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実際

「頭を下げろ!」


 キュウ、バン! という、熱を広く吸われ、それを一点に集中させてから開放するという、その原理は不明だが、実際眼の前で殺傷の為に用いられている物理的奇跡(魔法)は、野戦では殆ど役に立って居なかったが、林内に於いては猛威を振るっていた。


 否、魔法だけではここまで厄介なことにはならない。

 魔法は一撃が比較的大きいが、その威力はバラバラで、しかも速射性が低い。しかも今は冬場だ。(完全に原理は不明だが、推測される機序から考えると、夏にその発射速度は最大になると国家市民軍は考えていた)

 銃は一撃は比較的小さいが、その威力は一貫していて、速射性は高い。


 魔法は精度が高いが、使用者が目標を注視し続けなければならず、銃は一瞬だけ現出した目標にも撃てるが、その場合の精度は低い。

 で、魔法は注意深く用いれば、小銃弾を防護することができる。


 この両方を帝国側は使ってくるのだ。厄介極まりない。

 銃と魔法とが組み合わさって、まるで出汁を合わせるかの如き強みを発揮しているのだ。


 勿論、単純な経済性では銃の方が圧勝するのだが、そんなことは軍とか総軍とかが考えることであって、今暴力の応酬をしている個人戦闘員には関係が無い。


第二班(にはーん)! 前方10(じゅう)、倒木の位置まで! 早駆け前へ~、進め!」


 正面攻撃を割り当てられた332中隊の人員は、愚直に『攻撃』をこなすしか無かった。

 幸いにして、小銃弾が切れてきたのか、或いは弾倉交換や故障排除といった『習熟を要する』操作に慣れていないからか、飛んでくる弾丸は接触劈頭よりも随分と少なく感じられた。


「クソっ!」


 低木に引っ込んだシルエットを見送りつつ、狼の血が濃い小銃手は悪態をついた。

 国家市民軍地上軍 第332中隊2小隊2分隊 一等兵 小銃手 リコ・ユルエ。

 彼女が(国家市民軍)に志願した理由は、単純に金のため、正確に言えば、おつむ(・・・)がそこまで社会の要請に応えることができなかった一方、軍は彼女のしなやかにして強靭な体躯とスタミナを要請したから、経済的競争と合理的選択が入営を決意させたからであったが、残念なことに、彼女が熟れる前に戦争が始まってしまった。

 もし彼女がもう少し――半年早く故郷を出て……つまり、クロメウタニ病害が、もう少し早く蔓延していれば……彼女は特殊部隊員(ミミズクの一員)として、ドーベックが誇る最先端技術の威力を承知する立場にあっただろうが、故郷の村が飢えて、一族の数()を喪いつつもドーベック平野に辿り着いた彼女が、今よりも早く入営することは、制度上困難であった。

 この事実はクロメウタニ病害が、ドーベックが承知するよりもずっと前から存在していたこと、そして、難民間での差別的取り扱いがあること――国家市民軍がたまたま拾ってきた難民はおんぶに抱っこで平野まで移送され、衣食住を与えられたのに、自力で屍を、赤ん坊を、老人を道に棄てながら平野まで辿り着いた難民は、何ら顧みられること無く、単に『外来人』として扱われていたということ。それが当然議会で問題となっていることの一断面でもあるのだが、彼女の脳味噌(主観に頼る)と直面している状況とでは紹介する機会が無いので取り上げる。


「あっ! クソ銃がっっっ!」


 大体そういう背景と、可愛い弟と妹(親戚全員死亡)を郊外の集合住宅に背負う彼女は、唇が振動するぐらいの大声で自分の相棒(02型自動小銃)に向けて悪態をつく。

 これなら、前期で散々使ったマルナナ(07型小銃)の方が良いじゃないか。

 今、この木と鉄でできたゴミ(自動小銃)が作動を停止しなければ絶対命中弾を送り込めていた。


「動けっ!」


 叩く。

 自動銃の殆どの動作不良は弾倉に由来する。これに衝撃及び振動を与え、給弾を促す。

 ぶっ叩かれた弾倉底板からパコン! という音が鳴り、押上板が正常な動作を取り戻して、ぎゅっと然るべき場所に7mm普通弾を配する。


「このっ!」


 引く。

 遊底部とガスピストン部に直結された槓桿が操作されたことにより、撃鉄が後退して撃鉄バネが圧縮され、逆鉤に引っかかって撃発準備が半分整う。


「ゴミっ!」


 離す。

 複座バネが勢いよく遊底とガスピストンを前進させ、遊底部に圧されて7mm普通弾が薬室に進入し、次いで薬室が閉鎖される。これで撃発準備が整った。


 02型自動小銃は、ガス利用ロングストローク・ガスピストン方式の個人携行火器であって、槓桿を操作することにより、全ての動作部品に対して介入することが可能である。


「銃がっ!」


 狙う。

 照門の中央に照星を正しく見出し、照星に目の焦点(ピント)を合わせ、人体枢要部を狙う。


 撃つ。

 逆鉤が撃鉄バネの拘束を解除し、撃鉄が撃針を突き、雷管が発射薬を燃やし――


「っ!」


 クソっ(外したっ)! と彼女は叫ぼうとしたが、無意識に引き金を引いていたのと、自分が人を殺傷しようとしており、そして殺傷されようとしているストレス、その他の要因が複合して、罵声すら出ない。しかし、


 この小銃は、通常、近接対人戦闘において使用され、自動機構のはたらきにより、照準を維持したまま、至短時間に多量の射弾を正確に集中できる特徴がある。


 第二射目は射手の期待通り、目標(敵兵)を射止めた。



****



「3小隊は接敵して足止めされてます」

「隣接地域のナンバー(一般)小隊と連携が取れない!」

「2小隊接敵、3名戦死」「大至急、81迫の支援求む、3捜小確認できず」


「無線が錯綜して指示が届かん、伝令を出すしか無い」


 こういう時、元帥(リアム)ならどうしたか。

 下着が許容できる限界を超えた湿気と熱を戦闘迷彩外被の内側に籠もらせながら、特殊部隊長は唇を噛んだ。

 無線通話は戦闘時錯綜しやすいから、よくこの通話を統制し――というのが完全に教科書(教範)上の空論であることが分かる。


 ウチ(特殊部隊)でもこうなのだ、332(一般歩兵)は地獄の様相だろう。


 そんなの、敵を統制しなきゃいけないみたいなモンだ。それが出来たら苦労はしない。


「しょうがねぇ、3小隊側に衝力を集中させるぞ、332の中本(ちゅうほん、中隊本部)に伝令を出せ」


 部隊長は乱暴に『突入開始、誤射注意』と書いた伝令用紙を兵に預け、突入方向とかの細部を補足して送り出した。

 しかし――


「おい、誰か倒れてるぞ!」


 運が悪いことに、332中隊の中隊本部までもう少しというところで、帝国側が放った魔法の衝撃波をまともに食らってしまい、卒倒。たまたま患者集合点の近くから前線に引き返す途中の歩兵にすぐに発見されたところまでは良かった。


 本当に伝わるべき細部の補足は伝えられないまま、雑嚢の中身、伝令用紙だけが332中隊に齎されたのだ。



****



「撃ち方やめ! 撃ち方やめ!」

「はぁ!?」


 リコ(小銃手)は、銃に安全装置を掛けてしゃがみ撃ちの姿勢を崩し、その場に伏せる。勿論、銃口を土に突っ込まないように注意しつつ。

 しかし、何故。


「弾倉交換!」


 弾帯の右側から新しい弾倉を取り出し、今付けている弾倉――半分ほど使ったソレを左側の弾倉入れに仕舞い込む。もう携行弾薬の半分ぐらいを射耗したということだ。


 森の中にガチャガチャという音が鳴る。不思議なことに、敵もまた、沈黙していたから、その音はいやにうるさく聞こえた。


「付け剣!」


 弾帯の右から吊るし、右太腿に縛着している剣さやの留め具(ボタン)を外し、背に鋸が付いた黒色の短剣――勿論、レバー式の着剣装置と、消炎制退器にフィットする丸い金具が付いている――を、消炎制退器に通して着剣ラグに銃剣を押し付ける。

 儀礼中では無いが、クセで、着剣寸前に1秒だけ間を開けてしまった。儀礼中は列中のカウントに合わせ、1から5までの間で着剣寸前の状態を作り、『6』で一斉に着剣するのだ。


 本来なら、何故今から突撃するのかを小銃手が知ることは無い。

 しかし、何事にも例外というものは存在し、状況が中隊長から小隊長、そして分隊長に下ろされていたし、分隊長は少しの時間的猶予を腕時計の長針に認めたので、「現在の状況」と声を上げた。


「現在特殊部隊が、敵に向け突入を敢行している。中隊は、友軍相撃を防止し、特殊部隊の突入を援護するため、所在の敵に対して突撃を敢行する!」


 実際には、特殊部隊は大きく迂回して、所在の敵を蹂躙しつつ退路を断つように機動していた。これはその場で臨機応変に判断がされたからであって、実際、前線の特殊部隊が判断した状況、すなわち、332中隊正面及び左翼は頑強な抵抗に遭遇したが、右翼の突破には成功したという状況下では、できるだけ前進して、できれば退路を遮断し、そこから再度攻撃を発揮すべきという行動が最適解であったのだ。

 彼らが承知していた332中隊の任務は『正面攻撃による敵の拘束』であったし、332中隊に期待していたのは射撃による敵の制圧であった。


 だが、332中隊長は『突入開始、誤射注意』という伝令用紙だけを見て、特殊部隊は迂回に失敗し、半包囲を放棄して正面攻撃を実施するとしか理解出来なかった。

 これは決して332中隊長が無能だったとかでは無く、想定よりも遥かに頑強な抵抗に遭遇し、戦死者・戦傷者が続出して伝令も被弾するような状況下、迅速に判断せざるを得ない局面で――戦場の霧の中を駆け抜けなければならない中で――最善手を指し続けることは不可能というだけである。


 その結果、


にぶんたーい(二分隊)! 前方20~! 早駆け前へ~」


 号令を受け、全身に枯れ草を括り付けた兵士らが、一斉に顔を上げて前を見る。


「進めっ!」


 332中隊は、突撃を開始した。


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