突入
「「せーの!」」
「「「よいしょ!」」」
公安刑事達のうち、非番であった者は紺色の出動服を帯び、大盾と警棒とを持って警備現場に投入されていた。その中に、カルメンやフレデリックも居た。
「私達の仕事は殴り合いじゃ……」
「うるせぇ! 黙って引け!」
今彼らが何をしているかと言うと、港湾管理事務所の中に立て籠もる暴徒の排除のため、バリケードに縄を括り付けて『うんどこしょ、どっこいしょ』をしている。
荷役の知識がふんだんに盛り込まれて構築されたバリケードは、縄によって雁字搦めに固定されており、それらを枝切りバサミなんかを突っ込んでなんとか切断したとしても、そもそもバリケードは『安定的』に構築されていた。その上、言うまでも無いが事務所内部から詳細不明の内容物を詰めた瓶が飛んできて、その度に作業は中断される。
「これ郵便局の連中に引いて貰った方が良いんじゃねぇの?」
「もうあいつら帰ったぞ」
「暴れただけかよ!?」
シンプルな悪態が飛び交う中、不気味なほほえみを湛えた白衣の集団が現れた。
「誰だ! ここは危険だぞ! 離れろ!」
「公安委員長の指示で参りました。散布地域はここですか?」
「何言って――「ここは危険です。離れて」
彼らは、おもむろに防毒面を付けた後、ガスボンベの口を開いてからバリケードによじ登り、シューシューと白煙が吹き出すソレを奥側へと押し込んだ。
「はい、離れて~」
「お前ら何やってんだ! 公安委員長の指示って何だ!」
警察官らが困惑していると、続いて部隊伝令が顔を真赤にして駆け寄ってくる。
バリケードの奥から、嗚咽が聞こえてきた。
「離れろ! それは催涙ガスだ!」
「さいるい?」
聞き慣れない単語と目の違和感を脳が認知した瞬間、猛烈な咳き込みに続いて鼻水と涎とが氾濫し、窒息するような錯覚に襲われる。
ヤバい。それ以外形容の語句を持たない彼らは、取り敢えず消防士達のところまで這って水を乞う。暫くの間、警備現場に静寂が訪れた。
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「なんだアリャ! 俺達ごと殺す気か!?」
頭から水をたっぷり被ってようやく『マシ』になったが、まだ顔が真っ赤なのは見なくても分かる。技術屋の長を人質に取られた報復としては分かるが、俺達まで巻き込まなくて良いだろう。我々は取り敢えず警備本部付近まで撤退し、現在『再編成』中である。
「噂には聞いていたが、まさかボンベを投げ込むとはね……」
「何だお前、知ってたのか」
「ありゃ催涙ガスだよ。クロロアセトフェノン? まだ実験室でしか作ってないブツの筈なんだけど……まさか昼からずっと作ってたの?」
「部隊に周知する前に使うなよ……」
「アレ本当は擲弾として開発されてたと聞いたんだけど……」
通信が組織を組織たらしめるということを嫌というほど実感したが、それはそうとしていつまでもギャーギャー騒いでもいられない。獣人は大変だ。「毛に催涙剤が付いて取れない」と半泣きになりながら尻尾を流水に晒し、なんとかして除染できないかと試みている。
「おっ、3中隊がバリケード退けたみたいだな」
「じゃあそろそろ突入ね……いてて……」
いつも使っている特殊警棒では無く、長くて丈夫な木製警棒が、彼らの腰に吊るされている。警備本部の脇には、曲がるか折れるかして使い物にならなくなった特殊警棒がゴロゴロと集積されていた。
「2中隊集まれ! 大盾残置!」
「ああ良かった」
あのクソ重い板切れから開放されるという号令だけが、唯一の救いであった。(尤も、フレデリックが用いていたのはヒト用の大盾では無いが)
3コ中隊600名。
奇しくも「戦闘団」の基幹と大体同じ数の警察官が、警棒を抱えるようにして両手で持ち警笛を待つ。
暴徒は、なんとか態勢を立て直し対峙した。彼らの表情の中に、明らかな恐怖があった。しかし、
「ドーベック市警察局から、重ねて警告する。君たちは警察からの再三の警告にも関わらず、集合して他人を脅迫し、他人の器物を破損している。直ちに解散しなければ、警察は、騒擾を鎮圧し、法秩序を回復するため、やむを得ず、君たちに対し、必要な実力を行使する」
警察による警告を経て尚、彼らは団結を崩さなかった。
ピリリリリ、ピーーーッ!
「部隊宛、突入開始」
駆け足前へ、進め。の号令を受け、600人が三塊となって殺到を始める。
統率が誰の目からみても分かるほど、その足音は揃っていた。
「突っ込め!」
互いの白目が見えるぐらいの距離になって、部隊指揮官が再度号令を発する。
足音が3から600になり、警棒が振り上げられる。
勢い余って暴徒に抱きつき、「逮捕!」と呼びながら地面に倒れる。
他の警察官が押し倒した暴徒の側頭部を思い切り蹴り上る。
鼻面をぶん殴られて卒倒する。
警棒を暴徒の口に突っ込んで、更に勢いのまま押し込んで壁に押し当てる。
胎児のように丸まって倒れる暴徒をサッカーボールのように蹴る。
背中から腕を取って背中を踏みつけ、力ずくで脱臼させてから捕縛する……
後に公安委員長は「概ね適正な程度で実力が行使された」と議会に対して報告している。
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乱闘に続く警察局長と技術屋の感動的な再開は置いておいて、刑事の本業はココからである。
あー疲れた。と地域課がゾロゾロと暴徒を連行し帰署する中、我々と暴徒とが滅茶苦茶にした事務所内を捜索し、事案の真相究明と適正な法執行のため証拠を収集しないといけない。
「お前馬鹿だなぁ、あんなの後ろの方で小走りしとけば巻き込まれねぇのに」
「俺はお前みたいに不真面目じゃ無いんでね」
カルメンは、集団の最後方で乱闘を見物し、そこからはじき出されてきた現行犯人を縛ってはその辺に転がすふりをするという「1番楽」な仕事をしていたらしい。
乱闘の中ですばしっこく股間と鳩尾とを警棒で突いて回った俺よりもかなり楽な仕事である。要領が良いとはこういうことを言うのだろうか。多分違うと思うが。
「しかし、港湾関係者ってのはかなり儲かるんだねぇ」
「これ局長の部屋より豪華じゃねぇか?」
検証は、場所・物・人などの検証の対象について、その存在、性質や形状、状態を五感の作用を用いて行う。
訴訟法(刑事)の教科書にそんなことが書いてあった。違和感は五感に勘定して良いだろう。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、違和感が刑事の五感である。酒を嗜む時間はあっても飯をゆっくり食う時間はないのだ。
「頭領の身柄って抑えたんだっけか」
「確か抑えられてた筈」
「家宅捜索って通るか?」
「何の容疑で?」
「業務上横領」
「横領?」
カルメンは、いまいち分かってない様子である。
「それは余罪として追求するの?」
「いや、ここからは俺の妄想なんだが……コンテナは施錠されるだろ?」
「うん」
「ということは、荷役に際して中身をちょろまかすのは難しくなる。鉱山でも要領のいいヤツがやってた」
「だから暴動を起こしたっての?」
「……どう思う?」
「立証は難しそうだけど……」
「やってみる価値はあるね」
「……じゃあ書類は頼んだ!」
「はぁ!?」
「おはようございまーす!」
ゴンゴンゴン! と握り拳で叩かれたドアが開き、アクセサリーをジャラジャラ付けた、気の強そうな中年女性が迷惑そうな顔を覗かせる。巡査部長はすかさずドアに足を差し入れ、次いでグイ、とドアに掛けた手を引く。
「中央署の者です。この家に裁判所から家宅捜索令状が出ています」
「ちょっと、何すんのよ!」
「あなたは奥様ですね? 立会をお願いします」
「何の権利があって――
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「さて、と」
ジャケットを脱いでハンガーに吊るし、ムワッとした熱気がワイシャツから放たれる快感に身を任せる前に、なんとか机まで這って椅子に腰を収める。
「どーやって言い訳しようかな」
事件は、会議室で起こっているのでは無い。
しかし、会議室で意思は決定される。
委員長は、その尊さを重々承知していた。




