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劣等種の建国録〜銃剣と歯車は、剣と魔法を打倒し得るか?〜  作者: 日本怪文書開発機構


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自由

「会長、419番が意識を回復。面会を求めています」

「419番って……誰だっけ」

「スザンナですね。今回の侵攻の名目上の責任者です」

「なるほど」


 戒厳が解かれたとはいえ、本館や市街の警備体制は依然よりも厳しくなっていたが、大きな時計ととっ散らかった机がある『会長執務室』は変わらなかった。

 前の本館から持ってきた絵画からは、少しカビの匂いがする。


「如何致しましょう。『目が覚めた』のはまだ漏れていませんが」

「向こうの責任者だろ? じゃあこっちも『責任者』が出るべきだよな」


 よっこらしょ、そんな感じで彼女は立ち上がった。


「案内してくれ」



****



「やぁ、君がスザンナちゃんか」

「そうだ」

「君は私を殺すためにココまで来て、ま、失敗したからこうなってる訳だな」


 会長は事実を端的に述べ、ハハハと溜め息を吐くように笑った。

 市民の歓声を受けながらここまで来た彼女は、どこか冷静というか、飄々としたいつもの態度を維持していた。


 ふと「まだ私の首が欲しいか?」と問うてから、沈黙を得た。

 どっこいしょ、そんな感じで腰掛ける。


「で、何を私と話したいんだ?」

「あなたの手勢は強かった。どこで(いくさ)を習った?」

「今回は全部ウチのリアムに……そこに居る普務と、部下に一任している。私はノータッチだ」

「嘘をつくな」

「嘘だと思うか? この街も、兵隊も、工場も、殆ど部下が考えたものだ」

「嘘だ」

「本当さ、見ろ、そこのリアムが作ったモノだ」


 一応提出しておいた作戦資料が、机の上にガサッとぶちまけられる。

 会長は、そのうちの『補足資料 敵の可能行動図』をつまみ上げてスザンナの前に滑らせた。


「君らの行動は全て、彼一人によって予想されていた。このルートで来るつもりだったんだろ? で、我々はココとココで迎撃して、君らが尻尾撒いたところをココで挟み撃ちにしたという訳だ」


 彼女は思ったよりも、よく戦闘推移を理解していた。ちゃんと読んでたのか、少しの驚きがあった。

 てっきり、全く興味が無いものだと思っていた。


「まさか策もなしに、嵐の中真っ直ぐ突っ込んでくるとはね、私は怖くなかったということか」

「……」

「確かに私は空は飛ばん(・・・)がね、『商会』(我々)は君が想像するよりも遥かに強かっただろ?」


 スザンナ(419番)は俯いたままだった。どうやら混乱しているようだった。もしかしたら『劣等種』が組織的戦闘能力を発揮したのは初めてだったのかもしれない。


「今度は私から聞こう。君は今後、どうしたいんだ?」

「一思いに殺せ」


 スザンナは顔を赤くした。鼻息も荒い。


****


 カタリナ()は、思ったよりも小柄で、そしてエルフとは思えないような軽率な態度の女だった。

 死ぬ前にせめて、彼女の戦技を知ろうと思った。

 しかし、

 彼女の言を信じるならば、我々はリアムが率いる劣等種のみ(・・)の力によってボコボコにされていた。

 認めざるを得なかった。確かに、あの日戦場で見た()は、私がよく知る野戦指揮官としてのはたらきをしていたし、彼がどれ程の考察と判断を重ねたのかが、資料に滲み出ていた。


 深い絶望があった。

 軍略でも、脚でも、劣等種にすら勝てず、そしてそれをエルフが使役する以上は、もう我々が、私が『自由』を手に入れることは出来ないのではないか。

 ずーんと、胸に重くて冷たいものが沈んだ。


 じゃあここで潔く死んだほうが、『今後』を見なくて済むだけ良いのでは無いか、そう思った。名誉とか家とかはどうでも良かった。


****


「何故、そう望む?」

「家の名誉があるからだ」

「名誉、ねぇ……今、嘘付いただろ」


 会長は肩をすくめ、コップの水をガブりとやった後にコト、と机に置いた。


「君、部下に申し訳ないとか、死にたくないとか、ちょっとでも思わんのかね」

「思わん。家のためだ……勝てなかったのは……申し訳ない……」

「君個人としてはどうだ。義務のない、自由な意思が心の中にあるだろう。私はな、今回あんたらを迎撃するために死んだ者と、その家族には大変申し訳ないと思っているぞ。上司としても、個人としてもだ」

「私は……」

「君、幾つになる。成人はしてるのか」

「……つい最近」


 彼女が決断した訳では無いことは、明らかだった。それも他の捕虜への聞き取り調査で明らかになっていた。


「我が商会はね、属性(誰であるか)を重視しない。『何をするか』『何ができるか』を重視する。たとえば、種族が何であろうと、品物を買うならばそれは等しく『お客様』だ」


 そして、商会の利益になるならば何でも利用すると。そのために必要ならば何だってする、何だって使うと、彼女は言い切った。


「私はココの市民が自由に活動をすればする程、多くなれば多くなる程に儲かる。諸君らも、今回の諸君らの行動によって発生した損害を補償できたならば開放しようと、私個人(・・・)は思っている。市民がどう決定するかは知らんが」


 カタリナは、『自由』と言った。

 自由とは何だ?

 私は家に縛られて生きてきた。だからこそ、『自由』を求めてやまなかった。だが、カタリナが言った『自由』と、私が希求する『自由』そして『自由市民』の『自由』がそれぞれ何かというので混乱した。

 聞く、

「自由とは何か」

「難しいことを言うな……ま、カッコよく表現するなら自分が責任を取れる範囲で、良心に従えることとでも言おうか。我が商会は、『最良』の選択肢を常に準備せんと努力している。だからこそ、市民に力を付けさせなきゃいかんし、ここまで大きくなれた。これからも、もっと大きくなれる。欲望はな、一回走っちまえばもう止まらんのだよ」


 理解が出来なかった。なんとなく、漠然とした理解があった。


「じゃあ、あなたは、何に、何に責任を負っているのか?」

「私は、商会に、この街の『お客様』と『従業員』の幸福と生活とに対して、最善を提供する責任がある。君が、君の部下だった者と同じように私の部下になるならば、私は君に対しても責任を負おう」


****


 会長は、『背負える人』だったし、その荷の渡し(背負わせ)方も上手い。

 一方のフランシア側は、本質的には『背負えない』(スザンナ)に全部を背負わせた結果、潰れたし、もがくたびに荷はボロボロと無秩序に落ちていったのだろう。


「どう、信じろと?」

「市民の前で儀式でもやろうか? もう一度、君の元部下のように」


 あの『宣誓式』は、ケンタウロス達による禊であると同時に、会長から市民へ、そしてケンタウロス達に対しての『誓約』の意味もあった。

 会長は、自らを殺そうとしてきたケンタウロス達すら、呑み込もうとしていた。


「何故、あなたは劣等種にそんな……」

「君から見たらバカバカしいように見えるかもしれんが、私からしたらこの国の伝統的社会構造そのものがバカバカしい。現に諸君らはボコボコにされたじゃないか」


 この国の社会構造は、『劣等種』の果実を『支配種』たるケンタウロスが搾取し、それを空からエルフが掻っ攫うというような形をしている。その正当性は、ひとえに戦場での機動性に根拠していた。それが今回、揺らいだ。


「私が先に進んでいるのか、それとも私が切り拓いているのかは分からんが、この街は『未来』だ。仮に武力で打倒されたとしても、大穴が吹いてここが洗い流されたとしても、いつかまた誰かが似たようなことをして、それは全国、いや世界中に広がるだろう」

「何故そう言い切れる?」


 会長はニヤ、と笑った。


「アホみたいに儲かるからさ」

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