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劣等種の建国録〜銃剣と歯車は、剣と魔法を打倒し得るか?〜  作者: 日本怪文書開発機構


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逢魔時

「何だ?」


「いかん、伏せろ!」


 シュルシュルシュルシュルルルルル! ドン!


 聞き慣れた『あの音』を聞いて、内務卿は思わず身を屈め、次いで何が起こったのか分かっていない諸侯らに向けて姿勢を低くするように叫ぶ。


 1発だけ? そんな筈は無い。


 城の外――北東側で、何かが燃えているような光と煙とが上がっている。


「ドーベックが、リアムが攻めてきたぞ! 全員ここから逃げろ! 早く!」


 内務卿は、全身と声とが震え、そして怪訝な顔で見つめられるのにも構わず、居並ぶ諸侯らに叫ぶ。

 そうか、当時爵領庁から出ていた貴族や騎士らは全員戦死したから、真の脅威を知らないのか。


「慌てなさるな、大したこと無いではありませぬか。リアムって、劣等種の?」


 出征者が全員戦死したことぐらい、知っているだろう! 何故それで奴らの脅威が分からぬのか! 内務卿は内心悪態をつきつつ、諦めて廊下へと駆け出した。


 太陽が焼けるように燃えて、廊下に差し込んでいる。


 全国の爵領庁はある程度の『文法』に従って建築されている。どの爵領庁が、どの城が格調高いかといった競争を止めるために制定された勅令によるものだ。内務卿の優秀な知識はそんな『Tip』を認識の俎上に上げたが、次いで背後――城の西側から鳴った衝撃音によって、それは再び掻き消される。


 今頃になって、カン、カン、カン。という火災を知らせる号鐘(ごうしょう)が鳴り、城の中に慌ただしい雰囲気が満ちてくる。

 私が知っているアレは、炸裂して金属片を撒き散らす筈だ。消火のために近づいては危ない。そんなことを通りがかったイェンス爵領庁の職員に喚き散らすが「内務卿」と彼は呼んだ後、ローブを直してから「火事が起こったようです。お早くお逃げ下さい」と、彼が知る限りの情報を整理して渡してきた。きっと優秀なんだろう。目鼻立ちはくっきりしていて、その眼に濁りは無く、ローブにシワは無かった。


 こんなことなら、情報を広く拡散すべきだったのか?

 私の手に余る存在だと、素直に認めれば良かったのか?


 封じ込め政策の一環として、秘密主義を貫徹させようと、皇帝がそうであるように、ヴェールに包んで、後は自然に任せようと。

 その判断が間違っていたのかという後悔を経て、そして、続いて彼ら(ドーベック)が行うであろう破壊の雨(効力射)が脳裏に過って、それまでの時間に目の前の彼に説明を尽くすことは体感的に間に合わないとも瞬時に理解して、「ああ」とだけ声を出して、城壁の外、翼厩(よくきゅう)に居る自分の翼竜に向け、ただ駆けた。


「キューン」


 彼女は(内務卿)の足音を聞いて、藁束の上に預けていた頭を嬉しそうにもたげてこちらに向け、プルプル、そんな風に身体を震わせ、次いでスク、と立ち上がった。

 空っぽの翼厩で退屈にしていたのだろう。幼少期からずっと一緒、まだ自分と同じぐらいの背丈の頃から一緒に育った彼女に跨って、ずっとグルグルと嬉しそうに喉を鳴らす振動が股を通じて伝わってくる。自分を落ち着かせるためにも、首の後ろを撫でてやるとククク、と振動が大きくなって、そこで内務卿はようやく一息ついた。

 それから上体を起こし、特に考えずに様々の魔法を行使し、助走道に出、タタタ、と駆けて翼を広げさせる。


 案の定、『破壊の雨』が爵領庁とその近くに降り注いでいたが、暗いからか、緊張しているからか、或いは、魔法を使っているからか。昔体感したソレよりも、その音は随分と小さく感じられた。


 内務卿は空高く上がり、沈みゆく太陽を向いて初めて身体の異常に気付いた。


 落日の余韻を残す筈の地平が、先程まで、あんなにも赤く染まっていた空が、黒紅の染料を空に溶かしたと形容できる程、暗かったのだ。



****



マルマル(中隊本部)、FO3。効力射着弾位置良好。終わり」


 81mm化学砲弾GB―1は、統計的に十分満足できる精度を発揮していた。

 つまるところ、空気密度(気温・気圧・湿度)、風向き、自転、製造誤差、砲反動、その他全部をひっくるめて『だいたいこんなもん』として戦場で扱うため、射場でべらぼうな数の諸元の下試験と観測とを繰り返し、頑張って導き出した標準偏差――弾道計算上の一要素、俗にはよく『精度』として表現されるソレ――をσとしたとき、1.1774σを半径(縦横)とする(楕円)の中、統計上妥当とされるその範囲内に50%の弾着があるという意味だ。

 別な言葉で言うと、全体の68.2%が大体狙った辺に着弾して、27.2%が外れて、4.2%が大きく外れて、残り0.2%は信じ難い位置に落下するだろう――という期待通りの弾道性能を発揮していた。


 そして迫撃砲は弾速が遅く、故に精度が良くない。

 更に81mm迫撃砲は滑腔砲であり、120mm迫撃砲のように砲弾が回転することによる安定も見込めないから、そもそものσ(標準偏差)が大きい以上、当然1.1774σ(CEP)も大きくなる。

 迫撃砲は近距離に於いて大射角で発射する関係上、楕円が円に近くなるから精度が相対的に良くなるという例外的な特性も無くはないが、今回は迫撃砲で遠距離の点目標を撃つという最悪に近い使い方をしていると言って良かった。


 要するに、『爵領庁A棟()』を中心とし、『都市としてのイェンス爵領庁』にボカボカ弾着しているのだ。そしてそれは統計的に満足できる妥当な結果であって、つまるところ計画通りのものであった。


 リアム(六角)は、これらの特性やら何やらを全部承知した上で、当時の特殊部隊(ミミズク)の能力と、目標と、兵站能力とを考えて、81mm化学砲弾GB―1を製造させ、使用させたのだ。軽迫撃砲は手搬送が可能な程軽く、迫撃砲弾は弾殻が薄いから比較的大量の化学剤を投射でき、かつ試射を繰り返すことによって『一発勝負』を回避できる。


 GB―1(きみどり)は榴弾よりもかなり控えめな炸裂を以てメチルホスホニルジフルオリドとイソプロピルアミンを混合させ、その場で2.6kg分の化学剤(サリン)を生成する。

 それは瞬時に混交され、かつ迅速に反応したが、 メチルホスホニルジフルオリドの加水分解や副生成物の結果としてフッ酸(HF)が生じたから、周囲に異臭と白煙とを撒き散らした。


 FOの眼鏡(がんきょう)は専ら、炸裂時に生ずる僅かな閃光と、副産物である白煙とを夕日の中に見逃さないように注意していたから、城や城壁の周でわちゃわちゃと動いていた影が次第に這い、倒れ、停止し、或いは号鐘が絶えたことには特段の注意を向けなかった。


 1コ軽迫小隊が奏でる各個射撃(効力射)の鼓動が止み、シュルル、という飛翔音が特殊部隊員らの頭上を通過する。


「最終弾、弾着(だんちゃ~く)、今!」

「マルマルFO3、全弾の着弾を確認、なお一騎が離陸。送れ」

「マルマル了解、監視維持、終わり」


 FOは無線機に、明瞭にして簡潔に、見たまま聞いたままを伝える。


「一斉放送。ミミズク(全体宛)ミミズク(全体宛)、こちらマルマル(中隊本部)。第一段階は成功したと判定する。よって、作戦を第二段階に移行する。なお一騎が離陸した模様。対空警戒を厳と為し、各部隊は所定の準備を行え。終わり」


 81迫は位置が暴露したと判断し、射撃陣地を撤収。

 爵領庁への突入を行う部隊を支援すべく、新たな陣地へとエッサ、エッサと迫撃砲(81迫)分解(定盤・脚・砲身)されて搬送される。

 化学防護服、正確には長靴の中で、ギュじゅ、ギュじゅ、ギュじゅ、という、雨の日完全に乾燥を諦め、雨中、水たまりの中へと踏み出したときに似た不快が、長靴中に滞留した汗由来の不愉快が、連続歩調(駆け足)のように音を鳴らしていた。幸いにして、化学剤によって齎される不快を彼らは経験していなかったからか、隊員らは一瞬一瞬、こんな大袈裟なモノ(化学防護服)要らないのでは無いかと悪態を噛み締めつつ――実際、GB―1(化学砲弾)設計(二液混交式)通り、砲側へは化学剤を漏洩させなかったから、化学防護服を着る(結果論)必要は無かったが(的誤謬)――兎も角、彼らは無呈色の化学剤検知紙を翻しつつ、予行通り山道を駆けた。


「マルマル、FO1。突入経路上敵影なし。終わり」


 元帥は報告を聞きつつ、改めて吸引缶を塞いで息を吸ったり吐いたりして気密を確認し、次いで身体と首とを前後左右に曲げて伸ばした。

 弾帯とサスペンダーを装着し、フードの上からヘルメットを被って。装着帯(チェストリグ)を着込み、小銃を右肩に吊り、パン、と両膝を叩いて。


「っしゃあ! 行くぞ」


 真っ赤に染まった空に、防毒面の目ガラス2つが反射して。


 そこには、悪魔が居た。

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