調査
ドーベック市警察局の一角に、『変わり者』達が集う部屋があった。
公安刑事室。
制服を着た警察官『以外』がやる仕事を一手に担うその島の中には、独特の雰囲気が満ちている。まず、自由の気風があった。様々な種族、出身、能力の者が、同じ教育と訓練を受け、ある運命と偶然の下『たまたま』集まっているだけという諦観に似た複雑が半分弱と、半分ギリギリ超える程度の誇りとが、その成分であった。
「おめぇ鉱山に居たことあったよな? あの辺じゃ色々頼んだわよ」
「二度と御免だけどな」
ハーフリングは背が低い。
複雑な話は無しとして、筋力は筋断面積に概ね比例し、体重は身長の立方に概ね比例する。別の言葉で言えば、小さい生物ほど出力重量比は大きいのだ。だからフレデリックは、身体を使うテストでは常に1番かそれに近い地位を占めていた。
テストとは、ある能力の一断面であり、職能とは、ある能力の仕事からの射影である。ハーフリングやドワーフといった『チビ』は、坑道作業との相性の良さと、前述の『出力重量比』の良さも相まって、鉱山労働に従事する者が多かった。そして、当然それから逃れんとする者もおり、その一が、この巡査なのだ。
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「一つ大きな疑問があるとすれば、何故諸君らはそんなにも賢く、そしてお行儀が良いのかというものがあるな」
委員長は、会議の終わり頃にそんなことを言って、豪快に一人で笑った。他の幹部も合わせるようにハハ、と笑ったが、私には意味が分からなかった。私からすれば、彼に対してはただ大きな恐れがあった。だから、「あなたが怖いからだ」という言葉が喉に引っかかった。ここに居る幹部達は皆、『委員長』を敬愛していると知っているからだ。それは父親に向けるような、素朴なものであると思う。
しかし、私は違う。私は、この男の本性を知っている。いつ、それを我々に向けるかわからない。生命への執着と渇望とが、喉の乾きという形で訴えかける。そして虫が這い回るような痒みと灼けるような痛みとが、血流が流れるのに従って全身を駆け巡り、頭に集中していく感覚。衝動を抑えるために唇を噛む。じんじんという鉄の味がした。
ロベルトは、番頭としての地位を一応は果たしていたが、その役割は外部化、分散化されて既に実務からは完全に離れていた。だからこそ、彼はこの感覚に苛まれつつも、まだ、それっぽく振る舞うことができている。
あの後、警察が『天国』を掃討すると聞いて、私は何故か動悸がして、そして急いで、彼の下へと向かった。彼には、リアムの本性を説明するために騎人の解剖図を渡していた。
あの日、「『天国』を警察が掃討するらしい」と言ったとき、レーリオは「そうかい」とだけ言って、いそいそと様々を行李に片付け始めた。その後「暫くしたらまたドーベックで会おう」とだけ言った。「見捨てるのか?」と聞いたら「そんな訳無い」と。
分かっていた。これはおそらく新法によって禁止されている違法薬物で、きっと彼はどこかの『スパイ』なんだろうと、そして自分が法に違反しているだろうというのは。だが、私はリアムが商会に来るより前からの番頭で、偉いんだと。蔑ろにできるものでは無いんだぞという怒りと自尊心とが、この程度なら。という結論を導いていた。
だが、新聞から自分が漏らした情報によって「紛争」が起こったことを知ったとき胸に走った「ズキン」という痛みは、普段吸っているそれを口に入れ、噛み締めてようやく収まるものだった。
私は、罪人だ。
そういう自省と、それから逃れるためのレーリオへの依存は、益々深まっていった。
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「しかし、番頭を尾行ねぇ……」
「これでもう尾行してないのは委員長とカタリナ閣下ぐらいかな」
「カタリナ閣下は兎も角、委員長の尾行なんかしたところでね」
「そもそも全員の顔が割れてる」
公安刑事と一口に言っても、その所掌は強行犯、知能犯、盗犯、衛生、保安と幅広い。今回のコレは『保安』に位置する任務だ。
さて、訴訟法(刑事)には『強制処分法定主義』という主義がある。「強制の処分は、法律に定めがなければ、これをすることができない」というものだ。これはどう読むか?
「強制の処分は、法律に定めがあれば、これをすることができる」
或いは、
「強制でない処分は、法律に定めがなくとも、これをすることができる」
と読む。
そしてドーベック市法は、法定の強制処分には裁判所の令状を必要としている。これを「令状主義」というが、例えば家宅捜索とか逮捕とかの強制処分は、殆どの場合でこれを要する。
しかし、強制でない処分は、そもそも法に定めがなくともこれをすることができ、すると令状を要しない。するとどうなるか。
「おっ、会議終わったらしいぞ」
「よっしゃあ、行くか」
二人の巡査は、目深に帽子を被ってからおもむろに立ち上がり、やさしい小心者のドワーフを尾行すべく歩き出した。基本教練を敢えて殺した、ゆらゆらとした歩き方で。
暫くして、彼は列車に乗り込んだ。
次に電化を目標とするのは列車である。確か委員長はそう高らかに宣言していたが、今でも機関車はシュッポシュッポと白煙を吐き出していた。
尾行が割れないよう、二人は対象を遠間から挟むよう、通路側に腰掛けた。同じ周期で揺れる乗客の中で、ポケットから帯革へと伸びる身分証吊り具の細鎖が、客とを区別する目印になっているが、知っていないとその意味はわからない。
工場と製鉄所、そして大穴の脇に悠然と立つダムを見ると、ドーベックは彼らがその一員となったときと比べても、より大きく、そして活発になっているのが分かる。それは、健全で無ければならないのだ。
「ねぇ、あいつ顔色悪すぎない?」
列車を降りてから、フラフラと歩く対象者を見、雑踏の中でカルメンは相方に尋ねる。
歯が中途半端に抜け、眼窩は深く落ち込み、そして何よりも何かに怯えているような挙動は、人混みの中でも一際目立っていた。
「過労で不健康って訳じゃ無さそうだね」
この時、まだ巡査らは彼の秘密を知らなかった。
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「さぁ、君の『悩み』を聞かせておくれよ」
「もう耐えられないんだ。俺がおかしいのか?」
それまで診療所で行われていた『治療』は、診療所があった薄暗い路地よりも更に奥、闇とでも表現すべき都市の端っこで行われるようになっていた。
「頭が痛いんだ。それに、身体中を虫が這い回るような、そんな感じが……」
「待て」
柔らかな笑みを浮かべていたレーリオが、急に真顔になって言葉を遮る。
ロベルトは自らの口臭に驚いた。どうなってしまったんだ。不安の種が増える。
「お前、護衛を連れてきたのか?」
「いや、そんなことは……」
ドーベック市警察局公安刑事部の尾行スキルは、そこまで高いものでは無かった。当然それは一般人相手には十二分に通用するものであったが、『同業者』からすればお粗末も良いところの代物だったのだ。
そもそもリアムの前世は国防省の軍官僚に過ぎず、その軍事的知識が所詮は実戦では無く資料に根拠していたというのはその大きな原因だろうが、何よりもドーベック市警察局にはこうした『情報戦』の経験が無かったのだ。
だが、
レーリオが素早くコートを翻し、内側にジャラ、と吊るしていた投げナイフを構えるのより一拍早く。
「ドーベック市警だ! 捨てろ!」
巡査が二人、消音拳銃と、警察官身分証とをそれぞれ構えていた。
それまで腰を破壊し、或いは亡失のネタだったソレらは、今しっかりとその任務を果たし、闇の中で尚、かすかな光を受けて存在と意味するところを主張していた。
ドーベック市警察は、『実戦』だけは豊富だったのだ。
両者の間に、数瞬間の非言語的コミュニケーションがあった。
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