集団警備
「君たちに警告する! こちらはドーベック市警察局長である! 警察官に対して石等を投げつける行為は、公務執行妨害にあたる! 直ちにそのような行為をやめ、警察官の指示に従いなさい!」
「部隊宛、部隊は下がるな! 部隊は下がるな!」
拡声器越しに流される警察官の警告は、集団犯罪に対して全く効果が無かったし、それどこか警察官は暴徒たちに対して数的劣勢に陥っており、隊列を維持するのでやっとになっていた。
暴徒たちは、石畳を剥がして警察官に投げつけ、或いは角材をもって隊列をめちゃくちゃに叩いている。
警察部隊指揮官は、『可燃物』の規格警告表示が描かれた木箱が、今まさに叩き割られんとしているのを認めた。アレが部隊に投げつけられれば……一瞬だけ凌巡した後、部隊宛に後退命令を出す。
暴徒からは罵声と歓声が上がり、部隊からはうめき声が聞こえる。
クソ! どうしてこんなことに。
そんな彼の脳味噌は、数時間前からの災難を反芻していた。
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「今後、あなた達は『パレット』や『コンテナ』といったモノを取り扱うことになります。これは後で展示します」
「そこでそれらを取り扱う為に、クレーンを始めとする各種機器を導入しますから、ご理解とご協力、そして訓練への参加をお願いしたい……です」
リアムは、その日たまたま騎人達との定期打合せに参加しており、代行としてシルビアを市側代表とし、港湾管理事務所で説明会が行われていた。
物流で最も大変なのは、運ぶことでは無い。
運べる状態にモノをドンガラに積み込み、ドンガラからモノを降ろす――荷役こそが、一番キツく、そして時間が掛かる行為なのである。
ドーベックでは、鉄道駅と港湾とでその作業が主に行われていたが、リアムが商会戦略上必須であるとした規格化運送網の構築は、荷役の負担を大幅に削減する。つまり、物流の効率が大きく向上するのだ。
例えばコンテナは、施錠されることによって中身の安全が保たれ、かつ「無個性な」存在へとなることによって、あらゆる取り扱いに於いて簡便なものとなるし、パレットは、用手に於いてさえ純粋に作業効率を上げ、そしてフォークリフトといった機械化への適応力にも富む。この2つが両輪となって、地球社会は一体となりかけたのである。
最初、港湾労働者達は黙ってシルビアの話を聞いていた。パレットを見たとき、彼らはこれは良いものだと満足気であった。
しかし、パレットの次、コンテナの試作品を見、彼らの頭領、マルコムは急に顔を真っ赤にし、そして拳を振り上げてから怒鳴り散らし始めた。
マルコムは、商会が来る前から、港の労働者を纏めており、何度か市議会議員になるのではと噂された程の者であったので、非難の声は上がらなかった。
曰く「こんなもの人の手で運べる訳が無いだろ」と、そして、機械化しては我々は職を喪い、我々は露頭に迷うでは無いかと、これまで生産性の向上は殆どの関係者を幸せに、笑顔にしてきていたから、そういった反応を全く想定していなかったシルビアは、コンテナの前で固まってしまった。
頭領は、「そんなにコレが良いモノなら、中に入れ」と、シルビアと同席していた市公務員達を脅し、無理やり押し込めた後に外から施錠した。
丁度昼時であった。
その騒ぎを聞きつけた港湾管理事務所の職員は、港湾労働者達の団結力と「こうなったとき」の対処法を良く知っていた。
巻き込まれまいと我先に逃げ出したのだ。
最寄りの交番へと駆け込んで、ようやく一息ついた彼らは、騒ぎを聞きつけて通りを覗き込む市民達と、土煙を上げこちらへと突進してくる港湾労働者達、そして「警ら中」の垂れ幕を見つけた。
ドーベック市警察局は、状況を理解した後に取り敢えず大混乱に陥り、投入できる全部の警察力を港湾地区へと逐次投入した。
当初の注意は、旧フランシア家の騎人達――今の郵便局員――に向いていたから、正直寝耳に水も良いところだったのだ。
それに、捕虜収容所で起きた、個人規模の『反乱』は取り扱ったことがあるが、当時のドーベック市警察局は、雑踏警備を除けば碌な集団警備実施経験が無かった。
暴徒は、港湾労働者だけで無く、それに便乗する者も含めて大体1000人というのが警備本部の見積もりであった。当時、ドーベック市警察局の人員は事務員合わせても500人に届かなかったが、しょうがないので刃物事案を想定して準備してあった盾を各所からかき集め、少し状況が落ち着いた隙に臨時警備部隊を編成し、歩調を揃えて鎮圧へと向かった。ここまで数時間が掛かり、大体間食の時間になっていたが、ともあれようやくマトモな組織的対処が出来るようになったのである。
各所を走り回った後に自ら警備部隊を指揮した局長は、警察官らによる最善の努力にも関わらず、事態が沈静化するどころか勢いを増しているのを痛切に認識し、そして今に至る。
「局長、委員長がお待ちです」
取り敢えず規制線の維持を部隊に命じ、這々の体で臨設の警備本部へと帰還したジェレミーを待っていたのは、「リアムさん」がいつもするような優しい注意とか、指導とかでは無かった。
「公安委員長から、市警察局に対し、速やかな騒擾の鎮圧と法秩序の回復を命じ、かつ、報告を求める」
そこには、『委員長』が居た。
****
こりゃあ不味いことになったぞ。
港湾地区で騒擾という第一報に接したのは、騎人達との昼食を終え、今後君たちは、再度「武官」としての活躍を求められるようになるだろうから、基礎的な体力とか、走力とかの訓練、返還した武具類の整備を怠らないようにといった指示をスザンナへ出した直後であった。
実績が積み重なり、郵便や速達伝令の殆どは騎人がやっていたから、その情報は電話によってもたらされた。詳細を聞き出そうとしたが、交換手は半分パニックに陥っており、私は「鉱区2は速やかに港湾方向へ転進、中央4の応援にあたられたい」という回答を受け取ったので、静かに受話器を下ろした。
こうなることは予測しておくべきだった。彼らの気性の荒さはよく知っていたのだから。
この件の責任が追求されれば、「運輸委員長」は誰かに任せなきゃいかんなと思いつつ、伝令文を一筆書いて郵便局を後にする。
伝令は、保安隊宛であった。
「となると、現在まで鎮圧の見込は無く、かつ向こうには昼から閉じ込められた人質が居て、その中にはシルビア・ファリナ・スカマルチョ氏も含まれてるということだな?」
「はい」
「部隊の――警察部隊の被害状況は?」
「重傷者8、中軽傷者28です」
「行方不明者は?」
「おりません」
数十秒の沈黙があった。
抵抗の様態は、警察部隊の接近を拒もうとするに留まっている。しかし、向こうには人質が密閉空間に閉じ込められていて、内部状況は不明だし、部隊が接近したときに行われる抵抗はその烈度を増し、警察側には重傷者も出ている。
法規上は、警察部隊に武器を使用させることができた。
しかし、そんなことをすれば、もう市民は警察官のことを信頼すべき相手だとは思わなくなるだろう。今回「鎮圧の対象」とされる人々に同情の余地が無いとは言えないからだ。
次に検討する手段として、保安隊部隊を鎮圧のために投入するという手がある。これならば、人員数での圧倒によって武器の使用は回避される可能性が大きい。
しかし、これもやりたく無い。保安隊は飽くまで「対外」に向けられた実力であって、警察のような『適正』な実力行使のための訓練は殆どしていないからだ。彼らの仕事は、飽くまで敵の圧倒撃滅である。
銃剣は、個人戦闘員にとって白兵距離において最も信頼のおける武器であると共に、その威嚇効果は、治安戦や警備警戒等での非殺傷的用法にも適する。
歩兵は、突撃により陣地を確保する。この際、敵を刺・射殺し、或いは殴打その他の手段を尽くし圧倒撃滅する。
対外との武力闘争とは違い、究極的には誰を「嫌われ者」にするかという問題が、今転がっているモノの本質である。
思わず天を仰いだ。全てのオプションは取れる体制にあるのだ。マシな方を選ぼう。そう決断して口を開く。
「公安委員長から保安隊に――
そのとき、カツカツという蹄鉄の音に引き続き、コンコンという庇を叩く音がした。
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