理解
包囲されていた2コ捜索小隊は1コ増強捜索小隊に再編成された。
2捜小の小隊長が戦死していたからだ。
更に救出部隊、特に特殊部隊は相当な被害を被ったようで、精鋭さで知られているにも関わらず、帰投後はその辺の地面にへたり込んで動けなくなった隊員まで居た。
生きて帰ってきた将兵は、皆目がギラついていた。正確に言うと、目を大きく開き、あちこちに視線を刺して回っていた。
彼らは宿営地でシャワーを浴びて、温かいシチューとパンを支給され、それから眠ることを許可され、周囲の騒がしさにも関わらず、死んだように眠っていた。
戦史には、ドーベックが経験した初めての林内大規模散兵戦。そして、初めての捕虜救出を伴う特殊戦として理解されたし、その成功と栄光しか記録されなかった。
つまり、果敢な前進による衝撃と、有利な位置を占領し続けることによる的確な火力発揮の協働こそが、散兵戦の肝であるのだと。
そして、国家市民軍とは、必ず友軍を助け出すために、如何なる犠牲も厭わないのだと。
だが、その裏側にあるものは、美談として語られる『犠牲』は、極端な暴力の残渣としか表現のしようの無いものであった。
「上げる用意!」
「「あーげ、いち、にぃ!」」
黒い袋が載せられた担架を持ち上げ、指定場所まで歩く。
それは見た目よりも軽いが、運びにくかった。
自分らが掘った穴の中へ、丁寧に黒い袋を降ろし、一杯になったら土を被せる。
位置を記録して、簡単な墓標を立てる。
作業員らの戦闘服の襟を、『士官候補生』を意味する真鍮細工が飾っている。
当然。その中にロテールも居た。
「大丈夫か? 具合が悪そうだぞ?」
「平気だ」
最初、黒い袋を見た時、彼は息を呑み、次いで腹から迫り上がる塩っぱくて酸っぱい液体をなんとか飲み込み、水筒の水を一口だけ含んだ。水筒を弾帯に戻す間、左手薬指の金属冠を革手越しに親指でさする。
ドーベックは規格化と大量生産が好きだ。正確に言うと、それに伴う低コスト化が好きなのだが、それはありとあらゆる工業製品に通じて言える。
だから、空襲があった日、彼の婚約者を収容した遺体袋。正しくソレそのものが、大量にトラックに積まれていたのだ。
生きて帰ってきた者が居ると言うことは、死んで帰ってくる者も居る。
当然、それは国家市民軍にとって、計画の範疇であり、準備すべき事象である。
新しい穴を掘らなくて済んだという事実が、その証左である。
そして、士官とは、それを考える者であり、士官候補生とは、ソレになるべく最善を尽くすことを期待されている者である。
それを知っていたから、ロテールは吐瀉物を嚥下したのだ。
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暫くの後。
帝都。皇城。
中央集権国家の木の芽と後世の歴史家から形容された、豪華絢爛な一群の建物の一つに、内務府がある。
専制主義者の牙城。腐敗の温床、敵、戦略攻撃目標HA9103としてドーベックで理解されているソコの中に、内務卿が居た。
最早『主流派』では無くなった内務卿は暫くの休暇を命じられたが、当然、内務府は休む訳では無い。
皮肉なことに、封建制度を(ゆるやかに)解体して中央集権国家をつくり、皇帝が統治権を総攬するための各種機構は、当初デキモノだと思っていた国内の反統治勢力が、実際にはガンだったという危機的状況に至って内乱の様相を呈していた。
だから、内務卿は『居ない』が、『存在する』という事実によって、部下から依然として頼られていたのだ。
彼の執務室は、帝国の常識からすると質素なものだった。
天井が高いわけでも、豪華絢爛な調度品があるわけでも無く、落ち着いたベージュを基調として、大きな本棚と、様々な情報が書き込まれた壁地図が彼の生真面目さと知識とを強調していた。ドアは開け放たれており、ひっきりなしに部下が出入りしていた。(驚くべきことに、ベッドルームのドアまで開け放たれていた)
尤も、職員らは気を遣って面接会場宜しく廊下に椅子を並べ、自動火器の弾倉に収まる弾薬宜しくそこに整列し、その間に内務卿の秘書や関係者らと打ち合わせるという形式を取っていたので、執務室の中はそこまで騒がしい訳では無かったが。
危機的な財政状況が危機に陥ったという報告に入れ替わって入ってきた内務府職員が紙を差し出してくる。
「神儀の連中がイェンスの方でドーベック軍と接触、大被害を出して後退中とのことです」
「サリンか?」
「いえ、散兵戦で……」
「散兵戦なら、あいつらの十八番じゃ無いか、林内なら『榴弾砲』も効果が薄いだろう。なんで負けたんだ」
いや、実際には土木が飛散してより損害が増したのかもしれない。
森に籠もった神儀遊兵は最強。そういう偏見がある中で、内務卿は豊かな想像力を駆使して惨事の詳細に説明を付けようとした。
だが、部下が告げた事実は、それよりも『もっとひどい』ものであった。
「ドーベック軍は散兵を二分。一群が銃火で制圧をする間、もう一群が近接、前進した一群が更に銃火制圧を行い……という要領で接近された後、最後には突入を敢行され、警戒部隊は殲滅されたとか」
「なんでそんなことになるんだ。その……防御魔法とかあるだろ」
「詳細不明ですが、連続した破裂音から、連発が可能になったのでは無いかと」「更に、散兵群は複数存在したとのことです」
「……散兵戦で勝てない。列兵戦で勝てない。そういうことか」
「これで旧イェンス家所領は全て公国が支配することになりました。抜本的な政策の見直しが必要です」
「そうだな。それは分かってるんだよ。ああ!」
平野から撤退した後、紙面上は『内務府軍』として再編成された軍の長でもあった内務卿は、癇癪を虚空にぶち撒けてからふう、と息を吐いて天井を仰ぎ、首を振った。
戦術の進歩、否、その基盤となる武器の進歩が早すぎる。
魔法に速射性を持たせる研究は行っているが、どうしても黙唱を要する以上、人体というボトルネックがある。
魔法は、カラクリでは無いのだ。その原理は神秘の向こう側にある。
一方で、ドーベックは、国家市民軍は、小銃は、機関銃は、迫撃砲は、榴弾砲は、全て『カラクリ』である。人が見てその仕組を理解し、改善したり改良したりすることができる。言い換えれば、それらは透明なのだ。
だからこそ、内務卿は短期に弄ることができる組織の方でドーベックに対抗しようとしたのだが、戦い方は兎も角、その基盤となる兵器体系からドーベックは弄っている。それを知らない。
具体的には、内務卿は、国家市民軍地上軍の第一線部隊に自動小銃と軽機関銃が配備され、既に散兵がその骨幹火力が『スタティック』な重機関銃から、機動と火力発揮を繰り返し、漸次前進して最後には小銃てき弾を投射し、小銃を連射しながら一挙に突撃を発揮する形態になったのを知らない。
このような歩兵戦闘の形式が、散兵同士の遭遇戦や攻撃において強力なのは言うまでも無いが、11iRCTが778高地で経験した『止め処なく押し寄せる魔法戦列に押しつぶされる』『かといって砲迫は兵站負荷が重いし、重機関銃は腰を据えないと使えない』という懸念を解消するために採用されたという事実も、当然知らない。
そう、ドーベックは、第二次平野防衛戦を基準にしてもなお、進歩を続けていたのだ。一方で内務卿は、『巨人』の小型化とかの施策を行ってはいたが、それは会計年度に縛られ、あるいは神秘のヴェールに阻まれて思うようにはいかなかった。
奴ら、一瞬でここまで来やがった。内務卿が天井を仰いだそのとき、室内に流れていた弦楽器の音色が途切れ、ノイズの後、アナウンスが流れてきた。
「……ドーベック放送大学から、通信教育の学生に本日の課題をお送りします。数学テキストの第三を開いてください。以下、……番号を申し上げます。1、3、6、6、7、8、1。くりかえします――
「不気味だな」
ドーベックから密輸したラジオは、よく電波を拾った。
内務卿はソレが何かも知らなかったが、本能的な嫌悪感と危機感は理解することができた。
残念なことに、帝都でドーベックの放送が受信できるということの意味までは理解することはできなかったが。