歪曲
「ヴィリー工房さんかぁあぁあぁあ……
市場最大手の既存織物業者であり、この都市の織物市場に於いて中心的な役割を果たしている業者である。
我々が生産した布は、最初は品質が低く安価でしか売れなかったものの、作業者の習熟と作業見直しによって品質が改善し、既存品と品質で張り合える程になった。
そして、その布が一番安く出荷されるのは、当然ながら生産地の最寄り都市である。
始めは我々の事業に殆ど興味関心が無く、内心安堵していたのだが、その内我々を脅威として見做すようになり、「劣等種の布」「汚れた布」等のネガティブキャンペーンを展開し始めた。
まぁ、そういう事である。
何となく予測はついていたが、一番嫌な策源地であった。
「どうします?」
本店、少々机が広くなり、時計が設置されたカタリナさんの執務室で、エルフとドワーフとヒトが、その種族に関係なく、死にそうな顔で会議を行っていた。
「どうするも何も、ねぇ……」
我々は商会であり、軍事組織ではない。
相手が盗賊とか、そういった相手であったら同様の手段で報復する事も出来たが、商会となると荒事は控えたい、というか控えざるを得ない。
「彼らが価格競争で我々に負けたのは事実ですが、まさか次のアクションが実力行使とは思いませんでしたよ」
品質は兎も角、ギルドが価格で工場制手工業に勝てるわけ無いのだが、悪い事に彼らは張り合ってしまった。そして勿論の事だが我々に負けた。可哀想。
「何なら我々で火付けに行きますか?」「バカ、延焼したらヤバいぞ」「ですよねぇ」
センスがある警備工員を二名程度と私で、彼らと同じ手を用いて報復に出ても良いが、野営が主である盗賊団等と違って、下手をこけばココまで燃えてしまう。
「それに君たちは貴重な人材だ、そんな事に浪費する事は出来ん」
「となると話し合いしか無いですね」
「そうなるねぇ……」
「よし、決まりですね。折角ですし賊も返却しましょうか」
襲撃者を馬車で移送し、その足でヴィリー工房に向かう。
散々な拷問と罵声を受け、抵抗する気を無くしたおかげか、大人しくなった彼らを連行し、受付に「カタリナ商会です」とだけ伝えると、偉そうな人が真っ青になって飛んできた。
応接室に案内されたが、中々来ないのでテーブルの下や調度品の裏を検索すると――
「こんにちは」
やっぱり刺客が居た。
不利な体勢ながら咄嗟に振り上げた短剣。その右手を取り上げ、そのまま右腕を捻りつつ鼻頭に掌底を打ち込み、ふらついた隙を見て地面に叩きつける。彼は何とか短剣で私を刺そうとするが、その手を完全に制圧しているので無意味だ。
ジタバタと手足を振り回し続ける彼の額を、爪先に鉄板が入った安全靴で思いっ切り蹴っ飛ばし、抵抗の意志を飛ばす。額が割れて血が流れるが、致命傷にはならないだろう。
刺客も縛り上げて計四名を椅子に座らせ、自分たちは立つ。
どうやら椅子に刃物か針か、何か危害を与えるバネじかけが仕込んであったようで、カチッ、という音の後、彼の尻と脚から血がボタボタ垂れ、生臭い匂いが部屋に広がった。痛そう。
優しい心の持ち主であるロベルトさんは真っ青な顔をしていたが、今は我慢してもらう他無い。
・襲撃者の自白。
・応接室が最早キルゾーン。
・我々の存在による不利益の存在と、我々の排除による利益の獲得。
……こりゃ完全にクロですね。
静かになった応接室を見回し、何も調度品を壊していない事を確認――絨毯が血で汚れているが、基本的に赤いデザインなので大丈夫だろう。多分。
暫くすると、偉そうな人が入ってきて、ギョッとした。分かりやすい。
「こ、これはどうも……」
「お゛い゛」
おっと、思わず声が出てしまった。
「すみません、この椅子不良品みたいなので差し替えて頂けませんか?」
カタリナさんが出来るだけ穏やかな口調でそう言っていたが、目を見る限り、商人として彼と対話する事は諦めたみたいだ。
暫くして椅子が差し替えられたが、今度の椅子は普通の椅子の様だ。やぁ良かった。やっと話し合いを始められる。
「さて、彼らですが……「お、お前らのせいだぞ!」
こちらの話を聞く気が無いのか、食い気味に突っかかってきた。
「我々にも家族が居るんだ!市場を守ら「あっ、そうでしたか!」
市場――要するに『既得権益』を守るために我々を攻撃したという事だ。
「単刀直入に……金輪際こういった事はやめて頂きたい」
見たことが無いほどにやつれたロベルトさんが、ゆっくりと口を開く。
「――、で、では織物市場から出ていってくれ!」
開き直ったのか、顔を真赤にした彼が比較的大声で言った。が、ウチの工員と比べれば気迫が足りない。腕立て伏せ20回モノだ。
「な゛ん゛た゛と゛コ゛ラ゛?゛」
百名近くの工員に毎日拡声器なし、声だけで指示を出しているだけあって、前世並かそれ以上の声が出るようになっていた。
しかも工員とは言え、難民からその辺のゴロツキ、盗賊上がりの者等もおり、その様な者達を従わせる声だ。生まれてこの方、織物工業に従事し続けた技術者に気迫で負ける訳がない。
ドワーフは口をパクパクさせていたが、肝心の声が出ていなかった。
やはり、どんな名文もしっかりとした声に載せなければゴミになってしまうというのは正しかったな。うん。
「黙って聞いてりゃ調子に乗りやがってこの野郎、ウチが新参だからって舐めんなよ、オ゛イ゛」
意外にもカタリナさんから発せられた声に、不思議と私の背筋に冷たいものが流れた。
ロベルトさんに至っては震えてるし。
「次やったら貴工房がどういう目に遭うか、コイツらによーく、よーく聞いておかれる事を強くオススメ致します」
先程我々を襲撃しようとした刺客君は大腿動脈損傷に伴う大量出血の為恐らく助からないが、我々の工場を襲撃しようとした者達は致命傷を負っていない。
きっとどのような目に遭ったのか、詳しく話してくれるだろう。
「では失礼します。貴工房の益々の発展と、従業員の方々の心身に渡る健康をお祈り申し上げます」
腰が抜けたのか、椅子から立てないドワーフを置いて、商会に戻った。
「「やっちゃった」」
「会長!?」
そして再び、暗ぁい顔でカタリナ商会の会長執務室にヒト、ドワーフ、エルフが集った。
「ロベルトさんも助けて下さいよ、後一歩で僕死ぬトコでしたよ!?」
「……普通に制圧してたように見えるんだが」
「奇跡です」
そもそも、刃物相手に素手で立ち向かうのは無謀にも程がある。
拳銃、ペッパースプレー、テーザーガン、とまでは言わないが、せめてこちらも警棒かナイフを携行すればよかったと反省する。
いや違うねん。話し合いに行ってんワテら、何で結局荒事になっとんねん。
「まぁ、襲撃は暫く止むでしょうね……」
というか、ここまでしたのに止んでくれないと困る。
「しかし、我々が予想以上に市場の反発を買っている事が判明しました。撤退しますか?」
一応、あり得る中で最も穏便な手段を提示する。
「今更出来るわけ無いだろ!」「一応初期投資は回収してますが……「まだ儲けられる!」
そうだった、この人、拝金主義者だったんだ。
「……となると警備を強化するしか無いですね」
「そうなるなぁ……」
流石に、今の警杖だけではこちらにも被害が出かねない。
次はより本腰を入れて襲撃が行われる事も考え得る。
「分かった、リアム君。警備強化の計画を3日以内に仕上げて持ってきてくれ」
「了解しました」
「ロベルト君は……そうだな、金銭面からの助言をリアム君に」
「分かりました」
「ウチらは商人だ。儲けるためにやれる事は何でもやるぞ」
幸いにして、我が雇用主はまだやる気だった。
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「取り敢えず、警備工員の武装を強化しましょう。レダさんに十手と槍先を作って貰いましょうか」
「そうだな……」
あまり乗り気では無さそうだが、今までの実績を元に見積もりを出してくれる。
「それと有刺鉄線も開発しましょう。襲撃抑止効果と共に、将来的に家畜柵としての活用が見込めます」
新しく導入された黒板に、石膏で概念図を書く。
「良いが、そんな長い鉄線、この世界に存在しないぞ」
「……そうですね、一本では無く、複数本を繋げる方式で当面はやるしか無いです」
見積もり費を見ると、この技術の開発だけでもかなり掛かっているが、新しい概念をこの世に実現させるのだ。ある程度は仕方無いだろう。
「それと……
そして、私は切り札を出した。
「火器。我々には火器が必要です」