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劣等種の建国録〜銃剣と歯車は、剣と魔法を打倒し得るか?〜  作者: 日本怪文書開発機構


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次善

 秘密保護官らは、職務を執行するにあたって自らが直面した事態の概要を把握しようとしていた。彼らに下された命令はあまりにも漠然としていて、それでいて広範だったからである。

 資料もあったので、どうも大量破壊兵器を使った結果、それで民間に巻き添え被害が出て、上としてはそれを隠蔽したいらしいということを理解した。(無論彼らにはその是非善悪を判断することは期待されていないし、それは彼らも承知していた)

 大量破壊兵器の使用が何を齎すのか、講習を受けてもいたから、どういうことが起こったのかという漠然とした理解はあったが、いざ目の当たりにすると足のすくむような感があった。


「この人が手の麻痺で、あの人が視力低下――っちゅうか失明、で、あのおじさんが言語障害、あのお婆さんは恐らく低酸素脳症、もしかしたら様々の併発かも」

「……なるほど」

「これだけの巻き添えを1コ中隊の攻撃で出したのか」


 ペラララ、そんな風に資料を捲り、平野内に辿り着いた『患者』以外も相当数が道中で死亡した事実を認め気分が悪くなる。ということは、目の前で苦しんでいる人々は国軍(国家市民軍)が出した被害の『ほんの』一部だということだ。 


「えーと、まず診療録を。押印しますんで」

「こちらへ」


 しかし、彼ら(秘密保護官)は、飽くまでプロである。だから足は決してすくまなかったし、同情とかそういうのはせずに、取り敢えず優先順位の上の方から仕事をこなす。


 軍病院の慣例として、『使っている』診療録(カルテ)は当該患者の直ぐ側に置くというモノがあった。そっちの方が『柔軟性に富む』からだ。

 だから医者と秘密保護官とが、たっぷり2コ小隊分は居るかという患者を巡回してガシャン、ガシャン、と内閣総理大臣の名代として『法律上の保護』を証明していく。

 決して彼ら(秘密保護官)ソレ(秘密指定)を与えている訳では無いのだ。



 文 書 管 理 情 報


 作成年月日 01.12.07

 秘密区分 秘密(国家市民軍法第八十七条の二第三項に基づく秘密)

 秘密期間 5年

 保管期間 10年

 ……


「この娘が最後ですか?」

「はい」

「では、集められる責任者を集めて下さい。簡単な講習を行います」


 そのとき丁度、目の前の少女が嘔吐したので、医者が慌てて洗面器で受け止めて看護師を呼ぶ。吐瀉物の後咳が出、呻きの中にお母さん、お母さんという言葉を聞き取れるが、一体、その『お母さん』は化学攻撃を生き伸びているのだろうか。狐人(カルメン)は、自分がそうであったように、もし彼女が家族の全部を喪ったとしたら、支えてくれる誰かが居ることを(無論、そうでない方が良いのだが、この世界では往々にしてそういうことは起こる!)願った。


「問題は患者だな」

「背中にこう……ベチャッって押すか?」


 人が集まるのを待つ間、二人の間で意見交換が行われる。

 どうしよう、というよりは、どうすんだこれ。と表現した方が正しい頭痛を除くべく、制帽を取ってこめかみが揉まれる。

 極端に単純化して言えば、傷害(殺人)事件を隠蔽するようなモノだ。それも明らかに異常な方法で『暴行』を受けた被害者と死体がそこにあるのに、だ。

 多くのミステリは死体から始まることからも分かるが、事件を隠蔽するにあたって被害者が目の前に居るというのは情報保護上極めてよろしくない。


 秘密保護官は検察官も兼任していて、更に本業は司法警察員であったから、身体拘束がどれだけ人権を侵害するのかというのは十分に理解していた。

 だから、『秘密を保護するため』という理由で患者を将来に渡って拘束するとか、治療法のノウハウだけ詰んだら『処分(『安楽』に)』するという発想は(内閣総理大臣とは違って)無かったし、認知の俎上にすら上がらなかった。


「別の病気ってカバーストーリーにするのはどう?」

「それこそ爵領庁が魔法でやったということにするか」

「当座はそうするしか無いか」


 結果、『取り敢えず嘘で塗り固める』という本当に場当たり的な対応をひり出した。

 彼らはコレに専任している訳では無く、膨大な職務が彼らを待ちわびていたのだ。


「因みにコイツらの治療費の処理はどうすんだ、保険加入してねぇだろ、政令でナントカすんの? 機密費?」

「それは軍法88条(武力行使授権)(占領地の統治)で取り扱うんじゃ無い?」

「出た濫用条項」


 金の問題になり、そして、法律屋の当然の関心事として。


「コレ国賠(国家賠償請求)訴訟されたらどうするのかしら」

「事実が明らかになったら戦争――正当業務行為で防御できねぇか」


 そもそも外国に対して行われた我が国の武力闘争行為が国賠訴訟の対象になり得るかという問題から検討を始めるべきだが、一旦国賠訴訟の対象になると置いて、仮に国賠訴訟に発展した場合、存在そのものが秘密保護法上の秘密である国の不法行為、ないしその者に対して国が与えた損害が秘密保護法上の秘密となる場合、どのようにしてこれを裁判上取り扱うべきかという問題に直面する。本来証拠となるべき診療録とかは今さっき「秘密」にした。刑事事件なら規定(10条Ⅰ)があるが、民事はどうだったか、という検討(思索)を踏んで、この他様々な法律上の課題が転がっていることに気付く。


 そもそも、救済されるべき事実が秘密だった場合、我々はソレに対処すべきなのか?


「そもそも今回の秘密指定も処分違憲として判断されかねないわよ」

「外国人の国賠訴訟ってどういう規定だったっけか」

「相互保証が無いと国賠法の対象にならない――だったかな、確か」


 我々の行動は、本来当然に為されるべき救済の可能性を閉ざす不当なモノなのでは無いか?

 そういう疑念が齎す精神的圧迫の帰結として、心が自らを守ろうとする自然作用の発露として、変に理屈っぽく展開された議論が表面をツルツルと滑る中、人が集まってきた。

 彼らは意味のない交流を打ち止め、常装をパッ、パッ、と直してからン゛ン、と喉を通し、医務官(反射的被害者)に向いた。

 医務官らには労災で積んだ経験があったから、有機リン剤中毒への対応に特段苦慮している訳では無い――というと語弊があるが、少なくとも彼らにとって完全に未知の疾患では無い――というのは不幸中の幸いと表現すべきだろうか。


「お忙しい中お集まり頂きありがとうございます。警察局の者です。今回内閣総理大臣から……



 秘 密 保 護 法


 ドーベック国法典 第4巻(行政)286頁


(罰則)

 第三十八条 秘密の取扱いの業務に従事する者がその業務により知得した秘密を漏らしたときは、死刑又は無期若しくは十年以下の懲役に処し、又は情状により十年以下の懲役及び千万単位以下の罰金に処する。特定秘密の取扱いの業務に従事しなくなった後においても、同様とする。

 (略)



****




 平野に帰ってきて報告書をしたためた後、たっぷり週末分、暇を乞うた。

 もう一度風呂に入り、歯を磨き、温かくてフカフカの布団に包まって十分寝て、悪夢を見た。


 防護装備越しに(吐瀉物)の暖かさを感じる。それが逆に、身体を貫いている冷厳な後悔と認知とを強調して、ただ、責任と罪責だけが私を動かした。


 積極的にそういうモノを没却する訓練は、その過程を作成する程に熟知していたが、その全てが、自分が急性ストレス反応の只中におり、将来的には適応障害や心的外傷後ストレス障害を発症しうるという事実を示していた。


 私は急性ストレス反応の中身とその対処法を知っていたし、教範にも書いたから、周りから見た時には暫し動きを止める(凍りつく)程度に見えただろう。((ロイス)にはバレたが、法的に秘密とした以上は相談したく無かった。自分で定めたルールを自ら破りたく無かった。)

 サシャとその娘は、なんとか平野内に持ち帰ってきた。

 彼女の夫は城壁内に従業員を探しに行ったらしく、まぁ、死んでいるだろう。


 PAMは彼女らを生存させることには成功した。

 だが、完治させることは今の我々には出来ない。

 彼女らが再び自らの足で歩き、或いは光を見る日は来ないだろう。


 公私混同も良いところだ。自分の決定で殺そうとしていた者の中に、親戚(実妹)が居たから急に『形式的人道主義』に転換して民間人救護を行う?

 じゃあ、何故エルフは救護しなかったのか? 種族差別の誹りは全く適当なのでは無いか?

 私は臆病だったから、真の意思決定過程を報告書に反映させ無かった。


『部隊は行動間、化学剤散布地域に生残した民間人を捜索・救助しつつ任務を遂行したが、部隊は戦闘間、健康な民間人と遭遇せず、撤収時に城壁外で発見した民間人の他は、全て死亡していた』


 嘘は書いていない。行動の整合性はある。


 最後の最後、81小隊に有り弾全部撃たせたのが悪かったのか?

 もっと、慎重に用いるべきだったのか?

 榴弾か焼夷弾をもっと持っていくべきだったのか?


 否、この世界に大量破壊兵器(化学兵器)を持ち込み、それを使用した時点でもう『手遅れ』だったのだろう。

 家では重力と妻に身を任せ、そして時々、自分の決定によって彼女()友人(サシャ)とその家族及び従業員へ想像し難い程の暴力を振るい、殆どを虐殺せしめたという事実を知られたときにどうなるかということに慄いて、一方でこのようにグジグジしている暇もそんなに無いということをどこか冷静になって見つめている自分、或いは、「仮にあそこに妹が居るという事実を知っていたとしても、私は本行動とその結果を覚悟して選択し、指揮しただろう。今ショックを受けているのは、単に『衝撃力』を受けているからにすぎない」と言う露悪的な自我も居て――コン、コン、蹄鉄の音に続き、庇を叩く音がして、内省を終了すべき旨が告げられる。


「元帥閣下! 軍事郵便です!」

「私が、」


 妻を制止してジャケットを羽織り、ペンを手にドアを開け軍事郵便を受け取る。アレは本人が受け取らなければならないのだ。

 郵便局員は小銃を背負っていたが、赤い厚手の外套を着ていて、懐にはカイロと思わしい膨らみがあった。気化したベンジンを白銀触媒で反応させて暖を得る高出力の奴だ。ソレを郵便局員や立哨一人一人に配れるぐらいには、ドーベック(我が国)は欠乏から免れている。


「サインをお願いします」


 軍事郵便は相当な厚みがあったから、そのままバインダーの代わりとして受取票にサインする。 国家市民軍元帥 国家市民軍総軍司令官 リアム・ド・アシャル と。


「閣下、次の動員はいつになるのですか? 私は待ちきれません!」

「敵次第」


 端的に。

 この者が『民意』の一断面であることは事実として受け入れなければならず、かつ、選挙結果と情報機関が寄越してくるレポート(統計的事実)から見ても明らか――というより、むしろコレは穏当な意見に属する――だろう。


「西へ征くのですよね! 素晴らしい演説でした!」

「ありがとう。銃の手入れを怠るなよ」

「勿論ですとも!」


 郵便局員は、パッカ、パッカと興奮冷めやらぬ様子で郵便のう(メッセンジャーバッグ)を揺らし、街路へと戻っていった。

 そこに後ろめたさとか、そういうモノは一切無かった。


 ミミズク(特殊部隊)には申し訳ないことをした。恐らく()何名か自殺者()が出るだろう()

 溜息をつき、眉を顰め、軍事郵便の封印を解く。


 秘密保護法上の云々に係る資料。ペラペラと捲ると、注目すべき一節にブチ当たる。


『付随被害は、国家市民軍の行動によって発生したものでは無く、爵領庁部隊の悪意ある行動によって発生したと事実を認定することによって、民間人被害者の自由及び人権を保護しつつ治療及び救済が可能であると見積る』


 これなら、『逃げられる』かもしれない。騎人(ケンタウロス)が駆けるように、手が勝手に動いてパッ、パッ、と表示される情報が網膜、視神経、視覚野へと伝達され、脳細胞の興奮を以てそれが分析される。

 身体にエネルギーが満ちるような感覚、言い換えれば芯が通るような感覚があって、頬骨を圧迫する興奮が、ホッ、と息を吐き出させる。


 嘘は付いていない。救済もできる。『魔法』ならしょうがない。


 リアムは、このときだけ、帝国の秘密主義的専制体制に感謝したし、これが飽くまで秘密保護官(警察局)が適当にひり出した『一時凌ぎ』であるという簡単な事実――彼自身に対する裏切りであるということ気付くことは出来なかった。

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