決心
ラッパ『気を付け』が吹鳴され、地下室内の全員が起立して一方向へ向く。
我らは守らん
大地と家を
一つの旗へと
我らは集う
万民の力は
総てを越えん
平和の光よ 導き給へ
恵みへと 恵みへと
「休め」
保安隊改め国家市民軍となった国家市民武力組織の駐屯地では、毎日の国旗掲揚時に国歌の一節が流れるようになった。
歌が無い盤が流されていたが、私にはどうも、平和と団結とを歌った二番が流れているような気がしてならなかった。
「じゃあ、続きだね」
一 般 状 況
1 地上部隊
(1) 敵
ア 「ドーベック地区占領」を企図していると判断される帝国内務卿隷下部隊は、9月上旬以降ネリウス北地区に集結中であり、最低1コD基幹による攻撃を準備中であって、10月上旬には攻撃が可能であると見積もられる。
イ I-TFの一部と判断されるイェンス家旅団は、9月11日に爵領庁を出発して北上中であり、その企図は現在のところ不明であるが、航空部隊はI-TFと同位置に駐屯中であり、I-TFと9月下旬には合流し、10月上旬には攻撃が可能であると見積もられる。
ウ 敵の編成(別表)(G2が推定中)
(2) 我
ア 「侵攻する敵部隊を撃破し国境線を維持」すべき任務を有する第一旅団戦闘団(3コiR、1コCBn基幹)は、2コiRが即応可能、1コiR、1コCBnが動員・再訓練中である。
イ 1BCTは、9月下旬頃に戦闘準備を完成する見込みである。(G1次第!)
ウ 我の編成(別表)
2 航空部隊
(1) 敵
ア 1日あたり30回の活動が可能であると見積もられる。
イ 1回の攻撃により、平原に展開する我の1コ小隊を撃破可能であると見積もられる。
ウ
(2) 我
ア 無し。
3 編成・装備
(1) 敵
ア イェンス家旅団は、4コ大隊2000騎基幹。
イ 速度は平均15キロ毎時、突撃発揮時80キロ毎時と見積もられる。
ウ 内務卿隷下師団は、5コ大隊2500騎基幹(?)
エ 内務卿隷下師団は、濃厚な魔法援護及び直協航空騎兵を有する。(詳細不明)
(2) 我
ア 1BCTは、3コiR2400名基幹。
イ 速度は平均3キロ毎時、自転車使用時10キロ毎時、自動車・鉄道移動時50キロ毎時であるが、自動車化していない。
ウ 陣地、障害、発煙、化学、砲兵、その他の旅団の能力による支援を行うことができる。
4 地形・気象
(略)
5 その他
(1) 作戦地域には住民の大部分が残存しているが、我に協力的である。
(2) 敵の戦法・戦術は詳細が不明である。(特に夜間、魔法戦術について)
(3) 部隊間通信は、無線通信の他、主として有線通信、旗りゅう、ラッパ、発煙をもって行う……
「一般状況からして不明点多すぎだろ、コレ」
「しかし現状分かっている情報ではコレだけしか……」
「だよなぁ……しょうがないね、キリ良いし一旦休憩!」
参謀組織は、リアムの手を離れていた。
リアムは、最早「選択肢を作る側」では無く、「選択肢を選ぶ側」になったのだ。(この前は一人でどっちもやったのだ!)
第二次ドーベック平野防衛戦に於いてドーベック側が使用可能な兵力は、第一次のときと比べれば3倍を優に超えていた。何せ当時はiRCT1コで戦争をしていたのだ。今回は、3コ歩兵連隊に加え騎兵大隊も居るし、駐退機付きの砲や機関銃も大量に配備され、もし地球に持っていった場合普通に「近代戦」を戦えるまでにその装備・練度を向上させていた。
しかし、肝心の脳内で幕僚活動をやって兵站から戦闘までを全てを指揮できるような人材は、今や国家を指揮している。
彼は「今回の戦争は総力戦となる。総力戦とは、国家の総力を以て臨む戦争であって、銃後は無い」と就任演説に引き続いて『総力戦演説』をラジオを通じて歌手越しに垂れ流しており、こんな専門的些事に首を突っ込んでいる場合では無いのだ。
「将来は政治家になろうかしら」
「なれますよ、旅団長なら」
第一次ドーベック平野攻防戦当時、第一中隊を率いていたアンソンは、今や1コ旅団を預かるまでになっていた。
その地位は、事実上国家市民軍総軍の指揮官を兼ねるものであった。が、彼女にはそんな自信が無かった。あの日、森の中に掘った塹壕に置いてけぼりにした部下が自分を責め立てているような気がしてならなかったのだ。
下手くそめ、また俺達の仲間を無駄に殺すのか。
耳の後ろが痒い。バリバリと掻きむしると、一瞬の爽快の後に増強された痒みが襲いかかってきて、反射でピクピクと耳が前後する。尻尾は不快感で重力方向へと垂れ下がる。ジャーキーの山に手を伸ばしてムチャムチャと咀嚼して、休憩の終了を幕僚に告げて机に向かう。
武力出動命令を受けてすぐ徹夜で幕僚と共に旅団の作戦を練っていたら、国旗掲揚時刻になっていた。もうT+12hは優に経過しているということだ。
もういいや、何とかなるだろ。
G2が引っ張ってきた『生』のデータと、G2が提出した資料とニラメッコして、「委員長」もとい「首相」ならこうするだろうという振る舞いをしよう。電話を掛けて呼び出したかったが、もうそんなことは出来ない。
彼なら、必要と判断した時期に来てくれる。
そもそも、旅団が決心しないと連隊が動けない。戦場の霧が晴れるのを待っていては、中隊の作戦を立てる頃には年が明けてしまう。当たり前であるが、軍隊は上意下達の組織であって民主的組織では無い。この国では珍しい専制的存在なのだ。つまり、私が動かなければ、軍隊は動けない。
「これより、旅団長の状況判断、及び戦闘団の方針を示す……
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「だから、今回の『徴収』は皇帝陛下のご命令による執行であるから、爵領庁にあっては……」
「自由市民令を尊重してあのキチガイを敢えて放置していたというのに、兵力だけ出して何の分配も無いでは話にならぬでは無いか!」
イェンス伯爵は、珍しく酒を控えて正装し、帝都に於いて内務卿と熾烈な戦闘を繰り広げていた。
ドーベックは、西に(元)フランシア家、南に爵領庁、遥か北に帝都を望む。
爵領庁幹部は、大きく西からドーベック(インフェン)平野を迂回して帝都まで出頭していた。
この世界の貴族は、翼竜の授与及び支配種族が居住する主要都市港湾(100平方テール辺り4族以上の密度で居住する領域を言う、以下帝国行政定義の『主要都市港湾』において同じ)の行政権、年に一回開かれる御前会議への出席権と陳述権を皇帝から賜る代わりに、皇帝から指示された領域に対する外敵からの保護義務の履行と徴税、そして帝国が要求する翼竜騎士の供出ないしは代替金の納付を行うという封建制の中に組み込まれている。
が、帝国も歴史の大河の中にある以上、段々と中央集権化が進んでおり、戦争遂行のために内務卿という職が出来て地方分権は緩やかに崩壊しつつあった。しかし、それは飽くまでエルフのタイムスケールに於いての話だ。
「貴族は、様々な義務を課されている!」
口から臭い泡が飛んだ。
「にも関わらず、命令一つで特権を喪い、財産を奪われるようなことがあってはならない!」
意外なことに、正論もまた、飛んでいた。
支配種の中にも、不平等と不満とがあったのだ。
「我々には、自由市民の生活を保証する義務がある! そもそもキチガイの拘禁が事後的に通告されたことも気に食わない!」
「ですからそれは皇帝陛下の命令でして……」
「道理が通らんと言っているのだ! そもそもあのクソ共は独立国とやらを宣言して帝国から分離を宣言したと言うでは無いか! ならばアレは外敵であって本戦争の一義的所掌は爵領庁であって内務卿では無い!」
コップが内務卿側代表に投げつけられ、それが魔法で防御され静かにテーブル上へと戻される。まだ、酒飲みは叫ぶ。
「我らには、外敵からの恩領保護義務があるのだぞ!」
「帝国内務卿としては、例の宣言については認証をしておりません。よって、本行動は飽くまでカタリナ氏の過剰財産に対する国家による徴収であり、内務卿の所掌となります。もし、爵領庁が本行動にご協力頂けないということでしたら、我々のみで執行を行いますから、伯爵と隷下部隊につきましては――お気をつけてお帰り下さい」
「馬鹿にするな! 私の断りも無しにか!? 私の所領で!」
「『法』はそのように定められており……」
「いつ定めたのだ! 御前会議ではそのような話は無かったでは無いか!」
直感には反し、思考には自然な事実として、専制は下部組織の不満と暴走を招きやすい。
下部組織に十分な恩恵が無ければ、手続きの公正と意思決定過程に対する不満とが蓄積し、そして直面する課題への意思決定が遅延ないし後回しにされたことに対して怒りが湧いてくるのだ。
軍隊は、まぁそういうモノか、という一種の諦観と、専制の利益――即ち、指揮官の明確な企図の下、隷下部隊をしてその任務達成に邁進させるという『意思決定と行動』との間にある莫大な利益を自覚しているから、専制を受容する。
しかし、封建制ではどうか? そもそも専制の中に於いてのみ存在しうる構造の中で、今まで浴してきた特権というのが、実は更に大きな特権の上にあって、それが単に発動されていないだけだとしたら?
当然、この酒飲みのように怒り狂うことになるのだ。
後世の歴史家は、自由と民主を掲げるドーベック国の武力組織に於いて専制がその威力を振るって迅速な意思決定ができた一方、皇帝の絶対を掲げるヴィンザー帝国に於いて意思決定過程がシッチャカメッチャカになっていた皮肉があると指摘した上で、『話し合い』が必ずしも最良の意思決定方法にはならないと結論し、特に戦争その他の緊急事態に於いては、如何に早く緊急事態であるかを判定し、宣言して責任者の独裁へ移行することが重要であるかを強調している。




