封鎖解除警備
「局長さん、保安隊からです」
見ると、ベッペが仰々しく封印された封筒を持って『臨設警備本部』の中身を覗き込んでいた。恐らく先ほど入電のあった『1コ中隊即応可能』の具体的内容だろう。
「おお、さっきぶりだな」
「何かあったんです? エラい騒がしいですが」
通信の秘密は、これを侵してはならない。
ケンタウロス達は、自分たちが運んでいる書類の内容を知らないのだ。
「大丈夫だ、君には関係無い。職務に……
ここでふと、彼らが元々何であったかを思い出す。
彼らは、火力と障害の前にその衝撃力と速度とを破壊され、そして家と土地とを喪って、今、ここに居る。
では、火力と障害が無い場合には?
ジェレミーが私の考えを察したのか、「委員長!」と呼ぶ。
「流石にそれは不味いです。それなら我々が――我々が発砲して事態を鎮圧します」
それでは警察の面子が保たないし、騎人にとってもそれはあまりに酷であると、そう言いたいらしかった。
ならこうしよう。
「公安委員長から郵便局長宛に協力要請を出す」
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「これは千載一遇の好機ですぞ、ひ……局長」
「なんで今日の今日でこんなことになるの」
いつもは紙の仕分けと電鍵との音色、インクの香りが満ちている郵便局の中に、武具が擦れて起こる「物騒」な騒音と、研磨剤、保革油が発する特有の匂いが満ちる。
彼らはしっかり、『殺さない程度に痛めつけろ』という役所的婉曲表現を理解し、槍の先に布とカバーを被せ、或いは練習用の木刀を腰に差していた。
丁度、武具は『私有財産』として返還されたばかりだったし、この街の機械工業が生んだ高性能清掃研磨剤によって、それが過去現役であったときよりもピッカピカの状態に整備されていた。
さっき『委員長』が言っていたのはこういうことだったのか。という誤解を基調とした高い士気は、彼らの上長を圧迫していた。
「私は……私は……」
正直『郵便局は完全なる文民組織であって、そのような危険な職務に局員を従事させることに、責任を負うことができない』といった文芸を駆使して『てめぇらでやれ』と伝達するつもりであったのだが、肝心の局員がこのザマである。
正直、彼女は今の生活は昔よりもずっと良いものであると考えていたのだ。
執事が居ればなんと言っただろうか。あの爆炎の中に消えていった彼に甘えたい。
「姫」
ベッペが、跪いて何かを掲げている。
家宝だった。
深い、ため息が出た。
「分かってる」
息を吸う。
武具を取り上げて頭上へと掲げた直後、局員達の歓声が轟いた。
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消防水利の確保のために1コ中隊を派遣した頃、ザッザッザッ、という揃った歩調が市街に響き渡る。
郵便局長は、警察局長からの要請を受託したのだ。
もう日は傾き始めている。
「郵便局は、公安委員長からの要請に従い所要の人員・装備を準備し現在位置に集結中です。以後、出頭人員の指揮命令権は公安委員長に属します」
スザンナは、勉強熱心であった。
この街の独特な文化や価値観を承知し、それを受け入れていたのだ。だからこそ彼女だけは、極めて残念そうな顔をしていたが、武具の面体はそれを覆い隠していた。
「警察局長です。ご協力に感謝します」
奇しくも、現警察局長はフランシア家の武士を一番多く殺戮した者であったし、それは殆どの関係者が理解していた。局長間で敬礼が交わされる。プロフェッショナリズムがあった。
直後、集合ラッパが鳴り響いて幹部が呼び寄せられる。台上にリアムが居た。
「本警備は公安委員長の指揮命令による郵便局、消防局、警察局の合同警備であるから、公安委員長である私の責任と指揮の下、これを行う。これより、警備計画を説明する……
「君たちに再度警告する! 警察の再三の警告にも関わらず、君たちは集合して他人の器物を破損するなどの犯罪を執ように繰り返している! 直ちに解散しなければ、警察は必要な実力を行使する!」
隊列がゆっくりと進み、暴徒からの石が転がってくるぐらいの距離で停止する。
警察官らは一様に疲労していたが、それでも顔をしかめ、歯を食いしばって隊列を維持していた。
「封鎖解除警備を開始する。放水始め」
大盾の一部がサッ、と退き、間から管鎗が突き出される。
最近、消防は機械式ポンプを導入したばかりであった。整流された水流が二条、暴徒へと浴びせかけられる。
暴徒は視界と体温とを奪われ、或いはすっ転び、『抵抗の様態』は相当程度低減された。
大盾と投石とがぶつかる鈍い音が、殆どしなくなる。
突破に際しては、攻撃衝力を集中し、爾後戦果を拡張して速やかに敵防御組織を破綻させる。
警察官らが路側へと退いて数瞬後、統制された地響きが辺りを塗りつぶした。
「突っ込めーーーっ!」
郵便局長の号令に従い、駈歩で行進していた郵便局員たちが一斉に喊声を上げ、傘型隊形を維持したまま襲歩へ移行しバリケードへと突進する。
途中から土煙が上がったが、速度は落ちるどころか、むしろ上がった。ギラ、とした視線が暴徒へと向けられ、次いで武器が振り上げられる。
暴徒は完全な恐慌に陥ったが、もう遅い。悲鳴らしい声は、喊声と地鳴りとで、発している当人にすら聞こえなかった。
ある者は腰を抜かし、それでも這うようにしてバリケードから離れ、ある者は振り向かずに逃げ出そうとした。
しかし、彼らから逃げようとするならば、少なくともエンジンが必要である。バリケードが粉砕される衝撃の直後、暴徒は蹄鉄で蹴り飛ばされて次いでもみくちゃに蹂躙され、或いは咄嗟に上げた前腕を木刀で叩き折られ、胸を長槍で突かれ吹き飛ばされた。
彼らにとって幸いだったのが、投石のために石畳を剥がしたため、地面が石では無く土であったことだろう。尤も、地盤改良のために叩き締められ、或いは杭を打ち込まれて相当硬くなっていたが、それでも土の方がまだマシであることに異議を唱える者は少なくともこの場には居なかった。(土の方がマシとする意見を積極的に主張する者もまた居なかったが)
「全員公妨の現行犯だ! 駆け足前へー! 進めぃ!」
委員長が消防にも協力を依頼したのは、放水では無く救急が主眼であった。もう、立っている者は居なかった。
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ヒトの柔らかい腹を蹴り上げ、次いで触れた骨が折れる小気味良い響きが、蹄から背骨を経由し脳味噌に届いた瞬間に、全身が浮くような感があった。
暫くして、鳥肌がその正体が快感であることを教えてくれた。
武具は、完全に機能した。
投石を完全に跳ね除け、人々を伏させ、そして我々の存在を知らしめている。
我々が恐怖し、そして屈服した筈の警察官が、確かに畏怖の目をこちらに一瞬向けたことを、私は見逃さなかった。
血が満足を感じるのと同時に、脳は、これで良いのかという疑問を提示して、そして頭周を鉢巻き状に締め付けるような感覚に襲われた。
部下に再集合命令を出し、旗手を呼び寄せる。
「集まれ!」
面を上げ、見渡す。
皆、歓喜を湛えていた。これは見られたら不味いという直感が働いて、再度面を下ろして号令を発する。
遠くに見物人が見えた。静かになった現場へと、恐る恐る近づいてくる。
「全員静粛。面を降ろせ。四列縦隊、番号」
ご褒美が貰えると思っていた彼らは、一瞬遅れたがそれでも調教されたように動き、隊列が整頓される。
怪我人も、行方不明者も居なかった。
「前へ、進め」
イチ、イチ、イチにぃ、と常歩で街を歩く。
見物人が道脇へと退いて、恐怖とも畏怖とも取れない表情をこちらに向けてくる。
夕日が隊列を紅く照らし出し、よく磨かれた武具が誇らしげに輝いていた。




