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劣等種の建国録〜銃剣と歯車は、剣と魔法を打倒し得るか?〜  作者: 日本怪文書開発機構


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虐殺

 同時弾着射撃(TOT、MRSI)という砲術(射撃方法)がある。

 大砲の弾が同時に沢山爆発したら強い。それは一点に集中するように撃っても、一面を制圧するように撃っても。

 言ってしまえばただそれだけの話だが、TOTは間接照準射撃に於いて火力の発揮を助ける重要な要素を有する。


「なんだ?」


 内務職員らが『徴収』の発動のためにゾロゾロと道足で行進していると、太鼓をドカンドカンと鳴らすような音があって、まさか戦場軍楽隊とかいう時代遅れの代物が敵には居るのかと誰かが叫び、失笑が広がった。その後、『甲冑』が破壊された。という先行部隊からの伝達があり、失笑を動揺が置き換えた。

 確かに、我々の生伝技術と魔法技術とを併せて制作した『甲冑』とて無敵では無い。アレは魔法と衝撃とを弾く以外は視界が悪く、更に攻撃力に難がある。しかし、防護力的には殆ど無敵の筈だ。まさか、劣等種と魔法使いとが協働し、劣等種を群がらせて弱点部を攻撃したのか? そんなことあるのか? でも、群がらせるならまだ武士(騎人)で何とかなるのでは無いか? という分析を職員らがそれぞれする中、空気を切り裂く音があった。

 それは段々と大きくなったが、特に上司から発せられた指示はなかったから、彼らは歩き続けた。魔法戦列は、上司の能力を拡張することにその本質が――




「弾着――今、効果あり!」

「諸元そのまま、大隊効力射!」


 砲弾が隊列の真ん中と頭上とで爆ぜたのを見て、FO(前進観測班)はガッツポーズをして戦果を報告した。一万弱と見積もられた内務卿隷下部隊は、見事に射撃計画に嵌って砲兵大隊の虐殺対象になっていた。何を隠そう、TOTの戦術的価値はその奇襲効果にある。

 砲は、大変に強力であるが、対策を取られたときにその威力発揮は相当妨げられる。しかし、TOTならば相手が対策を取る暇もなく最大火力を瞬間的に発揮することができる。

 臨機目標射撃と計画射撃の最も大きな差異は、計画射撃では精度が高い射撃が初弾から期待できる点である。当然、天候等計画策定時とは異なる要素(パラメータ)もあるから、FOによる観測と修正は必須ではあるが、それでもその都度要素を計算し、試射を経て行う臨機目標射撃よりは考慮すべきことは少なくなる。つまるところ、修正を要さずいきなりTOTを行ってその奇襲効果を最大にするには、計画射撃の方が適すると言える。


 つまり、射撃計画によって計画されているような射撃を如何に受けないか、或いはやり過ごすかというのが、近代火力戦に於いて機動側が考慮すべき重要な要素となるのだ。勿論、障害とかによって相手方は射撃計画の網の中へと追い込んでくるから、障害を戦闘工兵によって排除して道を作るとか、速度で超越するとか、戦車等の装甲に頼って突っ切ってしまうとか、そういった工夫が必要となる。


「準備よぉ――!」

「撃てぃ!」


 155ミリ両用りゅう弾砲の周りで、砲班員がわちゃわちゃと、それでいて素早く、テキパキと協力して砲を操作する。

 只でさえそこら中で爆音が掻き鳴らされている上、耳栓をギチギチに詰めているので、号令等は全て大声と身振り手振りで行われる。

 発射、複座、開放とトレーの挙上までは自動(歯車仕掛け)で行われるから、トレー上に置かれた砲弾と装薬を砲班員二名がさく杖で薬室へと押し込み、直後尾栓を閉鎖してそのまま手を水平に挙げ砲班長に『準備よし』と絶叫。『撃て』の命令を受けて射撃手が撃発レバーを押し、装薬が燃焼して……


 地球での戦史的に重要な転換点、第一次世界大戦が塹壕戦となった原因として、よく機関銃と鉄条網というのが挙げられるが、それだけでは不十分である。


 地面はしわくちゃ(地形)であり、その表面は荒い(木々や建物、丘)。その上歪曲(地球は丸い)していて、地平線がある。

 その地形を超越するため、間接照準射撃には、砲を撃つ役と、敵を見る(観測)役とが必要であり、その間を高速な通信手段によって繋ぐ必要がある。

 更に、間接照準射撃を行おうとすると、砲を高精度に制御し、更に度重なる修正を掛けなければならない。これを迅速に行うためには、射撃の前後で諸元(角度)を維持する駐退機が要る。更に駐退機は、これまで勢いよく後ろへ転がっていた為に一から諸元を直して(元の場所に戻して)いたのを不要にしたから、シンプルに時間あたりの投射量が増進した。

 このような多大な努力の上、砲兵は見通し線(LOS)を超越して、戦場は火力に満ちて(・・・)、塹壕を掘らなければ立っていることすら出来なくなったのだ。


 塹壕戦という言い方が良くない。それは飽くまで結果であって、その本質と原因は火力にあるのだから。(「陸上戦研究」vol.1000 六角国防大佐 記念コラム『火力と機動の本質』より)


 砲が何故、部隊火力の骨幹と称揚されるのか、その理由がここにある。

 それは今まで戦闘力が専ら根拠していた統率を些事に変える程にまで戦闘力の支配的要素となったのだ。


 そんなことはリアム(六角)しか知らないが、兎も角、機動力が戦場の主導を(ほしいまま)にしていたこの世界に、リアムはソレを持ち込んだ。



****



 夜が来た。

 先遣大隊が『謎の爆発』によって壊滅したのを見て、内務卿は撤退を決意した。

 翼竜騎兵は撃墜され、魔導甲冑は撃破され、魔法戦列は撲滅された。

 ムリだ。そう判断したのである。


 我々は、夜明けと共に撤退するつもりであった。

 誰かが穴を掘って上空へと防御魔法を集中的に張るという解決策を思いついて、取り敢えずそのようにした。爆発は、夜通し、散発的に続いた。どういう訳か、それから魔力は感じられなかった。

 どこかが爆発する度に、穴――というか溝――に爆風が通って、その中身は挽き肉と化し、もっと悪いことに生き残ってしまえば、誰も助けに来ない中、糞尿と同僚の破片に塗れながら、咽び泣きながら死んで行った。

 それは騎人(ケンタウロス)も、魔法使い(エルフ)も関係無かった。尤も、騎人(ケンタウロス)は殆ど生き残って居なかったが。

 闇の中、阿鼻叫喚の他は沈黙があった。


 ただ、朝日を待つ。祈りながら。


 ようやく、東の空が明るくなり、ふぅ、と息を吐く。


 生きて帰れる。頬が緩んだ直後、太鼓を狂ったように叩く音が――『あの音』が鳴った。



****



「旅団は、明朝を以て攻勢に転移する」


 火力戦闘は敵の前進を頓挫させており、更にあのデカブツは居ない。

 敵の後方に迂回させつつある特殊部隊からそのような連絡を受け、旅団長(アンソン)はそのように決心した。


「攻勢は、騎兵大隊及び歩兵13連隊を以て行う。以下に要領を示す」


 旅団長の状況判断は、我は健在である一方、敵は尚有力な航空兵力を有しており、かつ、敵地上部隊は相当の損害を受けて尚撤退していないというものであった。

 つまるところ、敵の企図は、航空攻撃によって我の火力組織(砲兵)を制圧し、()後、航空部隊の支援の下地上部隊を市街に突入させるものであると推定される。(旅団)は、『侵攻する敵部隊を撃破し国境線を維持』するため、これを破綻させる必要がある。


 ならば、地形が見える程度の暗さのとき(第一薄明)に敵へと接近し、空からは見えない程度の暗さ(第二薄明)のときに白兵戦闘を仕掛けてしまえば良い。少なくとも、敵は航空攻撃に於いて『味方ごと』撃つしか無くなる――




最終弾弾着(突撃開始)まで30秒!」


 中隊先任軍曹が、夜光塗料付きの高級腕時計とニラメッコしながら、最早有声指揮となった中隊へ向け怒鳴り声を浴びせる。

 中隊長の手足は震えていたが、幸いなことに、中隊先任軍曹以外はそれに気付くことは無かった。彼は眉を顰め、口を一文字に結び、拳銃を両手で胸の前に抱えていた。指は安全金の外に出ている。

 彼らは、夜間隠密に『敵陣地』まで接近した後、突撃支援射撃の轟音に乗じて弾着濃密地域の近縁にある林縁に伏せていた。


「20秒!」


 ギュッ、と革手越しに銃身が握り込まれる。

 歪むことも、軋むことも無い小銃は、兵に幾許かの自信を与えた。その先には昨日研いだばかりの銃剣が装着されている。


「10秒!」


 パラパラ、そんな感じで降りしきる土が、開いた口の中に入ったのでペッと吐き出す。誰も咎めない。一瞬、静粛が過ぎ去った。


「5秒!」


 中隊長が立ち上がり、拳銃(右手)を振り上げる。


「1中隊(ちゅうたーい)! 突撃にぃ!」


「今!」


 直後、鼓膜と上腹を大隊斉射が叩いた。笛が吹き鳴らされる。


「進めぃ!」



****



 ワッショイ、ワッショイ。

 爆発が止んだかと思ったら、そんな掛け声がすぐ近くで上がっていたから、恐る恐る顔を穴の外に出す。


 そこには、()が居た。

 ギラギラ光る槍を持ち、鬼気迫る顔でこちらへと駆け寄ってくる。

 咄嗟に攻撃魔法を放つと、何人かがすっ転ぶように倒れたが、それでも彼らは駆け寄ってきた。


 ツッコメェ!


 鬼の一が、そのように叫んで、鬼の全部からヤァァァアァ! と奇声(喚声)が上がる。それでようやく、相手が統率された集団であり、この場所が突入を受けていることを認識した。

 短槍から煙が上がって、杖を持つ右腕に衝撃が走る。次いで熱があって、気付けば穴の中で右腕を抑えてのたうち回っていた。

 左手をのけ、恐る恐る右腕を見ると、肉が弾け、骨が折れてそこからピュッ、ピュッ、と血が飛び出している。激痛があったが、必死で抑え込んだ。左手に触れる硬いモノが自らの骨であり、ヌメリのある温かさが自らの血肉であるのが感覚的に分かる。段々、視界が暗くなってきた。


 もう駄目か。そう思った瞬間、穴の中に誰かが飛び込んできた。


 誰か、助けに来てくれたのか?


 内務卿に仕える職員――普段は事務をしている、貴族の家禄を継ぐ見込みも無い魔法使い(エルフ)――が混沌の中で縋った一縷の希望(兵士)が、小銃を振り上げ、喚声と共に銃剣を深々と突き刺した。それは服と肺を貫通して背骨を圧し折り、次いでブロック状の模様(パターン)が刻まれた半長靴の靴底と、先芯入のつま先がメチャクチャに胸と顔とを暴行。

 魔法使いは一瞬驚愕した後、幸運なことに正確な理解を得る前に絶命した。そんな光景が野営地のあちこちで展開される中、それに似合わない鳥の鳴き声(ピヨピヨ)が夜明けを告げる。


 国家市民軍地上軍は、史上初めて、劣等種による支配種族に対する突撃を成功させたのである。


 兵士らは、朝の冷たい空気と、燃えるような朝焼けを胸いっぱいに吸い込んで、次いで銃剣と中隊旗とを掲げた。


 勝ったのだ。我々は。

 ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございます。


 レビュー、評価、ブックマーク、コメント、サポートなどでの応援、いつも励みになっております。また、こうしたマニアックな作品はどれだけ皆様に拡散されるかが命です。いつもありがとうございます。今後とも、何卒、よろしくお願い申し上げます。


追記:以下で本作戦の概略図を公開しています。宜しければご覧ください。なお、サポーター向けに次話を先行公開している他、執筆用資料を公開しています。

https://kakuyomu.jp/users/lakejugemu/news/16818093085358180003

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