切り札
兵士が自転車で1日という距離を、難民という『お客様』を引き連れて進む。
それには準備が必要だった。まず、難民一人毎に認識札が人事幕僚から発行され、それぞれの首に掛けられた。
難民は全部で219人居て、148人が歩行困難であった。
つまり、最低で車両8両が必要だったし、連隊戦闘団の負傷者搬送を考えれば輜重中隊を復帰させる必要があった。が、旅団から送られてきたのはもっとすごい力技だった。
「えーと、船が4にトレーラーが8? で、DPDBnが引き連れてきたのか。まさか本当にやるとは……」
「ご存知かと思いますが本件は首相指揮です。なお、警察局の方で爾後難民を収容した経緯については調査させて頂きますので」
連隊本部に、『公安刑事』を名乗り騎兵銃を抱え、警棒や手錠、それに銃剣を弾帯に装着したハーフリングが、「ひょっこり」そんな感じでやってきた。
「あんた戦えるのか? 騎兵銃なんか持ってるが」
「勿論、訓練は受けてますよ」
連隊長は、やや苛ついた様子であった。警察局への当てつけを基調とした『逆に足手まといじゃ無いのか』という偏見がぶつけられる。
彼が寄越してきたボロボロの警察官身分証には「ドーベック市警察局 公安刑事部 警部補 フレデリック・デル・ブラン 検察官事務取扱司法警察員」という文字が刻まれていた。その意味を本当に解する者はこの業天の中に居なかったし、むしろ『中級幹部レベルなのになんでこんな偉そうなんだ』という反感があった。
連隊が警察局を呼んだのは、難民の収容を十全にこなす為であるが、いざとなれば戦って欲しい。そういう企図があった。
だが、今彼らの目の前に居るのは、武装しているとは言え、警察官とは信じがたい、ハーフリングであった。連隊は、てっきりよく見慣れた制服警察官――旧ドーベック戦闘団第二中隊――のような人々が来ると思っていたから、偏見だけで無く驚きもあったのだ。それに、連隊本部に土足で入ってくるとは。
「もうこの天幕も撤収しますよね? 難民の収容を決定した際の意思決定資料はありますか? お預かりします。失くすと大変ですから」
「軍事機密だ。開示できない」
G2が一歩前に出た。
彼の脳裏には、昨日作成した村落に対する攻撃計画があった。アレを作ったのは紛れもなく我々で、かつ、「作るべきもの」だが、それでも後ろめたさがあることは否定できない。
「それでは捜索差し押さえ許可状を裁判所に請求することになりますが」
「何の疑いだ?」
「公務員職権濫用です。まま、これは後ほど」
公安刑事は一歩も引かない。思わず、幕僚らの一が挑発に出る。
「裁判所はどこにあると思ってるんだ。ここか?」
しかし、こういったことは警察の方が慣れている。
「勿論ドーベックです。あなた方の家や、駐屯地と同じく。憲兵さんに聞いてみては?」
天幕内の沈黙を、伝令兵が打ち破る。
「入ります! 連隊長、FOからです」
「何だ」
「『巨人及び小隊規模の敵騎人兵が現出、北上中』とのことです」
「巨人?」
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「嘘だろ」
翼竜騎士が撃墜された。
その情報がもたらされたとき、内務卿と伯爵は珍しく一致した意見を得た。
一瞬後、エルフが居るに違いないから、反乱鎮圧を所掌する内務卿が事態を掌握すべきだという意見が伯爵から出され、領内の安全保障云々で爵領庁に「財産の安全化」を丸投げできないかと考えていた内務卿に速度で優越した。
よく躾けられたワイバーンは、エルフよりも貴重である。
寿命はエルフと同じ程度。つまり繁殖に100年は掛かる。だが、ワイバーンは歩留まりが悪い。それもとんでもなく。
そもそも品種改良自体がクソ程困難な上、ワイバーンを伴う翼竜騎士は育成と維持にアホ程コストが掛かるのだ。だから、傭兵として雇うと大変な金が掛かるし、お抱えならもっと掛かる。
だが、彼らは空を飛び、同じ翼竜騎士以外に対して絶対的優勢を取ることができる。だから、帝国が今やっている『戦争』でも何とかなったのだ。
それが揺らいだ。
本来ならば、この時点で最高意思決定者を決定し、その下で戦力を集計し、見積を取り直した後に、1日にどれぐらいの航空攻撃が可能なのか、そして、どれぐらい被害が出るのかといった推計を取り、冷静に「行ける」という確信を持ってから作戦行動にかかる。
現に、彼らが有する航空騎兵を集中して市街地ごと無差別攻撃を行えば、2週間ぐらいでドーベック市街を占拠することは十分可能だった。
しかし、この期に及んで尚、彼らは保守的、否、自らの利益を追求しようとしていた。
「爵領庁は皇帝陛下からのご命令が無ければ、地上攻撃に翼竜騎士を提供できない」
伯爵は急に消極主義者となって、そして子供がゴネるように「ううん」を始めた。
まぁ当然である。PTAの草刈りボランティアだと思って草刈り機を持っていったら、『武器を自弁してくれたのか! じゃあ、あの機関銃陣地に突っ込んでくれ!』と言われたようなモノだからだ。それに、既に1騎失っている。彼の下には20騎の翼竜騎兵が居るから、5%を喪失したということだ。それは大変な痛手に感じた。
それなら、まだ無傷の内務卿隷下2コ隊と、1コ師団(-)規模の地上部隊でドーベック占領を目指して欲しい。そういったことを言って、それでいて「我々は迎撃援護を行う」とした。明らかに彼は地上から迎撃されていた。それならば、『迎撃騎』として高空で警戒していれば、参加兵力として勘定されつつも安全に活動することができる。伯爵はこの落とし所を目指した。
内務卿は、一応「内務卿の内乱鎮圧権限は飽くまで『君』に対するものであって、自由市民の反乱の一義的責任はイェンス爵領庁になる」という反論を持っていたが、それが説得力を持たないこともまた理解して、しょうがなく、伯爵の主張を呑んだ。
爵領庁戦力と傭兵に期待したのが馬鹿だった。自分の部下にやらせた方が良い。
それに、彼にはこの事態を想定した切り札があった。
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「FOから『巨人が現出』との報告です」
「巨人?」
「間違いありません。巨人です」
砲兵大隊は、まず曳火射撃の命令を出した。
曳火射撃とは、空中で砲弾が炸裂して広範囲に破片を撒き散らすものであり、これまで数多の敵騎人兵がこれの餌食となって粉微塵となった。
臨機目標射撃。観測射、修正、修正。効力射。
「FDC、FDCこちらFO、目標は依然R1を南下」
ソレは背が高かったから、FDCが隣接されている旅団本部からでもよく見えた。
12連隊陣地からの射撃を受けてピチパチと火花を発しつつ、それはゆっくりと、それでいて着実にこちらへと歩みを進めていた。
恐怖があった。155ミリりゅう弾の曳火射撃が効かないような相手を知らなかったからである。
11iRCTが直面し、そして撃破した魔法使い達を、1BCTは知らないし、仮に1BCTの前に魔法使いが現れたとしても、155ミリ砲弾によって撃破できただろう。
「直接照準射撃、瞬発、各中隊毎撃て」
だが、恐慌には至らなかった。
155ミリ両用りゅう弾砲は、大仰角が取れるよう背が高い。
重量大という欠点こそあれど、遠方への直接照準射撃にも適するという副次的利点があった。
ソレは、よく見ると人工物であることが分かった。威圧的でいて優雅な装飾が施されており、大体人の丈6人分ぐらいの高さがある。
爆音の後、155ミリ砲が飛翔し、先頭に命中弾が出る。
それは大きく仰け反って赤熱したように見えたが、暫くしてまた動き出した。
「嘘だろ」
「15榴の着発射撃が効かない!?」
「12連隊から入電! 我、攻撃を受けつつあり 指示を乞う!」
「騎兵を突っ込ませるか!?」
敵の戦車、航空機、砲撃、特殊武器などによる攻撃により、部隊は恐慌に陥ることがある。
旅団の最大火力が効かない。
それで恐慌に陥りかけた旅団本部に、1発分の銃声が響いた。
それは自動式拳銃から放たれた9ミリ弾が奏でるもので、開け放たれた窓から、海へ向けて放たれたものだった。
「お前ら落ち着け」
そこには、平服では無く軍服――最上級将の階級章を付けた、その階級章に相応しい者が居た。
「首相さん!?」




