現物合わせ
この街真の強さは、激烈な教育システムにある。学校制度が当初各方面からの猛烈な反対に遭った割に成功したのは、前世で一番下から一番上までの教育システムをのたうち回りながら育て上げた経験によるものが大きい。
それは大変に洗練されていて、そして経済的・効率的だった――他所から引っ張ってきた人員を、人的資源に転換する以上のことが可能だったのだ。
「さーて、どれぐらい通るかな」
「出来れば全員通って欲しい所ではありますが」
「まぁここまで来たんだ。無駄にはならんさ」
「それはそうですが……」
ある日の夕方、私は警察教養前期課程の期末試験を作問するべく、公安委員と共に本館であーだーこーだしていた。最初の方は皆元気だったが、検討が進むにつれて段々と萎れてきたような気がする。
この街の教育システムは、大変に独特だ。中学校卒業程度の教養を全員に義務として叩き込んだ上で高等学校相当の課程で弱い選抜を行い、その後は強い選抜圧の下で『プロフェッショナル』を育成していく。
端的には、入校と部隊勤務を繰り返す軍隊的教育システムが、あらゆる領域で大規模に運用されていると表現できる。
外来人を警察官として任用するに足る人材になるまで育成する上で、最も大切なものは、法的素養であった。
兵卒と警察官の最も大きな違いは、前者が部隊行動を前提とする一方、後者は個人が市民と対面することを前提とする点である。極端な例え話をすれば、ボードゲームの駒と、ポーカーのプレイヤー程度には必要となる能力が異なるのだ。理想を言えば全員が検察官程度の法的素養を持っていて欲しい所ではあるが、それは情報をケーブル経由で脳味噌に流し込めた前世世界でさえ実現していなかった。
そして更に厄介なことに、この街の加速度的な拡大は、公安を公安に専念させることを許さなかった。ドーベック市警察局には、刑事課が無かったのだ。
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「なんでこんな決まりがあるんだ、縛り上げて拷問すれば良いじゃないか」
「……私もそう思う」
前期の終わりが近付いていた。
つまり、試験が近付いていた。
普段は誰も居ないか居眠りの場として用いられている図書室が、にわかに活気付く。カルメンを何人かで囲って「頑張って皆で卒業しようの会」が開かれていた。
消音拳銃がどうとか、もう圧倒的な現実を前にして全員忘れていた。勉強すればする程分からんことが増えるのだ。
「『そーたいてきおーほーけーろん』とかコレ、警察に関係有るのか?」
「文句を言っても始まらないでしょ、もうお前らは論証暗記するしか無いよ」
「そこをどうにかお願い出来ませんか」
「取り敢えずお前らは『人権1』から勉強し直すんだな、バーカ!」
カルメンだけは、ある程度調子に乗っていた。教練の練度判定はその都度行われていたから、もう彼女を阻むものは無いのだ。
悲しいことに、訓練や式典時を除き、我々の帯革からは拳銃は勿論、銃剣も警棒も外されていた。表向きには『重いから』ということになっていたが、本当はシバキ合いをしない為では無いかと勘ぐりたくなる。
「当事者主義って何だ? 裁判所が証拠を集めるんじゃ無いのか?」
「裁判は簡単に言うと殴り合いよ」
「令状って上長が書くんじゃなかったのか」
「裁判官だよ。上長が裁判官に願いを出すんだよ」
「もう俺は駄目だ。さようなら」
「寝るな! 死ぬぞ」
「酒が呑みてぇ……」
「パンチなら食らわせてやるぞ」
「恨めしい……」
「過去の自分がか?」
誰かが愚痴り、誰かがそれを潰す。
ヒト、亜人、獣人、ドワーフ、そして俺、ハーフリング。
皆平等に苦悶の表情を浮かべ、許されるならばいつでも筒型爆薬で本館を爆破する敵愾心に満ちていた。これを人権侵害として訴えられないのかな?
勉強する内に、自分が何者なのかすら見失いつつあったが、ここまで慎重に積み重ねてきた努力が無駄になるという強い恐怖を頼り、なんとか『その日』まで正気を保つことに成功した。
そして、
「公安委員長訓示、候補生隊気を付け」
この街は儀式が好きだ。俺は嫌いだが。
前期期末試験の後、長官の他、『委員長』とかいうお偉方からの訓示を受けた。
多分殴り合ったら俺の方が強いんじゃ無いかと思う位にはくたびれた、若いヒトの男だった。だが制服にはシワ一つ無く、短靴は光り輝いていた。
かしら中、整列休め。
「ドーベック市公安委員長のリアムだ。初めましての者も居るだろう。楽に休め」
壇上には拡声機が用意されていたが、彼の声はそれを必要としない程に大きく、そして響くモノだった。
「長くなるぞ、もう一度言う。楽に休め」
反応はバラバラだった。単に『休め』の姿勢を取る者も居れば、依然として『整列休め』の姿勢――つまり、両足を肩幅に開いて腰より上で手を後ろに組むクソッタレな姿勢――を取る者も居た。俺はこれ幸いと、右足を投げ出した。
「私は諸君らに対し、前期に於いて法制度について学ばせ、そして考査した。昨晩までそれを採点していた。その結果――幸いにも、カルメン候補生を始めそれはよく理解してくれたようだ」
突然知った者の名前を出され、またざわめきが巻き起こった。あいつ、首席だったのか? そんな勘ぐりが瞬時に脳裏を過ぎる。
「彼女を始めとし、諸君らの殆どは外来人である。にも関わらず、警察官を志し、過酷な座学と厳しい教練を乗り越えてココまで来てくれた。今ここに立っている者は全員合格だ。まずはその努力に敬意を表し、前期課程の修了を祝いたい。おめでとう!」
まだ前期試験の結果は発表されていなかったので、少しのざわめきの後に歓声が上がった。彼は、部隊が静かになるまでそれを満足げに見つめていた。目が合ったような気がした。少し、気味が悪かった。
「さて、この街の由来と警察組織とは密接に関係しているという話をしようと思う。昔、諸君らの教官がまだ警杖しか持っていなかった頃、ヴィリー商会……諸君らの制帽を作っている所とカタリナ商会とは商業的な対立関係にあった。で、ヴィリー商会は放火を始めとするゲリラ活動を行ってきた」
現住建造物等放火? 重罪じゃ無いか。
カルメンによってよく調教された脳味噌は、瞬時に『長期3年以上の拘禁にあたる兇悪な罪』にカテゴライズされた適当な罪名を弾き出してきた。
「私は犯人を現行犯逮捕し――当時は法律なんて無かったからこれは適当では無いが、ま、とっ捕まえて尋問したんだ。拷問もした」
そんな奴が公安委員長やってるのか? じゃあ、何故『法』を作った?
適正手続きの保証は?
反射的な疑問が起こった。公的機関の行為として『絶対にやってはいけないこと』リストの筆頭だったからだ。それに、法廷で証拠として用いることが出来ないのでは? 急設とは言え、法学的素養を染み込ませた脳味噌は信号を発信し続けている。
「警察活動は市民の権利を守ると同時に、それを受ける者に対して相当な不利益をもたらす。だからこそ、謙抑的に用いられなければならない。しかしソレは、能力があって、はじめて成立する原則である。当時の我々には自衛のための無限の権限が実質的にはあった一方で、能力は無かった。拷問しか、真相究明の手段が無かったのだ」
重い沈黙と、深い納得とがあった。
そうか、当時『法廷』なんてモノ無かったのだ。
ここも、外と同じだったのだ。
「今、我々は幸いにして拷問という手段を使わずとも真相を究明し、人権を尊重しつつ犯罪を検挙することができる。つまり、理想に一歩近づくことができた訳だ。能力と理想とが共に手を組んで前進している。これは大変に結構なことだ。しかしそれは、諸君らの先人が、諸君らのように努力して能力を涵養してきたからに他ならない」
彼は、水を煽った。
コン、という演台とコップとが衝突する音が、マイクを経由して会場に響いた。
「前期では法務教官から『理想』を習ったと思う。諸君らの仕事は、端的に言えば理想と現実の『現物合わせ』である。街の理想は、我々の能力のみで達成するにはあまりに高い。だからこそ、誰かが現実と理想との間に生ずる不都合を埋めなければならない」
全員が、よく注目していた。
「この街の警察は、史上はじめての民主的警察である。つまり諸君らは、理想の一部なのだ。君たちは――勇敢さと優しさを併せ持ち、雑踏の中で騒音と悲鳴とを聞き分け、眠ることなく家を守り、如何なる時空間的要請にも即応しなければならない」
また、目が合った。
「諸君らは、後期では『現実』を学ぶ。『外』で知っている通り、クソッタレな、目を背けたくなるような現実だ。だが、公安刑事よ!」
ビリビリと鼓膜と腹とを叩いた。
耳がキュウと緊張し、瞳孔が拡散する。
「警視せよ!」
ドーベック市警察局 公安刑事課
そこが、新たな我々の所属だった。
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お知らせ 第30回スニーカー大賞への応募に伴い、本作は3月31日時点で15万字を超過しない範囲で更新します(概ね残3話の見積)。本作の本文が15万字に近接した場合『理想郷』の更新と改稿作業を行います。ご理解ご協力の程、宜しくお願い致します。




