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劣等種の建国録〜銃剣と歯車は、剣と魔法を打倒し得るか?〜  作者: 日本怪文書開発機構


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恐怖

 一方は国家市民軍国境警備軍第90警備旅団の()章を、もう一方は総軍戦略砲兵の()章を付けた二人の大尉が、てんやわんや(国家市民軍総軍庁舎)の中でお互いを認識した。

 タイラー総軍大尉が、柔らかく笑いながら問うた。


「え、何しに来たの」

「連絡将校!」

「大変だな、また呑もうね!」

「ああ、じゃあな」


 それは、嵐の中にある一瞬の凪で見出された、大変短い時間の人間的交流ではあったが、確かに、国家市民軍という巨大な戦争機械が、自由意志を持ち、幸福を追求する権利を持つ市民一人一人によって構成され、かつ運営されていることの証拠であった。


 タイラーは、同期の背中を見送った後、庁舎の地下四階へ階段で降り、着剣小銃を首から提げる憲兵に身分証を提示して、当直室の木札を『在室』に動かしてから、ホワイトベージュの廊下を走り抜けた。

 右手につけた手錠の先にはジュラルミン製の書類カバンが繋がっていて、その中身は、端的に言えば『きみどり(サリン)剤の対帝国主要都市決戦射撃計算結果』であった。


 ソレを三階のコンピューター(計算手)室から回収する途上で、偶然、タイラーに会ったのだ。

 当然、コンピューター(計算手)室に回したのは具体的な計算要求だけで、それが何かというのは伝わらないように工夫はしてある。(だが当然無理があり、カンの良い計算手(コンピューター)なら気付いただろう)


 タイラーは、入室要領一切不要の札が書かれた総軍戦略砲兵本部の事務室にひょいと入った後、右手につけた手錠を解き、書類に欠けが無いことを確認して、自分の右手首が赤くなったのをさすり、漸く緊張を解くことができた。

 勿論、3000万人を殺戮する綿密な計画であることを承知した上で、彼は、その計画そのものよりも、それが知る必要が無い者に、自分の責任で知られた際に、自分に降りかかる厄災(処分)の方をなお恐れていて、計画そのものに対しては何らの感慨も抱いていなかった。(だから彼は砲兵大隊や幕僚を経た後ココに補職されたのだが)



****



 タイラーが回収した計算結果は、再度検討が加えられ、具体を除いて巻末にぶち込まれ、抽象だけが抽出された後、総軍で更に検討が加えられ、国家市民軍元帥の下へと届けられた。


 冒頭、

『本計画は、我が国に対する奇襲攻撃の蓋然性を下げ、かつ、国の安全を保つ最有力の選択肢である』と書いてあった。


 更に悪いことに、『仮に帝国軍が全面侵攻を決断した場合、1週間程度で国境警備軍による遅滞は破綻する』との見積もりがされていた。(カンの良い読者はお気づきかもしれないが、裏を返せば、国境警備軍(8コ旅団)独力で帝国軍(常備40万+貴族軍)を1週間相手にできるのである)


 そして、地上軍即応部隊の全力をドーベック市街の救援に回すということは、従来国境警備軍(国家市民軍総軍)が前提としてきた『限定的な侵攻は独力で排除し、本格侵攻に対しては激烈な抵抗を行って地上軍即応部隊の反撃を待ち、それが功奏しない場合には動員完了と逆襲の発揮まで遅滞戦闘を行う』という構想で、寄りかかるための柱を失うことを意味する。


 的確な意思決定は、あらゆる作戦行動の基礎であり、基盤であって、特に上級部隊の的確な判断は、隷下部隊の任務を前提として形作るものである。(幕僚式教範第一章『綱領』より)


 理性で以て、負け筋が見えているのだ。


「……射撃計画の策定と諸表計算はもう済んだのか」

「はい」


 O―1(我の最有力行動)として、全力射撃が提言されていた。

 それは、戦略砲兵と工廠がせっせと準備してきた大量の化学剤を一挙に帝国領にぶちまけ、人口の半分くらいをぶっ殺して国そのものを駄目にしてしえば、少なくとも全面侵攻は不可能になる。という、言ってしまえばそういう計画であった。


 正しい。その計画は、結論に於いて圧倒的に正しい。

 そして我が国は、その計画を選択肢として保留せざるを得ない(・・・・・・・)状況に追い込まれている。それもまた、事実である。


 O―2は――


「列車砲部隊による威嚇射撃か」

「はい。弾道弾では不発と鹵獲のリスクを否定できませんが、列車砲ならば仮に不発になっても巨大な砲弾であること以外は分からないでしょう。一方で、帝国を牽制するには十分な威力があります。機先を制することができます」

「しかし、戦争行為の引き金を我々が引くことになるぞ」

「敵航空騎兵基地。それも、今回帝国が領空侵犯を仕掛けてきた策源地。に限定して射撃するというような作戦も柔軟に立案可能です」

「…………駄目だ。戦争の引き金は総理大臣にしか引けない」


 それは責任逃れの為だったのかもしれないが、内閣総理大臣を経験している、今は元帥の椅子に座る者が零した言葉としては全く意外で、そして正しく、あまりにも重いものであった。

 沈黙が一瞬流れた後、飾緒が揺れた。


「その件なのですが、既に閣下は国家市民軍元帥に就任されています。国家市民軍元帥は、戒厳下、内閣総理大臣が職務遂行不能と判断した場合にはその職務を代行することができます」「『緊急事態を終結させるために必要とされるあらゆる行動をとる』ことができるのです。閣下!」

「……………………」

「閣下! 国家市民軍はいつでも行けます! ドーベックの500万の民は、閣下のご決断を待望しているのです!」


 アンソンは、書類から視線を外し、部下を見た。


 彼らは、怯えていた。


 それは、(アンソン)が怖いからとか、野心とか、功名心とか、敵(がい)心とかでは無く、敵を、大穴の噴出という災害を、災害という好機に乗じて敵が侵攻してくるという、想像できる最悪の事態を、恐れている眼だった。


 そして最悪なことに、心配事の一つ――帝国による全面侵攻――は殆ど確実に排除することができるような手段を、我々は持ってしまった。仮にサリンが思ったよりも効果が無くても、少なくとも動員するくらいの時間を稼ぐことは十分可能であろうし、その分、国境警備軍(即応作戦基本部隊)が被る損耗や圧力も軽減する。それは確かだ。確かだと分かる以上たちが悪いし、何なら、列車砲という『便利』な手段を用いて、狙撃的に敵の戦略アセットだけを射撃して周って『手を出したらこうなるぞ』というのを教えて回ることさえできる。


 選択肢は多ければ多いほど良く、能力は高ければ高いほど良い。


 そのように、無邪気に確信できる程、我々は弱く、そして小さくも無くなってしまったのだと、この時、アンソンは理解した。

 次いで、恐るべき孤独を感じた。


 あの時――リアムが、我々にサリンの使用方法を教授した時――彼がほんの一瞬だけ、怯えているように見えたのは、武者震いとか、興奮とかでは無かったのだ。


 能力を持っているからこそ、決断しなければならないという重圧。


 その能力の結果が分かって、なお、行使することを決断する勇気。或いは、狂気。


 国家市民軍元帥という、言わば中間管理職になって、アンソンは漸く、リアムがあの時(イェンス化学攻撃)にした覚悟と悲壮とさえ言える決意、そしてリーダーシップと責任感の真髄の、ほんの表面に触れたことを理解した。


 そして、彼女は思い出したのだ。


 リアムは、自らアレ(イェンス化学攻撃)を起案し、そして第一線で実行したのだと。


 あの人は何なのだ? あんなにも簡単に、『爵領庁に対する化学攻撃を実施する』と言い切って、それを実行して、ひょいひょいと帰ってきたあの人は。

 決して化け物でも、人間性が欠如している訳でも、倫理観が無いわけでも無い。

 寧ろその逆で、私は今でさえ、彼の足跡に追いすがり、あの巨人の肩に登ろうと四苦八苦している。


 あの巨人は、全てを見通して、尚、やったのだ。


 部下らを下げた後、彼女は、自分の師に潜んでいた悪魔を、漸く見出して、直後、それこそが(リアム)の本質なのだと、やっと気付いて、畏怖した。


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