔が見えるように髪の毛をギィ、と引っ張られて目を剥いていた。


「どうやって手に入れたんだ」

「外務に知り合いが居まして」

「なんだコレ」

「『写真』というそうで、光を紙に保存する技術だそうです」


 最早魔法だな、と呟きかけて、ん゛ん、と咳払いで誤魔化す。


「じゃあコレは絵とかでは無いということか」

「残念ながら、それと、脅迫文と思わしい文書が――

「何故コレを突きつけられて尚、皇帝は敵と見做さぬのだ……」


 内務卿は、自らの有能さと、その能力については大いなる自信があったから、皇帝がそのような目に遭って尚、自分を頼ろうとしなくなったという事実に凍てつきそうになった後、どうにかして疑問という形で口から感情をひり出した。


「それがですね、どうやら神儀の方で差し止めているらしく」

「嘘だろ、神儀は何をしたいんだ?」

「わかりません、ただ……」


 まさか。


我々(内務)を追い落とそうというのか。カタリナを使って」

「その可能性は無くは無いかと考えます」


 そうとしか考えられなかった。

 神の存在を良いことに情報を自分の所でプールし、皇帝に信頼され――


 内務卿は、死の恐怖をドーベックによって何度も突きつけられていたが、ふと、神祗官相手ならば『先制攻撃』してしまっても大丈夫なのでは無いかと思ってしまった。


 我が国は一丸とならなければならない。


 その妨害を排除することは、私の責務である。


 内務卿は、まだ縮瞳に苦しんでいたから、視野狭窄に陥っていたのかもしれない。

 歴史家は、もし彼が専制主義者・種族差別主義者であることを自認出来、ドーベックに対抗するためにあらゆる手段を用いれば、ドーベックは『建国歴元年の年末時点』、つまり、化学攻撃ができ、初歩的な航空機を研鑽していた時点でも、帝国に敗北してその一部となっていただろうと推察する。(尤も、戦史研究者は仮に所論のような施策を内務卿が執っていたとしても、リアムが手ずから育てた国家市民軍に対抗することは、指揮系統(C2I)その他の問題から困難であると指摘する)


 だが、内務卿が思索した試みは、分裂と崩壊の瀬戸際にあった帝国を中央集権的国家へと結合させ、その威力を外敵に向けようとした点で最適なものであったとの評価は後世に於いて一致する。


 彼は、『リヴァイアサン(中央集権国家)』の父になろうとしたのだ。


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