毒
「帝国に威力を理解させる。ですか」
「そうだ。こんなモノ使いたくは無い。向ける方ですらそうなんだ。当然向けられる方だってそう思うだろう。だが、彼らはコレを知らん」
銃が抑止力になるのは、抑止力として成立するだけの公知があるからだ。
そういうことを言いたいのか。
「帝国は――帝国は、きっと生存のためなら有能だ。である以上、有効性を損なわない方法で威力を理解させなければならない」
「中々難しいことを仰いますな」
「生産力を、ダムを誇示したときのように展示する方法は使えんが――まぁコレは君の方が詳しいだろ。それにもう、軟禁されたくは無いしな」
「はぁ、まぁ」
ヘラヘラと笑うカタリナ氏を見つつ、脳内で色々と検討を重ねるが、そのどれもがいまいち要点を得なかった。
……部下たちにゆっくり検討させよう。
「で、一方では『帝国』を殲滅する程に能力を上げろと」
「そうだ」
彼女は別に力強く言った訳では無かった。
「この兵器は武力紛争を『戦場』では無く『政治』主導で終結させる可能性を持つように思う」
「仰る通りです」
戦略兵器が、何故『戦略』と呼ばれるのか。
政治の道具だからである。
本来、戦場で相手の抵抗力を奪って、或いは均衡に持ち込んで、ようやく始まるテーブル上での戦いを、戦場での工程を飛ばしていきなり開始することができるだけの脅威を相手に与えることができる。
尤も、地球文明では相手か、相手が所属する勢力も同じぐらいの能力を持つ戦略兵器を携えて睨み合っていたから、結局戦場が地球上から無くなることは無かったのだが。
しかし、ドーベックのみが科学文明の灯火を掲げるこの世界では、全球の戦略軍将校の夢――即ち、絶対的存在としての戦略兵器。そういうものの実現まで間近に迫っていると言って良い。そしてそれは、カタリナ氏によって正しく理解されようとしている。
「君も知っての通り、『帝国』というのはその実、諸侯の集合体だ。複数の意思決定中枢がある。当座『帝国政府』を殲滅できたとしても、その後訪れる群雄割拠――今よりもっと酷い! の中でドーベックが生きていけるか、具体的には、その中で貨幣価値を維持し、経済力を高め、生存していくことができるかといえば、恐らくそうでは無い。であるならば、諸侯の全部を殲滅するような絶対的力が必要だ。別に今じゃ無くて良い。だが、『戦略兵器』の行き着く先として帝国、ひいては世界を一瞬で殲滅できるような、そういう力があれば、誰も手を出せなくなる。そういう力があれば、世界中がドーベックのようになって、そして、顧客が増える。自ら生産せずとも、あちこちの生産力を引き回すだけで富と人とが集まる。貸金の回収が容易になる」
単に教科書の内容を読み上げるような調子で、『世界の警察官』になろうという話がされる。
彼女の判断基準は、決して倫理とか軍事的合理性とか、地政学とかに立脚していなかった。
経済的利潤。
彼女は、飽くまでソレを追求していた。
「知っているんだろう? やり方を」
警鐘、警鐘、警鐘。あの日、隷下部隊に即時報復を命じたときの、別の世界から響く幻聴が聞こえる中、リアムのこめかみを汗が一筋垂れた。
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「ガス! ガス! ガス!」
警笛と号令が鳴り、『防毒面入れ』という雑嚢のお化けみたいなクソ邪魔な袋から防毒面を取り出し、顔に押し当てて留め具を締め上げ、それから吸引缶を手のひらで塞いだり開けたりしつつ、息で以て密閉を確認する。
息を止めて8秒以内に装面。どの馬鹿がこんなこと考えたんだ? と言いたくなるが、やれと言うならしょうがない。給料貰ってるんだから。ハーフリングは半ばうんざりしつつ、自分を無理やり納得させ、郊外の演習場で行われている訓練に励む。
あの講習会の後、何回か化学訓練の機会があったが、全部公判とか捜査とか取調とかで行けなかった。正確に言うと、理由を付けて逃げ回っていた。
「この服暑すぎる!」
「諦めなさいよ。熱と湿気は通して化学剤通さないなんていう素材、まだ無いんだから」
「科学省さんよぉ、なんとかしてくれよぉ」
「いやぁ~……」
一通りの演練が終わっての休憩時間中、長靴の中に溜まった汗だか湿気だか良くわからん液体を地面にぶち撒けつつ、科学技術省の係員に絡む。私達も暑いのは一緒ですから。とか言ってるが、こちとらコレ着て跳んだり走ったり撃ったり殴ったりするんだぞ。分かってるのか。
休憩時間も残り3分というとき、警笛が鳴らされて、同時に缶入りの白い粉がバサッ! と風上から放り投げられた。
「ガス! ガス! ガス!」
鼻毛が甘い?
違和感を感じつつ、訓練通りに装面して気密を確認する。まだ、思わず咳き込んでしまうような甘さがあった。
「今甘さを感じている方、正直に手を挙げて下さい」
殆ど全員の手が上がっていたから、自然と手が上がる。
カルメンはどうかと見ると、若干得意気な顔をして丸いレンズ越しにこちらを見ていた。何故?
「全員戦死です」
しん、と静まり返る中、係員が説明を続ける。
「只今散布したのは人工甘味料です。もしコレがきみどり剤だった場合、甘さを感知できるような量を吸い込んだ時点で戦場では助かりません。もう時間ですのでこれで終了としますが、皆様の自主的な演練に期待致します」
やっぱり何か、とんでもない領域にドーベックは足をツッコミ始めたんじゃ無いか?
そういう疑問に向き合う時間は、公安刑事には無かった。
「おはよう、よく眠れたかな?」
「お前は――「あなたには公務執行妨害の嫌疑が掛けられています。心当たりはありますね?」
「……」
署内が暫く、甘い甘いと大騒ぎになって暫くして。
二人の公安刑事が、取調を行っている。
「レーリオさん。で宜しいですかね? あなたは先日――と言っても随分と前ですが、鉱業地区のこの辺りで警察官の職務執行に対して刃物をもって抵抗しましたね? 覚えておいでですか?」
カルメンが地図を示しつつ、レーリオに迫る。
レーリオには他の嫌疑もある。医師の資格を持たず、又はその他の法定除外事由が無いのに、ロベルト氏に鎮痛剤と称して麻薬を処方した疑いだ。この他にも当然、営利目的での麻薬所持とか、銃刀法違反とか、そういった嫌疑が色々と掛けられている。
ついでに最近改正された秘密保護法とか、そういうったモノにも彼の行為は抵触していたが、ドーベックでは遡及法は禁止されているのでこれについて彼らは追求しない。そんなことはレーリオの知るところでは無いが。
取調官の問いかけに対して、レーリオはガリっ! ガリっ! という歯軋りで応じた。それを見てフレデリックは、
「ああ、歯については『治療済み』ですよ。危ないですから」
と親切に横から教えてやる。彼は自殺用に細工した義歯を――毒薬を仕込んだ義歯を嵌めていた。
フレデリックはバインダーを机に思い切り叩きつけ、そしてレーリオの胸ぐらを掴み、額が接するぐらいになるまで顔を近付けて、
「テメェ、舐めんじゃねぇぞボケナスが――って感じのアプローチをしても良いんだが、オタクは慣れてそうだからしねぇ。だが、」
「「逃げられはしない」」
公安刑事の公安職務。
それが、始まろうとしている。
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