武器の使用
ドーベック市法典 第4巻(行政)284頁
警 察 執 行 法
第七条(武器の使用)
警察官は、犯人の逮捕、逃走の防止若しくは阻止、公務執行に対する抵抗の防圧、犯罪の鎮圧、自己若しくは他人に対する防護又は公安及び治安の維持のため必要であると警察官において認める相当な理由がある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断された限度において、武器を使用することができる。但し、正当防衛若しくは緊急避難に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。
一 第二条に規定する質問、検索、又は拘束若しくは第五条に規定する命令その他適法な職務の執行或いは犯罪の鎮圧に際して警察官から発せられた指示若しくは警告又は命令に犯人若しくはその疑いのある者が抵抗し、これを抑止するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。ただし、この場合に於いては、実際に危害を与える前に、警察官が危害を与えようとする者及び居合わせた者に対して、口頭若しくは警笛、武器の指向又は威かく射撃その他適当な手段を用いて、危害を与えようとする旨を警告しなければならない。しかしながら、事態が急迫であって警告するいとまのないとき又は警告することにより相手の違法行為等を誘発する虞があると警察官において認めたときは、この限りでない。
二 逮捕状又は現行犯若しくは緊急を以て逮捕する際又は勾引状若しくは勾留状を執行する際その本人がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕する場合。
三 第三条に規定する保護に際して、警察官に抵抗し、自己又は他者の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞がある場合。
四 警察が保有する武器又は装備その他職務執行上重要な財産を防護し、若しくは自衛上又は治水その他の市益上重要な財産に対する急迫不正の侵害を排除する場合。
巡査の一方は、魔法を詠唱するが如く、三息ぐらいでコレを言い切った。別に言わなくて良い。ただ、
「ぶっ殺すぞコラ! 早く捨てろ!」
と、もう一方の巡査がやっているように絶叫すれば、行政法上の効果を発生させ、比例原則的充当性を担保して、警察官が人に向けて銃を向けて何かを命ずるという人権侵害が正当化され、その違法性が阻却されるのだ。
警察官の実力行使には、幾つか段階がある。
まず、警察官ら存在そのものがある程度の威圧効果を発揮する。別の言葉で言えば、警察官の制服というのはそもそも暴力的で無ければならないのだ。この場では、警察官身分証が制服を肩代わりしている。
その次が、口頭による警告である。法に従う市民であれば、この段階で殆ど警察官の指示ないし警告に従うであろう。
この後は、制止、制圧、武器使用、致死的実力行使と続く。当然、相手方の抵抗の様態ないしその威力によりこれらは飛ばされたり上下したりするが、いずれにせよ、警察官というのは軍隊のように「圧倒」することは許されていないのだ。
「君に警告する。こちらはドーベック市警察局である。警察官の職務執行に対して武器を以て抵抗することは、懲役三年以上にあたる重罪である。これ以上抵抗の態度を崩さないのであれば、我々は、君に対し実力をもって臨む!」
「撃つぞコラ!」
警察官らによる、近代的人権観念に立脚した親切丁寧な警告を受けて尚、マル被は殺意と構えとを崩さず、それどころか息さえしていなかった。
頭に血が登って真っ赤になっているハーフリングと、逆に青ざめている獣人とがそれぞれ威嚇しているが、警察官らには重大な見落としがあった。
この世界の殆どの人間は、鉄砲を見たことも無ければ、発砲音も聞いたことが無いし、『撃つ』に該当する動詞は普通、魔法に対してのみ使われているのである。
つまり……
彼は、魔法の前兆を警戒していたのである。
噂はあった。『ドーベックでは、劣等種も魔法を使える』と。
だから、魔法発動時の前兆である気温低下を掴めれば、その隙をついて相手を撹乱し、あわよくば術者の手元で集中されている魔力を暴走させて逃走することができるだろう……
彼は賢明であった。だから、この世界の文法に従ってそこまで見通すことが出来ていたのだ。
しかし、巡査が握りしめている消音拳銃は、6ミリ部分被甲弾が装填された内部ハンマー式サブ・コンパクトピストルと表現されるものであって、その文法は我々がよく知る「火薬の力を制御して弾をすっげぇ速さで飛ばしたら、強い」というものである。当然、前兆も隙も無いし、滅多なことでは暴発なんかしない。
結局、ハンマーが落ちてプライマがぶっ叩かれ、雷汞の爆轟が発射薬を揺すり、猛烈な勢いで薬莢の中身が気化する。その帰結として部分被甲弾が生物の反応速度の限界を超えて突進、飛翔してマル被に命中し、この遭遇戦は終結したのである。
****
「あんたなんで威かく射撃する前に危害射撃したのよ!」
ウンウン呻くマル被を警棒でヒックリ返しながら、カルメンが半分泣きで、それでいてさっきよりかなり大きい声で叫ぶ。彼女の頭の中は、この後に待ち構えている監査と書類仕事とで火災を起こしていた。
「消音器付けたままで威嚇射撃なんかしても意味ねぇだろ! おいコラ、テメェ、誰だコイツ、知り合いだろ?」
一方でフレデリックの方は、相方を適当にあしらいつつ、その辺でへたり込んでいたロベルトの胸ぐらを掴み上げ、質問をしている。小便臭さの中に、鼻を突く異臭があった。
そこでようやく、フレデリックは相勤へと顔を上げた。
「なぁカルメン」
「こういうときって逮捕状取らなきゃいけないんだっけか」
****
「至急、至急、公刑3からドーベック本部」
「至急ぅ、至急ぅ、公刑3どうぞ」
この時代、ドーベック市内の電話網は、警察消防本部に置かれている交換所を経て各所の電話に接続されていた。つまり、交換手にそのまま「泥棒です」とか「火事です」とか伝えれば、ドーベック市警察本部(ないし、消防本部)に通報することが出来たのである。
巡査は、まず上を見た。そして電話線を探し、それが導かれている最寄りの建物へと駆け込んでから、使わせてくれと頼み込んだのである。
「公刑3、鉱業地区、対象者追尾中、えー……事件あり警察官が発砲。マル被二名を拘束中、内一名、腹部に被弾して意識無し、大至急、5番街付近まで、救急及びマル援をお願いしたい。どうぞ」
「……ドーベック本部了解、駅前署宛、既報の通り――
「番頭さぁん、あの男は誰なのかなぁ」
取調室のレイアウトは、ロベルトを追い詰めるように歪んでいた。具体的には、警察官らから物理的圧迫を受けているような息苦しさを感じるまで机がギリギリまで壁際に置かれていた。
その上、外光が完全に遮断され、ただ一つ、ボゥと灯る白熱電球が視界を提供している。まだまだ未熟な技術がスクラムを組んで、辛うじて光らせている白熱電球は、あの時、地下に灯っていたランプのように、たまに揺らいだ。
「はぁ……まぁ、動揺もしてるだろうから、ちょっと休憩しよか」
当然、権利告知があった。拷問も、既に禁止されていた。
だが、取調官が休憩を告げて水差しを持ち込ませた瞬間、ロベルトは嘔吐した。
あの光景を思い出したのである。
彼が、楽しそうに拷問を行う委員長を畏れ、そして苛まれるようになったあの日を。




