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影響

「よし、君の案を採用する。宜しく頼むぞ」

「ありがとうございます。もう一点、ご提案があるのですが宜しいですか?」


 ヨシ、やったぞ。と内心でガッツポーズしつつ、新たに判明した問題を伝え、そしていつかはやらねばならない事を示す為に『提案』という形で意見を具申する。


「なんだい?」

「糸、自前で作りませんか?」


 というのも、集中的に織機を運用し始めると、作業効率化が進展する。

 その結果として起こるのが糸の不足である。


「糸は今、豊富に市場にありますが、本格的にこの事業を始めた場合、市場から糸を買い占める羽目になりかねません」


 カタリナさんはふむ、と顎に手を当て、いつもの様に思考を巡らせる。


「隣の市場から買い付けるのは駄目なのか?」

「輸送費の問題がありますし、将来的には綿花から一貫して生産する事も視野に入れたいです」


 うーん、と悩んだ後、右手を顎から離し、静かに肘置きに戻した。


「……今回の件が落ち着いたら、具体的な計画を持ってきてくれるかい?今はコレに集中しよう」

「了解しました」


 こうして、私はこの世界に『工場工業』の灯火を灯したのである。



 それから一ヶ月、将来的な拡張も見越した土地の確保と工場の建設、そして大量の難民受け入れと教育によって、工員と生産財を確保した。

 これによってカタリナ商会の財政はかなり悪化したが、それでもロベルトさんの優秀な管財スキルのおかげもあって耐え、初期生産にまでなんとか漕ぎ着け、富を生み出し始めた……


 と書くと全てが上手くいっている様に見えるが、実は全然上手く行ってなかった。




「消灯!お疲れさん!」


 百人近くの労働者の寝床、家、食堂、浴場である寮を後にし、工場敷地内の見回りをしていると、何やら人影を発見した。


 幸いにして近くに箒があった為、先端を引っこ抜いて取り回しの良い棒にする。


「こんはんは!゛」


 と、ランプを持ち少しばかり大きな声で呼び掛けをしてみると、驚いたのか光るものを落とした。

 ……っておい、それ火種だよな?


 大慌てで逃げようとする彼らだが、敷地内の地理はこちらが熟知している。

 警笛を三回、長短短で繰り返し吹き、一番始めに来た当直警備工員に消火を指示し、向かうであろう方向に先回りする。


 警笛を聞いた警備工員が、極めて嫌そうな顔をしながら警杖を手に控え集まって来た。

 彼らは工員のなかでも体力に優れた者達で、ある程度の警備格闘術を仕込んであり、夜間の見回りや当直、そして状況に応じて非常呼集が掛かった時には、警杖を持参して急行する任務を帯びている。

 当然それだけでは彼らにとってメリットが無いため、増加食と併せて少しばかり給与が多い。

 下手すればこの様に夜中に緊急招集され、危機に直面しなければならない上、危機が無くても訓練として招集される事がある(勿論遅れれば腕立て伏せか腹筋だ、前支えでも良い)が、志望者は絶えなかった。


 そしてこれは彼らにとって初めての実戦である。が、非常呼集の者は安眠を妨害された事への怒りで緊張を揉み消している様だ。怖気づいている者は居ない。


「お゛い゛こ゛る゛ゥ゛ア゛!゛」


 そして少なくない者が過酷な路上出身であり、略奪を生き延びているからか、凄みでは私に迫るものがあった。


 彼らの周辺から聞こえるパァン、パァンという破裂音は、地面を警杖で殴りつけて威嚇している音だ。

 通常の剣よりも警杖の方が長い、つまり間合いに入られない限りは一方的に攻撃する事が可能であり、複数名が協働し、互いに援護した場合それは顕著である。

 侵入者3、武装短剣、裏門前。との叫びから察するに、懸命に警備工員から逃げつつ、刃物を振り回して抵抗しているのであろう。

 が、無意味だ。既に我々が包囲している。

 囲んで棒で叩く。身も蓋もない言い方をするとそうなるが、安全かつ確実に対象を無力化するのにこれ以上適切な手段は、今の我々は持たないのである。


「ぶっ゛殺゛す゛ぞテメェ!「何゛してくれとんのじゃいアホンダラ!「ケツ出せゴルァ!――


 打撃音に混じって罵詈雑言を発する警備工員達が、警杖を本手打ちやら逆手打ちやら上段打ちやらで侵入者を打撃する。彼らの多くは、妻子共々ココに勤めている。ようやく得た家であり、職場であるこの場を攻撃された怒りは、私のソレよりも大きいのだろう。

 既に凶器を掴む程の気力は無くなっている様で、短剣がやや遠くに落ちていた。


 が、逃げる事は諦めて居ない様で、未だに暴れていた。


 侵入者の内訳はドワーフが3。


 制圧した後縛り上げて地下室に連行し、その日は警備工員達を労いつつ、明日の朝私の部屋の前に来るようにと伝えて床についた。



 翌朝、整列した警備工員達と積んだバケツを前に、本日の任務を下達する。


「気を付けぃ! 敬礼! 休め!」


「さて、知っての通り、昨夜不審者の侵入と不審火があった。諸君らの活躍によって、侵入者を確保し、幸いにして迅速なる鎮火に成功したが、次、どの様な事があるか分からん。それに備える為にも、午前中は防火訓練を行う」


 さて、そんなこんなで警備工員達を対象に行われた『防火訓練』であるが、程なくして彼らは違和感に気付いた。

 何故か水の集積場所が工場では無く、地下室の直ぐ前なのである。

 察しの良い者は気付いてニヤニヤしていたが、ほとんどの者は気付いていなかった。




「さて、どこの誰に雇われたのか教えて頂きましょうかね」


 警備工員の中でも特に腕っぷしが強い者を二名と、ロベルトさんを地下室に呼び寄せ、『お話』を伺う。

 一番強そうな者を私の独断と偏見で決め、椅子に座らせて『話し合い』をする。

 身体のあちこちに殴打による痣があったが、致命傷では無いみたいだ。やぁ良かった。


「……お前らに関係無いだろ」


 が、彼らもプロ意識があるのか答えてくれない。困った。


「『いー』ってしてみてくれます? こうやって、いー」


 呼び掛けに応じて彼が歯茎を見せた直後、掌底を顎へと放つ。舌を噛まれたら困るのだ。彼が卒倒している隙に警備員を呼び寄せて机へと縛り付け、机の脚に石を噛ませ頭側を傾ける。

 彼は途中で我に返った。状況は理解できていない様子であった。

 地下室の前から、布を一切れと、コップ一杯の水を持ってくる。今から水を飲ませてやる(・・・・・・)のだ。


「気を付けて、肺に水が入ったらあぶない」


 大体腕一本ぐらいの高さから、コップに入れた水を布へと垂らす。全体を濡らすように、そして布が口と鼻を覆っていることを確認しながら、慎重に。


「!゛!゛?゛?゛!゛?゛ん゛!゛?゛!゛!゛っ゛」


 これは『ウォーターボーディング』と呼ばれる特殊尋問の手法だが、この手法のミソはパニックに陥った対象が懸命に呼吸を試みる程、血中の二酸化炭素濃度が上がることにある。つまり溺水(水による窒息)の恐怖を擬似的に体験させることで、パニックを引き起こさせるのだ。

 水槽に頭を突っ込ませて行う『従来型』の水責めとの差異は、簡便である他、頭を鉛直方向下向きにして、そこに水を注ぎ込むと、どうしても口や鼻に水が侵入する。それはほんの少量であるが、しかし、それを追い出そうとする反射(咽頭反射)が発生する。(どうやらドワーフにも同様の反射が存在するみたいだ。)

 自然環境下、入ってはいけない場所に水が入ってきた場合、どうすれば良いか? シンプルだ。息を吐けば良い。吐く息はどこから? 当然、肺から。

 こうして血中二酸化炭素濃度は上がり、対象者はほんの少量の水が生命に危機をもたらすことを知るのだ。

 布を剥がしてやる。彼の瞳孔は、マーク式アンケートの解答欄ほどの大きさに拡散して、少なくとも身体は本当に恐怖していることを教えてくれた。


「も、もうやめてくれ」


 そんな声を発したのは、意外にもロベルトさんであった。

 瞳には涙を浮かべ、声は震えていた。


「こんな――こんな拷問をして何になる!?」


 身体を損傷(情報)しない限り、(教範第)特殊尋問は、(六章『特殊)強度の尋問(尋問』)と見なされる(第二節より)


 ……人権概念が存在する前世、少なくともウチでは国際法上(拷問禁止条約)合法と我が国では解釈(他国では違法)されてたけど、この世界の価値観では不味いのかな?


「あ、これは拷問じゃ無くて『給仕』ですよ、喉乾いてるみたいですし」


 取り敢えず、この『お話』はさっさと終わらせなければならない。

 復讐は何も生まないが、脅威を減らすには、その策源地()を断ち切り、報復を行わなければならないのだ。そして報復は、迅速かつ確実におこなう事に意味がある。

 ここで放っておけば、再度やられかねない。今回未遂で済んだのは、ほぼ奇跡に近いのだ。


「狂ってる……狂ってるよお前も!」


 そんな事を言って、ロベルトさんは地下室から出ていったが、まだお話は終わっていない。

 寧ろココからが本番だ。ぐったりとした侵入者がへばり付いた椅子を起こして、『優しく』問いかける。


「おい、ウチ舐めてんじゃねぇぞ貴様。死ねるとか甘ったれた事考えんなよボケ。吐くまで続けるからな? 誰の指示だ? まだ水はたんまりあるんだ。全員分。シンプルに水に肩まで浸けてやっても良いんだぞ」


 出来るだけ穏やかに、ゆっくりと尋ねる。

 例えばバケツとかホースとかで勢いよくやると、勢いよく肺に水が入り、本当に窒息して死んでしまうから気を付けなければならない。ふと、死亡事故が起きて教範に改正が掛かったのを思い出した。


「……」


 それでも彼は心を開いてくれなかった。残念。


「よし、もう一回だな」


 今度はゆっくりと椅子を倒し、そして優しく濡れた布を掛けてやる。


「!゛?゛ま゛っ゜!?゛!゛――――゛



 そんな事を三人相手に続けていると、昼飯の時間になった。

 気を利かせてかロイスが人数分パンを持ってきてくれたが、異様な雰囲気を察してか直ぐに引き上げていった。


「いやぁ、焼きたてのパンは美味しいなぁ」

「そうですねぇ」「いや、実に美味しい」


 昨日の夜、叩き起こされてしまって腹が空いている警備員達と共に、パンを頬張っていると、侵入者達からの視線を感じた。


「食べたい?」


 朝食も与えられていない彼らは、一瞬顔を見合わせた後、首を縦に振った。


「じゃあホラ、これだけあげるわ」


 一欠片、パンを千切って与える。

 当然、一瞬で平らげた。


「もっと欲しい?なら雇い主さん教えて貰おうかなぁ」


 そして、ようやくこの長い『お話』は終わりを見る事となり、そしてその結果によって私は頭を抱える羽目になった。

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