吸収
「地上軍兵長 リコ・ユルエ!」
呼び出されたのは彼女なのだろう。
常装に身を包んだ兵が、壇上に居並ぶ将校団の前まで基本教練を以て――曲がり角では直角に『右向け右』とか『左向け左』とかで曲がり、腕の振りは直角で――壇上へ前進し、カッ、カッ、と短靴の踵を打ち鳴らしてから背筋を伸ばし、胸を張った。
「君は、ホツエン山地に於いて発生した遭遇戦に於いて、分隊長の指揮の下勇猛果敢なる突撃を敢行。的確強力な近接格闘によって敵兵を掃討して小隊の任務達成に貢献をし、以て戦勝の獲得に多大なる貢献を為した。
これは、第三十三歩兵連隊、ひいては国家市民軍の模範となるべき勇敢さと戦闘技術の発露であり、その功績は大である。
よって、ここにこれを賞する。
第三十三歩兵連隊長。」
我々は拍手をして、彼女の武勇を称える。我ら国防大学校学生は、ここでも(都合のよい存在として)駆り立てられていた。
独立戦争戦勝記念大会という仰々しく大袈裟な垂れ幕に注目して拍手しろというのは、リハーサル時に広報から言われた。
列員らが着ている半袖開襟型の真っ白な常装が、太陽光を反射して眩しい。
さて、ここからが大変だ。
部隊長らが壇上の席に戻り、受勲者もまた列席へと戻った後、『本体』が始まる。
なんで叙勲が先か? 勲章付いてるのが正式な服装だから、ということらしい。(勿論、戦場の後片付けだけでは叙勲なんかされない)
その割には戦没者顕彰、元帥訓示、戦功者叙勲、内閣総理大臣訓示
「以上をもちまして、戦功者の叙勲を終了します。内閣総理大臣訓示。軍人は起立して下さい」
学生は軍人なんだろうか。そんな疑問が一瞬だけ過るのと、アナウンスを受け、リハーサル通りに身体を軽快に持ち上げるのとは同時であった。
「部隊気をつけ」
「「頭ぁ~、中っ!」」
今度は国旗に向けて鼻面を向ける。
縦横比2:3の白色長方形の上三分の一を紺、下三分の一を黄金とし、中央に高さが縦の三分一となる赤色の正六角形を辺が長方形の長方及び色帯と平行となるよう配し、その正六角形を太さが縦の五十分の一の白縁で囲む。
紺色は正義と秩序を表し、白は平和と公正、黄金色は富裕と豊作を表す。
赤色の六角形は万人に対して平等である朝日と、国の強靭さ、未来を表す。
ここにコレが飾ってあるということは、我々は、そういう理想の下で戦争をしました。ということだ。
「「直れーっ!」」
敬礼を始めて8秒後、部隊の前方で旗手が部隊旗を勢いよく振り上げるのと同時に、前を向く。
「楽に休んでください」
「「整列、休め!」」
「ドーベックの皆さん!
そして、勇猛果敢なる国家市民軍将兵諸君!
戦勝おめでとうございます!
内閣総理大臣、アシア・アンソンです。
この度の戦勝の獲得は、ひとえに、元帥をはじめとする国家市民軍将兵諸君、そして市民・国民の戦争協力があってのことであります。国家市民軍の最高司令官である内閣総理大臣として、まずはそれを言明します。
私が今、この地位を占めているのは、市民による正当なる権力の付託があってのことです。
灯台派と角灯派、そんな言われ方をしたわけですが、結局、戦勝の獲得によって灯台派と角灯派の両方が目指していたことの実現が為されました。
つまり、国家の安全と、広大な畑、そして独立の確立であります。
将兵らの勇敢さと、高度な戦闘技術は、科学の叡智を基礎とする真理への探求と、それを活用せんとする飽くなき欲求と挑戦によって、今日ますますその威力を増し、二者択一であったかのように見えた問題を克服するに至ったのです。
我が軍が占領した地域に於いて、クロメウタニダニ病害――黒病――が克服されつつあることを、誇らしく報告します。
ドーベックは、確保した地域内に所在する、あらゆる国民に対して教育と機会を与え、有権者たる市民となる門戸を開放します。
決して飢えることも、専制の不透明に圧倒されることもない。
我が国の中に於いて、恐怖と欠乏は優秀なる官憲によって弾圧され、あなたは自由を謳歌できます。
あなたがもし、市民からの広い委託を受けるならば、将来、あなたが内閣総理大臣になることもできる。その原理は全て公開されているのです。
我が国の国是は、一言で言えば透明であるということです。
透明であるとは、つまり、説明が可能であることを意味します。
帝国を打倒した我々の戦闘技術、そして帝国貴族を上回る生活水準の基盤である科学技術は、全て説明が可能なのです。
時計がゼンマイと歯車仕掛けで時を刻む。これが奇跡では無く、機械的な必然であるように、私が何故ここに立っているか、どのようにして授権されたのかは、各投票所の開票結果に至るまでを説明することができるのです。
私はかつて、片田舎で生まれ、片田舎を燃やされ、ドーベックにたどり着き、旧商会に所属し、リアム元帥の指導の下、第一次ドーベック平野防衛戦に中隊長として参加し、保安隊を経て、国家市民軍の旅団長となり、第二次ドーベック平野防衛戦を指揮しました。
そしてリアム元帥との意見対立を、選挙によって決着し、今、ここに立っているのです。
リアム元帥が今回の戦勝に大きな貢献をしたこと、そしてこの国の国父と呼んでも差し支えない存在であることは、誰も疑いを入れないでしょう。
しかし、私は彼の上司なのです。
正当な手続きによる、大衆の委任のみによって政治権力は確立される。この原則のみが絶対であり、政治権力とは決して絶対では無いのです。
生き物は本来臆病です。
臆病であるから、見えないものは大きく想像するのです。
しかし、一旦ヴェールを捲ってしまえば、それは実は取るに足りないものであったというのも、往々にしてあります。
権力は、市民による委託以外から生じ得ません。それは専制主義の下に於いても同じです。
その委託が畏怖に根拠している。それが専制主義なのです。
我々は、それを否定します。
本質的に不透明であること。不透明を、秘密を、政治権力の確立に援用するというのは、それは敵に対する態度であり、国民に、市民に対する態度では決して有り得ません。
我々はその本質に於いて透明である一方、秘密も活用します。これは敵に対するものです。
敵が秘密主義と専制主義を振るっている以上、我々も秘密を活用した奇襲を行わざるを得ないのです。
しかし猛獣は、ヴェールを捲っても尚、猛獣であり続けます。
ここに誇らしく宣言します。
今回の戦争に於いて、我軍は、大量破壊兵器の実戦投入に成功しました。
イェンス爵領庁を殲滅した、恐るべき力です。
我々は最早弱者ではありません。
劣等種でもありません。
国家市民軍は、魔法を圧倒できるだけの武力となったのです。
もう、怯える必要など無いのです。
我々は、真の独立を果たしたのです!
ドーベックの皆さん!
我々は強い!
国家市民軍は、あなたの、そしてあなたの愛する人の軍なのです!
つまり、あなたは、あなたの夫は、あなたの妻は、あなたの息子は、あなたの娘は、あなたの友人は、同僚は、恋人は、強いのです!
我々の名誉と尊厳は、最早誰にも犯すことができないのです!
国家市民軍将兵諸君!
より強く、このドーベックに輝く自由主義の灯台を護り、そして、世界中の人々の中に、自由主義の角灯を灯そうではありませんか!
第二代内閣総理大臣として、皆さんのような地上最強の戦士と共に肩を並べられることが、本当に栄光であり、生涯の誇りです。
国家の軍、市民の軍。この栄光ある名に恥じることの無いよう、懸命に服務しようではありませんか!
我々の明日を神に委ねるのでは無く、我々自身の進路を、銃剣と歯車で確保し、そして切り拓こうではありませんか!
立ちはだかる者を打擲して殲滅し、専制を打倒し、勝利と独立の栄光の下、自由主義の光を万民に浴させようではありませんか!
国家市民軍、万歳!
自由主義独立国家、万歳!」
「「万歳! 万歳! 万歳!」」