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錯誤

「状況、内務卿隷下部隊の一部、ないし特殊部隊と思われる敵は、33MCTの偵察部隊と接触。1コ小隊を撃破し、更に1コ小隊を包囲している」


 命令が元帥から下達されて程なく、ミミズク(特殊部隊)は33MCT本部の位置まで前進した。

 遮光された業務用天幕の中、33MCTの地誌将校がどうにかして製作した『作戦地域』の地図の上に様々な情報が書き込まれた(オーバーレイ)スライドがガチャン、ガチャンと切り替わり、隊員らに指揮官の企図を伝達する。


「我々の任務は、332中隊の援護下、被包囲中の3捜小(第三捜索小隊)と接触し、その後、敵部隊に拘束されている味方将兵を救出することである。よって、今作戦間、間接照準射撃は極めて限定的な条件下でしか行うことができないし、地域目標に対する機関銃の射撃もできない。必ず、敵味方を確実に識別してから射撃しなければならない」


 空気の緊張が、列席者を無音にさせる。

 皆、『部隊火力の骨幹』は砲迫――つまり間接照準射撃であることを理解していたからである。要は手足を縛られた状態で、人質を救助しろと言われているのだ。

 その上、機関銃も満足に使えないだと? 正気か?


 どんなに難しいのか。化学剤(サリン)散布下で夜間潜入するのとは訳が違う。


「また、敵部隊は我の火器を鹵獲して使用していることが確認されている。特に一式(機関銃)による射撃も確認されており、詳細は不明ながら、これらに対しては作戦間、特に注意する必要がある」


 だが、スクリーンを見つめる瞳達は揺らがない。

 困難な任務をぶん投げられるのは『いつものこと』だったからだし、それを寧ろ誇りとする気風さえあったからだ。


「元帥閣下からは、『本作戦の成否は、将来及び現在の国家市民軍将兵の士気に多大な影響を与えるものである。諸君らへ期待するところ大である』との訓示を賜っている。ま、今回はご同行願えないみたいだから、そういうコトだ。この間よりは肩の力を抜いて、いつも通り(・・・・・)やろう」


 その時初めて、彼らの口元は鉛直方向上向きへと歪んだ。



****



 燃料火災によって焼け爛れた自動車と、周辺に吹き飛ばされた武器弾薬や肉片(食料とその他)がそこらに散乱する中、白(ローブ)を纏った者達がワチャワチャと動き回っている。

 その者達は、攻撃を受けて動き回っているのでは無く、攻撃をした後に戦果を確認し、そして確保するために動き回っていたから、パット見の印象よりは遥かに統率を保って行動していた。


「儀官長! 主要情報収集は完了しました!」

「承知、主力に合流するぞ」


 ヴィンザー帝国は、法的には王権神授説を取っているが、その実態は寡頭制神権主義であり、実質は寡頭制団体独裁である。

 その狂言回しをしているのが神儀官であるが、最近、彼らは『自我』を持ち始めた。


 それは2.26事件で蹶起した青年将校の同位体と言っても良いようなモノだったが、要するに、現在帝国が『内の敵』に対して酷使している内務卿に「下手くそ、貸せ」と言いたくて仕方がなかったのだ。


 国家市民軍参謀第二科(情報)が、彼らを内務卿隷下部隊であると判定したのは無理も無い。彼らは確かに皇帝の権威(官軍旗)を用いていたし、それまで国家市民軍が内務卿隷下部隊の識別符としていた白装束(ローブ)やらの諸々を『借用(・・)』して、紛争地域で活動していたからだ。

 雇い主が皆殺しにされて傭兵達は整然と撤退し、本来の内務卿隷下部隊も化学攻撃を避けるためにこれまた整然と撤退し、国家市民軍にとって『敵対勢力』として残ったのは盗賊と浪人、情報収集のため活動していた神儀官達だけであった。だが、国家市民軍にとって、帝国政府が差し向けてくる『敵』というのは、内務卿の部下であろうという先入観があって、所属に係る精査は省かれた。


「小鳥はどうか?」

「問題ありません。鹵獲武器の状態も良好です」


 神儀官達は、『神』の助言に従って、国家市民軍とは対照的に、慣習や先入観の一切を無視して活動していた。だから、


「え~……『シャシュ、アンゼンソウチ、タマヌケ、アンゼンテンケン』」


 ぎこちないながら、あまりにも洗練された教範(地上軍歩兵必携)を、自ら実践し始めていた。



****



「あいつら、安全守則守ってやがる」


 神儀官主力部隊が第三小隊との交戦跡を捜索している頃、一山越えた所に二小長(第二小隊長)が居て、本当にたまたま、彼の目の前に居る『敵』も、「弾抜け安全点検」をしていた。

 下肢を縛られ、お世辞にも座り心地が良いとは言えない偵察用自動車の助手席よりも、更に座り心地が悪い馬車の上に座らされている彼は、その光景を見て『地上軍歩兵必携』の焼却処分に失敗したことを後悔する。


 秘密書類、無線機、地図……と列挙されている『要処分物』のうち、小隊長車に搭載されていた諸々については焼夷手榴弾が焼き尽くしてくれたが、死体を統率することはできないから、各人が携行している歩兵必携までは処分の徹底ができなかった。


 (小隊長)が意識を取り戻した時、既に部隊は半包囲されていた。


「良いんじゃないですか、暴発したらこっちまで危ない」


 小隊先任軍曹が缶詰の中身を使い捨てスプーンで掬いながら呟く。

 彼らは定期的に振りかけられる粉を嗅いで以降、現状を良しとして、受動的となり、寧ろ平静な態度を維持し続けていた。


 それを見て敵兵は安心し、先頭車に積んであった戦闘糧食をパックごと捕虜に寄越してきた。図案と文字とでソレが飯であることは認識したが、自ら食べるだけの勇気は無いということだろう。


「アレ何だったのかなぁ、多分鎮痛薬か何かだろうなぁ」

「まるで水を浴びせられたみたいに闘争心無くなりましたからね」


 だが、国家市民軍の将兵はメタ認知能力を向上させる訓練も受けていたから、心身とは離れた所に理性という観察者を置くことが出来ていた。


「憎いナァ」


 第一撃とその後行われた戦闘により、小隊の大体半数が戦死し、残りの半数は包囲されて捕縛されていた。

 攻撃を受けた際、第二小隊は小隊長車の救援のため、分隊を集中させてしまった。その結果、前と左右から半包囲されて敗北を喫することとなったのだ。


 小隊先任軍曹の判断ミスと言って良い。


 旺盛な敵がい(・・)心は、積極果敢な戦闘行動の基礎となる心的はたらきである。(地上軍歩兵教範第一章「総則」より)


 悔しい。

 部下を殺した、アイツらが憎い。

 我々を捕らえた、アイツらが憎い。


 アイツらに敗北を突きつけたい。


 射撃して肉髄を破壊し、銃剣で心臓を突き刺し、その生命の灯火をあらゆる破壊を以て途絶えさせたい。


 薬因的な抑制を克服して、戦闘服の内側が熱く湿る。


 敵は一様に、白(ローブ)のフードを深く被って口元以外は覗くことが出来なかった。その外見は寧ろ、非人間的存在であると認識させ、敵がい(・・)心を奮い立たせることに一役買っていた。


 (捕虜)らは、ドーベックが闇を抱えた、実際には大変に無慈悲な国家であるということを知らないということもあり、教範の一節(救援は必ず来る)を本当に信じていたし、彼らの上司(元帥)は、捕虜の生死にはあまり関心が無く、寧ろ機密資料や無線機といった情報保全的理由で救援部隊を差し向けたということを知る機会も、将来に渡って無い。

 だって彼らは、神儀官らがたまに小鳥を持ってその辺を歩き回ることの正確な意味すら理解することが出来なかったのだ。


 だから、聞き慣れた機関銃の連射音(1500発毎分)と、それに引き続く信号拳銃が高らかに奏でる呼び声を聞いて、顔を見合わせた後、ニヤッと笑った。


 必勝の信念をもって、積極果敢に行動しなければならない。(地上軍歩兵教範第一章「総則」より)


 レーション(戦闘糧食)に付属する缶切りを以て、彼らは自らを緊縛する縄を断ち切った。

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