表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
劣等種の建国録〜銃剣と歯車は、剣と魔法を打倒し得るか?〜  作者: 日本怪文書開発機構


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/120

通貨制度

「これはちょっと、お詰みあそばされたかもしれないね」


 渉外用として蓄えられていた特殊な敬語表現がフル活用されて、端的に現状が言語化され空中にポイ捨て(不法投棄)される。

 リアム(委員長)の執務室に、吸い込んだら病気になりそうな雰囲気が充満して、在室者を陰鬱な気分にさせた。いつも満ちているのは忙殺を触媒とした活気であるから、これは異様なことである。

 ロベルトさん(番頭)が警察に引っ張られたということは、彼に丸投げしていた信用経済の調査役務が空中分解することが殆ど確定したということを意味するからである。当然、『委員長』と言えど司法警察の行動に介入することは出来ない。



 ドーベック市には、現在二種類の通貨が流通している。

 ヴァイザー帝国造幣局が発行する金属貨幣と、カタリナ商会が発行する紙幣とである。

 この街をカタリナ商会が実質的に支配するようになった最初の融資業務にて、簡便の為に帝国造幣局が作る金属貨幣との兌換を約束した有価証券を発行したのが始まりだったが、そのうち手形そのものが取引で用いられるようになり……というのが「この街」で事実上カタリナ商会が通貨発行機関として機能している経緯である。


 それでは、カタリナ商会の活動が今後拡大するにつれ、将来的に通貨発行権を獲得することはできないか。可能性は大いにある。

 しかしながら、今この街を取り囲む状況はお世辞にも良いとは言えない。

 そもそも対外的には現物以上の信用も権威も無い。つまり、平野外への影響力が無い以上、交易は兎も角として非実体的貨幣(と便宜上表現する、商会の貸借帳簿に根拠した貨幣(管理通貨))を通用させることは不可能だからである。


 これまで収集分析した貴族による評判は、大体以下の通りである。

 フランシア家が壊滅した? あんな危険な場所に好き好んで手を出すからそうなる。

 自由市民(カタリナ)の劣等種を使役する力には目を見張るモノがあるが、対外戦争でも無いのに貴族になれる訳も無い。

 イェンス家の長、シュテファン・フォン・イェンス伯爵は昼寝と酒以外興味が無いから爵領庁の戦力を動かしていないが、イザとなれば法定財産以外は接収される。

 魔法を使わずに河川を弄る馬鹿。

 何れは大穴に流される運命――


 総合すると「立地、身分的に信用及び権威を得ることは困難」という評価である。(武家(騎人)に対する情報収集の試みは継続中である)

 しかし、商人(同業者)からの評価は違う。殆どの商人が『カタリナと競争したら潰される』と認識している。

 これは、今まで殆ど手つかずであったドーベックの豊富な資源をほしいままにしていることが主たる要因だが、最近はコレに良好な治水と発電、上下水道に送配電網、郵便と鉄道という「非筋肉的経済活動」の基盤が整いつつある。その威力は、少なくとも商人らによって認識されつつある。


 結局、統治とはあらゆる経済活動による生産成果の収集と分配が主であるというのは貴族も認識していると思うが、どうやら彼らは『汚らわしい』生産活動からは離れ、政争と戦争とに勤しんで税収(収奪)を武家を使役して領地から絞る――つまり生産を言わば「勝手に生えてくる」ものだと認識し、そしてそう扱うことができるように努力してきたと簡単に纏められる。

 実際は収奪される(劣等種)も、それなりに強かに生きており、カタリナが拡大する前のこの街のように一定の自治があったのだが、それらは飽くまで無関心に立脚したものであり、何ら積極的介入があった訳では無いのだ……。


 という所まで、ロベルトさんは仕上げていた。(要約は脳味噌による)


 つまるところ、この間カタリナさんが言った「通貨発行権が欲しい」というのは、ドーベック市で通用する通貨を発行したいという意味では無く、もっと広い意味での、「自らが信用の対象となるような貨幣を好き放題発行して、その価値を貨幣が通用する圏内の経済生産活動と実力の担保によって自己複製的に膨らませたい、それは広く通用しなければならない」という、呆れて顎がガシャンと外れ内臓がビンヨヨと飛び出そうな程強欲なモノなのである。

 肝心の「じゃあどうやって広く信用を得よう」とか「広く通用するだけの価値を認めさせよう」みたいな論の展開を期待したい所だったが、その前に彼は警察に引っ張られてしまった。(それに今電鍵がガチャガチャ打ち出したリボン(機密情報)を見るに医薬品等取締法違反容疑という! これまでヤク中とその部下が書いた帳簿に根拠していたのか!)


 正直、経済は専門外である。

 私の専門は飽くまで軍官僚としてのモノであって、その他の知見は精々が『常識』とか『教養』に分類されるモノしか無い。

 例えば「高炉っていう大量かつ高温の一酸化炭素を継続的に吹き込める設備があると、高品質の鉄を作ることができる」という情報(答え)を知っているが、その設計(途中式)とかは試行錯誤(逆算)して求めるしか無いのである。

 お陰で当初一旦の目標としていた窒素固定は化学系人材の石油加工系への投入によって延期を繰り返され、今ようやく実験室でクセェクセェ(NH₃)とはしゃげるようになった所である。


 しかし、法源が必要性に求められるように、必要な技術は着実に取得している。

 現に水力発電が実用化してアルミ地金は大量かつ安価に――


 椅子の上で横臥しながらそんな風に思考を巡らせていた時、急に脳内を快楽物質が貫徹した。これはイケるかもしれない。検討してみよう。

 この世界に於いて、アルミは大変重宝されている。

 何故なら、航空騎兵(ワイバーン)用の装具として軽く頑強なアルミ合金は大変優秀だからである。要するに戦略物質なのだ。


 そして、この世界の支配層は『政争と戦争』が大好きである。


 現時点に於いて、商会が信用を創造することはドーベック市外では不可能である。

 しかし、アルミは精錬することが出来るし、当然、アルミは平野外に持ち出してもアルミである。

 そして、ドーベック市内に於いてアルミの需要はまだ限定的であることから、現在流通している紙幣のアルミ地金に対する兌換を約束しても、市内には殆ど影響が無い。しかし、対外的には暴力的なまでの価値を発揮する。

 何なら「切替」をしてアルミを箔押ししても良い。それぐらい、今の印刷技術を以てすればお茶の子さいさいである。




「うん、キレイだね」


 斯くして新紙幣の試作を印刷室に頼み込んで数日、粘土に小銃をぶっ放したり電極棒を太くしたりと平野をあっちこっち行っている内に『お披露目』の日になった。

 特に上質な紙へ細密に印刷された風景画と、前面に箔押しされたアルミとが美しい調和を保って、集団崇拝の対象たるに足りる威厳を主張している。


「でもこの制度設計だとアルミを作れば作るほどに価値が下っちゃわないか? それに市民個人が兌換したアルミを対価に市外取引を始めると無尽蔵のアルミが流出するねぇ……」


 確かに。言われてみればそうだ。考慮になかった。


 彼女には、強欲に裏打ちされたカン(商人の嗅覚)があった。

 ドーベック市内で通用している紙幣の価値が安定しているのも、彼女のカンによる所が大きい。戦争が切迫していると分かってからも景気が「ちょっと悪い」程度で済んだのはソレが主因だ。


「そこに対してはアルミ平価を設定して自動的にアルミの価格を決定すれば宜しいかと」

「ソレやるとアレだね、逆にアルミ地金の生産に全生産活動(経済)が拘束されかねないね。下手すりゃ貨幣価値がべらぼうにデカくなっちまう。あとアルミが実質的価値から乖離しちゃうかもしれん。具体的に検討してないから分からんが、パッとそれぐらいの懸念は出る」


 なまじドーベック市内に於いて既に擬似的な管理通貨制度が成立している以上、それを保ちつつ対外的な通用力を持つ通貨を作ろうというのはもとより困難な話ではあった。(というか、無理である)


「ただ、価値がある程度は安定するのは大変良いね。私の懸念は……些細な問題だ。後は私が。ご苦労! 帰っていいよ」


 珍しく、彼女は本件を部下から取り上げて自分の背中へと背負い直した。

 明らかに、彼女はワクワクしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ