最高指揮官
11iRCTの要請が1BCTを経て、25日の夜に電話線を経由して首相官邸に至る。
アンソンが概要を告げた際、リアムは暫し沈黙した。
「それはつまり……侵略行為なんじゃ無いのか?」
ふう、受話器越しには聞こえなかったが、きっとそのような息遣いをしたのだろう。頭にノイズがあった。
「11連隊は首相もよくご存知でしょう。それに彼らは、おそらく完全に善意でこれを行っていますし、どのみち11連隊の兵站能力は壊滅しています。政府による援助が不可欠です」
第十一歩兵連隊の将校や下士官らの殆どは、戦闘団第一中隊出身であった。
つまり、筋金入りの職業軍人らである。
このドーベックにダムはおろか、小銃すら無かった時代からずっとリアムの指揮下にあった彼らだからこそ、今回、困難な任務を任されてそれを完遂し、それどころか『万民』を救おうとしている。
少なくとも、アンソンはそう信じていたし、リアムから指摘されるまで、侵略などという言葉が脳裏をよぎることは無かった。
「誘拐では無いんだな? 収奪では無いんだな?」
首相は、11連隊が暴走して、略奪行為に走ったのでは無いか、そんなことを言いたいようだった。
苛立ちがあった。そんなことする連中では無いと、分かっているだろうに。
「でしたら、警察大隊を収容のため送りますから、そっちから確認させたら良いでは無いですか。我々には警察の司法警察活動に介入する権限はありませんから」
リアムの懸念は、資源がどうとか、作戦がどうとか、そういった『専門的些事』では無く、専ら政治上の問題――つまり、今回11iRCTの判断で行うとした『難民』の収容活動が、自衛を超えた侵略行為にあたり、付近勢力を徒に刺激しないかというところにあった。1コ旅団で戦争をするというのは流石に勘弁願いたかったから、内務卿にあっては大人しく引き下がるか、或いは撃破されて頂きたく存じた。
リアムの懸念を払拭するためには、詳細な経緯とか、偵察で認められた当該村落の食料備蓄状況とか、病人の数とか、そういったことを報告すれば良かったのだが、11iRCTの幕僚らは詳細な報告書をしたためるより、一刻も早い旅団からの勢力配分が必要と判断し、「連隊はこうするから旅団はこうしてくれ」という要請を出すことを優先した。当時11iRCTと1BCTとの間に通話回線は繋がっておらず、電信のみを1分間に50字とかの速度で送るものであったから、微に入り細を穿つような報告書を送ることは土台無理だったのである。当然、旅団に送りつけられた要求には病人の数とか、難民の総人数とかの情報は載っていたが、所詮は数字でしか無く、疑念を払拭するとまでは行かなかった。
つまるところ、紙面に状況と要求が表現され、それが伝言ゲームで首相の耳に至ったとき、11iRCTが訴えたかった当該村落の窮状は消えて、「部隊が展開地域に居住する民間人を連行するという」行動の表面のみが承知されたのだ。
それを政府がバックアップして良いのか? 軍の暴走を追認するという最悪の形にならないか?
リアムは数瞬の間逡巡した。
「いや――、良い。やろう。どうせ責任は俺が取るんだから。今から旅団に命令を出す。後で正式に郵送するが、すぐ動いて欲しい。只今から口頭で伝達する。受領できるか?」
「はい」
リアムの脳内では『関東軍』とか『民族浄化』とか、それに関連する連想ゲームが行われていたが、結局、部下を信頼することにした。
全てを把握して、全てを統制するのは不可能である。
自主裁量の余地を超えていたとしても、それを問い合わせて調整するだけの余裕が無い事態であるということは理解できる。おそらく、本当にひどいことになっていたのだろう。そう信じるしか無い。なら、巻き取ってやるのが私の仕事だ。
「第一旅団戦闘団は、第十一連隊戦闘団を基幹とする第十一輸送任務部隊を編成。778高地周辺の難民を収容しドーベックまで安全に輸送せよ。活動根拠については市民軍法83条を88条Ⅲを根拠に準用する」
適当な紙を探してペンを走らせる。やると決めたらまず要素の列挙だ。
次いで、引き出しから『官の所持する能力』一覧を探し出して机上に広げる。
1コ輜重中隊では話にならない。なら、
「今からこっちから渡す能力を一応伝達するぞ。え――と、建設省に動力付河川舟艇と重機運搬車を用意させるから、それで兵站は何とかしろ。あと衛生省に医療設備の開設を指示するから、旅団から余ってる天幕分けてくれ、なるべく隔離したい――
列挙した要素中、ロジ、医療に線を引く。
後残っているのは、衣類、食物、住居に警察である。
――んで、さっき言った舟艇と重機運搬車には旅団の会計方で調整して服と飯を積めるだけ積み込め。民需軍需は問わん。余ったら燃やすなり何なりしろ」
衣類、食物に線を引く。
住居、警察は、彼らが帰ってきた後でも何とか――否、我々には『経験』がある。
「当面は捕虜収容所を難民収容所として運用する。警備は警察局にやらせる」
航空攻撃を受けるかもしれないから、民生として使うから、そんな理由で運用していなかった各種資源を、首相は旅団へとブチ込んだ。
無駄は、把握されている限り余裕なのだ。
「本件については事態対処本部内で調整会議を開催するから、旅団から誰か――そうだな、副旅団長か幕僚長か、その辺の人間寄越してくれ。詳細を詰める。情報があったら逐次調整会議の方に回してくれ。と、り、あ、え、ず、は――以上」
これまで、事態対処本部の中では『市内』での運送とか、避難とか、そういった調整が行われていたが、部隊運用に伴う積極的行動というのは未経験だった。
国民保護と戦闘とが並列的に行われるというのは、リアムにとっては当たり前であったが、今まで災害派遣も、国際派遣も経験したことが無い国家市民軍にとっては、『ぶっつけ本番』も良いところであるのに、リアムは気付いていなかった。当たり前すぎて認知に登らなかったのである。
「分かりました。ありがとうございます」
「じゃあ、そういうことで」
リアムは受話器と送話器とを置かず、ガチャンとレバーを圧した後、交換手へ建設省に繋ぐよう告げた。取り敢えず一報するためだ。
戦争中に人助けなんてやってる場合で無いのかもしれない。
だが、彼らは宣言したのだ。
我らは、技術を発展させ、地面を耕し、国家の名誉にかけ、この崇高な理想と目的とを達成する。
と。
「私だ、建設省?……
****
命 令 書
発 第一旅団長印
宛 第十一輸送任務部隊長
第十一歩兵連隊長
第一騎兵中隊長
自動車化輜重中隊長
ドーベック市警察局大隊長
第十一輸送任務部隊は、778高地周辺の難民を収容し、ドーベック市中央スタジアムまで安全に輸送せよ。
公 印
省 略
26日朝。旅団から連隊へと、『第十一輸送任務部隊を編成する』という電報が届いてようやく、連隊は自分達がしたことを客観的に認識した。彼らが母親の懐のように暖かく大きいと思っていた旅団は、首相に泣きついてどうにかしたのである。
戦争は、軍だけで戦うものでは無いのだ。
狭窄的思考を反省しつつ、それでも自らの能力で何が出来たのかを反省する。
「陣地占領当初に偵察すれば良かったね……」
「いや、偵察は出してたが『脅威無し』としか判定しとらんよ」
「栄養状態まで見ないか。見ないよな」
展開した後、「付近に飢えている村がある」といったことを早期に相談しておけば。もしかしたらこうはならなかったかもしれない。
蒸しタオルで頭を拭きながら、幕僚がぼやく。
後悔先に立たずとは言うが、彼らは当初の任務を殆ど損耗無しにやり遂げていた。ただ、厄介事を独断で拾い上げたというケチが付いただけで、『英雄』と呼ぶに値することに変わりはない。
「連隊は、R3を経由して平野まで後退するが、今回は難民を収容しているため、行進は――
村落の人々は、当初病人だけを連れて行って、そして治療して帰してくれるものだと考えていたが、もう暫くここには帰ってこないと告げると、じゃあどこから来たのかと問うた。
そこで、生計は立てられるのか。
そこは、どんな場所なのか。
そこには、何があるのか。
一晩の後、村民らはドーベックに行きたいと望んだ。
ここで死ぬよりはマシだと。
それは従来の生活基盤を根本的に捨てることを意味していたが、連隊の中にそこまで思慮深い者は残念ながら居なかった。純粋に、「ようこそ」という温かい歓迎だけがあった。当然、連隊の中堅と呼ばれる将兵はドーベックの『外』から来ていたが、彼らにも『生活基盤を捨てた』という認識が無かったのが原因である。
ドーベックは、侵略的なまでに富強だったのだ。




