戦闘前哨
敵は、日の出と共に来た。
早い雲が低く垂れ込み、気分まで陰鬱になるような暗い空、台風が差し迫っているとも予報される空の下――『敵は空地を容易に連携させるため、晴天の日に攻撃する公算が高い』――と言われていたのに、来た。
「ちゅうた……前哨長、敵の先遣らしい小集団を確認」
「了解」
アンソンは、1CoHQで、部下から報告を受けた。
中隊本部は、森の中、少し窪んでいる場所に置いた。航空攻撃が何よりも怖かったからだ。
今はそれよりも200ほど前方に進出させた監視哨に居る。遠くから、何かが来るのが見えた。
一番上等な眼鏡を二コも贅沢に使った『双眼鏡』を覗き込む。ツヤツヤした毛並みと『フランシア』の紋章を誇るケンタウロスの小集団が、胸を張って歩いてくる。敵だ。喉が渇く。脚が震える。
「中隊長命令、該集団を敵の先遣部隊と判定、攻撃を許可する」
声は震えなかった。
ラッパ『撃ち方はじめ』が吹奏される。
変に力が入り、最初の音が外れていたが、企図は伝わったらしい。
パン、パラパラパラ!
戦闘が、始まった。
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後世の研究家は、その研究時点におけるそれぞれの知見により微妙に異なるものの、大体が『フランシア家は戦闘開始時期を自由に選べたにも関わらず、時期の選定が悪かった』というところからその論を始めている。
なぜその日になったかは諸説に分かれているが、実態としては『名誉』と『政治』がその原因の主たるものだった。
「いやいやいやいや、どう考えても台風が過ぎ去ってからの方が良いでしょ」
そんなことはド素人でも分かる。
スザンナ・ディ・フランシアは、一応はフランシア家の次期家長として、その証である家宝を佩いてはいたものの、明らかに今回の攻撃はその下、年寄組が企画し、かつ指揮を振るって実行されるものだった。
神輿は黙って担がれていろ、とはよく言ったモノで、つまるところ彼女は『神輿』だった訳だ。当然、彼らの方針に反対すれば、相応の反発を食らう。
「ハハハ、殿下は慎重ですな。逆にこれぐらいの方が、向こうも龍騎を出せませぬ。とすれば、陸で絶対的な優位を持つ我々が圧倒的勝利を収める可能性は大きくなるのですぞ!」
今回の攻撃を主導するサムエルが、口から泡を飛ばす。
後世からボロクソに言われるとはつゆ知らず、彼らは彼らの見積もりなりに合理性のある判断だと考えていた。要するに、『一番怖いのは、敵が龍騎で一方的に空から攻撃してくることである』という前提に立てば、台風が来る前の、上空の風が強いが、雨までは降っていない――高練度の龍騎しか、空を飛ぶことができない――時期に攻撃を開始し、台風が来る頃ぐらいに攻撃を完遂することができれば、敵はどうやっても逃げることができず、『首』を取ることが出来るだろう。
その上、その日は初代家長の誕生日だったのだ。それが一番大切だった。
「雨降ってたら……嫌じゃん」
「武士はそんなこと言わぬ! いい加減慎まんか小娘!」
パパとは違い、家臣からナメられているスザンナは、根回しとか、こういうときにどうすれば良いとか、分からなかった。
「……ごめん」
彼らが考慮していなかった所に、カタリナは勝ち目を設定していたと、研究家は知っている。だから、ああいった評価ができる。
しかし、
「これは殿下の、フランシアのためなのです」
やる気のある馬鹿は、ときどき、想像力を超えるのだ。
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第一期 戦闘前哨・周到防御の準備
(ア)1Coを戦闘前哨として、R3沿いに推進し、侵攻する敵を早期に発見・遅滞できるが如く準備する。
(イ)CT主力は、HQCoをBP4、Co2をBP5にて防御戦闘を準備する。
(ウ)3Coは、態勢が完了した小隊ごと、BP1にて防御戦闘を準備する一方、ドーベック市街から鉄道により機動できるかのごとく準備する。
リアムが、最精鋭の1CoをCOPとして推進し、FEBAを欺瞞しようとしたのは、情報収集の他、主に航空攻撃を警戒してのことだった。
しかし、この天気では航空攻撃の公算は低い。おそらく、航空攻撃を強行したとしても、可視光を用いて照準する限りは相当低空から侵入しなければならない。我の主要対空兵器も使えないが、敵だって効果的な航空攻撃は行えないだろう、多分。
「う~ん……1中隊呼び戻してBP3に展開させるか……?」
メウタウ河北岸、選鉱場の向こう岸にあるBP3は、敵の行動によって異なるものの、主にBP5の補足陣地として用いられる予定の陣地である。
鉄道に繋がっていないが、自転車機動ができる1Coならば、今のうちに呼び戻せば恐らく間に合う。もう『敵先遣発見、先遣小隊交戦中』の伝令を受けてから2時間は経っている。
こういうときは、自分の耳目を信頼するに限る。
強い北東からの風を浴びながら、この土地が大陸東岸の温暖湿潤気候に属することに思いを致す。人間の生産活動に加えて、ワイバーンが射爆場代わりにドーベック平野の人間を的撃ちしていたこの土地は、本来なら鬱蒼とした森林が生い茂っているハズだ。現に、カタリナがここを本格的に開発し始めてから、森林の進出が見られるようになっている。
R3は、メウタウ河北岸沿いを通る道路だが、コレは河川が形成する自然堤防の上を通るモノだ。確か中隊本部は都合の良い森林内に設置するように指導したと思う。
嬉しいことに、3Coの動員は『景気が悪くなったお陰で』想定より早く進み、戦闘団は全部ひっくるめれば近接戦闘員だけで800名に迫る程の規模になっていた。だからこそ、1Coには敵を遅滞してもらう他無かった。きっと、戦闘団が態勢を完了する時間を稼ぐため、不十分な地形と障害に根拠して、懸命に戦っているのだろう。
まだ、敵の雰囲気は感じなかった。遠くで銃声が聞こえる。つまり、まだ交戦しているということだ。
どうにか、踏ん張って貰いたい。
1中長を信頼し、行動は当初の予定通りとした。
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「森だ!」
這う這うの体で帰ってきたサムエルは、興奮とも、憤怒とも、驚愕とも、恐怖とも、とにかく興奮しているということしか分からない様子で幕の中へ飛び込んできた。
「どうした、一番槍じゃ無かったのか」
今回の手柄争いに負けて『後方警戒』を任されたベッペが、軽口を叩く。まだ余裕がある。
「敵は、敵は森だ。森に気を付けろ、森だぞ、森だ」
そう言い切ると、彼は倒れて痙攣した。水をぶっかけてから荷台に乗せてやる。
「前方がどうなっているのか、確認して参ります」
ベッペはそう言うと、軽快に駆け出していった。
ふん、いい気味だ。どうせ油断して現地民から矢でも射掛けられたんだろう。あいつの隊は弓が下手くそだからな。
このとき彼は、まだそんな風に考える余裕があった。
一方、1中隊の側では先遣小隊を交代させていた。
当初の想定より、ずっと1中隊の任務自体は順調に進んでいるように思えた。先遣小隊は、下手をすれば離脱に失敗して蹂躙されることも勘定に入れていたからだ。
当初先遣小隊として推進されていた2小隊が帰ってきた。
肌にドーランを塗りたくり、草やら枝やらを大量に括り付けた網を戦闘服の上から被った隊員が、ゾロゾロと自転車から降り、弾薬を受領するため、テントから引き出した木箱をバールのようなもので叩き割っている。
2小隊から報告を受けるため、小隊長を探す。偽装のせいで、背格好すら分からない。全員の銃には、銃剣が付いていた。目と銃剣がギラついていた。
「2小長! 2小長! いるか!」
「はい、現在位置!」
2小長のダンカンは、汗で半分ぐらいドーランが落ちていた。彼は腕に矢が刺さった部下を担ぎ、患者集合点を探しているところだった。患者を中隊本部に預けさせる。
「中隊長! 2小隊残弾なしです!」
「他は! 人員は!」
彼を落ち着かせ、水を飲ませて状況を報告させる。
とっておきの飴玉を渡すと、バリバリと噛み砕いた。
「2小隊、三名負傷内一名重傷、小銃2丁が炎上、小銃弾残弾なし、その他人員武器装具弾薬異常なし」
「炎上!?」
「はい、敵が多すぎて……」
連続射撃中に銃身から煙が上がり、見ると火の手が上がっていたらしい。
そんなことあるのかよ、そんなん、戦闘指導でやんなかったぞ。とは思ったが、予備銃があることに思い当たってそれを配当した。患者は、軽症者は監視哨に送り込み、重傷者をリアカーで後送した。
どうなってんだ。監視哨に飛び込み、先遣小隊の射撃目標が見えるところで眼鏡を覗く。小山があった。見覚えは無い、何だ、アレ?
直後、ヒョーウ、という低い擦過音が谷に響き、それを合図にしたのか敵の小集団が突っ込んできた。慌てて、提げていた小銃を据えようとしたが、それより前に3小隊が射撃を始めた。パラパラ、そんな音と共に白煙が視界の左手で上がる。もう一度眼鏡を覗くと、敵の一群は、小山の裏から出たり入ったりしていた。さっきの音は、敵が小山の裏から射掛けてきた鏑矢だったのか。
小山は、道の限界ギリギリの幅があった。
第二期 敵の解明・陣地の秘匿
(ア)1Coは、敵を12時間程度遅滞させ、敵の詳細を解明する。
(イ)CT主力は、戦闘前哨の離脱を掩護すべく、障害の発動を準備する。
取り敢えず、今、私が理解できる情報は『小銃が相手に効く』ことぐらいである。
こちらが便利に森を使っているように、敵が便利に使っている小山は、どうやら屍が積み上がったもののようだ。




