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帰属

「総員着剣!」


 少し前、第三捜索小隊は弾薬の射耗によってこのような号令が下っていた。

 突撃するのでは無い。その逆だ。


 森林内に転がっていた巨岩群の中に陣地を張った彼らは、三昼夜に渡る被包囲戦をやり抜いていた。何回かの夜間脱出の試み(偵察)は失敗していたが、それでもまだ、士気は旺盛だった。


 風呂に入りたかった。

 ゆっくり寝たかった。

 恋人を抱きたかった。


 そういう、本能的な欲求を超越して、彼らは捜索小隊(スカウト)であり続けた。

 理性ではない。より野性的な帰属意識が彼らをそうさせた。


 幸いにして、飯は車両から確保することができたが、武器と弾薬は回収することができなかった。正確に言えば、彼ら(捜索小隊)はこんなにも積極的かつ長期に渡る戦闘を敢行するようには編成されていなかった。


 散発的な戦闘と小康が繰り返され、そして、南から戦闘音が聞こえてくる。

 おそらくは救援部隊が来たのだろうと察せられた。

 だが、これまで包囲下、様子を伺っていた敵が、一気に押し寄せてきた。


 当然、射撃で以て前進を牽制し、間合いを維持するが、もう、弾がない。

 機動すべき地積も無い。


 散らばって防御線を張っていた各分隊を集合させる。弾薬を再分配し、白兵に有利な位置を占領する。


 軽機関銃手と無反動砲手は拳銃を抜く。一発を迷彩戦闘服の胸ポケットに忍ばせている(自決用)

 軽機関銃の間合い(・・・)は、20~800mである。拳銃の間合いは0.5~25m、銃剣の間合いは0~1m――要するに、それだけ敵に緊迫されていたのだ。


 細部を補足せずとも、これから白兵戦(取っ組み合い)が始まるということは全員が理解している。


 だが、それ(間合い)に対しては寧ろ旺盛な士気(・・・・・)を以て、それを我に有利なものとして理解していた。

 着剣し、或いは拳銃の薬室に弾を入れて、命令者(小隊先任軍曹)に怒鳴り返す。


「よぅし!」


 歩兵の使命は、あらゆる地形、気象、時期、場所において活動し、屍山血河、泥濘厳寒の中、彼我混交、凄惨苛烈極まる近接戦闘を飽くまで団結完遂して敵を圧倒撃滅し、陣地を奪取占領するにある。(地上軍歩兵教範第一章『総則』より)


 幸い、敵に騎人(ケンタウロス)兵は居ない。機動力は互角だし、白兵戦に於いても、僅かでも自動火器内に弾薬が残っているこっちが有利だ。


 敵が林内をチロチロと走り抜け、こちらにやってくるのが見える。当てられるという確信が持てないから、撃てない。

 だが、あともう少し踏ん張れば味方が来る筈。


 味方が敵と摩擦しつつ前進していることを意味する戦闘音は聞こえなくなっていたが、もう、信じるしか無い。信号拳銃を打ち上げる。


 小隊の指揮を執っている小隊先任軍曹は、目一杯に息を吸い込み、叫ぶ。 

 それは誤魔化しであったのか、恐怖からの逃避であったのか、兎も角、叫ぶ。


「3しょうたーい(小隊)! 行くぞぉ!」

「「おう!」」

「行くぞぉ!」

「「おぅ!」」

「行くぞぉ!」

「「おーぅ!」」


 原始的にして動物的な威嚇行動。味方の士気を上げ、敵の士気を下げるソレ――は、幸いにして一瞬の隙を彼我の間に作った。刹那、あの音(1500発毎分)が鳴り響く。


 我々では無い。敵か?

 ガサ、ガサ、とヤブが動く。


 注目の中兵士が出てくる。

 彼は確かに我々とは少し違う格好をしていたが、国家市民軍将兵であるということは一目で識別することができた。様々な手続きをすっ飛ばし、怒鳴り合う。


「おい! 捜索3小か!」


「そうだ! お前らは!」


「地上軍特殊部隊(ミミズク)だ! 今までよく頑張った! まだ弾はあるか!?」


 よっしゃあ! 新婚の兵士が、小銃を握りしめたまま思い切り叫んだ。

 救援は必ず来る。本当だったんだ。

 小隊先任軍曹は、少しの安堵と、未だ残る敵愾心とを燻らせ、特殊部隊員(オペレーター)に怒鳴り返す。


「銃剣がある!」


 それを聞いて、特殊部隊員(オペレーター)は待ってましたと言わんばかりに、戦闘背嚢を地面に投げ下ろした。ジャラ、という聞き慣れた音が鳴り、兵士らの胸がキュッ、と痛んだ。それは乙女が恋した時に感じるものと本質的には同一の興奮。その身体的反応であった。


「弾薬だ! 持ってけ!」


 背嚢から取り出された弾薬箱が軽機関銃に据えられ、弾帯がジャラ、と引き出され、せり出したフィードトレイ上に初弾を配された後、掌で銃主部の中に叩き込まれる。槓桿を引き、弾帯が跳ね、初弾が薬室の直前に配され、後退した機関部が暫くぶりの活躍を待ちわびて、復座バネが緊張する。銃身は冷えている。

 親指で、握把のすぐ上にある安全装置をかける。

 弾薬の節用のため、600発毎分に設定されていた規制子をひねり、1500発毎分に設定する。


「MGよぉーし!」


 第三捜索小隊は、報復を始めた。



****



「なぁリコ、心配すんな、あいつは敵だった」

「分かってます。分かってます……」


 この場(戦場)では貴重な(浄水)がなみなみと入っている水筒を両手で握りしめながら、リコは大木の根本に座り込んでいた。側には分隊長が居て、リコの銃を掌握しつつも励ましてやっている。突撃時後方に居た4小隊が前衛を張っているから、ここは比較的安全だ。本当は良くないが、332Coの将校は大休止間、兵卒が鉄帽を脱ぐのを黙認していた。(尤も、分隊長自身は一度頭を掻きむしって汗を拭った後は被っていたが)


 この戦争を、劣等種と支配種との間で行われる戦争と解釈されることもある。

 しかし、実際には専制主義と自由主義の間で行われている戦争であって、しかも自由主義側が経済的利潤とかを求めて侵攻したというのが実際であったから、当然、こういうことも起こり得る。

 だが、一兵卒までそれを浸透させる余裕は、当時の国家市民軍には無かった。幸いなことに、下士官までは『周辺地域が遊動している今、武力行使をして国境を拡大し、地積と経済的利潤を得ることが、即ち国家の安全保障と家族のより良い生活に繋がる』と理解していたが。


「ゆっくりで良いから、食え」


 牛肉と赤ワインが香る、ゴロゴロと野菜が入った温かい缶入りシチューを、使い捨てスプーンで飲ませる。

 33MCTに配当された戦闘糧食は、水と加熱剤(生石灰)を使用して、簡便に温食を採れるような工夫がされたものだった。嗜好品として、キャラメルまで入っていた。


「2小隊の分隊長は集合!」


 大声で自分を呼ぶ声を受け、リコの小銃を目の前の分隊員に預けてからよっこらしょと無造作に立ち上がる。最後に、リコがちびちびとスプーンを口に運ぶのが見えた。

 小隊本部には、小隊長と小隊先任、無線手が居る筈だが、集合地点には小隊長しか居なかった。休ませているのか、それとも戦死したのか。そういえば小隊本部の損耗状況なんか気にしたこと無かったな。そんな思考が巡る。


 一応整列した後、1分隊長が銃礼を以て敬礼動作をする。

 今は吊れ銃をしているから、右手で保持している負い紐を左手に持ち替え、右手を勢いよく下げ、軽く銃床部を叩いてから、挙手の敬礼をする。

 一見奇妙な動きだが、1分隊長のソレは見る者に『よく統制された暴力組織』の構成員であるという納得を与える程度には習熟されていた。小隊長の答礼が終わる。


「2小隊集合完了」

「はい、皆お疲れ、もう飯食ったか?」


 虫歯になるから。そういう理由でとっておきにしておいた、細かく砕いたナッツと砂糖、水飴を煮詰めて棒状にし、その上からキャラメルで覆った熱量(カロリー)と糖分の化け物みたいな菓子を貪ったことを飯とカウントして、「はい」と返す。

 小隊長は、おそらくは飴を食ったのだろう。メモをポケットから取り出すときに、見慣れた包み紙が地面に落ちる。それを拾って再度ポケットに突っ込んでから、小隊長は左右を見た。


「よっしゃ。まずは各分隊の人員武器装備弾薬から。さっきの報告から変わってないか?」


 リコのことが脳裏に過ったが、強い子だ。まだ戦闘は可能だろう。「変更なし」で報告を上げる。


「えー、じゃあ、爾後の行動ね。2小隊は4小隊と交代して……」


 違和感があり、小隊長が命令下達を中止する。キョロ、キョロ、と左右を見ると、遠くで機関銃の連射音が鳴り、次いで北西に信号弾が上がっているのが見えた。

 小隊長は暫し逡巡した後、唇を噛み、息を吸い、溜息を吐いてから「これ多分、攻撃再興するよな」と独り言ちた。防水メモをパタ、と閉じる。そして、


「2小隊は1215に現在位置に、服装ぉ――乙武装、鉄帽、弾のう、吊りバンド、戦闘シャベル、水筒、背嚢、雑嚢、防毒面ケースで集合完了。携行品は――えー……省略。以上、質問」


 国家市民軍は、若い軍隊だ。頭では理解していても、それは所詮脳味噌のものでしか無い。身体にまで染み込んでいない。だから2小長は、まるで訓練計画を下達するかの如く、わざわざ言わなくて良いことを明示して、途中で|気付いて《余計なことを言っている》それを取りやめた。

 だが、仮に自分が小隊長をやったとして、理想的に振る舞えるか。飯もまともに食えていないのに、部下の生命と任務達成に責任をもって、目まぐるしく状況が変わる中、的確な指揮命令ができるか。


 できないとは言わない。だが、自信は無かった。

 他の分隊長も同じであったから、反応もまた斉一であった。


「「無し」」

「各人毎爾後の行動にかかれ、別れ」


 左手で負い紐を掴み、右手を勢いよく下ろす。銃床を叩いて、鉄帽の庇に手をやる。


 小隊の一部なんだ。中隊の一部なんだ。国家市民軍の一部なんだ。一挙動毎に、そういう意識が身体に染み込んでいくように感じた。

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