宣言
秋がやってきた。
近頃実用化した技術で最も特筆すべきものは、ディーゼル機関では無く冷房技術であろう。
元々食料保管用に使用されていた小規模な熱交換器が、ようやく空間そのものを冷却できるようになったのである。お陰様で、夏場でもネクタイを締めて延々と書類仕事に勤しむことができるようになったのだ。
「急にコンテナ対応船増えましたね」
「どうやって取引先に受け入れさせたんだか」
『レダ重工』謹製のガントリークレーンがガシャンガシャンと船へコンテナを積み込み、得体の知れない動力でスイーっと出港していく。
ココと同じような港湾施設が、取引先にポツポツと出来始めていた。
商会の影響力が、海を経由して段々と平野から染み出しているのだ。
「この前商人に展示やったじゃ無いですか? アレでビックラこいたらしいですよ」
「へぇ」
愚者は経験に学ぶ。としたり顔で言いそうになったが、今はどうでも良い。
商会の影響力が拡大しているということは、それを防護するに足りる実力もまた涵養しなければならないことを意味しているからだ。
今や、銃身にはクロームメッキが施され、そして弾倉が装着されてその速射能力を随分と向上させていた。
しかし、歩兵部隊の骨幹火力は依然としてまだ水冷の機関銃であった。中隊規模にまで目をやると迫撃砲も加わったが、まだ『待ち』の運用に適するというのは言うまでもない。
どの規模の警備部隊を配備すべきか、常備部隊をそこに食われるのは痛いな。そんなことを考えていると、空襲警報ラッパの吹鳴が耳から飛び込んできた。
「ラッパ錬成を放送に乗せたのはどこのバカだ?」
「委員長」
秘書官が真顔で呼ぶ。
「本物です」
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「まぁまぁ、お茶でも飲んで行きなされ」
「結構」
確かに、本館の中庭に対象は居た。
当直長の判断で発砲が抑止されたのは本当に幸いだった。今の我々ではどうせ勝てないからだ。もし発砲していたら? 本館は吹き飛ばされていたんじゃないだろうか。
中庭に降り立った『対象騎』は、帝国政府からの使者だったのだ。
「カタリナ・マリア・ヴァーグナーさん、あなたに皇帝陛下から出頭詔書が出ています」
「君、名は?」
「帝国内務卿隷下のリーヌス・オーゲン・レーと申します。ご同行願えますね?」
「理由を聞こうか」
「出頭された際に明かす決まりです」
へぇ、帝国もエルフ相手ならそういう事出来るんだな。という率直な感心があった。結局、権利を尊重しながら何らかの理由によってその権利を制限するとすれば『権威』が『命令』しているから『自発的』に従え、さもなくば……という文構造を取らざるを得ないのだ。
「お急ぎ頂けますか?」
リーヌスは、眉一つ動かさずに『お願い』を重ねる。
「リーヌス君ね。ちょっと待ってくれ。支度をするから。リアム、こっちへ」
「はい」
「これを」
床面を捲って出てきた金庫から、幾つかの書類が引き出される。
カタリナさんはそれらにサラサラとサインをして、拇印と捺印をした上でこちらに押し付け、どこかに消えたと思ったらエルフの正装に着替えて戻ってきた。
それは儀仗服よりも豪華で、絹のような光沢があった。
「皇帝陛下からの出頭令状だろ? ちゃんとしなきゃいかん。君みたいにな」
「詔書です。お間違えの無きよう」
「すまんね、堅苦しいのは苦手なモンでな」
ギュッ! とでも表現すべき勢いで茶が飲み干され、両足が同時にダン! と絨毯を踏んで彼女は立ち上がった。
会長秘書の同行を、彼女は断る。
「じゃあ、後は頼んだよ」
ちょっと賭場行ってくる。そんな感じで彼女は行ってしまった。
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ドーベック市に対する宣誓書
私、カタリナ・マリア・ヴァーグナーは、最早商会会長職務を遂行できず、かつ、帝国自由市民としての権利を適切に行使することができない状況に陥りました。
そのため、一切の商会財産及び権限を、市に対して寄贈致します。
管財人には、 リアム・ド・アシャル を指名致します。
そもそも市政は、市民の誠意ある信託によるものであって、現在に至るまでこの地位にあり続けたことは、私の強欲と傲慢による過失であり、心より市民に対しお詫び申し上げます。
以上
保安隊に対する命令書
私、カタリナ・マリア・ヴァーグナーは、最早保安隊総司令官としての職務を遂行できず、かつ、帝国自由市民としての権利を適切に行使することができない状況に陥った。
そのため、保安隊総司令官の地位を辞し、後任者として、保安委員長 リアム・ド・アシャル を指名する。
保安隊の全部に命ずる。
市民を守れ!
以上
商会に対する業務命令
商会は、市に奉仕せよ。
これは商会会長としての最終の命令である。
以上
追記:私は、賭けに負けた。
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それから、一週間が経った。港湾の一部が破壊された。
まず我々は、悲しみに暮れた。涙は乾き、そして怒り狂った。
瞳が、私を向いていた。
私は、神話には決してならない。
私は、交換可能な個人であって、これから聳える大木の添え木に過ぎない。
だが、添え木は、領導のためにある。その役割は、果たさなければならない。
泣き疲れ、困り果てた後に、我々は立ち上がった。
建 国 宣 言
ドーベック国法典 第1巻(憲法)1頁
ドーベック市議会は、カタリナ・マリア・ヴァーグナー陛下から寄贈された諸権を、ドーベック諸法に定めるところにより行使すべく招集した建国総会により、以下の通り宣言する。
我々は、以下の事実を確認する。
即ち、
全ての万民は、生まれながらにして平等であって、自由と幸福とを追求することができ、かつ、ひとしく恐怖と欠乏から免がれ、平和のうちに生存する自然の権利を有すること。
国家は、国民にそれら自然の権利を保障し、増進しなければならないこと。
国家の権力及び権威は、国民の信託に由来すること。
今日、ウィンザー帝国は、絶対的な専制の下で我ら市民の権利を蹂躙していること。
我ら市民には、請願の機会すら与えられなかったこと。
カタリナ・マリア・ヴァーグナー陛下ですら、不正な手続きによってその人権が蹂躙されたこと。
我ら市民には、最早専制の支配を甘受する理由が無いこと。
我々は、以上の諸事情を総合考慮して、あらゆる選択肢を熟慮した結果、以下のことを厳粛に公表し、宣言する。
即ち、
ドーベック国は、ヴィンザー帝国から分離した、万民に対して開かれ、市民の熱望によって建国されし、市民に根拠する、自由主義独立国家である。
ドーベック国は、カタリナ・マリア・ヴァーグナー陛下を象徴として頂く。この地位は、市民の総意による謹厳な敬意に基づく。
ドーベック国において、万民は、種族その他を理由とする一切の生得的理由によって、差別的取り扱いを受けない。
ドーベック国の国権及び武力は、市民に服する。
ドーベック国において、市民の自由と権利は、市民が自ら定めた正当な手続きによらなければ、国権による制限を受けない。
我らは、平和を切望する。
我らは、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努める。
我らは、全世界の万民に対して、この宣言で確認した自然の権利を保障すべく立ち上がる。
我らは、技術を発展させ、地面を耕し、国家の名誉にかけ、この崇高な理想と目的とを達成する。
建国総会は、全会の一致を以てこの宣言を採択し、ドーベック国の建国を宣言する。
建国歴元年 9月13日
「この度、議会の指名によりドーベック国初代首相に就任致しました。議員、リアム・ド・アシャルであります。まずは尊敬する議会議員の皆様と、尊敬する市民諸君に対して、ドーベック国が建国されたこと、ここに心からお祝い申し上げます。
これは歴史に残る偉業であって、必ずや我々は成功しなければなりません。
今、我々は一人です。
しかし、そう遠くない未来、我々は第一人者となるでしょう。
その日が遠くないことを、私は確信しています。
さて、首相最初の職務として、私は、憲法第9条、国家市民軍法第76条の規定に基づき、ドーベック国とヴィンザー帝国との間に戦争状態があることを布告し、その承認を議会に要請します。
我らの象徴、カタリナ・マリア・ヴァーグナー陛下の拉致を始めとする、帝国政府による不法な実力行使と、先に行われた港湾施設の破壊等のテロ行為、そして国境への戦力集積を始めとする各種情報によれば、帝国による侵略の試みに疑いがありません。
まだ、建国の喜びに酔うことは我々に許されていないのです。
我々は、先に宣言した通り、平和を切望しています。
しかし、それを侵す者があるならば、我々は飽くまで立ち上がり、これに対抗しなければなりません。
自然を利用するためには、技術と学術とが必要です。それと同じく、我々の自然権は、自ら能動的に育み、勝ち取り、そして後世に伝えていかねばならないのです。
決して、簡単なことではありせん。
しかし我々は、ダムを建設し、資源を開発し、畑を耕してきました。
そんな我々が、どうして、敵による自然権への攻撃を甘受出来ましょうか?
我々には、勝利のみが許されます。
敗北が意味するところは、死か、それよりも悪い専制への屈服――過去への回帰に他なりません。
我々には、守るべき家と、街と、明日があります。
昨日は、最早変えることはできません。
しかし、今日の努力は、必ず明日を変えることが出来ます。
敵は強大です。
しかし、我々は飽くまで、畏怖せず、最後まで立ち続けようではありませんか。
明日を、自らの力で変えようではありませんか!
そして平和と象徴を取り戻すのです!
市民諸君!
今こそ、私達の勇気と実力を世界に示すときです。
公僕諸君!
諸君らの崇高なる奉仕は、必ず歴史に刻まれる。君たちは、その誇りを自覚しなければならない。
国家市民軍諸君!
最高指揮官として命ずる。
我が国を防衛するため、必要な武力を行使せよ」




