休意
我らはそれぞれ
力を合わせ
明日を目指して
今立ち上がる
万民の希望を
等しく照らす
朝日の光よ 導き給へ
自由へと 自由へと
――おはようございます。こちらはドーベック国営放送です。
10月11日金曜日。朝の0600時になりました。
本日の報道を申し上げます。
国歌で目が覚めた。
その後机に伏せたまま、暫くニュースを聞き流す。
公安刑事のうち、検察官事務取扱司法警察職員の職位を命ぜられた者は取り敢えず行われた本部庁舎の拡張を経て二名で一部屋を与えられていた。検取はその業務量から庁舎に寝泊まりする者があまりにも多く、公安刑事室が死屍累々の様を呈していたからからである。(無論、表向きの理由は違ったが)
ドーベック市警察局は、警察大隊分の警察官を西へと持って行かれたお陰でブラックを通り越して超低反射塗料状態となっていた。本来は彼らだって市内で警らとかやる予定だったからだ。今や警察事務職員まで小銃で武装してその辺を歩いている。防警団よりは事務職員のが幾分かマシだ。
――国家市民軍は動員を部分的に解除した一方、現在も尚緊張した警戒状態を維持してます。
軍報道官は、まだまだ油断は出来ないとしつつ、現在まで国境を防衛してきたのは市民の総力が結集した成果であると強調し、引き続き、市民に対し総力戦への協力を呼びかけています。
また、新兵器である対空機関砲の配備も市内各所で開始されており、空襲警報発令中は空中炸裂弾の破片及び落下弾を避けるため、公共シェルター又は屋内の窓から離れた場所で掩蔽を取るよう呼びかけています。
そうだ、今私が風呂にも入らずに机でぶっ倒れてたのは、空襲警報発令中に空き巣を繰り返したカス――それも一人では無い!――を処分するために残業する羽目になったからだ。
もう何日宿舎に帰っていないのだろうか。なんとかして事務椅子上の腰を起こし、「未決」トレイから一束の書類を取り上げる。そうだった。防警団の連中が逃走犯人を撲殺しやがった件もある。(特別公務員暴行陵虐致死(刑196)を不起訴処分にするにもそれなりの起案が必要なのだ。クソッ!)
――総理は、記者団の取材に対し、戦時体制の段階的緩和を検討中であるとしました。更に、内務卿の処分につき、帝国政府と交渉中である旨を明らかにしました。
また、難民の処遇についても引き続き調整を行うとしており、教育・労働・医療の三大臣会合を主催して省庁横断的な対応を行うとしています。
難民! 別に今来なくなって良いだろう!
いや、軍が連れてきたのか。じゃあ軍で面倒見てくれよ。
彼らには『私有財産』の概念が無かった。文化の違いと言っては何だが、現実に被害者が居る以上、我々は対処しなければならない。
不平不満が脳内に溜まっては思考を圧迫する。
酒屋でアイツに愚痴りたい。それすらできない。
動員前、似合わない程に片付けられたデスクは丸々この部屋に移設されている。
職務上の要求と個人的な要求との両方が、あのフザけた亜人を欲していた。言語化すると、まずこの山をアイツに処理させて宿舎に帰ってシャワーを浴び、それから……
――また、現下の治安情勢に対応するため、現在第一旅団戦闘団隷下にある警察局大隊の解散と復員を地上軍総軍に対し命じました。
今、なんつった?
庁舎の下の方で拍手と歓声が湧いた後、何人かが階段を登る振動が聞こえる。
胸にズキ、という痛みがあり、視線が扉へと吸い付けられる。きぃ、という摩擦音が部屋中に響いた。
「よぉ、元気にしてたか」
瞳孔が広く開かれた。「ああ」という言葉が取り敢えず漏れる。耳が立ち、尻尾が振れた。
彼は、ヘルメットと背嚢、雑嚢を床へと放り投げ、それからドン、と椅子に凭れこんだ。目を瞑り、手を組んで、ふんぞり返って、それからふぅとゆっくり呼吸した後、私の机の上をチラ、と見て、
「……今日は休んで良いか?」
「駄目だ」
****
「内務卿、あなた捕虜なんですから、少しは態度を改められてはどうです」
「君たちのような間抜けと、こうして話をしている時点で有り難く思って欲しいところだが」
捕虜収容所。想定よりも広々と空間が使われているソコで、郵便局員が内務卿に向かっている。
内務卿は、ケンタウロス以外と言葉を交わそうとしなかった。
真相が明らかになったとき、彼の政治的立ち位置は崩壊してしまうが、まだ、騎人相手に負けたというならば面目が立つ。
彼は愚鈍では無かった。
この国の構造と、ケンタウロスが所詮は国の一部門を任されているに過ぎない――被支配種である――こと、制服と徽章から洗練された統治機構があること、そして何よりも、自分が政治的切り札であることを理解していた。
それは取調官に指定された郵便局員が説得のためにペラペラとこの国の情報を喋り、『劣等種』であるプロの取調官に仕事をぶん投げようとしたことが原因なのだが、帝都の社交界を潜ってきた内務卿にとっては、素人の説得から嘘と真とを選別することなど造作も無いことだったのだ。
今のうちに潰さなければ。もう、とんでもないことになっている。
この国には、魔王と形容すべき存在が居る。
武力的にも、非武力的にも、この国が存在していることは近代魔法文明の危機だ。
問題は、政府とこの国――当然、フランシア家の家長、確かスザンナが代表だろう――との間でどのような交渉が行われるかだが……
「思ったよりも強かったでしょう。私の部下達は」
玉座の前で胸を張る正装したエルフと、同じく正装した上で恐縮し、口を真一文字に結び黙りこくる若い騎人が居た。
彼女は、玉座に座る者の耳に、彼にとって都合が悪く、彼女にとって都合が良い情報が入ったのを見逃さなかった。商人だ。眉を見れば分かる。
騎人――武士は、上司から紙を貰っていて、それを読み込んではいたが、今はその内容が全部吹き飛び、結局『上司の上司』に紙を優しくゆっくりと奪われていた。
今さっき、その紙面の真正が証明されたのだ。
「全く。自由市民令一つでこんなことに――劣等種に魔法文明が敗北する羽目になるとは。近代魔法文明もおしまいだな。しかし内務卿が生きていたのは良かった。後継者を決める過程と時間とでウチの国は空中分解しかねん」
玉座の上で、皇帝は首を振った。笑いながら。そうして、場の勝者と敗者とが逆転した。しかし、決して打ちのめされてはいなかった。
そんな風に余裕をまだ保持している彼に、カタリナは他人事であるかのように言葉を投げる。
「法と勅令は慎重に定められるべきでしたな」
「全くだ――不穀と貴女、何が違ったのか。貴女は劣等種に市民権を与えた。無謀にも、だ。私の試みもまた無謀だが、貴女のものよりは遥かに現実的だ。何が違う?」
皇帝は、当時としては大変に先進的な者であった。
家制度があまりにも人材を腐らせており、生産と経済とを縛っている。そんな無駄遣いをする余裕は無い。だが、家の枠から外れた者は誰にも保護されない。どうすれば良いか。
そんな課題がある家制度のゆるやかな解体のため、自由市民を制度と勅令で保護するというアイデアまでは良かった。現に、カタリナ商会はその庇護の下で成長したと言っても良い。
だが運用が悪い。
後世の歴史家・法学者からは『見た目が整った放射性廃棄物』として非難されるソレは、専制を維持しつつ運用するにはあまりにもデリケートで、それでいて強力なモノだったのだ。
歴史家は、この時点でカタリナ・マリア・ヴァーグナーとリアム・ド・アシャルを殺すべきだったと結論する。専制を活かして、過去の約束なんか無視して暴力を振りかざせば、帝国はまだあっただろうと。戦史研究者からはその時点でドーベック国は帝国の侵攻を市街地に齧りついてでも撃退しただろうとこの説を批判するが、『もし』の話をするならば、帝国が存続するにはそうするべきだった。
法学者は、自由市民令を保護すべき帝国政府が、公正な手続きと適当な保障無しに財産徴収を行える時点でそもそもの問題があり、更に政治への参画は依然貴族制度が基本とされている時点で、あまりに均衡を欠いた制度であると批判する。全財産を差し出した対価が帝都での衣食住の保障で均一だったり、逮捕拘禁を特に何の手続きも無く行えるというのは、全く『公正』で『自由』とは言えない。だが、中には実力を付ける者も出てくる。不均衡が生じる。
専制は、当面の間それを抑えることに成功するだろう。だが、専制主義と自由主義の『いいとこ取り』をするには、もっと先進的な――国家主義に根拠した独裁という、不健全かつ危険で不安定な政体か、或いはマイクロ・マネジメントを可能とする超大規模な監視管理システムの整備が必要である。
この場に居る者は、そんなことを知らない。
だが、少なくとも彼女はギャンブラーであった。
「出目でしょう」
そして商人でもある。
自他の状況を理解し、自分に利益になるよう立ち回るプロだ。
「で、帝国政府はどのような取引をお望みでしょうか」




