節目
「それでは皆様、テープカットをお願いします!」
ロイスのアナウンスを受けて、工事責任者から会長、市議会議長や警察長官その他市幹部がテープにハサミを入れる。直後、大げさなファンファーレと少量の火薬、紙吹雪とが撒き散らされる。
ついに我々は、メウタウさえも手中に収めたのだ。
我々の背後では祝砲と常備消防とが五感一杯にダムの完成を祝っていた。私からしたら白々しいぐらいの式典だが、市民は別に気にしていなかった。
ダムの建設にあたっての一番の功労者と言えるのは、ケンタウロスたちである。
彼らは、馬としての大きな筋力と走力、そしてヒトとしての腕と脳味噌を持っており、力仕事は勿論、通信や放送に大変有利だったのだ。
ドーベック市は、式典を好むが、同時に経済性も好む。
テープが片付けられた後、『懲役工員』を意味する腕章と幹部章を身に着けたスザンナがスロープを経由して壇上に上がり、市幹部の前に正対した。
「申告!」
「よぅし!」
彼女の諸動作には、節度と気迫が満ちていた。別の言い方をすれば、板に付いていた。私は法務委員長として、彼女の申告を受ける。未熟な冶金はパイプ椅子を鳴らした。
「フランシア・スザンナ以下408名の者は、メウタウダム建設支援の任を終了し、法務局隷下に服します!」
「ご苦労!」
敬礼と答礼とを交わした後、壇上に用意された紙を取り上げ、広げる。
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「ご苦労、何か困りごとは無いか?」
「委員長」
ケンタウロスの論理と倫理は案外シンプルであった。
飯を食わせてくれる、自分より強い存在に服従する。騎士道云々は圧倒的な現実の前に吹き流されてしまったようであった。
彼女はパカラ、と姿勢を正し、正対してから敬礼した。黒ずんだ白手袋が、最短距離を走る。
彼らが懲役に処されている間、私はダム建設を指導する度に旧フランシア家の連中の様子を見に行った。当然最初の一ヶ月ぐらいは相当な反発があり、ボロ布に小麦粉を詰めた前装銃とかが大変役に立ったが、まぁそれは過去の話だ。
一事不再理とかがどうとかは法学的な云々は一応伝えたことがあるが、彼らは「ダム建設の終了と同時に開放される」ということに着眼して理解しているようであった。事実それは正しいのだが。
スザンナは、依然としてフランシア家を率いていた。
正確に言うと、彼女以外の幹部が生き残っていたからこそ、彼女は先頭に立つことができていた。負けて尚、組織的戦闘能力は残っていたということだ。
だが、今は組織ごと我々に服している。
そしてその利益を、彼らは感じ始めていた。
「新しい水筒が大変に水漏れします」
「おかしいな、見せてみろ」
劣等種が使う道具は、帽子やヘルメット等を除けば殆ど共用することができた。精々がそのサイズを弄れば事足りるため、例えば小銃では撃発機構や銃身は『武器』として扱うが、銃床部などは『装具』扱いして個人差に合わせられるようにするといった工夫で何とかなった。
しかし、ケンタウロス達は飯からトイレまで勝手が違った。
本当に初期の頃は馬匹に準ずる設備で彼らも我慢していたが、流石に何ヶ月もそのような扱いをすることは人道上宜しく無いのは明白であったし、懲役の成果も減じかねないということで、度々顔を出してはあーでもないこーでもないと『創意と工夫』を繰り返していたのだ。
今問題となっているのは、背負式の水筒である。柔軟性のある管を口元まで繋げて走行間でも水分補給が簡単になるようにした――言ってしまえば『ハイドレーションモドキ』なのだが、チューブがひび割れて水が漏れていた。ポリプロピレンとかの高分子素材を使いたくてたまらなくなった。
なお、長持ちするモノを苦労の末に作ったら臭くてたまらんというクレームが出たことは言うまでもない。
そして日は下り、堤体の完成検査がどうこうの話が始まった頃、いつもとはケンタウロス達の様子が違うと、そう直感で感じられた。その日、鉱区のガス対策に手を焼き、夜が明けるまであーでもないこーでもないとやっていたことが違和感の原因では無いかと勘ぐったが、どうやら違うようである。
戦闘間五感を駆使して周囲を活発に観察し、特に違和感があればその原因を追求する。
彼らは、ダムの建設には途方もない年月が掛かると信じていたようだった。
しかし、殆ど理論値で立ち上がった堤体は恐ろしいことに建設上の欠陥を起こさずにヌルっと建った。つまり、思ったよりも身柄をポイ捨てされる期日が近いことを察してしまったのでは無いか、一瞬はそう思った。
一応壁新聞を一瞥すると、解答が解説付きで載っていた。
フランシア家が無くなった。経済通商新聞の、今日付けの朝刊だった。
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「フランシア・スザンナ以下408名の者、カタリナ・マリア・ヴァーグナー閣下の命令により、法務局局長及び法務委員長の協賛、市議会の議決を伴って、恩赦とし、懲役の任を免じ、その身柄を開放する。本命令の意味する所をこれより下命する」
無駄に仰々しい儀式だったが、必要だった。
「諸君らは現在時刻を以て、職業及び居住・身体の自由を得た。懲役隊解散」
瞬間、汗に濡れた活動帽が空を舞い、怒涛の勢いでケンタウロス達が宿舎へと帰っていった。砂埃の中で係員が帽子を集め終わる頃、白い帯革と赤い常装を帯びて彼らは帰ってきた。
血に濡れている訳では無い。それを想起した者も居たかもしれないが。
私の方は、彼らが行って帰って来るまでの間に、胸に付けた略章――〇〇委員長を意味するソレを、一つ増やしていた。
もう一度、前に出る。
「フランシア・スザンナ」
「カタリナ・マリア・ヴァーグナー閣下、市議会議長の命により、郵便局局長に任ずる」
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「……で、我々はお祭りの間『警視』かい」
「腐るなよ、地域の連中よりマシだろ」
警備本部――警備本部――酔客の乱闘――
ドーベックには飾りっ気が無かったが、ダムの完成と同時に噴水と時計塔との運用が始まった。
尤も、時計塔の中身は給水塔で、噴水は非常時の防火水槽も兼ねているという、病的とも言える実用主義から脱却は出来ていなかった。
お巡りさんと本部とが警笛符号でやり取りする中、我々は適当な場所に散って警備という名目の監視を行っていた。その対象は勿論、ケンタウロス達である。彼らがこの街から脱走した場合に『確保』又は『処分』する。それが任務だった。
この街の物質的豊かさは、益々その質量を増大させ、それは雪だるま式に膨らんでいる。人は、それに潰されながら歓喜していた。
「『独裁者』」
「え?」
「私の造語だよ。『委員長』のな。カタリナ氏じゃ無いぞ」
「……」
カルメンと俺とは、結局任官後も同じ任務単位になった。
彼女は、既に与えられた概念から新しい概念を創造できるぐらいには賢かった。
「見なよ、この景色。ダム、電灯、噴水、時計塔、そして警察官」
ジャケットの下に隠した帯革からバッチを抜き取って、机の上に放り投げ『コンコン』と人差し指で叩いた。よく磨かれた真鍮の飾りが指紋で汚れる。
「全てがカタリナ氏の下にあるように見えて、実際には全部『委員長』が決めている」
「だから『独裁』か」
でも、議会の裁可が無いと意思決定は出来ないのでは無いか、喉に引っ掛かった。
それは引っ掛けたままにしておく。きっと、それも考慮して言っているからだ。
「ま、我々にとっては良いことだがな」
「何故?」
「我々は、彼にとっての道具だからだ」
彼女の割り切ったような、悟ったような、そんなぶっきらぼうな、複雑だが単調な態度を、俺は初めて見た。




